松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、Keith Sweat『Make It Last Forever』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
第17回目となる今回は、キース・スウェット(Keith Sweat)が1987年に発表した名曲『Make It Last Forever』について探ってみます。『Make It Last Forever』。これはその後、ずーっとベッドルーム・ミュージック・キングとして活躍することになるキース・スウェットのデビュー・アルバムであるとともに、ニュージャックスウィング・ムーブメントの先駆けとしても知られる、そんなアルバムですね。で、そのアルバムのタイトルチューンだったのがこの『Make It Last Forever』。バラードでございます。
まあ、「R&Bにバラードという言葉は不似合いであって、そこにはスロウジャムがあるだけだ By Toshi Kubota(久保田利伸)」っていうね、言い方に習って言いますとね、まあ本当に90年代のスロウジャムのひとつのフォーマットを作ったような曲。とりわけ、男女デュエットのひとつのお手本になったようなね、そんな印象もいまとなってはございます。いま、バックに流れております『Shake That Ass』……この先、ちょっとお品がよろしくないので、アルバムタイトルを言うのは控えますけども。マニー・フレッシュ(Mannie Fresh)というラッパーがね、リル・モー(Lil Mo)という女性シンガーをフィーチャーしてやっている『Shake That Ass』という曲。
これなんかはもう、『Make It Last Forever』のまんま、替え歌のようなもんですね。まあ、この後ご紹介しますけども、ヒップホップの世界、R&Bの世界はもちろんなんですけども、この曲を好きな人は本当に多くて。レゲエの世界ですと、ビッグマウンテン(Big Mountain)我ですね、ダイアナ・キング(Diana King)をフィーチャーしてこの曲をカバーしてもいます。
これはもう、21世紀に入ってからの話でしたけども。じゃあ、まずオリジナルナンバーをお聞きいただきましょうか。ジャッキー・マッギー(Jacci McGhee)という当時、本当に無名の女性シンガーをフィーチャーしておりました。まあ、歌っているキースも無名だったんですけどね。名もない2人が歌った曲が後にスタンダードになったという、僕の大好きな類の歌です。キース・スウェット with ジャッキー・マッギーで『Make It Last Forever』。
そして、この時は夫婦でした。シャンテ・ムーア(Chante Moore)とケニー・ラティモア(Kenny Lattimore)のカバーバージョンも一緒に聞いていただきましょう。こちら、2003年にリリースされました彼らのアルバム『Things That Lovers Do』の中に収められておりました『Make It Last Forever』。それでは、2つのバージョン聞き比べです。どうぞ。
Keith Sweat『Make It Last Forever』
Kenny Lattimore & Chante Moore『Make It Last Forever』
今夜のいまなら間に合うスタンダード、1987年にリリースされましたキース・スウェットのデビュー・アルバム『Make It Last Forever』。そのアルバムタイトルトラック『Make It Last Forever』をご紹介しています。まずはキースのオリジナルバージョン。ジャッキー・マッギーという女性シンガーとのデュエットでしたね。そして、シャンテ・ムーアとケニー・ラティモアによるカバーで『Make It Last Forever』。これは2003年。16年後のカバーでした。
キース・スウェットのオリジナルバージョンが出たのはもういまから30年近く前になるんですね。信じられませんね。ええ。まあ、それだけこれ、僕の――いま、48才ですけども――自分の人生を分母として考えますからね。こういうのって。うん、なんか、これがイコールになることはないんだけど、どんどんどんどん分母と分子の差が肉薄しているっていうか、そんな感じですね。ええ。
キース・スウェットという人は、誤解を恐れずに言いますと、僕の世代のマーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)です。ということに……いや、もちろん「マーヴィンとは違うよ!」という声はすぐに聞こえてきそうですけども。ある時期、マーヴィンの代わりを務めて余りある活躍でしたよ。キース・スウェットは。特に80年代の終わりから90年代の後半ぐらいですかね?『Twisted』『Nobody』、あのあたりまではもう、キース・スウェットは僕らにとってマーヴィン・ゲイでしたし、キース・スウェットとR.ケリー(R.Kelly)。この2人でマーヴィンのある部分を、欠けているピースを埋めてくれたという気がします。
で、このキース・スウェット。1961年生まれのこの男。デビューした時、26才という、まあ新人シンガーとしては決して若くはない年齢でした。で、すでに成熟した大人のイメージを出しても不自然ではない、それだけの年齢には達していたので。デビューの時からイメージが不変でいられます。いまでも、アルバムを精力的にリリースしてますし、ペースはダウンしたかもしれないけれども、その存在感がもう錆びつくことがないという。R&Bの殿堂入りしているキース・スウェット。
で、その彼の本当に最初の一歩目がこれだったってことですね。で、もちろんキース・スウェットの歴史を語るならば、26才の前の四半世紀っていうのがあるわけで。その前に、インディーズ時代で出していたシングル。もう結構作風は決まっていますね。聞いてびっくりするほど変わりません。ですが、このメジャーデビューの87年以降、どこが違うかっていうと、ズバリ、プロデューサーのテディー・ライリー(Teddy Riley)の存在ですね。テディーはこの時、本当ハタチぐらいだったんですが。
こういった若いコンビで作り上げたものが、大人をも酔わせるサウンドに仕上がっていたというところにR&B――ここでは特にニューヨーク、ハーレムのソウル・ミュージックっていう言葉を使いたいですけども――本当に、音楽的に豊かな土壌っていうのはあるんだなっていう気がしみじみとしております。で、このあたりの事情に関しては、キース・スウェットの個人史。そしてテディー・ライリーとの関係、テディー・ライリーの幼年時代も含めて、以前にもこの番組でご紹介させていただきました。
