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プチ鹿島 野中広務評伝と沖縄問題を語る

プチ鹿島 野中広務評伝と沖縄問題を語る YBSキックス
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プチ鹿島さんがYBS『火曜キックス』の中で亡くなった政治家・野中広務さんの新聞各紙の評伝を読み比べ。そこから浮かび上がった野中さんの人物像や、最近話題の松本文明・内閣府副大臣の沖縄の米軍機を巡るヤジ問題について話していました。

(プチ鹿島)今日は何のお話をしようかなと思ったんですけど、今日、昨日のニュースなんだけど、そこに直接行くよりはまずこの話からした方がいいんじゃないかな?っていう。やっぱりリンクするお話でね、しようかと思ったんですけども。政治家の野中広務さん、お亡くなりになりましたよね。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)これは先週の金曜日のニュースですよね。僕、前にこの『キックス』でもお話したかと思いますけども、政治家が亡くなると、新聞各紙には評伝っていうのが載るんですよ。その政治家がどんな政治家だったのか、どういう活動や功績、業績を残してきたのか。それでその政治家をどういう面から遡って書くのか?っていうのは、その政治家についた番記者の方とかが出世していますから。そういう大御所の記者の方が投入されるわけですよ。

(塩澤未佳子)ほう。

(プチ鹿島)で、野中広務さんってどんなイメージあります?

(塩澤未佳子)ちょっと怖そう。

(プチ鹿島)怖いよね。怖い。だって怖い=権力の中枢にいた方で。いまで言う、官房長官だから菅さんとか、そういうイメージでいいと思うんですよ。もう権力の真ん中にいた人ですよね。でも一方で……だからこれが政治家だなと思うのが、ひとつで簡単に語れない人なんですよ。僕、野中さんに関してはこれ、2004年に出た『野中広務 差別と権力』という魚住昭さんというノンフィクションライターの方が書いたこの本が当時、すごく話題になって。

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『野中広務 差別と権力』

(塩澤未佳子)そうですか。

(プチ鹿島)2004年ですから小泉さんが出てきて、ちょうど「抵抗勢力だ!」って「毒まんじゅうを食わされたやつがたくさんいる」って言ってね。その頃。だから絶頂期を終えた頃に出た野中広務とは何なのか?っていう、そういう本なんですよ。この第一章、最初の方をちょっと読むと、「ああ、野中さんってそういう人だった」ってたしかに思い出すと思いますけども。読んでみますね。「野中ほど謎と矛盾に満ちた政治家はいない。彼には親譲りの資産も学歴もない。その上、57才という会社員なら定年間近の歳で代議士になりながら、驚くべきスピードで政界の頂点に駆け上がってきた」っていう。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)「『影の総理』『政界の黒幕』という異名をとり、権謀術数の限りを尽くして政敵たちを打ち倒してきた。ある自民党関係者は声をひそめてこう言った。『彼のやり方は恫喝そのもの。情報を集めて弱点を握り、それで相手を脅すんだ。そんな場面を何度も見た』」と。で、実際にこの本を読むと情報の掴み方とか、相手の弱みを握ってどう交渉のテーブルにつくかとか、そういうのが全部書かれているんですけども。

(塩澤未佳子)へー!

(プチ鹿島)で、続けますよ。「しかし、その一方で野中は全く別の側面を持っている。彼のもとには政治に見捨てられた社会的弱者たちが次々と訪れた」と。たとえば、2001年に国を相手に全面勝訴したハンセン病訴訟の原告団。そういうことが書いてあって。「野中さんには悪代官みたいなイメージがあるでしょう? あれは180度違うと私は思います。素晴らしい政治家です」っていうコメントも載っている。

(塩澤未佳子)へー!

(プチ鹿島)そのハンセン病訴訟の原告団の事務局長だった方のコメントが載っている。「政敵たちを震えあがらせる恐ろしさと弱者への限りなく優しいまなざし。一体野中の本当の姿はどちらなのかだろうか?」って。もう読みたくなるでしょう?

