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山本晋也と玉袋筋太郎『トゥナイト』と新宿歌舞伎町を語る

山本晋也と玉袋筋太郎『トゥナイト』と新宿歌舞伎町を語る たまむすび
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映画監督の山本晋也さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。玉袋筋太郎さんと名物番組『トゥナイト』や、番組で頻繁に取材に訪れた当時の新宿歌舞伎町について話していました。

(玉袋筋太郎)いやー、もう我々の世代と言ったら、監督。やっぱり『トゥナイト』になっちゃうんですよね。

(山本晋也)そうでしょうね。

(玉袋筋太郎)毎週木曜日。

(山本晋也)やっている方も驚いてましたからね。

(玉袋筋太郎)いや、でも毎週毎週、新鮮だったんじゃないですか?

(山本晋也)いや、新鮮だったけど、あれね、本当のところは大変だったんですよ。裏を調べるのが。

(玉袋筋太郎)これは大変ですね。歌舞伎町ですから。

(山本晋也)店の……

(玉袋筋太郎)コレが……とかね(笑)。

(山本晋也)そうそう。それがね、いちばん大変でしたね。だからそれで問題が起きると、大変じゃない。

(玉袋筋太郎)まあ、そうですよね。

(山本晋也)それをチェックするADたちやプロデューサーたちがいちばん大変だったんじゃないですかね?

(玉袋筋太郎)ですね。まあ、あの頃の歌舞伎町のさくら通りなんつったら、すごかったっすからね。

(堀井美香)ああ、そうですか。

(山本晋也)本当にすごかった。

(玉袋筋太郎)すごかったっすね。監督。

(山本晋也)通りを歩いているだけで、なんなんだろう? 本当に異次元の世界へ来たっていう感じがして。

(堀井美香)通りを歩いてるだけで、声をかけられる?

(玉袋筋太郎)まあ声も、いろんな商売も。ねえ。のぞき部屋とか。もともと、ノーパン喫茶から始まったりとか。その前にビニ本喫茶とか、歌舞伎町って……

(山本晋也)だからいろんなものがあった中で、なんだったんですかね? やっぱり時代が作ったものでしょうね。要するに。

(玉袋筋太郎)で、そん中から、風俗の中のアイドルが出てきたりとかね。イブちゃんとか。

(山本晋也)そう。風俗のアイドルも生まれたしね、ストリップ嬢でスターがいっぱい生まれたんですよ。

(玉袋筋太郎)いっぱいいましたね! 道劇では美加マドカとかさ。そうですよ。いっぱいいたんですよ。

(山本晋也)知る人ぞ知る。

(玉袋筋太郎)知る人ぞ知るっていうね。

(山本晋也)男の子以外、女性はあんまりあのあたり、歩いてなかったけど。いまは……

(玉袋筋太郎)いまはきれいになっちゃって。

(山本晋也)この間も、あのへんを歩いていたら家族連れが。

(堀井美香)そうですね。観光地になっていますよね。職安通りのところ、バスが停まってね。

(山本晋也)そう。そんなになっちゃったから。まあ、それはそれでいいのかもしれないけど。なんか、一抹の、ねえ。あるエリアに行くと男たちしかいないっていうね。

(玉袋筋太郎)パンチパーマでね。

(山本晋也)そうそう。バカな世界があってもよかった(笑)。

(玉袋筋太郎)あったんですよ。だからちょうど監督が『トゥナイト』でレポートをやっている時。歌舞伎町をね。僕はちょうど歌舞伎町でラーメン屋の出前のアルバイトをやっていたんですよ。

(山本晋也)ああ、そう?

(玉袋筋太郎)はい。区役所通りの。

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歌舞伎町での取材

(山本晋也)ああ、じゃあね、あのね、要するにあのへんでそういう食べ物屋さん、いろんなところ知ってるじゃないですか。でね、僕の場合すごいのはね、もう万札をこんな束でね、「次、うちの店を取材、やってくれ」って。それをやっちゃうと、もうアウトじゃない?

(玉袋筋太郎)はいはいはい。

(山本晋也)だからね、俺、ジャンバーを着たっていうのはね、あれはね、1/2のVTR。あれをこう入れて、逃げる時のためなの。

(玉袋筋太郎)ああ、戦闘服ですね。

(山本晋也)そういう誘惑で、逃げるわけ。向こうは万札持って追っかけてくるわけ。俺は逃げるわけ。すると、路地裏に入って、中華料理のちっちゃい店の、オヤジさんがチャーハン炒めたりなんかしてるところに、下へちょっと隠れて。「ちょっと匿って!」「どうした? なんかあったの?」っつって。すると、後ろにドサドサドサッて人が。それで、そこでしばらく待って。で、ラーメンのひとつも食って。だから、会ってんじゃねえの?って思って(笑)。

(堀井美香)一切、もうお金はもらわなインですか? やっぱり。もらっちゃダメなんですか?

(山本晋也)もらわなかったですね。だから僕はね、80年から2001年までですけど。あんなに清く正しく生きた時代はないですね。

(玉袋筋太郎)すごいっすね。監督、それ。

(山本晋也)だって、もう行くとお姉ちゃんたちが、「昨日、誰々が来た」とかさ。

(玉袋筋太郎)そうそう!

