杉作J太郎 矢沢永吉『鎖を引きちぎれ』と高野拳磁を語る

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杉作J太郎さんが南海放送『MOTTO!! 痛快!杉作J太郎のどっきりナイトナイトナイト』の山川啓介特集の中で矢沢永吉『鎖を引きちぎれ』を選曲。プロレスラー高野拳磁さんとの思い出を話していました。

(杉作J太郎)で、そのね、(山川啓介作品には)優しさもあるんですけど、ハードなものもあるんですよ。これね、行ってみましょうかね。矢沢永吉。矢沢永吉さんの曲はずいぶん山川啓介さんは書かれているんですけど。もっとも山川啓介さんの書いたもので僕がシンクロ率というか、ものすごく僕が聞いた曲。そして、「そうか! この曲も山川啓介さんだったのか!」という曲をかけたいと思います。作詞 山川啓介。作曲・編曲 矢沢永吉。歌 矢沢永吉。『鎖を引きちぎれ』

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矢沢永吉『鎖を引きちぎれ』

矢沢永吉『鎖を引きちぎれ』。「鎖につながれてお前は生きるのかい?」。これ、みなさん、なんで僕がこれを聞いたかわかります? これね、僕とある一時期、兄弟のように過ごしたプロレスラーが1人いるんですよ。高野拳磁っていうプロレスラーがいましてね。2メートルの大男が。この高野拳磁の入場曲だったんですよ。入場曲であると同時に、最後にもまたこれがかからるんですよね。高野拳磁がよく、最後にいいことを言うんですよ。

プロレスの世界に、入ってみて。新日本プロレス、全日本プロレス、そしてWARといろいろと渡り歩きまして、独立しまして、PWCという団体を興すんですね。で、「PWCという団体を興してみたら、それはもうパンドラの箱みたいだったよ。なにもなくなった。全てを失ってしまった。ただ、最後に希望が残った」なんて言ってました。そして、「お金はない。スポンサーはいらない。もう俺は1人でやっていくんだ。俺は1人でやっていくから、自由になりたい。俺は鎖でつながれた飼い犬にはならない。俺はどんなつらいことがあっても、飼い犬にはならない!」って言ってね、マイクをバーン!って叩きつけると、この曲が流れるんですよ。

それでお客がワーッ!って喜ぶかと思いきや、喜んでいる人も若干いるんですけど……僕はその時に一緒に仕事をしていてね、実はその時、ビデオを回していたんです。高野拳磁のね。そしたらね、手弁当で僕らも個人的にやっていたの。だから、お金の厳しい中でみんな一生懸命にビデオを回していたの。場所、覚えています。千葉県の流山でした。流山体育館のあの時の興行はハードな興行だったですよ。子供向けのお菓子を売っていたんですよ。そしたらね、それが50円ぐらいのお菓子をダンボールの中に入れて売っていたんですけどね、そこに大きい字で書いてましたよ。「エサ」って書いてましたよ(笑)。なんてハードは……なんて厳しい場所なんだろうと思ってね。

まあ、それは僕、写真に撮ってね、宝島の『VOW』にね。僕はその頃自分で『VOW』の原稿を書いていたんですけども。投稿した覚えがありますね。で、その高野拳磁のビデオを回していたんですけど、高野拳磁があんまりその日、がんばらなかったんですよね。試合中にね、まあ悪く言えば手を抜く。よく言えば、明日のことが気になっているっていう(笑)。まあ、しょうがないところはあるんですよ。高野拳磁さんもね、大変な状況の中で2メートルの体を使ってね、お仕事をされていましたんでね。大変なことはあったと思うんですけども。

その高野に対してね、「もっと動けよ! もっとちゃんとやれよ!」ぐらいに僕は思っておりましたが。でも、その高野拳磁のしゃべっていたことは本当にいいことを言っていましたしね。そしてそこでいっつも流れるこの矢沢永吉の『鎖を引きちぎれ』はこれ、有名な曲なんですけどね、もっともこの曲に合っているシチュエーションだったと思いますね。ものすごく貧しいプロレス団体PWC、高野拳磁。2メートルの大男。(モノマネで)「Jさん、Jさんはさ、大変なことがあったらしいけど。Jさんもいろいろ。落ちている飴玉、食べたことあるかい? 道に落ちて砂がついた飴玉、食ったことがあるかい?」なんて言ってね。よく言ってましたよ(笑)。

