町山智浩 アキ・カウリスマキ『枯れ葉』を語る

町山智浩 アキ・カウリスマキ『枯れ葉』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年12月19日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でアキ・カウリスマキ監督の映画『枯れ葉』を紹介していました。

(町山智浩)うんうん。今日、ご紹介する映画もね、もう既に公開されてるんですけども。『枯れ葉』という映画なんですが。この『PERFECT DAYS』と非常によく似た……はい。これはこれは『枯葉』というシャンソンの名曲で。岸洋子さんが歌っている日本語版ですけども。

(町山智浩)これがこの『枯れ葉』という映画の主題歌ですけどもね。これは夏の恋が去った後の秋の歌なんですね。で、この『枯れ葉』もラブストーリーなんですけども。これね、フィンランド映画です。フィンランドの首都ヘルシンキのスーパーで働く女性アンサが主人公で。年齢的にはもう若くない、中年なんですが。恋人もなくて、アパートで孤独な一人暮らしをしてるんですけど。

う1人、主人公がいまして。それはホラッパという名前の……ホラッパってすごい名前ですが。中年の男性で。彼も1人者で非常に寂しく暮らしてるんですね。ただ、そのホラッパが1人暮らしをしてるのは、人付き合いが嫌いだからなんですよ。「僕は1人がいいんだ」って本を読んでいたりして。その『PERFECT DAYS』の役所広司さんともちょっと似てるんですけども。

(でか美ちゃん)たしかに。

(町山智浩)ただ、彼の場合にはすごくそれが寂しくて、朝から晩までお酒を飲み続けてるんですよ。

(でか美ちゃん)「寂しさもあるけど……」っていう。

(町山智浩)そうなんです。『PERFECT DAYS』の役所広司さんはあの映画の中で酒は飲まないんだよね。

(でか美ちゃん)飲み屋に行って……。

(石山蓮華)あれはお酒じゃなかったんだ。

(町山智浩)お水を飲んでいたね。

(でか美ちゃん)ああ、なんか先入観でお酒だと思っちゃっていた。

(石山蓮華)なんとなく、水割りみたいな気持ちで見てましたけど。お水か。

(町山智浩)そうなんですよ。だからあそこで石川さゆりさんに振られたと思って、初めて酒を飲むんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、そうか。そういう……。

(町山智浩)でね、こっちの『枯れ葉』っていう映画では、その酔っ払いホラッパとその1人寂しく暮らしてる女性のアンサがカラオケバーで出会って、互いの名前も知らないまま、少しずつ好きになっていくんですけども、出会いそうなると出会わないっていう、すれ違いのグルグルが延々と続いていくラブストーリーなんですよ。でね、この『枯れ葉』という映画が一番素晴らしいのはね、短いんです。

(石山蓮華)何分くらいなんですか?

(町山智浩)80分しかないんです。

(石山蓮華)見やすい!

(町山智浩)ねえ。最近の映画、長いんですよ(笑)。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』とか(笑)。

(でか美ちゃん)たしかに! 長かったですね。

(町山智浩)3時間でしたからね。でもね、この『枯れ葉』はね、80分ですからね。見やすいですよ。大学の1時限より短いですよ。

(石山蓮華)たしかに。90分ですもんね。

(町山智浩)でね、フィンランド映画っていえば、最近公開された『SISU/シス 不死身の男』っていう映画もありまして。それは第二次世界大戦中に1人の老人がナチスドイツ軍とたった1人で戦うっていう映画なんですけど。それも90分でしたね。短い。フィンランド映画、短い!(笑)。

(でか美ちゃん)それも特徴なんですかね?

(町山智浩)わからない。どっちもものすごく単純な映画なんです。はい。なんでだろう?って思ったんですけども。で、フィンランドっていう国はどういう国か?っていう話をちょっとしますと、『アナと雪の女王』のモデルになった国ですね。あと、ムーミンですね。一番有名なのは。で、ムーミンの原作者はトーベ・ヤンソンという女性なんですが。彼女の伝記映画で『TOVE トーベ』っていう映画があって。それでトーベ・ヤンソンを演じた女優さんのアルマ・ポウスティさんがこの『枯れ葉』のヒロインなんですよ。

でね、フィンランドって言うと、国民の幸福度が世界第1位を連続している国なんですね。で、貧富の差も少なくて、教育や福祉も充実していて。で、1人当たりのGDPもいつもトップクラスなんですけども。ただね、この『枯れ葉』っていう映画、監督はアキ・カウリスマキっていう巨匠が監督してるんですが。彼が描くフィンランドっていうのは、そういう幸福の国から落ちこぼれた、幸福じゃない人たちなんですよ。でね、この『枯れ葉』のヒロインもスーパーで働いてるんですけど、最低賃金労働で。で、非正規雇用でいつクビにされちゃうか、わかんない状態なんですね。で、このホラッパっていう男も働いているのはリサイクルセンターなんですよ。で、非常に危険で汚い仕事なんで、周りで働いてるのはみんなね、移民労働者ばっかりなんですね。

