音楽評論家の高橋芳朗さんがTBSラジオ『Session22』に出演。近年、アメリカで盛り上がりつつある人種差別問題と、それに対するプロテストソングとなったヒップホップの楽曲について紹介していました。
(荻上チキ)今回の、今日話していただく内容はどういうものなんですか?
(高橋芳朗)今回はですね、まあヒップホップと新しい公民権運動と一応タイトルはつけましたけども。まあここ最近の人種問題にまつわるヒップホップのプロテストソングをですね、まあまとめてドドッと紹介しようかなと思っております。進めさせていただいてよろしいですか?
(荻上チキ)お願いします。
(高橋芳朗)ここ数年、アメリカで無抵抗の黒人が白人警官によって殺害される事件が多発して、大きな社会問題になっていて。しかも、それらの事件の多くで白人警官がまあ不起訴処分になっていると。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)で、黒人に対する根深い人種差別がすごい表面化してきているわけなんですけども。で、そんな状況を受けて、アメリカ各地では『Black Lives Matter』というですね、『黒人の命だって大切。黒人の命は軽くないんだ』っていうスローガンを掲げた大規模な抗議運動が全米各地で勃発していると。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)で、これがですね、1960年代の公民権運動だったりブラックパワーを彷彿させるようなムーブメントを形成しつつあるということですね。今夜はそんな中で、音楽がこの運動にどんな役割を果たしているか?それをヒップホップアーティスト、ヒップホップミュージックを中心に紹介していけたらと思っております。
(荻上チキ)うん。いや、なんかね、やっぱり過去の話じゃあぜんぜんなくて。いまも差別はあって。しかも、ちょうどいま、またほら、ムスリムの少年がね、時計を学校に作って持っていったら『爆弾だ』っていう形で通報されて逮捕され、手錠をかけられて・・・みたいな。まあ、それで問題になっている。
(高橋芳朗)はい。
(荻上チキ)でも、オバマが『おいで』って言ったりとか、ザッカーバーグが『きみ、いいね!』とか言ったりとかっていう、すごいアメリカらしい展開みたいになったりしてますけど。でもちょっと笑い事じゃない差別みたいなものが。
(高橋芳朗)いや、状況的にはもう60年代とほとんど変わってないですね。で、じゃあさっそく紹介したいと思うんですけど。まず最初に紹介するのはですね、今年のグラミー賞で最優秀ラップソング賞など2部門を受賞しましたケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)。
(荻上チキ)はい。
最重要人物 ケンドリック・ラマー
(高橋芳朗)28才のラッパーで、いまのアメリカのヒップホップシーンの最重要アーティストと言っていいと思います。で、今日かけるアーティストは全てですね、このケンドリックとなんらかの関連のあるアーティストになります。ケンドリック・ラマーっていう人は非常にユニークなバックグラウンドを持った人でですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)こちら、いま持ってきましたけど。彼が2012年にリリースしましたメジャーデビューアルバム。これ、タイトルがね、『Good Kid M.a.a.D City』っていうタイトルなんですけど。
(荻上チキ)ええ。
(高橋芳朗)これがケンドリックのある意味キャッチフレーズみたいになっているんですね。で、これを訳すと、『イカれた街からやってきた優等生』みたいな感じになると思うんですけど。ケンドリックはですね、アメリカで有数の犯罪率が高い都市でありますカリフォルニア州コンプトンの出身でですね。そんな出自でありながらも、まあ社会的政治的メッセージ色の強いですね、ヒップホップを志向しているラッパーなんですね。
(荻上チキ)ほうほう。へー。
(高橋芳朗)で、そんな経緯から注目を集めたという背景が。
(荻上チキ)ギャングスタ系とかではなく?
(高橋芳朗)そうなんです。コンプトンって言うと、まあギャングスタラップの聖地ともされているんですけども。まあ、そうではなく、非常にコンシャスなヒップホップを志向していると。で、そのケンドリック・ラマーが今年3月にメジャー第二弾アルバムで『To Pimp a Butterfly』。こちらをリリースしたんですけど。
(荻上チキ)ジャケット、かっこいい。
(高橋芳朗)これが、ヒップホップを超えてもう2015年のですね、音楽シーンを代表する傑作としてもう絶賛されていると。そしてまさにですね、新しい公民権運動のサウンドトラックと評価されたりもしているわけですね。
(荻上チキ)公民権運動のサウンドトラック?