(堀井美香)言っちゃうんですね。

(山本晋也)みんな言っちゃうの。行く方が別に健全だから、どうってことはないんだけど。

(玉袋筋太郎)だからラーメンを持っていったらさ。クリスタルっていうところね。西武新宿のえび通りのところの。

(山本晋也)よく知ってるね(笑)。

(玉袋筋太郎)クリスタルにラーメン持っていったら、店内にうちの師匠のね、色紙が飾ってあって(笑)。「来てるんだ、うちの師匠も」って。たけし軍団と。

(堀井美香)それ、堂々としているからいいですね(笑)。

(玉袋筋太郎)堂々と貼ってあるんだよね。

(山本晋也)いやいや、ありますよ。あのね、タモリさんのサインまで貼ってあるところ、あるよね。

(玉袋筋太郎)だから僕、監督がレポートしている時、出前で横を通ってますからね。スーッと。

(山本晋也)で、これ意外とね、風俗のお姉ちゃんが選ぶ食べ物屋。もう最初に行って調べるのはね、「このへんでいま、どこが美味い?」って。要するに彼女らは外出できないから。出前を取るじゃない? みんな、違うんだよ。ストリッパーはストリッパーで「○○が美味い」とかね。風俗関係は「△△が美味い」とか。たしかに、安くて美味いんだわ。

(玉袋筋太郎)で、ストリッパーの方から伝票が来るんですよ。モダンアートとか。伝票をバッと取って。時間指定なのよ。8時20分とか。

(山本晋也)そうそう。踊りの出番の時間があるから。

(玉袋筋太郎)で、俺、持っていくじゃない? 天津飯とラーメンとか、こうやって持っていくわけだよ。そうすっと、時間通りに行くと、ちょうどショーが終わって素っ裸のお姉さんがこうやって来るわけよ。「はーい」って受け取りに。これがいいね。その横にね、そのストリッパーの、踊り子さんのお子さんがチョコチョコチョコッてこう……

(山本晋也)そうそうそう。

(玉袋筋太郎)そういったところをね、やっぱり高校生ぐらいの時に見ちゃうとね、やっぱりこういう人間になっちゃいますよね。

(山本晋也)いえいえ、そんなことはないよ。だけど、いま考えればね、ねえ? その、「保育所落ちた、日本死ね」なんつってるけど。あの頃、偉いなって。ストリッパーのお姉ちゃんもみんな、子連れで。自分の職場に連れて来て、みんなやってたよな。

(玉袋筋太郎)そうなんですよ。

(堀井美香)なんかおっきいキャバレーとかでも、上に託児所があったりしましたからね。赤羽とかね。

(玉袋筋太郎)あるあるある。

(山本晋也)よく知ってますね。

(堀井美香)やっぱり、行きました。「上にいま、子供を預かっているんです」っていう人が働いてました(笑)。

(玉袋筋太郎)子供の力関係も、お母さんの指名が多い方が威張っているらしいよ。

(山本晋也)(笑)

(堀井美香)なんか、いい時代ですよね。

(玉袋筋太郎)いい! でも、監督あれですよね。『トゥナイト』をやっていた時、要するに歌舞伎町がちょっと変わったって。まずは風営法ですよね。あん時ですよね。

(山本晋也)そうです。

(玉袋筋太郎)あん時のレポートも見てましたし。あの日、僕もいたしね。

(山本晋也)あれはね、本当に東京のテレビ局のレポーター。有名なね、方たちいっぱいいらしたでしょう? もう、お亡くなりになった方。ああいう人たちにマークされましたね。要するに、「監督はどこに行って、どういうインタビューをするんだろう?」って言う。

(玉袋筋太郎)はいはい。

(山本晋也)で、結局僕らはね、灯りが消える。ああいうことになると、12時からなんですよ。12時にバタッとライトが消えるんですよ。そのシーンが、撮りたかったの。しかも、女の子たちと対談をしながら。だから、それを設けたんだけど、その場所をバレちゃいけないんで。私、逃げましたね。随分。

(玉袋筋太郎)(笑)

(山本晋也)もう、梨本さんもすごいベテランだけど。あの人、意外と足が速いんだよ。だから体力っていうのは、レポーターやっても、アスリートをやっても、野球選手をやっても、足だな。

(玉袋筋太郎)足ですね、やっぱり!

(山本晋也)足が速くないと、人間はなにもできない。だから、寅さんは偉いな! あの映画を見ていて、寅さんは走らないもんな。日本映画で走らなかった人は、寅さんぐらいじゃない?

(玉袋筋太郎)ああー、そうですかね。やっぱり。

(山本晋也)健さんも走らなかったか。あ、『番外地』でちょっと走った。走ってるな。だから、そういう意味では寅さんぐらいかな? 走らなかったのは。

(玉袋筋太郎)寅さん、走んないです。渥美さん。

(山本晋也)そういう意味でね、なんか走るっていうことと、歌舞伎町っていうのはすごく……だからあそこに行ったら、落ち着いてインタビューをこうして、レポートしているようだけど、なんかあったらすぐに走る!っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)そうですよ! で、監督、あの頃、まあいまでもありますけども。ゴールデン街がやっぱりいい時代じゃないですか。

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ゴールデン街のいい時代

(山本晋也)そうそう。あそこにはね、もう至る形で後で功成り名遂げて、直木賞、芥川賞とった人たちがね、おぞましい姿を(笑)。

(玉袋筋太郎)平気で殴り合いをしてるし(笑)。

(山本晋也)そうそう。

(玉袋筋太郎)すっごい時代ですよね。たこ八郎がフッと歩いてたりね。タコちゃんが。

(山本晋也)そう。

(玉袋筋太郎)中上健次さんが酔っ払って出てきたりとかね。そういう時代ですよ。

(山本晋也)そうそうそう。それで、野坂昭如……でも、よくケンカしていたな。

(玉袋筋太郎)ケンカ。そうですね。だから、篠原クマさんと、崔洋一さんが東西のケンカ横綱だったり。で、ゴールデン街でいちばん弱かったのが、漫画家の高信太郎だったっていう。

(山本晋也)(笑)

(玉袋筋太郎)ゴールデン街最弱の男って。それを自慢してましたからね。あの人は。高信は。

(山本晋也)(笑)

<書き起こしおわり>

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