フィンランドはすごく少子化が進んで、移民労働者がヘルシンキだと2割ぐらいいるんですね。で、そういう普通、描かれない人たちをいつも描いていて。カウリスマキ監督の映画は。たとえば『コントラクト・キラー』っていう映画だと、長年の勤め先をクビになった寂しい男が自殺しようとするんですけど。その度胸もないので、自分で殺し屋を雇って自分を殺そうとするっていう話なんですよ。

(でか美ちゃん)結構、ハードな切なさがありますね。

(町山智浩)ねえ。あと『街のあかり』というカウリスマキ監督の映画ではね、ずっと1人っきりで友人もいないデパートのガードマン、警備員が偶然、ものすごいかわいい子ちゃんにモテモテになるんですよ。ところが、実は彼女はデパートに泥棒に入ろうとしてる男に雇われていたっていう話なんですよ。

(石山蓮華)美人局みたいな。

(町山智浩)そう。悲しい感じなんですけど。そういう切ない映画をずっと描いてきてるのがカウリスマキ監督なんですが。これ、コメディなんですよ。こんな切ない話なのに、いつもコメディです。

(でか美ちゃん)へー。もっとしっとりした、あとちょっとラブの要素のあるしっとりした感じかと思ったら、全然違うんですね。

切ないコメディ映画を作り続けるアキ・カウリスマキ監督

(町山智浩)違うんです。非常に間抜けな、ヘンテコな映画なんですよ。いつも。で、どういう風にヘンテコかっていうとね、カウリスマキ監督の映画では登場人物全員がいつも無表情。で、立っている時は棒立ちで、手をぶらんとさせている状態です。で、セリフは全て棒読みです。

(でか美ちゃん)なんか、なんでそうなっちゃうんだ?って思いますけどね。

(石山蓮華)独特の演出ですね。

(町山智浩)もう全部、そうなんですよ。だからそのデートに誘う時でも、「一緒に、コーヒーでも、飲まない、か」っていう感じなんですよ。「いいわ。それで、どこに、行く、の?」って言うんですよ。そういうのをずっとやっていて。で、カメラも固定で動かないんですよ。

(でか美ちゃん)へー! 独特なんですね。

(町山智浩)独特なんでね。この『枯れ葉』の主演女優のアルマ・ポウスティさんはさっき、ムーミンの原作者の役をやった映画があるって言ったじゃないですか。そっちでものすごい、情熱の塊みたいなキャラクターで。もう歌ったり踊ったり叫んだり、すごいんですけど。こっちの『枯れ葉』ではね、ずっと無表情なんですよ。で、監督から「何の演技もしないように」って言われるんですよ。

(石山蓮華)へー! それを映画で撮るんですね。

(町山智浩)そうなんです。しかもね、全部基本的に一発録りです。1テイクのみ。

(でか美ちゃん)すごい! なんか、その芝居を「こうしろ、ああしろ」っていう厳しさがないのかと思いきや、逆にめっちゃムズくないですか?

(町山智浩)演技をしたい人は、つらいと思いますよ。思わず演技をしちゃうと思いますけど。

(石山蓮華)覚えたことをそのまま再生するっていう感じなんですかね。

(町山智浩)そうなんですね。で、実はそういう監督って、いっぱいいるんですよ。世界中に。フランスにはロベール・ブレッソンという監督がいて。あとね、アメリカだとね、クリント・イーストウッドがそうですね。

(石山蓮華)ああ、そうなんですか。へー!

(町山智浩)で、2人とも共通しているのは、ブレッソンとクリント・イーストウッドは途中から、プロの俳優を使うのが嫌になっちゃって。俳優のセリフのくどさとか、臭さが嫌になって。途中から演技経験のない素人ばっかり集めて映画を撮るようになったんですよ。

(でか美ちゃん)じゃあ、私にもチャンスあるかもしれない(笑)。

(町山智浩)いや、もうダメ。セリフに感情がこもってるから。

(でか美ちゃん)ああー、ダメかー!