(塩澤未佳子)ああ、うん。なんだろう? 知りたくなってくる。

(プチ鹿島)で、こういう分厚い本が出たんです。で、「実際に野中の本当の姿はどちらなんだろうか?」と。どちらも本当なんです。だからこそ、権力の真ん中にいつつ、社会的弱者と言われている人たちへのまなざしもちゃんとあった。その理由というのは、野中さん自身の環境もかなり大きいので、本当に興味を持った方はこの本を読んでもらえばいいんですけども。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)そんな政治家が亡くなったんですよ。ということは、評伝。これ、切り口いろいろありますよね。だからそれを読んでみると、たとえば読売新聞は27日(土)に一斉に野中さんの評伝が載るんですけども。「加藤の乱鎮圧に手腕」っていうね。で、評伝にはこんなことが書いてあります。元政治部次長ですから、読売の政治記者の中ですごいベテランの方だと思うんですけども。「遅咲きながらも抜群の情報収集力と相手を縮み上がらせる弁舌の鋭さ」って書いてある。で、ちょっと政治を思い出していただければわかると思うんですけども、小渕さんの時に官房長官を務めたんですよ。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)で、その時に小沢一郎さんが党首を務める自由党との連立に舵を切ったんですが、それ以前は小沢一郎さんのことを「悪魔」って呼んでいたんです。

(塩澤未佳子)ええーっ!(笑)。

(プチ鹿島)悪魔って野中さんは呼んでいたんです(笑)。「あんな悪魔!」って。だけど、「法案を通すために小沢さんにひれ伏してでも頼む。かつて悪魔とまで呼んだ小沢氏に関するこの一言が野中氏の徹底した現実主義者の面を象徴していた」と。ねえ。だから政治を自分の思い通りにするため、法案や政策を通すためには徹底して、悪魔と呼んだ憎たらしいライバル、敵とも組むよという、そういう現実主義者。でも、最後に読売は書いていますね。「平和、人権、弱者を守ることが政治家として私に与えられた最後の使命。晩年はこう口にすることが多かった」と。これ、読売ですね。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)朝日新聞。「権力の中枢で反権力」。ねえ。これがもう野中さん。「弱者への思い描く」っていう。「権力の只中にあって反権力の匂いが濃厚にただよう不思議な人だった」と。っていうのは、一貫していたのは社会的弱者への共感の思いもあったからということですよね。つまり、本当なら権力のど真ん中にいる人ってそこまで目を配らないのが普通って思っちゃうじゃないですか。で、評伝の面白さっていうのはただ、その政治家の業績、過去を書くんじゃなくて、かならず評伝芸として、落とし所・読ませどころとして、いまの政治状況とリンクさせて語って終わるっていう。これも評伝の読みどころなんですよ。

(塩澤未佳子)そうですか。

(プチ鹿島)で、朝日新聞はこう書いているんです。「一強の今日、改めて思う。当時の自民党がいかに健全な多様性を有していたか」と。だから当時、まだ梶山静六さんとか野中さんとか、まあ昭和自民党の武闘派みたいな人がいたわけですよ。90年代ぐらいまでは。ただ、やっぱり方法論ではお互いに違うんだけど、でもやっぱり古い苦しい時代を生きてきた人間として、大政翼賛会のような形にはしたくないっていうんで、方法論は違うんだけど、平和に対する「平和は守ろうね」っていうのは、梶山静六さんも野中さんも同じだったよという。

(塩澤未佳子)そうか。

(プチ鹿島)で、方法論が違うということは多様性があるということだから。いまの自民党、多様性ありますか?っていうのを朝日新聞は行間で問うているわけですね。で、日経新聞も「反戦の闘士、貫く」っていう評伝のタイトルでございます。産経新聞も「言葉の武闘派、気配りの人」っていうね。「武闘派、豪腕、狙撃手など物騒な代名詞をつけられた一方、社会的弱者への視線を絶えず持ち、義理人情に厚い気配りの人とも慕われました」と。これ、産経新聞。いちばん面白かったのが毎日新聞の評伝でした。これは相当やっぱり、関係性というか密着して取材していた方なんでしょうね。評伝「孤独な闘士、最後まで貫く。野中広務さん死去。平成の政治体現」。で、これはやっぱり政治記者が書いている。つまり野中さんとの思い出。思い出の中にはいい思い出もあれば、「やりやがったな!」っていう思い出もいろいろとあるはずなんですよ。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)毎日新聞のこの方は、編集委員の伊藤さんっていう方なんですけども。毎日新聞のスクープの話から書いてあるんです。1999年5月に毎日新聞朝刊1面トップ。5月26日にね、「国旗国歌法案、政府自民、今国会への提出を断念」という特ダネを出したと。当時の野中広務官房長官に「なんや、この記事は? 党が諦めても政府は断念なんかしませんよ!」と詰められたというか、そういうバチバチがあったわけですね。「いまでは想像しにくいが、当時は自民党ですら国旗国歌の法制化に慎重論が強かった」って書いてあるんです。でも、そんな中、野中さんは弱者に寄り添うリベラルなイメージだったので、「なぜこういう右寄りな法案に肩入れするんですか?」ってこの記者の方が当時、聞いたんですって。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)そういう疑問を記者も周りの人からもしばしば耳にしたと。で、こう書いてあります。「だが、その不可解こそ野中氏の真骨頂だった。国旗国歌法案に関して、左派は信頼する野中氏なら警戒を緩める。右派は批判しづらい。右と見せて左。左かと見えたら実は右。戦後政治の左右対立を逆手に取り、両方のバネを巧みに利用して現実課題を片付けていく処理能力が野中政治の真髄だった」という。だからこれも現実主義だよってことを書いているんですね。で、野中さんは弱者、社会的に少数だと言われている人に目を向けているというのが、どの新聞でも語られているんです。

