松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、スピナーズの『Could It Be I’m Falling In Love』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明いたします。
第20回目となる今回は、ザ・スピナーズ(The Spinners)が1973年に発表した名曲、『Could It Be I’m Falling In Love』。邦題『フィラデルフィアより愛をこめて』について探ってみます。はい。このね、タイトルが何をかいわんや。フィラデルフィアサウンドの中でも屈指のメロディーですね。僕は「いちばん好き」と言っても差し支えない、フィリーソウルの名プロデューサー、トム・ベル(Thom Bell)の傑作のひとつでもあります。
皮肉なことに、イギリスではデトロイト・スピナーズ(The Detroit Spinners)という名前で知られております。そんなスピナーズの『フィラデルフィアより愛をこめて(Could It Be I’m Falling In Love)』。じゃあ、まずは聞いていただきましょう。オリジナル。ザ・スピナーズで『Could It Be I’m Falling In Love』。そして、この曲を効果的に、そしてまた、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)のあの曲と上手くマッシュアップした曲でもあります。キャンディーマン(Candyman)『Melt In Your Mouth』。2曲続けてどうぞ。
The Spinners『Could It Be I’m Falling in Love』
Candyman『Melt In Your Mouth』
今夜のいまなら間に合うスタンダード。ザ・スピナーズが1973年に発表した名曲『Could It Be I’m Falling in Love』について探っております。まずそのスピナーズのオリジナルバージョン。そして、この曲を効果的に全編に渡って使っていますね。『Melt In Your Mouth』、キャンディーマンという懐かしいラッパーのヒットをお聞きいただきました。これ、1991年にリリースされたアルバム『Ain’t No Shame in My Game』という中に収められていました。「Melt In Your Mouth」っていうのはその後に、「Not in your hand」って続くわけです。「お口に溶けて手に溶けない」。うーん。もちろんこれは世界的に有名なチョコレートのキャッチコピーなんですけども。
「お口に溶けて手に溶けない」っていうのをこのキャンディーマンっていう人がラップすると、これはちょっと色っぽい意味になるんですね。あとは、ご想像にお任せします。もとい、ザ・スピナーズ『Could It Be I’m Falling in Love』なんですけどね、この曲はなんかこう胸キュンとするとか、メロウとか、いろんな表現ができると思うんですけど。なにより僕はこの曲を聞いていると、豊かな気分になるんですね。そしてやっぱり、音楽というものは常にこの、ともすればままならぬ日々。世知辛いことも多い、そんな日々の中で、美しい心を求めるっていう気持ちが、音楽だけじゃないかもしれないけれども、このポップミュージック、ポップカルチャーというもののいつも発火点になっているんだなということを、今一度気づかせてくれます。
『Could It Be I’m Falling in Love』、なんて言うんでしょうね。好きにならずにいられない気持ちがそのままタイトルになっていますし、サウンドでもこれ、キチッと表現されていますよね。仮に歌詞の意味がわからなくても、この曲が恋愛の曲であるということ、疑問の余地ないですよね。このスピナーズというグループ、時代によってメンバーの数が多少増減してますけども、いくつかのレーベルを渡り歩きながら、名門という看板を守ってきた人たちです。有名なのはモータウンにいた時期ですね。最初はね。その頃、『It’s A Shame』っていうヒットを出しておりますし。
このスピナーズにその時にいたG.C.キャメロン(G.C. Cameron)っていう人がその後、独立しまして。G.C.キャメロンがソロになって、『It’s So Hard To Say Goodbye To Yesterday』という名曲をモノのし、それをボーイズ・II・メン(Boyz II Men)がずいぶん時間がたってカバーして、90年代のR&Bボーカルグループ現象がそれから世界的に広がったというわけですからね。
まあ、そういった点と点を結ぶだけを話すっていうのはこのコーナーの趣旨ではないんですが、いろんな形でいまのR&Bボーカルグループに大きな影響を与えている、そんな一組であることは間違いありません。ですが、モータウン時代はスピナーズっていうのはテンプテーションズ(The Temptations)であるとか、フォートップス(Four Tops)。こういった人たちの影に霞みがちだったし、その後、アトランティックに移籍するんですけども。アトランティックに行っても、決してレーベルのナンバーワングループになったわけではないと。人気グループではあったんだけれども、王者と言われたことはいままでなかったような気がしますね。
やっぱりそのひとつの理由っていうのが、さっきもチラッと話しましたけども、メンバーの増減っていうのが常にありますね。この人たち、入れ替わりっていうのが常にありまして。で、その時々にいいシンガーがいるんですよ。で、この曲ではボビー・スミス(Bobby Smith)っていう人が歌っています。ボビー・スミスのボーカルはもう、本当、聞いていただいたようにソウルフルでありながら、重すぎないというもう絶妙なバランスですし。曲の後半の方でもう目の覚めるようなアドリブを歌ってくれるフィリップ・ウィン(Philippe Wynne)っていう人。この人はメガネがトレードマークのシンガーでね、後にソロアルバムを出していますけども。このフィリップ・ウィンのボーカルも軽やかで。でも、ソウルフルでっていう。もう本当にいろんな魅力の集合体だったんですが……
