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久保田利伸と松尾潔 2016年に亡くなったアーティストを追悼する

久保田利伸と松尾潔 2016年に亡くなったアーティストを追悼する 松尾潔のメロウな夜
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久保田利伸さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』に出演。松尾潔さんと2016年に亡くなった偉大なソウル・R&Bのアーティストたちを振り返る特集をしていました。

(松尾潔)今夜、最初にお届けするのは僕、松尾潔の提供作品からです。鈴木雅之さんで『リバイバル』。

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鈴木雅之 『リバイバル』

(松尾潔)お届けしたのは鈴木雅之さんで『リバイバル』でした。これは今年7月にリリースされました鈴木雅之さんのアルバム『dolce』に収録されていました。そしてこの曲をマーチンさんとコラボされているというかまあ、作曲してかつ、さっきも聞こえていましたけどもマーチンさんと部分デュエットのような形でこの曲に非常に主体的に参加されておりますこの方をゲストにお迎えしております。久保田利伸さんです。

(久保田利伸)お邪魔します。こんばんは。マーチン先輩と松尾潔氏にこの曲でもいっぱいお世話になりました。久保田利伸です。お邪魔します!

(松尾潔)こちらこそ、お世話になりました(笑)。さて、今日はね、久保田利伸さんをお迎えして……そうなんです。久保田さんは『メロウな夜』、今年は今日で最終回なんです。

(久保田利伸)まだ12月のはじめの方ですけどね。

(松尾潔)そうなんですよ。まだね、中旬ですけどね。今日はサブタイトルが『メロウな東京の年末』という風に名付けてみました。

(久保田利伸)これは、なぜですか?

(松尾潔)元ネタがございます。ジョージ・ベンソンのライブアルバムで『メローなロスの週末(原題:Weekend in L.A.)』っていうのがあるんです。

(久保田利伸)これはあれだね。うちの事務所の社長さんも大喜びだね!

(松尾潔)ちょっとそこを意識しています(笑)。カフェバー好きの彼女に喜んでもらえるんじゃないかな? と思っていますけども。それで、もうこの『リバイバル』というね、マーチンさんに提供された曲がそもそもメロウなんですが。今年はね、我々のこのメロウワールドを彩ってくれたソウルレジェンド……R&Bレジェンドと言ってもいいですけども、たくさん亡くなっております。

(久保田利伸)特に僕らがたくさん影響を受けてずーっと気にしていた人たち。

(松尾潔)だんだんそういうエラに入ってきたっていう感じですね。

(久保田利伸)そういう考え方もあります。

(松尾潔)そうなんですよね。まあ、この番組でもその都度その都度、そういった人たちの亡くなったニュース、そしてその人たちが残した曲っていうのをご紹介もしてきたんですが、今回は久保田さんをお迎えしていますから、中でも久保田さんの個人の音楽史と連なるような人選でご紹介したいんですけども。先ほどからバックにビリー・ポールの『Me and Mrs. Jones』が流れております。

(久保田利伸)はい。

(松尾潔)これはやっぱり久保田さんのいくつかある軸の中でやっぱりフィリー・ソウルっていうのがありますよね。その中でも、もう屈指の名曲を歌ったビリー・ポールさんが亡くなったのは今年の4月でございました。81才ということで。これ、僕個人的にもね、動く久保田利伸をはじめて見たのはビリー・ポールの来日公演の時なんですよね。横浜で。

(久保田利伸)それは、横浜?

(松尾潔)横浜で。

(久保田利伸)まあでも、かれこれ30年近く前。

(松尾潔)30年近く前ですね。久保田さん、でっかいツバの帽子をかぶっていました。

(久保田利伸)はー。俺はね、その何を俺が着ていたかは覚えていないけども、ビリー・ポールが名曲を歌っているあの姿と、あのステージと。そこに潔ちゃんがいたという……その時、お話はしていますか? 僕。

(松尾潔)していないと思います。

(久保田利伸)でも、あの日の画はよく覚えている。どんな声で歌っていたか。

(松尾潔)横浜のね、海沿いのクラブですよ。

(久保田利伸)っていうかビリー・ポールもそうだけど、僕ははじめてザ・ソウル・ミュージックにどっぷり浸かっていくという時……中学生になった時ぐらいかな? あの時にまずスティービー・ワンダーとそれからスタイリスティックス。だからモータウンとフィリー・ソウル。ここから入っていって……

(松尾潔)なるほど。デトロイトとフィラデルフィア。

(久保田利伸)そうです。で、ファルセットの美しさと、他の人種の人にはできないこの歌いっぷりと。そこにどんどんどんどん酔いしれていきましたね。まず取っかかりがデトロイトとフィリーっていうことですね。

(松尾潔)後にね、そういうミュージシャンたちとそれこそコラボレーションを重ねていくことになるわけですけども、その最初にフィリーありきという素敵なお話ですね。

(久保田利伸)でもね、最初という意味で言えば、同じ時代、もしくは同じ年にナタリー・コールの歌にも僕、出会っています。

(松尾潔)キタッ!