(高橋芳朗)はい。
(荻上チキ)すごい高い評価ですね。
(高橋芳朗)で、このアルバムでケンドリックはどんなことを訴えているか?と言うとですね、まあ黒人の搾取の歴史を扱っていたりもするんですけども。まあ、全面に打ち出しているものとしてはですね、まあ『黒人をとりまく諸問題は自尊心の欠如から生まれているんじゃないだろうか?』みたいな問いかけをしつつですね、『自分を愛すること、自分の可能性を信じることから始めよう』っていう。まあ割とポジティブなメッセージを投げかけているんですね。
(荻上チキ)うんうん。
(高橋芳朗)で、このへんはまさに公民権運動のスローガンだった『Black is Beautiful』に通底するところがあるんじゃないかな?と思います。で、いまですね、このアルバムが名実ともに新しい公民権運動のサウンドトラックになりつつあるという状況がありまして。
(荻上チキ)ええ、ええ。
(高橋芳朗)というのもですね、このアルバムに収録されている、これからかける『Alright』という曲がですね、ポリスハラスメントの抗議運動の際のシュプレヒコールとして使われている。先ほど、動画を見ていただきましたよね?
(荻上チキ)おすすめ動画があるということで。リンクを送っていただいて。
(高橋芳朗)送りました。あの、7月にクリーブランド州立大学の学生が行ったデモで、曲のサビの部分。『We gon’ be alright, We gon’ be alright』っていう部分を合唱したコールがね、巻き起こったっていう。
(荻上チキ)ねえ。拳を上げながらね。
(高橋芳朗)はい。これ、YouTubeでもね、検索すれば出て来るので。みなさんもぜひ、確認していただきたいんですけども。まあこれは結構画期的な出来事かなと思います。で、このへんからですね、ケンドリック・ラマーのこの『To Pimp A Butterfly』というアルバムの影響力とですね、このアルバムがまさに時代の空気を捉えた、まさに新しい公民権運動のサウンドトラックという裏付けが証明されるんじゃないかと思います。
(荻上チキ)うん。リンクしてますからね。
(高橋芳朗)じゃあさっそく、この曲を聞いてもらいましょうかね。ケンドリック・ラマーで『Alright』です。
Kendrick Lamar『Alright』
(南部広美)1曲目。ケンドリック・ラマーで『Alright』。
(荻上チキ)はい。たしかに・・・
(高橋芳朗)『We gon’ be alright』って。
(荻上チキ)言ってますね。オレオレ、オラオラした感じじゃなくて、洗練された。
(高橋芳朗)そうですね。あの、シュプレヒコールで使われているっていうことで、結構アグレッシブな曲をイメージした方もいらっしゃると思うんですけど、割とジャジーな。
(荻上チキ)洗練された。トゲトゲしさがないですよね。
(高橋芳朗)はい。じゃあ、次の曲の流れ、行ってみたいと思いますけども。あの、さっきケンドリック・ラマーの『Good Kid M.a.a.D City』。『イカれた街コンプトンからやってきた優等生』っていうフレーズをご紹介しましたけども。なんでこのキャッチフレーズが有効だったか?強烈なインパクトを有していたか?っていうとですね、まあ基本的に全てのヒップホップリスナーにとって、コンプトンはアメリカで最もヤバい街っていう刷り込みが徹底されているところがあるんですね。
(荻上チキ)はいはい。
(高橋芳朗)で、そのコンプトン=ヤバい街っていうイメージを全世界的に流布したのが、いま、アメリカで『ストレイト・アウタ・コンプトン(Straight Outta Compton)』っていう伝記映画が大ヒットしているN.W.A.っていうこちら、ヒップホップグループになります。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)これ、コンプトン出身の5人組で。
(荻上チキ)強そう(笑)。
(高橋芳朗)はい。ケンドリック・ラマーが生まれた翌年のですね、1988年にデビューして、もう現在は解散してるんですけども。非常にわかりやすく説明すると、ギャングスタ・ラップのビートルズっていう感じですかね?
(荻上チキ)ほう!
(高橋芳朗)あの、影響力的な意味でも、あと、まあスーパーグループ的な意味でも。そうそうたるラインナップですね。
(荻上チキ)的な感じにもなっているし、売れてもいるということですかね?