特に晩年、そういうことをおっしゃっていたんでね。やっぱり小泉さんと対立して、「守旧派だ!」っていうんで一掃されて。そういう怨み骨髄っていうのもあるかとは思うんですけども、やっぱりいまの政治に対して「大丈夫か?」っていうのはすごく警鐘を鳴らしていた方なんです。だから、これは社会面なんですけどね。こういう記事が載っているんです。これは朝日新聞の社会面の最後の方。「野中氏は沖縄の基地問題に取り組んだことでも知られる」と。官房長官時代に沖縄県知事だった稲嶺さんという方がこうコメントを寄せているんですね。

「考え方は違っても『沖縄の心に寄り添いたい』という思いを常に持ち続けている方だった」と。だから、沖縄。基地移設とか90年代後半とかにまた争点になったんですけど。やっぱりいろいろと読んでみると、当時の野中さんにしろ、梶山静六さんにしろ、橋本龍太郎さん周りにしろ、実際に足を運んで沖縄の人の話を徹底的に聞いて……っていうので。いまでもあの当時の人のことは悪くは言わないって現地ではそういう記事を読んだりするんですよ

(塩澤未佳子)そうですね。

(プチ鹿島)だからこの記事、「ああ、なるほどな」って思い当たるんですけども。さあ、ここからです。この朝日新聞の社会面の記事。野中さんが晩年まで護憲を説くっていう、そういう記事が載っているんです。これは社会面の下の方の記事なんですね。じゃあ同じ社会面の上の方に何が載っているか? 「松本副大臣、ヤジ引責で辞任」っていう。沖縄米軍問題で「何人死んだんだ?」って。

(塩澤未佳子)ありましたねー。

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松本副大臣、ヤジ引責で辞任

(プチ鹿島)ねえ。これ、まあもちろんご存知だと思いますけども、松本内閣府副大臣が沖縄県で続発する米軍機の問題を巡って……不時着とか飛ばないとか、あったじゃないですか。「それで何人死んだんだ?」って。つまり、「死人が出てないならどうでもいい軽い問題じゃないか」っていう意味のヤジを飛ばしたわけですよね。それで……これ、本当に沖縄の現地の人のことを思って、考えてもいないんだなっていうのでものすごく批判されて辞任ってなりましたよね? だから、ヘリは飛ばなかったのにヤジが飛んで、自分のクビが飛んだわけです。上手いこと言いましたけど。

(塩澤未佳子)フフフ(笑)。

(プチ鹿島)で、見てください。この小見出し。「現地軽視の発言続く」って。これ、松本さんだけじゃないですよ。だからいまの政治家はあまりにも現地、沖縄を軽視している、そういう発言が続いているんじゃないか?っていう。これが、記事の作り方として面白いんですけども。真ん中にこの小見出しがあることで、次の野中さんの記事でしょう? 「でも、野中さんは沖縄の人の声をすごくたくさん聞いていたんだよ」っていうことで、昔といまの対比になっているわけですよ。

(塩澤未佳子)本当だ!

(プチ鹿島)でしょう? これを見るとやっぱり、野中さん的な自民党というか、いまの政治というか……だって、沖縄副大臣(内閣府副大臣・沖縄及び北方対策担当)も務めた人なんですよ。この松本さんは。

(塩澤未佳子)その人が言うんですからね。

(プチ鹿島)だから現地のことは興味がないということでしょう?