(久保田利伸)ラジオでフィリー・ソウルがヒットチャートのトップ10入りする感じでかかって。で、スティービー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』あたりなんかがかかって。で、それが3位、4位だとすると、その週の洋楽チャートのいちばんがナタリー・コールの『Mr. Melody』だったりするわけですよ。

(松尾潔)なるほどね。

(久保田利伸)たぶん同じ時代。同じ年だったかもしれない。だから当時、彼女はまあ若いよね。

(松尾潔)まあ20代とかですよね。聞きましょうか。そのね、久保田さんの一撃を与えた曲ですね。ナタリー・コールの1976年のアルバム『Natalie』の中から『Mr. Melody』。

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Natalie Cole『Mr. Melody』

(松尾潔)お届けしたのはナタリー・コールで『Mr. Melody』でした。これは久保田さんにどんな印象を与えたんですか?

(久保田利伸)この曲ですか?

(松尾潔)ちょうど40年前の曲です。

(久保田利伸)歌です。とにかく、歌。曲のタイプとかグルーヴなんていったらばちょっと時代感がありすぎみたいな。歌なんです。とりあえず、これを毎日歌っていた。

(松尾潔)完コピ?

(久保田利伸)完コピ。特にこの曲っていうのはまあジャズ・ジャイアントの娘さんですから、スキャットなんです。曲の後半は全部。

(松尾潔)ダダダダディーダ♪って。

(久保田利伸)スキャバスキャバスキャバ♪ スキャダバダバドゥーワドゥーイ♪ ドゥウィー♪ スキャバダスキャバダ、スキャダバダバドゥーイ……♪ってこの後、ずーっとできるんだけど。俺。これをね、ずーっと歌っていたの。

(松尾潔)はー。たしかに久保田さんっぽい、いま血肉化している1つですよね。

(久保田利伸)もうだから「勝手になんか歌え」って言われたら、僕はこれに近いフレーズ、近いスキャットが出てくる。

(松尾潔)これ、ちょっと大げさな言い方をすると、当時R&Bとかソウルとかである以前に、まあポップヒットじゃないですか。けど、その中に割とアメリカの黒人音楽の歴史がギュッと入っていたんですね。

(久保田利伸)本当ですね。いま思えばね。

(松尾潔)まあ、ジャズでもあるし。もちろん。なるほど。

(久保田利伸)もう本当にずーっと、毎日聞いて。毎日この曲の後半を集中しながら。

(松尾潔)これだけ食べておくとちゃんと栄養が全部行き渡ったみたいな、そういう曲ですよね。

(久保田利伸)まさに。だからシングルなので、曲のサイズも3分台とかそんなもんだと思うんだけど。その中に本当にいちばん大事なエッセンスが入っているかもしれないね。

(松尾潔)うーん! 僕なんかやっぱりさすがにこれは76年の時はまだ小学生なんで。もう僕がこの曲を知った時はアルバムで聞くようなジェネレーションだったんですけど。アルバムの中にはたしかに『Mr. Melody』よりもっとファンキーな曲とか入っているんですよ。『Sophisticated Lady』。

(久保田利伸)ええ。

(松尾潔)「Sophisticated Lady♪」って歌なんですけど。後にアン・ヴォーグのテリー・エリスっていう人がソロで出した時に「She’s A Lady, Sophisticated Lady♪」ってナタリー・コールの曲をモチーフにして作ったんですよ。

(久保田利伸)それが入っているアルバム?

(松尾潔)そうそう。アメリカではね、割と『Mr. Melody』が入っているアルバムという認識ではないんですよね。僕ね。

(久保田利伸)ジェネレーション的に。

(松尾潔)でね、結構これ、僕も気になっていて。アメリカの人たちとかに聞いたりするとこれ、『Mr. Melody』って日本でヒットしたほどアメリカではそんなにヒットしていないんですって。

(久保田利伸)なるほど!

