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カンニング竹山 震災5年目の被災地で会ったボランティア青年の話

カンニング竹山 5年目の3月11日に被災地で会ったボランティア青年の話 たまむすび
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カンニング竹山さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で震災から5年がたった宮城県名取市閖上地区に訪問した際に感じたことや、そこで出会ったボランティアの青年との話をしていました。

(赤江珠緒)ええと、竹山さんはこの週末は?

(カンニング竹山)週末はだから、今年結構震災関係が忙しかったですよね。『忙しかった』って怒られるけど。

(赤江珠緒)3月11日がね、金曜日でしたからね。

(カンニング竹山)金、土、日でさ、いろいろそういうお仕事をしまして。金曜日は朝、『ノンストップ!』っていうやつで、『いわきに遊びに行くのにカメラを回させてくれ』っていうから、1回だけロケに行ったんですよ。で、それが流れて。で、ほら、5年前のあの日も金曜日だったじゃない?

(赤江珠緒)はい。

(カンニング竹山)で、俺はちょうど新幹線で『ナイトスクープ』のスタジオに行く時に新横浜で偶然止まっていたらグラグラグラッ!って来たんです。ガタガタッ!って。

(赤江珠緒)ああー、新横浜だったんですね。

(カンニング竹山)偶然止まったの。『新横浜、新横浜』って停車中に地震が来たの。で、今年も同じような電車に乗って行くわけですから。『ああ、そういえばこの時もそうだったな』って思いながら、いろいろ考えたりして行って。ほんで土曜日にNHKさんでさ、NHKさんは金、土、日で3日間、震災の生放送を糸井重里さんがMCでずーっとね。仙台の名取市の閖上地区っていう津波で全部持っていかれちゃったところ。

(赤江珠緒)はいはい。

(カンニング竹山)そこにね、あれ、なんて言えばいいのかな?道の駅的なものができていて。きれいでしたよ。で、そこでご飯が食べれたりとか、展示物があったりするんだけど。そこからずっと3日間、生放送を出していて。

(赤江珠緒)ああ、そうだったんですね。

(カンニング竹山)で、土曜日は俺、『出演に来てください』って言われて。で、行ったんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、その地元の名産品なんかも?

(カンニング竹山)名産品っていうか、美味しいラーメンとかさ、そのへんとかを食べていたんですけど。なんかいろいろね、面白い出会いとか。Twitterにも上げたけど、面白いのがあって。震災直後に閖上地区っていうところに行ったんですよ。そしたらね、やっぱりもうグチャグチャですよ。皆さんがテレビで見るような。

(赤江珠緒)うん。

(カンニング竹山)『これは、なんだ!?』と。もう本当に地球がひっくり返ったのか?っていうぐらいのことになっていたのよ。なんだ?って思っていたんです。で、なんとなくですけど、小高い山とか、地理はなんとなく覚えていたんです。グチャグチャの中でも。そして、5年たって行くと、もうきれいに整備っていうか、なにもなくなり。野っ原ですよ、いま。

(赤江珠緒)はい。

(カンニング竹山)で、嵩上げしているところは嵩上げ工事が始まって。で、そんなところにね、5年前、たしかあれね、ローソンかなんか、コンビニだったんだけど。コンビニだったところなんです。当時、見た時はコンビニだけど中、グチャグチャで。『あ、これコンビニだったんだ。コンビニでもこんな風にグチャグチャになっちゃうんだ』って思っていたの。

(赤江珠緒)うん。

(カンニング竹山)そこがね、葬儀屋と墓石屋になっていたんです。

(赤江珠緒)あ、いまは?

(カンニング竹山)そう。コンビニの形をそのまま守ったまま、中が葬儀屋さんと墓石屋になっていて。周りは何もないんですよ。でもこれ、ちょっと不謹慎かもしれないけど、俺、笑っちゃって。もう、なんてたくましいんだ!と。

(赤江珠緒)ああー、まあ、そういう意味ではね。あるままを使ってね。

(カンニング竹山)で、いまはそこ、誰も住んでないから。もっと高速道路の向こうに行ったら住宅地があるんだけど。誰も住んでいないそのコンビニの建物だけを、居抜きですよね。要はね。居抜きで墓石屋作っちゃっていて。で、周りに墓もないのよ。

(赤江珠緒)うん。そうか。

(カンニング竹山)で、それがね、なんかたくましくて。ちょっと違う意味で笑っちゃいまして。やっぱり、人間ってすげーなって。

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コンビニが葬儀屋と墓石屋に

(赤江珠緒)ああー。いや、そうね。この5年でね、何よりたくましさっていうのがね、いちばん求められてましたからね。いや、本当ですよね。

(カンニング竹山)で、生放送、結構休みがあるから、暇だったから。1人でぶらぶら散歩していたんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(カンニング竹山)で、散歩してたらさ、ちょっと名前は避けますけど、1人の兄ちゃんが俺のところに「こんにちは!』って来て。『竹山さんはいつ来たんですか?』『いや、今朝来たのよ』『いつ帰るんですか?』『今日、帰るよ。地元の人?』とか言ったら、『いや、違うんですよ。僕、実は神奈川県の三浦市からボランティアで来てまして。3月11日はかならずこっちに来て、手伝えることは手伝うんですよ』って。

(赤江珠緒)あ、そうですか!