僕の『メロウな日々』『メロウな季節』っていう本に詳しく書いておりますので、そちらの方を読んだことがあるよという方もいらっしゃるかもしれませんが。まあ、キース・スウェットっていうのはね、こういうベッドルームの帝王っていうイメージを自己演出で作り上げた人なんですね。本人はこの仕事に入ってくる前っていうのは、ニューヨークの株式市場で堅い仕事をやっていた人なんですよね。
で、僕は本当にある偶然から、キースの証券マンとして仕事をしていた時の同僚とキースと一緒に居合わせるっていうことがあったんですが(笑)。まあ、女性のスタッフが数人いたんですけども。とてもR&Bの官能的な世界っていうのと結びつかないような元同僚の方々と一緒に歓談しているキースと会ったことがあるんですけどもね。ああ、改めてこの人っていうのは、お仕事――もちろん彼の中では嘘じゃないんでしょうけども――お仕事っていうことで、ベッドルームの帝王というところを見事に演じきったんだなという記憶があるんですよね。うん。
で、この曲に大変かぶれてしまったニューヨークの10代の少女がいました。その人の名前はマライア・キャリー(Mariah Carey)です。マライア・キャリーはこの曲が本当に好きみたいで。『Can’t Let Go』っていう彼女の初期のヒット曲がありますね。『Emotions』というアルバムの中に入っていましたけども。
いま、バックに流れておりますマライア・キャリーの『Can’t Let Go』、この曲はどこからどう聞いても、弁明のしようのないほどに『Make It Last Forever』に似ております。似ております。ええ。当時からそう思っていましたが、マライア・キャリーが『Make It Last Forever』について残したコメントっていうのが当時、言質が取れていないっていう感じだったんで、まあ「好きなんだろうな」という、あくまで僕の推察の域を出なかったんですが。
99年にマライア・キャリーが『Thank God I Found You』という曲のリミックスバージョンをリリースしたんですね。で、そこに僕の長年の問いかけの答えが含まれておりました。そのリミックスのタイトルが『Make It Last Remix』。言っておきますが、『Thank God I Found You』っていう曲は何の関係もない新曲ですよ。その曲のリミックスバージョンに『Make It Last Remix』と銘打たれておりまして。このリミックスを聞いてみますと、何のことはない。『Make It Last Forever』のほぼカバーバージョンとなっておりました。
マライア・キャリー、やっぱりね、好きなものに落とし前をつけるというタイプなんでしょうね。では、それを聞いてみましょう。デュエットパートナーにマライアが指名したのはジョー(Joe)です。そしてそこに稀代のラッパー、ナズ(Nas)の小粋なリリックが乗ります。マライア・キャリー feat. ジョー&ナズで『Thank God I Found You Make It Last Remix』。
Mariah Carey『Thank God I Found You ft. Joe, Nas』
今夜のいまなら間に合うスタンダード。ご紹介したのはキース・スウェット、1987年の代表曲『Make It Last Forever』でした。そして、その曲に大きなインスピレーションを受けたマライア・キャリーの『Can’t Let Go』。そして、『Thank God I Found You Make It Last Remix』とつなげてみました。マライア・キャリー feat. ジョー&ナズ。1999年リリースのリミックスバージョンです。
このね、マライア・キャリーが『Can’t Let Go』を歌って数年後に、その元歌と思しき『Make It Last Forever』をね、余裕しゃくしゃくにカバーする感じっていうのは、僕にとってはね、南沙織さんのエピソードというか、筒美京平先生のね、エピソードを思い出させてくれるんですよね。1971年に南沙織さんが『17才』という、後に森高千里さんもカバーしてね、そちらもヒットしましたけども。
いまでも、歌謡曲のスタンダードとして愛される『17才』をリリースした時に、リン・アンダーソン(Lynn Anderson)という女性カントリーアイドルのようなね。まあ、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)じゃないですけどもね。そういう人が当時ヒットをさせていた『Rose Garden』に似ているという……洋楽に詳しい人たちからするとね、みなさん、そういう指摘をするじゃないですか。昔もいまも、そうですよね。で、それに応えるような形で、その4ヶ月後に大ヒットした『17才』というシングルを受けて作られた『17才』というアルバムの中で、『Rose Garden』のカバーも収録していたという。もう、僕の大好きな話があるんです(笑)。
南沙織伝説というよりも、筒美京平伝説のひとつのチャプターをね、鮮やかに彩っている痛快な話なんですけども。あれは僕、一時京平先生と仕事をさせていただいている時期がありましたから。この話もよく存じ上げておりますが。もともと、南沙織さんが京平先生との顔合わせの時に、「どんな曲が好きなの?」って言われて、「リン・アンダーソンの『Rose Garden』が好きです」って言って、その時に歌ったらしいですよ。
「あ、こういう曲が好きなんだ」っていうことで、『17才』を作って。で、そのアルバムを出す時に、最初の出会いの1曲っていう『Rose Garden』のカバーもそのままレコーディングしたと。これ、こうやって僕が語り継いでいかなきゃなと思っているのはなぜか?っていうと、いまでもね、特に僕より若い方で「最近、昭和の歌謡曲にハマっているんですよ」みたいな人が「南沙織の『17才』っていうのは『Rose Garden』そっくりですね」みたいなことを言われると、「いやいやいや……『そっくりですね』じゃなくて、ちゃんと元ネタとして認めているんだよ!」っていう話をするわけなんですけども。
それがまあ、このマライア・キャリーの話につながるっていう。まあ、何が言いたいか?って申しますと、マライア・キャリー、南沙織。時を超えて、そして国を超えて、やっぱりトップアイドルがやることっていうのは、どこか似通っているのかな? というお話でした。
<書き起こしおわり>
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