(松尾潔)で、やっぱり『Sophisticated Lady』の方があっちではヒットしているんです。シングルとして。

(久保田利伸)やっぱりあの時代のちょっとした日本の歌謡祭みたいな、そういうことも大きかったんだろうね。

(松尾潔)あとこれって、たとえ話で言うとアース(・ウィンド・アンド・ファイアー)の『宇宙のファンタジー』ってあれ、いわゆる「ビッグ・イン・ジャパン」って言われているじゃないですか。アメリカではさほど……っていうような。割とね、だからね……

(久保田利伸)ルーサー(・ヴァンドロス)の『She’s A Super Lady』みたいな。『Never Too Much』じゃなくて、『She’s A Super Lady』がジャパン、みたいな。なるほど。

(松尾潔)だから、そこも久保田さんにとってはラッキーでしたね。

(久保田利伸)そうですね。だから『Mr. Melody』だったからよかったんだよ。12、3才の子供がとっかかりやすい。歌マネもしやすい。曲としてはとってもね、わかりやすいあったかいポップだから。で、その曲のエッセンスとして後半に歌を歌いたがりの少年を刺激するものがいっぱい入っていたっていう。で、後にね、実は俺が日本でデビューしてから数年後にナタリー・コールと一緒に生で歌い合うということがあったんだよ。知らないでしょ、これ?

(松尾潔)すごいチャンスですね。僕、その頃まだ出会っていないですね。

(久保田利伸)ビートルズのジョン・レノンの生誕の何周年みたいなやつだったと思うんだけど。そこに日米のミュージシャン、歌唄いたちを中心に……

(松尾潔)オノ・ヨーコさん仕切りで?

(久保田利伸)そうです。そうです。それが集まって。ただ、ビートルズ、ジョン・レノンさんだから集まる人たちはまあ……

(松尾潔)ロック畑というか。

(久保田利伸)ソウル、R&Bではない。で、その中にナタリー・コールさんだけがシスター系の褐色の人で。で、そんなことは僕は知らなかったんだけど、「出ませんか?」って言われて。「でも僕はビートルズはそんなに聞いていないので……」「でも、ナタリー・コールと一緒に歌えるけど?」って言われて、「出ます!」ということで。

(松尾潔)いいですね。その会話がいいですね(笑)。

(久保田利伸)『Ticket to Ride』を。まあ、潔ちゃんはあんまりビートルズの曲を知らないかもしれないけど。

(松尾潔)さすがにそれは知っていますけどもね(笑)。なるほど。じゃあ『Ticket to Ride』をナタリー・コールとデュエットしたんですね。

(久保田利伸)そうです。東京ドームでデュエット。ブリブリに歌い合いましたね。だから俺としては、僕のソウルの入り口を作ってくれたナタリー・コールさんでもありますから、その人と自分が本格的なプロの歌手になってすぐにデュエットできたというのはね、素敵な話です。

(松尾潔)しかしその頃、「コラボ」っていう言葉ってそんなに日本で使われている言葉じゃないですけど。「共演」って言っていたんでしょうね。でも、それいまで言えばビッグなコラボっていうのはもうプロになってからずっと体験されているんですね。

(久保田利伸)僕ですか? そういうチャンスはいっぱい……まあ、ナタリー・コールとそこで歌い合うというのはビッグビッグですけども。でも、その後誰かとデュエットする、コラボするということも何度もあるし。今年の僕のアルバムにもつながっているけども。でも、これはさ、R&B歌いの者にとってはあまりにも自然というか、必然というか。

(松尾潔)そうですね。こんなにデュエットが多いジャンル、そもそもないですよね。

(久保田利伸)普通にR&B歌いを何年か以上やっていれば、誰かと歌い合うことがないと変だし。

(松尾潔)そういうことか。でもまあ、いい導きを感じますね。音楽の神様なのか、運命の神様なのかわかりませんけどね。で、他ならぬアース・ウィンド・アンド・ファイアーのモーリス・ホワイトも今年の2月になくなっております。モーリス・ホワイトが亡くなったというのは大きなニュースでもあったので、いろんなところでモーリス・ホワイト、そしてアース・ウィンド・アンド・ファイアーへの再評価みたいなのが今年、ありましたけれども。久保田さんにちょっとモーリス・ホワイトに捧げる曲を1曲選んでくださいって言ったところ、これ意外な曲が……まあ、言われてみれば俺もこれ、昔聞いていたな、これ!って思いつつも……

(久保田利伸)聞いていた?

(松尾潔)聞いてましたよ。このアルバム。

(久保田利伸)いいねー!

(松尾潔)『I Am Love』っていうバラードがすごく好きでね。

(久保田利伸)このアルバムは全部いいよ。

(松尾潔)いいですよね。いや、本当だからジェニファー・ハドソンが出てきた時にこのアルバムを聞き直したんですけど。それからでも、また結構たちましたからね。

(久保田利伸)そうだね。ジェニファー・ハドソンからは5年ぐらい?