(高橋芳朗)で、現在に至るある種のヒップホップのパブリックイメージを作ったグループと言ってもいいと思います。
(荻上チキ)そうですね。
(高橋芳朗)強面ですけども。このN.W.A.、ベストアルバムをこちらに持ってきましたけど。グレイテスト・ヒッツにですね、ちょっとこんな謳い文句。触れ込みが書いてあるんですけど。『The World’s Most Dangerous Group』。まあ、自己申告で『世界で最も危険なグループ』を謳っているわけですね。
(南部広美)自らに。
(高橋芳朗)はい。で、彼らのね、なぜ世界で最も危険なグループを自称してるか?っていうと、彼らのある曲が理由になっていて。その曲っていうのはですね、ズバリ、『Fuck Tha Police』っていうタイトルの曲なんですね。
(荻上チキ)わー、ストレート!
(高橋芳朗)で、N.W.A.はこの『Fuck Tha Police』っていう曲によって、世界的にその名を知らしめたグループなんですけど。
(荻上チキ)向こうだと『ピー!』って入りますね。
(高橋芳朗)まあ『ピー!』って入りまくりますね。はい。で、タイトル通り、この曲は『警官のやつら、なにかと俺たち黒人を目の敵にしやがる。警官、ムカつくぜ!』みたいな歌詞の曲で。たぶん、衝動的に白人警官に対する不満をぶちまけた曲になると思うんですけども。これが、この曲がやがて、本人たちの意図を超えてですね、当時、1990年代頭ぐらいですかね?時代のサウンドトラックというか、時代のプロテストソングになっていったんですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)で、どういうことか?っていうと、ロドニー・キング事件、覚えてますでしょうか?白人警官が無抵抗の黒人男性を集団リンチにした形の事件がありましたけども。そのロドニー・キング事件が発端となった、1992年のロス暴動。ありましたね。あの時にこの『Fuck Tha Police』が黒人たちの怒りを代弁するテーマソングになったんですね。
(荻上チキ)はいはい。そりゃあ、言いたいでしょうね。
(高橋芳朗)で、今年、人種差別が大きな社会問題になっているいまのタイミングで、N.W.A.の伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』が公開されて。で、興行成績で1位になる大ヒットを記録してるんですけども。
(荻上チキ)うんうん。
(高橋芳朗)で、この大ヒットの背景には当然ですね、昨今の人種問題の感心の高まりもあるんじゃないかな?と思います。そもそもこの映画の劇中でもですね、そのロス暴動が描かれているんですけども。あの、ロドニー・キング事件が完全に現在の一連の白人警官の蛮行をもう、彷彿させるところがありますよね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)完全にオーバーラップするところがあると思うんですけども。だからそんな状況の中でですね、いま、27年前に作られたその『F*ck Tha Police』という曲が、まあ新しい意味を帯び始める、持ち始めることになってくるんじゃないかな?と思っております。じゃあ、さっそくそのピーピー鳴りまくる・・・鳴らないですけども。聞いてみましょうかね。N.W.A.の1988年の曲で『Fuck Tha Police』。
N.W.A.『F*ck Tha Police』
(南部広美)2曲目、お送りしているのはN.W.A.で『F*ck Tha Police』。
(荻上チキ)もう手を上げてこう、ね。グングンと前に・・・
(高橋芳朗)そうですね。いま聞いてもファンキーでね、僕らの世代からしたら、こういう方が馴染みがいいっていうところがありますけどもね。じゃあちょっと、N.W.A.関連の曲を続けて聞いていただきたいと思うんですけども。続いては、元N.W.A.のメンバーでありますドクター・ドレ(Dr.Dre)の16年ぶりのニューアルバム。8月7日に出たばっかりです。『Compton』というアルバムから1曲かけたいと思うんですけども。
(荻上チキ)はい。コンプトン。
(高橋芳朗)これ、いま話したN.W.A.の伝記映画の『ストレイト・アウタ・コンプトン』に触発、インスパイアされたアルバムで。まあ、N.W.A.の元メンバーだったり、あと最初に紹介しましたケンドリック・ラマーなんかも参加してたりするんですけども。
(荻上チキ)地元にもう捧げているんですね。
(高橋芳朗)はい。で、ドクター・ドレ、今年で50才になるんですけども。まあ、ヒップホップ史上で最も成功したプロデューサーと言ってもいいと思います。
(南部広美)そうか。ドクター・ドレ、もう50才かー。
(荻上チキ)この写真は、いま50才の写真ですか?
(高橋芳朗)そうです。結構、鍛えてね。
(荻上チキ)強そう!