名曲も名盤も多いんだけど、なかなか王者というところに辿りつけなかったというかね、そこの椅子に座ることはなかったような、そんなイメージがございます。それでもね、もちろん僕なんかもその1人ですけども。「もうスピナーズ。スピナーズこそが……モータウンといえばスピナーズでしょ」とか。「アトランティックの70年代作品ではスピナーズがいいよね」っていう人がたくさんいることも僕は知っています。で、この『Could It Be I’m Falling in Love』に関して言いますと、名プロデューサーのトム・ベル。このトム・ベルがね、いい仕事をしましたね。以前、この番組に山下達郎さんがいらした時も、トム・ベルへの熱い思いを語ってくださいましたけども。この曲もそのトム・ベル好きの人にとってはね、その根拠のひとつとなる曲であることは間違いないですね。
で、フィラデルフィアにシグマサウンドというスタジオがありまして。そこでレコーディングされた名曲群というのがいま、我々がフィリーソウルと言っているものの大半なんですけども。これもそのシグマサウンド産でございまして。当時はいまとはまた聞こえ方が違ったと思いますね。こんなにおしゃれなストリングスの使い方があるのか! という感じで。ウキウキするんだけども、上品さを失わないという、そのあたりのバランスがもう、さすがトム・ベルでございます。曲を書いたのはトム・ベルではないんですね。これはメルヴィン&マーヴィン・スティールズ(Melvin and Mervin Steals)というコンビでございまして。
この人たちはアトランティックの専属作家だったんですけども。この一世一代の名曲を自分たちのホームグラウンドのアトランティックでものにすることができたという、チャンスを逃さなかった人たちですね。で、この曲、一応数字的なことを申し上げますと、R&Bチャート。当時でいうソウルチャートでは一位を獲得しておりますし、ポップチャートでも堂々の四位です。この人たちね、意外に記憶よりも記録に強いという。これ、いいことかどうかは別にして、そういうところがございましてね。スピナーズっていうのは意外に数字的にはいいんですよ。ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)と一緒に歌った『Then Came You』なんていうのはナンバーワンを取っていますね。ポップチャートでもね。
まあ、実際の販売力もそうですけども、影響力の大きさという。ここはね、やっぱりカバーの数とかサンプリングされた数とかっていうのがひとつの指標になるかと思います。さっきのキャンディーマンの『Melt In Your Mouth』っていうのもそのひとつなんですけども。レジーナ・ベル(Regina Bell)の『Could It Be I’m Falling in Love』。このカバーもね、曲の最後にオリジナルにはなかったゴスペル的な高揚感のあるコーラスが入っているんですけども。こういうのはもう、なんて言うんだろうな? やっぱりこの曲が深く愛されてこそ、アダプテーションというか脚色……浅利慶太さん風に言うと潤色ですね。もう本当にカバーにする時に、さらに芳醇さを加えるという、それだけ愛された曲なんだなという気がいたします。
もう本当にカバーバージョン、たくさんありますので。この曲のタイトルを覚えて、いろんなところで探していただければと思いますが。今日は85年にイギリスでリリースされたこのデュエットバージョンでお楽しみいただければと。男女デュエットですね。もともとリンクス(Linx)というユニットで活躍していましたデビット・グラント(David Grant)という男性シンガーがジャッキー・グラハム(Jaki Graham)という女性シンガーと組んでヒットした曲です。ジャッキー・グラハムは日本でもね、『Breaking Away』という曲が一時期大層ヒットしましたから。こちらの方が有名かもしれませんけどもね。デビット・グラントとジャッキー・グラハム、いくつかあるデュエットの中から、これは間違いなくナンバーワンの出来です。聞いてください。デビット・グラント&ジャッキー・グラハムで『Could It Be I’m Falling in Love』。
David Grant & Jaki Graham『Could It Be I’m Falling In Love』
今夜のいまなら間に合うスタンダード。ザ・スピナーズの『Could It Be I’m Falling In Love(フィラデルフィアより愛をこめて)』。こちらをお届けいたしました。最後にご紹介しましたカバーバージョンはイギリスの男女デュエット。デビット・グラントとジャッキー・グラハムで『Could It Be I’m Falling In Love』でした。『フィラデルフィアより愛をこめて』という邦題は数あるR&B、ソウルナンバーの邦題の中でも屈指のロマンティックなタイトルじゃないかと思います。これ、リリースされたのは1973年なんですけども。これよりほぼ10年前にご存知、『007 ロシアより愛をこめて』が公開されて。当然、それを踏まえて付けられたタイトルかと思います。
で、僕はこのデビット・グラントのカバーバージョンですね。85年。これは当時、デビット・グラントの2枚目のアルバムだったかな? アリフ・マーディン(Arif Mardin)とかがやっているアルバムですけども、それで聞いて、「ああ、これもいいな!」と思ったんですね。ただ、「ずいぶん懐かしい曲をやるな」と思ったんですが、いまこうやって並べてみると、懐かしいって言っても12年ぐらいしかたっていなかったわけで。12年っていうと、いまに置き換えると2004年の曲をカバーするぐらいだから、そんなに昔の曲じゃなかったんだなっていうね。はい。こういうことをこの番組で何度も話していますけども。大切だと思うんで、何度も話しているんですよ(笑)。今夜は『フィラデルフィアより愛をこめて』をお届けいたしました。
<書き起こしおわり>