(松尾潔)もっとたっているんじゃないですか? 元祖ドリームガールズ、ジェニファー・ホリデイの『Feel My Soul』というアルバムに収められている『Just Let Me Wait』という曲を選んでいただきました。もう、多少モーリス・ホワイトのことを知っている人でも「なんだっけ、それ?」って言われるぐらいの曲だと思うんですが。

(久保田利伸)でもね、これ、だからモーリス・ホワイトがアースだけの活動ではなくって、ソロアルバム……『I Need You』とかが入っているあのソロアルバムも作っているあの数年間じゃないかなと。

(松尾潔)そうですね。80年代のね。

(久保田利伸)そうだよね。

(松尾潔)割と外部仕事を増やしてきた……片方で相棒のフィリップ・ベイリーはフィル・コリンズをやったりとかして、賑やかな時期ですよね。

(久保田利伸)思い出すよねー。だから話が止まんないんだよ。思い出しごとが増えちゃうんだよ、急に。このジェニファー・ホリデイは……

(松尾潔)名曲ってそんなもんですよ。

(久保田利伸)まあ、歌がかっこよくて。ド迫力の歌が。

(松尾潔)これで始まるんですよね、アルバムってね。たしかね。

(久保田利伸)そうです、そうです。だからそういった意味でも、やっぱりあの頃はアルバムの1曲目がいちばん聞く頻度が絶対に多いので。

(松尾潔)久保田さんね、「アースで言えば、俺はそうだな。『Getaway』か『In the Stone』だな」っておっしゃったんですけど、2曲ともアルバムの1曲目ですからね。

(久保田利伸)なるほど。

(松尾潔)で、このジェニファー・ホリデイの『Just Let Me Wait』もアルバムの1曲目ですから。

(久保田利伸)なるほど。だからアルバムで聞いていたということですね。

(松尾潔)っていうことですね。

(久保田利伸)かつでも、その『In the Stone』とかあのへんはアースということではなく、モーリス・ホワイトということを当てると、モーリス・ホワイトの歌声が……まあフィリップ・ベイリーとは、ボイス・オブ・アース・ウィンド・アンド・ファイアーはフィリップ・ベイリーなので。

(松尾潔)まあ、表看板っていう感じですよね。

(久保田利伸)で、モーリス・ホワイトが歌いきっているというのは、あんまりそんなにたくさんはないので。そういった意味でね、『In the Stone』とか。だから、アルバムの1曲目には結構自分のリードボーカルの曲を入れていたっていうことだね。

(松尾潔)やっぱりリーダーだったっていう。

(久保田利伸)モーリスさん、そういうことだね。

(松尾潔)そういうことですね。うーん。話しながらいろんなことが浮かび上がってくるな! じゃあ、ジェニファー・ホリデイを聞いてみましょう。

(久保田利伸)そうしよう、そうしよう。

(松尾潔)1983年のナンバーです。『Just Let Me Wait』。

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Jennifer Holliday『Just Let Me Wait』

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Kool & The Gang『Sexy (Where’d You Get Yours)』

(松尾潔)2曲続けてお楽しみいただきました。まずは久保田さんのたいへん思い入れのあるアース・ウィンド・アンド・ファイアー、モーリス・ホワイトがらみの曲ということでモーリス・ホワイトが83年にプロデュースした『Feel My Soul』というアルバムの中からジェニファー・ホリデイで『Just Let Me Wait』。

(久保田利伸)ありがとうございます。

(松尾潔)こちらこそ、ありがとうございます。こういうね、忘れかけていたような曲。この1曲を聞くことで当時のいろんなことを思い出しましたね。

(久保田利伸)俺の住んでいた部屋も思い出したね。

(松尾潔)(笑)

(久保田利伸)この時、高円寺だったかな? いやいや、用賀? どっちだったかな? 世田谷かな? まあ、いいですよ。はい(笑)。

(松尾潔)(笑)。そういうもんですよね。思い出しますよね。もう部屋の匂いとかまで思い出す感じだもんな。そして、まあアース・ウィンド・アンド・ファイアーと80年代にライバルと言われることも多かったクール・アンド・ザ・ギャングの今年出たばかりのシングルです。『Sexy (Where’d You Get Yours)』という。これは今年アメリカのアダルトR&Bチャートで割とヒットしたんですが。日本でこのことを話題にする人があんまりいないのを寂しく思っていたので。このタイミングでご紹介したんですが……実はクール・アンド・ザ・ギャングと言えば最近、久保田さんがほぼ初めてと言っていい形で公にした事実があって。