(高橋芳朗)(笑)。強そうですけども。
(荻上チキ)まだ強そう。いや、もっと強そう。
(高橋芳朗)で、ケンドリック・ラマーの後見人でもあって。まあ、先ほど話しました、紹介しました『To Pimp A Butterfly』の総合プロデューサーも務めているんですね。ただ、いまではですね、ドクター・ドレっていうとプロデューサーっていうよりも、ヘッドホンの『Beats by Dre』。小文字の『b』の。わかります?あれを作った人って紹介した方がたぶん若い方には通りがいいかなと。
(荻上チキ)へー!
(高橋芳朗)感じがいたします。それで稼ぎまくってですね。去年の・・・
(荻上チキ)へー。買ったもん。
(高橋芳朗)持ってますか?やっぱり。ミュージシャン長者番付で6億2千万ドル。約736億円を稼いでぶっちぎりの1位です。
(荻上チキ)すごい!ドルだから。円にするとそうなる。
(高橋芳朗)これ、2位がビヨンセなんですけど、5倍以上の差をつけてる。
(荻上チキ)うわー!
(高橋芳朗)恐ろしい数字を叩きだしております。
(荻上チキ)サクセス・ストーリー、そのまんまじゃないですか!
(高橋芳朗)そうなんですよ。ギャングスタが、もうこんなことになってしまっているんですけども。で、この『Compton』っていうアルバムからですね、まさに昨今の人種差別問題を扱った『Animals』という曲を紹介したいと思います。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)で、これはどういう曲か?っていうと、ここ最近の人種問題がきっかけとなった暴動だったりですね、抗議行動に対するメディアの報道のあり方。黒人男性に対する偏見について言及している曲になっていまして。歌詞をざっくり説明すると、『やつら、俺たち黒人を動物、アニマルのように扱いやがる。やつら、俺たちが暴れている時にしかカメラを向けようとしないんだ』。そういう内容になっております。
(荻上チキ)繰り返し指摘されているんですけども、なかなか直らないですね。
(高橋芳朗)そうですね。で、これ、ドクター・ドレのラップ自体は結構怒気がこもった非常に迫力のあるものになっているんですけども。ゲストで参加しているアンダーソン・パーク(Anderson .Paak)っていうシンガーっていうかラッパーがいるんですけど。その彼の方からはちょっと諦観したニュアンスというかですね、ちょっと疲労感があるというか。そこがまたなんかね、聞いていて複雑な感情にさせられるというか。
(荻上チキ)もういい加減にしてくんねえかな?みたいな。
(高橋芳朗)そうですね。はい。じゃあ、実際に聞いていただけたらと思います。ドクター・ドレ feat.アンダーソン・パークで『Animals』です。
Dr. Dre『Animals(ft Anderson .Paak)』
(南部広美)3曲目です。ドクター・ドレ feat.アンダーソン・パークで『Animals』。
(高橋芳朗)いま、南部さんがおっしゃっていたみたいに、ドクター・ドレの怒りと、アンダーソン・パークの疲労感がある感じ。コントラストがはっきりとしてましたけど。
(荻上チキ)そうですね。3つのアーティストを立て続けに聞くと、やっぱり時代によって表現のスタイルもまた変わってくるなと。
(高橋芳朗)そうですね。
(荻上チキ)それは、もう運動のスタイルの変化と結構重なる点もあるなと感じましたね。
(高橋芳朗)あと、ドクター・ドレにしてみればですね、もう27年前に『Fuck The Police』って歌っていて、全く状況が変わらない中で、同じようなテーマを扱うとなると、やっぱりこういったトーンになってくるのかな?っていう気もしますけどもね。
(荻上チキ)そうですね。『またかよ!』みたいなね。『またやるの、それ?』っていう。
(高橋芳朗)本当にもう、いつまで歌い続けりゃいいんだ?って思っていると思いますけどもね。じゃあ、続いての曲、行ってみたいと思います。次もですね、ケンドリック・ラマーと関連してくるアーティストになるんですけども。ケンドリックの『To Pimp A Butterfly』に参加していたジャズ・ピアニストのロバート・グラスパー(Robert Glasper)の作品を紹介したいと思います。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)彼が6月にリリースしましたこちらニューアルバム『Covered』からですね、『I’m Dying of Thirst』っていう曲を聞いてもらいたいと思うんですけども。これ、ケンドリック・ラマーのさっきから紹介しました『Good Kid M.a.a.D City』に入っている曲のカヴァーになります。
(荻上チキ)ほう。
(高橋芳朗)で、このグラスパーの『Covered』というアルバムなんですけど、終わりの2曲がですね、人種問題を扱った楽曲になっていまして。まず、ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)、いますね。おわかりになりますか?歌手であり、俳優であり、アクティビストとして60年代の公民権運動にも尽力しましたハリー・ベラフォンテの独白が入った『Got Over』という短い曲があるんですけども。それについて、このケンドリック・ラマーのカヴァーの『I’m Dying of Thirst』という曲が続いていくことになるんですね。