(町山智浩)あのね、完全に棒読みにしなきゃならなくて。日本だと『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督っているじゃないですか。彼の新作の『悪は存在しない』っていう映画では、彼のスタッフがずっと主役の代わりにセリフをしゃべっていたんで。「もういい。お前、そのままやれ」っつって、やらせてるんですけど。完全に棒読みです。全部。

(石山蓮華)ええーっ! でも私、濱口監督の映画、好きなんですけど。やっぱり棒読みの魅力って、すごくありますよね。

俳優に棒読みさせる意味

(町山智浩)あのね、棒読みにさせるのは、その監督もその『ドライブ・マイ・カー』でも言ってたんですけども。そこに逆に、観客が感情を作っていくからだっていうことなんですね。で、濱口監督なんかはそうなんですけども。役者が逆に芝居をしようとすると、止めるっていうシーンがありましたよね。止めちゃう場合があるんですよ。だったらもう、完全に芝居をできない人でいいやっていう。で、そういうことをやり始めたのは、実は小津安二郎というね、日本の本当に名匠と言われている監督なんですよ。彼は本当に、何回も何回も同じシーンをやらせることによって、俳優が疲れて芝居をしなくなるっていう状況まで繰り返して撮ることで、俳優の芝居を抜くっていうことをやっていましたね。

(石山蓮華)伝説がいっぱいありますよね。

(町山智浩)はい。そのかわり、数ミリ位置が狂っていても「ダメだ」って言って撮り直すというところがあったりしたんですけど。ただね、今回の『枯れ葉』という映画ではですね、セリフのかわりに音楽がキャラクターの感情を物語るというシーンがありまして。その寂しい男、ホラッパがバーに行くと、これは難しい名前なんすけど、Maustetytötという姉妹のバンドが出てきてですね、そこである歌を演奏するんですね。それをちょっと聞いてください。

(町山智浩)はい。これ、フィンランド語なんで結構変なんですけども。

(でか美ちゃん)なんかちょっと空耳アワー的なものを感じてしまいました。

(町山智浩)そう。日本語にちょっと近い感じがしてね。で、これは歌詞がね、「私の流しに置いてあるコーヒーカップにはカビが生えている。でも私は汚れた食器なんかもう洗いたくない。私が消えてしまっても、どうせ誰も気にしてなんかくれないの」っていう。

(石山蓮華)ええっ? めっちゃ悲しい歌だった!

(でか美ちゃん)しかも、棒読みに張るぐらい、淡々と歌ってますよね?

(町山智浩)淡々と、無表情で歌うんですよ。これを。で、「私はここから逃げられない囚人なの。あなたのことは好きだけど、私は私自身、耐えられないんだ。私は1人ぼっちがいいの。私は悲しむために生まれてきて、悲しみを背負って死んでいく」っていう歌なんですよ。

(でか美ちゃん)いやー、これはなかなか……。

(町山智浩)でも、あまりにも救いがない歌なんで、もはやギャグになっていて。このシーンは見ると結構笑うんですよ。お客さん、結構みんな爆笑してましたけど。そういうね、不思議な映画なんです。この『枯れ葉』っていう映画は。で、非常にその悲しみと、不思議な笑いが背中合わせになっていて。この映画の中でね、主人公がラジオをかけると、常にウクライナ戦争での悲惨な状況がニュースから放送されてるんですよね。ところが、映画のそのものは非常に寂しい2人の話で言いながら、すごく楽しい映画になっていて。ほっこりするようなシーンも多くて。しかも『枯れ葉』のヒロインはスーパーの期限切れの食べ物をホームレスの人にあげたりね、ちっちゃい優しさとかが次々と描かれていって。見てるうちに……風景は寒々しいんですけど。ヘルシンキなんでね。だけど、ほっこりと温かくなってくるようなね、温かい映画になってるんですよ。

でね、この不思議な感じっていうものをどうしてやったかを監督が言ってるんですけどもも。「あまりにも今、戦争が多すぎる。だから小さな愛のある幸せな映画を作りたかった」って言ってるんですよね。でね、今流れている曲がチャイコフスキーの有名な交響曲の『悲愴』なんですね。

(町山智浩)これが流れるんですよ。『枯れ葉』の中では。で、この『悲愴』っていう曲は悲しみですけど。チャイコフスキーは『人生』っていうタイトルつけたかったらしいんですよね。つまり、その人生っていうのは本当に悲しいことばっかりなわけですよ。でもその中で、この『枯れ葉』の中でカウリスマキ監督が使ってるのはこの『悲愴』の中で一瞬だけ、ものすごく優しい希望に満ちた温かい曲になるところがあるんですよ。そこのところだけを拾って使ってるんですよ。

(石山蓮華)へー! じゃあ、物語とリンクするような温かさがあるんですね?

(町山智浩)そうですね。だから人生は悲しい、寂しいものだけど。その中に、やっぱりちっちゃい喜びや幸福があるんだよという映画になっていますね。

(でか美ちゃん)なんか近いですね。『PERFECT DAYS』と。

(町山智浩)でもね、見るのは簡単ですよ。80分だから。

(でか美ちゃん)そうか。さらっとしてるし。実はコメディだし。

(町山智浩)コメディだし。ずっとクスクス笑いながら見れて。本当にね、幸せな気持ちになる映画なんで。この『枯れ葉』という映画をぜひね、クリスマスの時期に見ていただけるといいかなと思います。

(石山蓮華)はい。今日は公開中の映画、アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『枯れ葉』予告

<書き起こしおわり>

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