(久保田利伸)クール・アンド・ザ・ギャングはね、だからあまり、ほとんど人には言っていないんだけど、90年代の頭なのかな? クール・アンド・ザ・ギャングのリーダーのクールさん。

(松尾潔)ロバート”クール”・ベルさん。ベーシストのね。

(久保田利伸)そうです。この人と数人のメンバーたちと僕がレコーディングしていたニューヨークのエレクトリック・レディにドドドッと。

(松尾潔)かつてね、ジミ・ヘンドリックスが作ったスタジオですね。

(久保田利伸)あそこに来て。まあ、簡単に言うと「クール・アンド・ザ・ギャング、うちのバンドのボーカルやんねえか?」って。

(松尾潔)(笑)

(久保田利伸)「どういう罠ですか? どういう話ですか?」って。「クール・アンド・ザ・ギャングのボーカル? コーラスとかですか?」「いやいや、J.T.(テイラー)がやっているみたいな感じだよ。リードボーカルだよ」「いやいや、本気ですか? あまりにも信じられないので、ちょっと考えさせてくれ。しばらく待ってくれ」っつったら、1週間後にまたスタジオに来て。「どうする?」って。

(松尾潔)へー! 久保田さん、その1週間って真面目に考えました?

(久保田利伸)いやいや、頭から離れないよ。でも、嘘だと思っていたしさ。なにかの罠だと思っていたから。

(松尾潔)ドッキリ的な?(笑)。

(久保田利伸)そうそうそう。なんか、いい話じゃないんじゃないか? みたいなね。

(松尾潔)なるほどね。まあ、警戒心を煽りますよね。

(久保田利伸)そうなの。

(松尾潔)僕がいま、それから20何年たってこの話を聞いても、なんかトラップがありそうな気がしますよね。それ。

(久保田利伸)それで、「ああ、これは本気だな」って。

(松尾潔)二度目はね。

(久保田利伸)そうなの。でも、なぜでしょう? しかも、ずーっとこのうちのバンドのボーカルをやってくれっていうんじゃなくて、「2年ぐらいちょっと。そんなつもりでやってみないか?」っていう。

(松尾潔)まあ、1枚アルバムとあと、ツアーを一緒にっていうぐらいの感じですかね? まずはやってみない?っていう。

(久保田利伸)だったら、いいじゃん。でも僕は、「ありがとうございます。やります!」っていう決断をしなかったんだよね。

(松尾潔)そこには迷いはなかったですか?

(久保田利伸)迷いはもちろんあった。でも、たぶん自分の中ではずーっと聞いてきたクール・アンド・ザ・ギャング。ずーっと聞き終わったくらいに近い感じのクール・アンド・ザ・ギャングの、そこの看板歌を歌わせてもらうことの素晴らしさと同時にいま自分が作っているアルバムや音楽活動。日本のアルバム、そしてその1、2年後にはもうアメリカに住んでもっとやりたいと。

(松尾潔)もうそういう青写真がね、ある時期ですね。

(久保田利伸)そう。自分の名前で……ということの方がいま、自分がやりたいことだっていう風に、迷った末になったのかもしれないよね。でも、いま思い起こせばたった2年やそこら。もうデビューして30年もたつとさ、30年分の2年。

(松尾潔)まあ、たしかにね。分母が大きいと、そう思えますけども。当時はね、久保田さんも若者っていえば若者ですからね。

(久保田利伸)若者ですよ。だからいま思えば1年や2年くらいの間、そこで華やかな修行をさせてもらってもよかったなとは、思い起こせば思いますけどね。

(松尾潔)うんうん。けど、やっぱり20年ぐらい前にその話……タイミングですよね。なんかちょっと唐突な印象が強かったんでしょうね。

(久保田利伸)そう。なんか……

(松尾潔)「俺が『Celebration』!?」みたいな。

(久保田利伸)そうね。たとえば、そうね。もちろん、歌うわけじゃない。クール・アンド・ザ・ギャングで。なんだけど、その選択というか、そういうアンサーは出さなかったね。あの時。

(松尾潔)これ、けど人生のひとつの岐路でしたね。

(久保田利伸)そうだね。違う形に。

(松尾潔)それに参加したことがその後の世界デビューへ近づいたのか、遠のいたのかは誰にもわからないですよね。

(久保田利伸)近づいたんじゃないの? もしやっていたら。

(松尾潔)ただ、違う形にはなっていたでしょうね。

(久保田利伸)もちろん、違う形でしょうけど。

(松尾潔)まあ、そこに参加すること自体が世界デビューとも言えるわけですけども。あのネオ・ソウルの体現者TOSHI KUBOTAっていうのは生まれたかどうかはちょっとわからないですよね。

(久保田利伸)そう。僕、そのへんを考えた。

(松尾潔)若き懐メロシンガーになっていた可能性が……それが怖かったわけですよね?