崖っぷちの高野拳磁

(曲のイントロが流れる)そう、こんな感じなんですよ。いま思えば「本当に食べたのかな、お前?」って感じも……(笑)。まあまあ、でもね、夜中なんかによく電話がかかってきましてね。「Jさん、俺いま何を見ながら話しているか、わかる? いまね、ろうそくの明かりを見ながら話をしているんだよ。……電気、止められちまってさ。電気も止まっているし、ガスも止まっているしさ。終わりかもしれねえよ……」みたいなね。

(曲のイントロが流れる)そう(笑)。まさにこんな感じなんですよ。だからね、僕はその時にね、この『鎖を引きちぎれ』はね、永ちゃんが歌詞を書いたぐらいに思っていたんですよね。で、今回この特集の下準備でこの南海放送に来て調べていたら、これも山川啓介さんだったっていうのでね。本当に山川啓介さんに道を作ってもらって僕ら、生きてきたんだなみたいな。僕も高野拳磁も。本当、高野拳磁もこの曲のおかげでね、がんばれていたんだと思いますよ。最後のギリギリのところで。相当キツい状態だったと思うんですよね。高野もある一時期はね。いま、アメリカの方で成功したみたいでね、よかったですけどね。

本当、ある一時期はね、夜中に家に来てね、「Jさん、今度さ、プロレスの大会をやろうと思うんだよね。誰を呼ぼうか? 今夜はゆっくり、誰を呼ぶかの会議をしたいんで、Jさんたのむよ」なんて言ってね。僕はその頃、女性と同棲していたんですけどね、その女性が家にいると話が進まねえななんてことになるんでね、近所のファミレスに行ってもらってね。夜中の4時ぐらいまで、一緒に住んでいた彼女にはファミレスに行ってもらって。もういまから30年ぐらい前の話ですけども。それで、3時、4時ぐらいまでね、「これを呼ぼうか? こいつを呼ぼうか? こいつはどうだろう?」みたいなね。

「スタン・ハンセンを呼ぶ? どうする? アンダーテイカーはよくないな。俺の真似しているから」なんて言ってね(笑)。さっきプロレスの話が出ましたけど、ちょっと余談になりますが、その時に高野拳磁と会議に出た名前がいっぱい出ています。スタン・ハンセン、トーア・カマタもたぶん出ましたね。ハルク・ホーガン、アドリアン・アドニス、ビッグ・ジョン・スタッド。たくさん名前が出ていますけども、これはいま何か? といいますと、これはなっちゃんが調べてくれたんですよ。フレッド・ブラッシーが連れてきた外国人選手というね。

先ほどの、金髪狼、吸血鬼のフレッド・ブラッシーがマネージャーになった後に日本に連れてきたプロレスラーの数々。ニコライ・ボルコフ、ミスター・フジ、スタン・ハンセン、トーア・カマタ、ピーター・メイビア……これはザ・ロック(ドゥエイン・ジョンソン)のお父さんですね。スウェード・ハンセン、ハルク・ホーガン、ザ・ハングマンなんてのもいますね(笑)。ザ・ハングマン、いたのかな? 僕の記憶に無いですけども。ザ・ハングマンってどうしても、その後に始まった朝日放送のテレビ番組を思い出しちゃいますけども。

アイアン・シーク、ディック・マードック、まあたくさんの選手をフレッド・ブラッシーさんは連れてまいりました。9時台最後の曲になるかもしれませんね。行きましょうか。まさにそのプロレス。なんと山川啓介先生、プロレスラーのテーマ曲の作詞もしているんです。それでは、さっそく聞いてください。

Spectrum『Sunrise』

スペクトラムで『Sunrise』なんですけども。スタン・ハンセンの入場曲です。いやー、これも山川啓介先生だったんですね。2番はちょっと僕がかぶっちゃいましたけども、いまスペクトラムが歌っているのは「汚れていないその手で 時代のページを開け 俺たちが行く後から 目覚めた都市が続く」というね、まあ本当にこう、「明日からがんばれ」という内容のものが多かったと思いますよ。「昨日まではしょうがないじゃないか。ただ、俺たちには明日があるんだ。手付かずの明日が待っているぜ!」っていうことでね、山川啓介先生、そういうメッセージの曲をたくさん書いていただきましてね。本当に励みになったと思いますよ。これ、みなさんね。

スタン・ハンセンもずいぶん励みになったんじゃないですかね、これはね。「コレハ、ドンナコトヲ歌ッテイルンダ?」なんて言ってね(笑)。まあ、訳してもらったりしたんじゃないですか? そしたら、「そうか。昨日までの俺、明日からの俺。それは違っていても構わないんだな」ってね。それでスタン・ハンセンなんかももともとは日本では悪役でしたけども、善玉レスラーのようになってね、大人気になっていくわけです。はい。山川啓介特集、この後もどんどん続いていきます。

<書き起こしおわり>

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