(塩澤未佳子)そうとしか思えないですね。

(プチ鹿島)だからその対比っていうのが朝日新聞は「行間でわかるよね?」っていう、その記事の作り方なんですよ。これは思いましたね。これは別に他人事じゃなくて。「ああ、いまの政治家はダメだね」っていうんじゃなくて、「こういう政治家しかいないんだ……」っていうのが。

(塩澤未佳子)なんか伝わってきちゃいますね。

(プチ鹿島)そう。これはね、思いましたね。いまの話につながるんですよ。だから。その松本副大臣に関しては、今日の社説。朝日も読売も取り上げているんですよ。「沖縄巡る政治の劣化」って。読売も叱っています。どちらかというと政権を応援しているんですけども。「政府自民党は緩みをなくせ!」って言っているんです。「県民感情を無視した重大な失言である。事実上更迭したのは当然だ」って読売が言っているんですよ。で、「政府自民党には昨年の衆院大勝によるおごりや緩みが早くも生じているのではないか? 猛省し国政に当たらねばならない」っていう。まあ、これいいことを言っているなと思うんですけど、本当におごっているのかな? 緩みが出ているのかな?って僕は逆に思っちゃうわけですよ。

(塩澤未佳子)ねえ!

(プチ鹿島)むしろ、「真摯に取り組むことが求めらる」ってあるんですけど、僕は結構松本さんって実は、緩んでもいなければおごってもいなく、国会を真面目にやっていたんじゃないかな?って思うんです。だからこそ、本音が出たんじゃないかと思うんです。

(塩澤未佳子)それ、いちばん怖い……。

(プチ鹿島)これ、おぼり高ぶる、緩んでいるとか言っているけど、そんなことを言ったらずっと緩んでいることになりますからね。むしろ真面目にやっているからこそ、そういう本音がヤジで出るんじゃないの?って僕は思ってしまうんですよね。

(塩澤未佳子)怖い……(笑)。

(プチ鹿島)ねえ。僕はだから、「真摯に取り組め」とか「緩んでるぞ」とか、読売はやっぱり「もっとネジを締めなおせ」って活を入れているんだけど、いや、最初から通常モードなんじゃないの?って。こういうことが続けば、ヤジとか……現地を考えてもいないのに「何人死んだんだ?」って。じゃあ、死んではじめて動くのか?っていう話じゃないですか。そりゃあ怒るよね。

(塩澤未佳子)そういうわけにはいかないじゃないですかね。

(プチ鹿島)っていうのを、だから野中さんの評伝を読んでいたら気づいたっていう。だから俺、野中さん、人は死んだらどうしても美化されて美談にされるから、美しい方向の業績がクローズアップされるのは当然だし。でも、野中さんのこれを当時からリアルタイムで見てる人は、「いや、めちゃくちゃ怖かったじゃん」って。塩ちゃんもそうでしょう?

(塩澤未佳子)思いました。

(プチ鹿島)それも正しいわけですよ。だけどやっぱり、少なくとも、ねえ。痛みとか弱みとか、もっと言えば戦争を知っている世代の政治家っていうのは別に反戦の政治家というより、たぶんあの世代の政治家の人っていうのはいろいろと考え方はお互いに違うけど。「でも、戦争はごめんだよね」っていうのは一貫していたと思うんです。だからそれを改めて思いましたよね。だから野中広務さんの本とか、改めて読むとすごく面白いと思いますよ。ご自分でも、『私は闘う』でしたっけ? すごい新書がヒットしましたよね。

私は闘う (文春文庫)
Posted with Amakuri at 2018.3.21
野中 広務
文藝春秋

(塩澤未佳子)そうかそうか。

(プチ鹿島)だから僕は全部肯定はしません。すごい怖い人。で、そういう怖い権力の握り方とかコントロールの仕方も読んでみると面白いんですよ。

(塩澤未佳子)巧みですか?

(プチ鹿島)そうなんです。だからやっぱり複数の面を持っている政治家っていうのが。でも、どこか根底には弱い人の味方じゃなきゃダメだろ?っていうのがあると思うんですよね。そういうのを改めて評伝から、最近の「で、何人死んだんだ?」っていう。ひどいでしょう。これね。

(塩澤未佳子)対照的ですね。

(プチ鹿島)本当。東京7区です。あの人。覚えておいてください。『火曜キックス』、スタートです。

(塩澤未佳子)フフフ(笑)。

<書き起こしおわり>

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