(久保田利伸)なんか、そういうことなんだと思う。かっこつけて迷ったのは。迷いのかっこつけはそういうことなんだと思う。自分がやりたい音楽というのがまた別の形でそこにはっきりと存在していたんだと思うんだよ。

(松尾潔)うーん。いや、これちょっと、たぶんこの先、この番組の中でないであろう人生の話でしたね(笑)。

(久保田利伸)いや、またしましょうよ。人生の話。まあ、今日はいいよ。今日は十分にしたから。またしようよ、来年。

(松尾潔)来年ね(笑)。来年やりますか。さて、今年いろんな方が亡くなった中で、久保田さんと僕、まあ趣味がいまさら言うまでもないけど、近いですけど。

(久保田利伸)近いですねえ。

(松尾潔)僕、この人の名前が大きかったなっていう、ロッド・テンパートン。

(久保田利伸)ロッド・テンパートン。あのね、潔ちゃんから数週間前にね、メールが来て。「今度この番組に来る時に、亡くなった人を思い浮かべながらやる」って。その時の名前に何人かあがっていて。「ロッド・テンパートン……ロッド・テンパートンはたしかに今年なくなっているけど、僕ら的には10曲のうちの1曲じゃないでしょう? ロッド・テンパートンやるならば、もう1日……1週、2週、3週。まあ、とりあえず特集しなきゃダメでしょう!」と。そしたら、「やっていますよ」って言われましたね(笑)。

(松尾潔)(笑)。ちょっと嫌な感じじゃないですか。それ。

(久保田利伸)「当然じゃない。やってますよ。俺を誰だと思っているんだ?」って。

(松尾潔)じゃあ、開き直って言うと、やってますよ!(笑)。

松尾潔 ロッド・テンパートン追悼特集
松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でロッド・テンパートンを追悼。『メロウ・テンパートン』と題し、彼の名曲の数々を振り返っていました。

(久保田利伸)やってますよね。

(松尾潔)だって久保田さんとの、いままでの僕もここ30年ぐらいの付き合いの中で、何度も「ロッド・テンパートン」っていう名前が久保田さんの会話の中でひとつの物差しとして出てきている。僕はそれをずっと覚えていて。たとえば、僕が10年ぐらい前に「筒美京平さんといま、お仕事をやっているんですよね」って言ったら、「俺にとっては筒美さんっていうのは日本のロッド・テンパートンなんだよね」って。

(久保田利伸)言ったかもね。

(松尾潔)もう2つ目の返事がそれですからね。だから、「俺にとってはロッド・テンパートン」って言われなくても「筒美京平」っていう名前で通じる……っていうか、ロッド・テンパートンを紹介する時に「アメリカの筒美京平ですよ」とも言えるわけですけど、久保田さんはロッド・テンパートンをそういう使い方をするんですよ。

(久保田利伸)ロッド・テンパートンがでも、軸にあるんだよ。

(松尾潔)そうなんですよ。ロッド軸で話すんですよ(笑)。

(久保田利伸)そうなんだよ。で、ロッド・テンパートンでたとえば今日に至るまでのこの数週間も、今年亡くなったこともありながらのいろいろロッド・テンパートンをいつになく、思い浮かべるわけですよ。彼の曲とかが頭の中でいっぱい鳴るわけですよ。「あれっ? ああ、そうか」って。同時に鳴るものが自分の曲も時々あるのね。「そうか! 俺のあの曲ってロッド・テンパートンの影響なんだ。あっ、もしかしてあのスロウも、あのアップテンポのあれも、ロッド・テンパートンなんだ!」って。

(松尾潔)たしかに、バラード・アップとどっちも名曲が多いですからね。

(久保田利伸)本当に、ものすごく勉強をさせてもらっているんだなって。ロッド・テンパートンの場合はヒートウェーヴでアメリカじゃないんだ。違うんだよね。でも、ブラザーのバンド。で、ソウル・ミュージック、ファンクミュージックなんだけどロッド・テンパートンがいることによってそれが本当にワールドワイドに広がっていくわけじゃん?

(松尾潔)本当、そうですよ。

(久保田利伸)そういう曲作り。

(松尾潔)たしかに。「ユニバーサル」っていうのかな?