(荻上チキ)おおー。
(高橋芳朗)で、この曲。タイトルはですね、『もう渇ききって死にそうだ』みたいな意味になるんですけど。まあこれ、黒人を取りまく状況を歌っているのか、アメリカの現状を歌っているのか、まあ、どっちとも取れるような感じの歌詞になっているんですけども。これ、グラスパーのカヴァーが非常にショッキングな、衝撃的な作りになっていてですね。
(荻上チキ)ええ。
(高橋芳朗)どういう内容か?っていうと、ロバート・グラスパーの6才になる息子さんと、彼の友人たちがレコーディングに参加しているんですけども。彼らがですね、最近の白人警官の暴力によって犠牲になった黒人の名前。まあ、全部で25名。ゆっくり名前をね、読み上げていくんですよ。1人ずつ。たとえば、Eric Garner、Trayvon Martin、Michael Brownっていった具合に読み上げていって、『I am』って言うんです。
(荻上チキ)ほう。
(高橋芳朗)要は、これ、もうぜんぜん他人事なんかじゃなくてですね、警官に殺害された人々は、明日の自分たちの姿かもしれないということを子供たちに言わせているという感じになるわけですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)で、ロバート・グラスパー、インタビューでですね、『自分の子供たちも大人になったら警官に銃撃される可能性が大いにあるんだ』っていう風に語っていてですね。この曲からですね、やっぱり彼らが日常的に差別の偏見とか憎悪とか暴力にさらされているっていうことがね、非常に生々しく、リアルに伝わってくるんじゃないかな?と思います。じゃあさっそく、聞いていただきましょう。まあ結構、もう怒りの鎮魂歌っていうかですね、怒りのレクイエムという感じになっております。ロバート・グラスパーで『I’m Dying of Thirst』です。
Robert Glasper『I’m Dying of Thirst』
(南部広美)ザ・ロバート・グラスパー・トリオで『I’m Dying of Thirst』という曲です。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)ヘビーですね。
(荻上チキ)ヘビーですね。じっくりと流れていって、頭の中でその人名とか、それを読み上げている子供の顔を浮かべながらっていう、すごい立体的な描写になっていますね。
(高橋芳朗)はい。じゃあ最後の曲に行ってみたいと思います。いま紹介したロバート・グラスパーがプロデュースを務めている、これ、昨日も取り上げてましたね。ニーナ・シモン(Nina Simone)のトリビュートアルバム。7月にリリースされました『Nina Revisited』からですね、チキさんがシャワーを浴びながら鼻歌を歌うのにちょうど良さそうなですね、コモン(Common)&レイラ・ハザウェイ(Lalah Hathaway)の『We Are Young Gifted & Black』を紹介したいと思います。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)ニーナ・シモンは説明不要だと思いますけども。まあ、60年代の公民権運動に絶大な影響を与えたジャズ・シンガーですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)で、そんなニーナ・シモンのトリビュートアルバム、カヴァーアルバムがいま、このタイミングでリリースされるっていうのももう、必然でしかないというか。まあ時代が要求した作品と言っていいんじゃないかな?と思います。で、この『We Are Young Gifted & Black』はですね、ニーナ・シモンが1969年にリリースした公民権運動のアンセム的な曲のカヴァーになるんですけども。もうキャスティングからして、すごい気がきいてるんですね。
(荻上チキ)ほう。
(高橋芳朗)まずコモンがですね、まあ彼はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の伝記映画。今年、日本公開されました『グローリー/明日への行進』の主題歌を歌っていたラッパーですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)アカデミー賞主題歌賞を受賞しました。で、レイラ・ハザウェイは彼女、ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』にも参加してるんですけども。まさにですね、公民権運動。往年のブラックパワー時代に活躍した伝説的ソウルシンガーのダニー・ハザウェイ(Donny Hathaway)の娘さんになるんですね。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)だからこのキャスティングもなかなか素晴らしいなと。で、これ、このコモンのラップパフォーマンスが非常に素晴らしくて。コモン、セカンドヴァースでこんなフレーズでラップを始めているんですね。『Mississippi goddam, Ferguson goddam,Staten Island goddam, Baltimore goddam』と。だから『ミシシッピ、畜生!ファーガソン、畜生!スタテン・アイランド、ボルティモア・・・』みたいに続いていくんですけども。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)この一節を説明しますとですね、ニーナ・シモンの曲に『Mississippi goddam』っていう曲があるんですけども。