(カンニング竹山)で、『仕事は?』って言ったら、『地元で福祉の関係の仕事をしてるんですよ』『ああ、そうなんだ。どうやって来たの?』『新幹線で来て、今日、深夜バスで帰ります』って。で、ああ、そんな人がいるんだって。『なんでボランティアなんかやってんの?どっから目覚めたの?』って。したら、神戸の震災の時、小学生で見て。あの時に、『ああ、俺も何かしたい!』って思っていて。新潟の震災の時は学生だったけど、ちょっと行ったりしたのかな?ほんで、東北の震災の時に1人で来て。

(赤江珠緒)うん。

(カンニング竹山)でも、何をどうすればいいかわかんないじゃん?で、俺は思ったのは、ボランティアで行って、まずどこに泊まるの?っていうのと、何をやるの?っていう。ボランティアの人が活動してるのは知っていたんです。瓦礫を片付けたり、あと、写真とか出てくるから、写真とか遺品を全部整理したり。

(赤江珠緒)ああ、そうですね。

(カンニング竹山)で、『自分、何やったの?』って言ったら、『いろいろ考えて、当時、チャリンコで子供たちの手紙を書いてもらって。それを各避難所に持っていく』みたいな。だから、子供会同士のつながりを勝手にそこで見つけて。

(赤江珠緒)ああ、もうなかなか会えないから。

(カンニング竹山)そう。『それで持っていくみたいな活動をしていたんですよ』って。『ああ、じゃあ感慨深いものがあるね』とかいろいろ言っていてさ。そうすると、そのコンビニの話をしたのよ。『あそこもさ、葬儀屋になっているから。笑っちゃうよね!』みたいな話をしていたら、そこの建物からちょっとずれたところで、当時、ある爺さんと出会ったんだって。

(赤江珠緒)うんうん。

(カンニング竹山)で、『地元の人かな?ちょっと道がわかんなくなったから聞こう』と思ったらそのおじいさんは徳島かなんかから、『ああ、何かしなきゃいけない』と思って来て。そのおじいさんの奥さんが震災の前かなんかに亡くなったのかな?ほんで、奥さんの地元がこのへんだったかなんかで、ボランティアで来ていて、出会ったんだって。

(赤江珠緒)うん。

(カンニング竹山)で、ボランティアお互いに終わって。『1年後の3月11日、またこの場で会いましょう』っつって。で、毎年その場で会ってるんだって。そのおじいさんと。

(赤江珠緒)へー!

(カンニング竹山)『そんなつながりもあるんですよ』みたいな。

(赤江珠緒)そういう出会いも生んだんですね。

(カンニング竹山)そう。だからそこはそこで人間のいろいろな出会いとかドラマがさ、またいっぱい生まれているわけで。ほんで、その兄ちゃんも『また夜のバスで帰るんですよ。桜木町まで帰って、桜木町からまたバスで1時間っすよ。三浦まで』って。『面倒くせえな!』って言って。『いや、面倒くさいよね、たしかに!』って(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。でも、ちゃんと続けてるのね。

(カンニング竹山)いろいろみんなそうやってやってるんだねって。

(赤江珠緒)へー!あ、いいお話だなー!

(カンニング竹山)いろんな人に会いますよね。うん。

(赤江珠緒)やっぱりね、こんな寒い時だったなっていうのを思い出したりしますからね。

(カンニング竹山)なんか、でもね、ぜんぜん観光で行って見るといいですよ。もう別にさ、不謹慎とかそんなのさ、関係ねえから。行って、1回見たことがなかったら見て。もういま、整備されて工事とか始まっているけど。なんにもない、ひろーい野っ原になっているわけよ。もうそっからしか見れないけど、それでいいと思うのよ。で、ここに人が住んでいたんだと思うと、いろいろ考えることが多いですよ。

(赤江珠緒)ねえ。ここからまた、町にね、どんどんなっていってほしいですよね。

(カンニング竹山)いや、そうなのよ。で、帰り、仙台まですぐだから。帰り、仙台で牛タン食って一杯やって帰ればいいの。それでぜんぜんいいんですよ。

(赤江珠緒)ああー、うん。そうですね。そうか。3月はどうしても。ねえ。それはもうみんな、考えたり感じたりすることですな。

(カンニング竹山)そういう仕事をなんだかんだ、してましたな。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。へー。

<書き起こしおわり>

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