(久保田利伸)ユニバーサルですね。

(松尾潔)根っこにあるのがブラックミュージックであることは間違いないけど、それ以上にユニバーサルであると。まさに久保田さんがやろうとしてきたこととベクトルがかなり近いですよね。

(久保田利伸)まあでもこうやって俺なんかがロッド・テンパートンってどんな風にいいかって語っちゃいけないぐらいすごい人。もう語り尽くせないし……

(松尾潔)なにを話してもラブレターみたいになっちゃうんですよね。ロッド・テンパートンのことを話すとね。久保田さんとね、僕がまあお付き合いは昔からありましたけど。初めて音楽制作上ご一緒したというか、久保田さんに……まあ基本、ライターという形で久保田さんと接していた僕が「潔ちゃん、ちょっとこれのリミックスをしてみない?」って言われたのが『Love Reborn』っていう曲のリミックスでしたけども。

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久保田利伸『Love Reborn KC’S WHAT’CHA GONNA DO REMIX』

(久保田利伸)うん。

(松尾潔)これ、1998年……もう20年ぐらい前になっちゃうんだ。びっくりだ。なんですけど、その時に久保田さんはニューヨークで作業中で。電話で途中の進行とかを確認してもらったりとか。その時に、僕はいまでも覚えているんですけど。世田谷のあるバーで僕、夜飲んでいて。なんで覚えているか?っていうと、渡辺謙さんがそこにいたんですよね。

(久保田利伸)へー!

(松尾潔)普通の一般客として。で、渡辺謙さんがそばにいたことって僕、最初で最後なんでよく覚えているんですけど。「渡辺謙さんがいる!」と思いながら、その時に久保田さんから電話が鳴ったんです。

(久保田利伸)ニューヨークから?

(松尾潔)ニューヨークからの電話。で、渡辺謙さんを見ながら久保田さんと電話で話すっていうすっごい変な気分で。「独眼竜政宗!」って思いながらニューヨークの人と話しているっていう。

(久保田利伸)面白いね。それを覚えているの?

(松尾潔)そう。で、その時に「潔ちゃん、これロッド・テンパートンの『Slow Jams』を超えるね!」って言ったんですよ(笑)。その時も「ロッド・テンパートン」って言っているんですよ。

(久保田利伸)それか!

(松尾潔)クインシー・ジョーンズの『Slow Jams』なんだけど、「あれはロッド・テンパートンじゃん!」みたいな話をされているんですよ。

(久保田利伸)素晴らしい流れだね! この番組、いま。そういうことか!

(松尾潔)いや、本当に。随所随所でロッド・テンパートンを物差しとして出てくるんですよね。

(久保田利伸)でも、そのぐらいロッド・テンパートンはもう、頂きにいるんだよ。俺の。

(松尾潔)メロウ・マシーンとしてのロッド・テンパートン。あと、もちろんヒット製造マシーンとしてのロッド・テンパートン。もう久保田さんがなんか音楽というものでそのポップと向き合う時にロッド・テンパートンみたいなあり方というのをすごい意識されていたんだなっていうのを……

(久保田利伸)曲作りとしてはね。だけどこの、潔ちゃんの『Love Reborn』のリミックス。これは意識したでしょ? クインシーの中に入っているロッド・テンパートンの。

(松尾潔)あの、『Slow Jams』というかアルバム全体の『Q’s Jook Joint』みたいな、とにかくマニアックになりすぎない、貧乏臭くならない、やっぱり一言でいうとメロウな感じっていうのでそういうことをね、思い出しましたね。今年、ロッド・テンパートンが亡くなっていろんなことを思い出して。その時、僕も思い出したのは常に久保田さんの思い出がともにありますね。

(久保田利伸)素敵ですね。

(松尾潔)さて、亡くなった方というとこの人も忘れちゃいけないっていう人がたくさんいて。2人、名前をあげますけども、トゥーツ・シールマンスと永六輔。一見、つながらないようなこの2人が、久保田さんの今回の『THE BADDEST~Collaboration~』というこの30周年企画のコラボアルバムにこの2人の関連曲というか、まあトゥーツが参加した曲と、あと永さんをトリビュートするという意味合いもある曲が入っているっていうのも、これまたグッとくる話ですよ。