(荻上チキ)はいはい。
(高橋芳朗)これですね、クー・クラックス・クランによるですね、1963年のアラバマ教会爆破事件。黒人の少女4人が犠牲になった事件なんですけども。これに触発されて作られた曲なんですね。
(荻上チキ)はい。
(高橋芳朗)で、コモンはその事件と最近の白人警官の暴力によって黒人が殺害された一連の事件。まあ、ファーガソンとかスタテン島とかボルティモアを並べてですね、いまの『Black Lives Matter』のムーブメントがまさに往年の公民権運動のスピリットを継承した戦いであることを訴えているわけなんですね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)つまりですね、往年の公民権運動を後押しした名曲が、コモンのラップが加わることによってですね、プロテストソングとして現代に有効な装備になったというかですね。より、強度を増したという感じになっております。
(荻上チキ)まあ、つながらなきゃいけなかったっていうようなことですけどね。
(高橋芳朗)じゃあ、昨日に続いて改めて聞いていただけたらと思います。コモン&レイラ・ハザウェイで『We Are Young Gifted & Black』です。
Common, Lalah Hathaway『We Are Young Gifted & Black』
(南部広美)さあ、お聞きいただいております。チキさん、シャワーの感想はどうですか?
(荻上チキ)そうですね。シリアスな曲ほど、シャワーに向いてるんですよ。あの、ねえ。マイケル・ジャクソンの『Smooth Criminal』とか聞きながら朝、起きるっていう。
(高橋芳朗)結構ハードですけどね。『Smooth Criminal』。
(荻上チキ)ハードなんですよ。重々承知なんですけど。
(南部広美)シャキーン!とするために。
(荻上チキ)その方が、今日も仕事をしよう!っていう気になるんですよね。まあ、仕事の内容が内容だけにっていうところもあるんですけどね。はい。
(南部広美)お送りしたのはコモン&レイラ・ハザウェイで『We Are Young Gifted & Black』ということで。
(高橋芳朗)この曲、プロデュースしているロバート・グラスパーがですね、締めで紹介したいんですけど。こんなコメントを残してるんですね。『ミュージシャンは現時点では声を上げて黒人について気にかけているように振る舞っているけれども、しばらくすればまたいつもの感じに戻ってしまうかもしれない。でも、ケンドリック・ラマーのような素晴らしいアーティストが何か意見をすると、人々は彼のメッセージに耳を傾ける。彼のメッセージによって、多くの人々が「自分も何かやろう」っていう気になれるんだよ』って言ってますね。
(荻上チキ)うん。
(高橋芳朗)で、グラスパーのこのコメントにもあるようにですね、今後もケンドリック・ラマーがね、ひとつのキーパーソンになっていくんじゃないかな?ということは間違いないかなと思います。だから彼はもう、かつてのボブ・マーレー(Bob Marley)とか、ジョン・レノン(John Lennon)みたいな社会的影響力を持つですね、アーティストになっていく。希望的観測も含めて、思っております。
(荻上チキ)はいはい。ああ、スタイルもまた、変化してますよね。昔みたいにたとえばヒッピー文化とか、学生運動のニューレフト。新左翼の流れをくんだものとかではなくて、洗練された、ナチュラルなリベラル。で、構えるわけじゃないんだけど、いざとなったらやっぱり民主主義とか、公民権とかっていうもののために、これは大事でしょ?っていうことを再確認するような動き。それがなんか、地続きで受け入れられているような感じがしますけどね。
(高橋芳朗)そうですね。しかも、コンプトンから出てきた男が、こういうムーブメントを牽引しているっていうのがまた、グッと来るなっていうところがあると思うんですけど。
(荻上チキ)そうですね。ストロングスタイルじゃないですもんね。
(高橋芳朗)うん。で、ですね、紹介したケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』とドクター・ドレの『Compton』とロバート・グラスパーの『Covered』はですね、国内盤、私が解説を書いておりますので。よろしければ。
(荻上チキ)わーお!素晴らしい。
(南部広美)そうですか!
(高橋芳朗)チェックしていただけたらと思います。
(荻上チキ)チェックしますよ!
(高橋芳朗)ありがとうございます(笑)。
<書き起こしおわり>