(久保田利伸)ですね。特に今年ね、『Love under the moon』っていう曲で……

(松尾潔)いま、バックで流れています。

(久保田利伸)で、まあ録音したのは『BONGA WANGA』の頃ですが、90年の頭のあたりだと思いますが。スタジオに来ましたね。トゥーツが。

(松尾潔)トゥーツおじいちゃん。

(久保田利伸)トゥーツじいちゃん。あの頃からもう。

(松尾潔)その時からおじいちゃんですよね。トゥーツがね、今年亡くなった時、94才ですからね。

(久保田利伸)もうスタジオに来て、すごいな。僕がスタジオに呼ぶ人っていうのは肌の色が濃い人が多いんだけども。そういう人じゃないわけじゃない。

(松尾潔)ベルギーの人ですよね。

(久保田利伸)そう。ベルギーの人。えっ、でも来てくれちゃうんだ! 「セッションお願いします」って言ったら、やってくれちゃうんだ!っていう。本当に来ちゃった。で、もうスタジオに入ったらハーモニカを裸で出して。で、「じゃあもう歓談していても何なので……こんな曲です」ってボタンを押したら、「うーん」って言ってそのまま。ハーモニカを持ったままスタジオに入っていて。たまたまマイクのセッティングが済んでいたので、そのマイクのところに行って、いきなりだよ。曲はその時に初めて聞くんだよ。最後まで聞いてないんだよ、曲は。

(松尾潔)はー。

(久保田利伸)そこでいきなり吹き始めちゃって。

(松尾潔)それでちゃんと最後、まとまるものなんだな。

(久保田利伸)そこがやっぱり天才なんですよ。しかもこの曲って普通のわかりやすいポップスの進行じゃなくて、少し転調気味だったりするから。ひとつのキーではアドリブで吹ききれないの。転調を予想して吹かないといけないんで。それを、この(曲に)入っているハーモニカはテイク1なの。1個目。「いや、テイク1で済ませちゃうのは時間もあれだし、もったいないし……」と思ったんで、「じゃあもう1回、お願いします」ってとりあえず2、3テイクやったんだけど、やっぱりテイク1なんだよ。曲を聞く前に吹き始めたこのテイク。すごいね。

(松尾潔)はー!

(久保田利伸)あと、まあ永六輔さんは『SUKIYAKI(上を向いて歩こう)』を歌っていますね。

(松尾潔)これは今回のアルバムの中で新曲が2曲あって。1曲はAIちゃんと『Soul 2 Soul』っていうタイトルの日本語曲。そしてもう1曲という2つの目玉曲の中で異彩を放つ曲と言ってもいいですね。ミュージック・ソウルチャイルドをフィーチャーした……アトランタで録ってきたんですよね?

(久保田利伸)そうです、そうです。潔ちゃんにそれをやることはお知らせしていましたけども。どんなアレンジにしようかと。誰かいないかな? ぐらいのね。

(松尾潔)これは本当、僕なんかからするとまあ、僕自身個人的にも慕いあげていた永さん、そして中村八大さんへのリスペクトも十分に感じられるけど、その向こうのA Taste Of Honeyのバージョンに対してのリスペクトというのかな? オマージュとしても成立しているところがまあ久保田さんっぽいなと思いますね。

(久保田利伸)そうです。この曲の解釈とスロウなものとしての解釈。それから、琴ですよね。琴の音。これにいちばん最後に「サヨナラ」ってつけるかどうか迷って、つけなくてよかったなと思うんだけど。この琴の音っていうところはやっぱりA Taste Of Honeyさんを経由しての曲ではあります。

(松尾潔)そこが久保田さんのご自身の音楽観の落とし前っていう感じですよね。あれ、最初にA Taste Of Honeyはたしかジョージ・デュークがプロデュースしてますよね?

(久保田利伸)あ、そうなんだ、あれ。

(松尾潔)で、あれって琴が入っているからアメリカ黒人からするとすごいオリエンタルなイメージを呼び起こしてくれるだろうけど、オリジナルバージョンの(坂本)九ちゃんのには琴なんか入っていないわけじゃないですか。

(久保田利伸)入っていないんですよ。

(松尾潔)ねえ。だからこうやって、文化が何回かのフェイズを経て、ある形でそこに定着していくっていうのは面白いなと思ってね。

(久保田利伸)しかも名曲というのは素晴らしいですね。そういう意味でも、大きな役割があるんだね。

(松尾潔)ありますよね。うーん。いやいやいや、この話を聞いてこの曲を聞くとまた曲の魅力が立体的に浮かび上がってくるような気がします。じゃあ、聞いてみましょう。これは久保田さんに曲紹介して頂きたいです。

(久保田利伸)はい。ミュージック・ソウルチャイルドをフィーチャリングしてというか、一緒に歌っております。『SUKIYAKI ~Ue wo muite arukou~』。

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久保田利伸 『SUKIYAKI ~Ue wo muite arukou~ (feat.Musiq Soulchild)』

<書き起こしおわり>

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