松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、Earth,Wind and Fire『Can’t Hide Love』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
今回は、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(Earth,Wind and Fire)が1975年に発表した名曲、『Can’t Hide Love』について探ってみます。『待ってました!』という方もたくさんいらっしゃるんじゃないでしょうか。アース・ウィンド・アンド・ファイアー。いまでもその名前はソウル・ミュージック、R&Bの世界では特別なものとして光り輝いてますし、まあちょっとどれぐらい彼らの人気が浸透しているか?というひとつの例として、フルネームで言わずに、頭の『アース』って言葉で読んだだけでアース・ウィンド・アンド・ファイアーを意味するという。通じますよね?
まあ、アース・ウィンド・アンド・ファイアーが活動のピークを迎えたのは70年代から80年代にかけてなんですが。これはね、アースの何というアルバムに収められていたか?と言いますと、『Gratitude』っていうアルバムですね。これはね、邦題が『灼熱の狂宴』といいます。『灼熱の狂宴』というタイトルでご記憶の方もきっと多いんじゃないでしょうか。
もうこの頃はね、やっぱりアースは出せばかならずヒットという、そういう時代に入っていました。この『Gratitude』のリリースっていうのは75年の暮れなんですけども。同じ75年の春に出した『That’s The Way Of The World』というアルバムがあるんですけどもね。これが彼らにとって初めての全米ナンバーワンになりました。
ちなみに、こちらも邦題がついておりまして。『暗黒への挑戦』。仰々しいですね。まあ、それはともかくとしまして。この『Gratitude』に収められている『Can’t Hide Love』という曲。この曲の作者でありますスキップ・スカボロウ(Skip Scarborough)という人がとにかく大好きなんですね。好きなR&Bのソングライターっていうのでまあ、僕の中の心のベストテンで常にトップテン。それも左半分に入っている感じですね。ええ。まあ、スキップ・スカボロウのファンは特にイギリスに多くて。イギリスではスキップ・スカボロウの作品集が出ているぐらい、そのソングブックっていうんでしょうかね?彼の提供作品を集めた、そんな1枚が出ているぐらいなんですが。
その名ソングライター、スキップ・スカボロウに注目もしていただきたいと思って、今日はご紹介いたします。じゃあまずは、聞き比べの前に、いちばん有名な、このバージョンで有名になりましたという意味で聞いていただきたいと思います。75年の『Gratitude』の中から、アース・ウィンド・アンド・ファイアーで『Can’t Hide Love』。
Earth,Wind and Fire『Can’t Hide Love』
ソウル・ミュージックを深く長く聞いている人ほど、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのリーダー、モーリス・ホワイト(Maurice White)の才能を認めつつも、『シンガーとしてはね、まあ、彼はもうほら、あれだから』みたいな、ちょっとお茶を濁すことが多いんですけれども。うーん。いわゆる、正統派の歌が上手いと言われているシンガーの部類には入らないかもしれないけれど、彼の声質。あと、なんと言っても、曲の中におけるムードを支配する言葉の置き方。あと、音の配置という意味でも、その置き方っていうのは本当、上手。
で、自分の声では描けない、繊細な、そして淡いトーンとかそういうのはご存知、ファルセットシンガー、フィリップ・ベイリー(Philip Bailey)を上手く使いこなしたりするという。まあ、本当モーリス・ホワイト村なんですよね。アース・ウィンド・アンド・ファイアーっていうのはね。で、この『Can’t Hide Love』っていう曲は実はオリジナルではないのですが。となると、この曲を世に出すというよりも、自分の美学を世にわかりやすくアピールするためにこの曲を持ってきたという。
そんなちょっと、うがった見方かもしれませんけれども、そんな見立てさえ成り立つという。それぐらい思慮深い音楽を作っているんだなということを。まあ、自分も音楽制作者になってね。その端くれとして見た場合、プロデューサーとしてのモーリス・ホワイトの深い思慮っていうのは、うなるばかりですね。そしてその度合いは増していきますね。今日は『Can’t Hide Love』を通して、アースのリーダー、モーリス・ホワイトの偉業をたたえましたけども。
まあ、彼は元々ドラマーという形で世に出てきたのですが。まあ、ドラムを叩くことにさほど執着してないというか。アースのステージでは、ある種エンターテイメントに徹していたという感じですね。いまでも動画サイトなんかでよく出ますけども、コスプレも厭わないというか。あとまあ、場合によってはマジックショーとかもね、やってましたからね。ステージで歌っていたモーリスが曲の間奏の間にあんなところから出てきたわ!みたいなね。もう本当に、マジックショーとしか言いようがないんですが。
そういった総合エンターテイメントを目指していたし、そういう仕掛けっていうのはそれこそね、いまの日本の、たとえばEXILEですとか、そういったアーティストたちのアリーナと呼ばれるところでやるステージ、スタジアムとかでやる時っていうのは応用されてますしね。まあその、いまやっている人たちが、アースのことなんか意識したかどうかっていうのは別としてですよ。うん。後世に影響を与えていることは確かですね。
そんなアースが歌った『Can’t Hide Love』。これ、さっきオリジナルではないっていう風に言いましたけど、じゃあオリジナルは誰か?と言いますと、73年にリリースされましたクリエイティブ・ソース(Creative Source)というね、ロスアンゼルスの男女混声ボーカル・グループ。彼らの歌声によって世に出たんですね。ですから、スキップ・スカボロウっていうのは別にアースのことを想定して書いたわけじゃないんですね。ええ。ただまあ、モーリス・ホワイトはその後、スキップ・スカボロウとのね、コネクションをどんどん強く太くしていくわけなんですが。このあたりは、でも実は書き下ろしではないということは、この音楽が好きな人たちだったらちょっと覚えておいても損じゃない知識だと思います。
で、75年ということですからクリエイティブ・ソースが世に出て2年後にこういうアース的世界っていうのが世に出て。で、クリエイティブ・ソースの曲っていうのは決して当時ヒットしたわけではないので。もうアースの曲として世の中に浸透して。で、そのアースのバージョンのアレンジ込みでいろんな人たちが影響を受けてますね。たとえば、ジェイ・P・モーガン(Jaye P. Morgan)という女性シンガー。この人、女優でもあったのかな?非常にきれいな人ですけども。
当時40代のジェイ・P・モーガンという女性は76年に『Can’t Hide Love』カバーしてますが。当時、まだその名が世界的に知られているわけでもないカナダの野心あふれる音楽プロデューサー、デイヴィッド・フォスター(David Foster)によってアレンジされたこのジェイ・P・モーガンの『Can’t Hide Love』っていうのも非常に人気が高いです。音楽マニアの間で特に人気が高いです。
で、まあざっとこう時代を飛ばして話しますけども。このベースラインとか、カッティングギターとか、そういった曲の断片とか部分的なところに心をひかれた人たちもたくさんいまして。たとえば僕の大好きなラヒーム・デヴォーン(Raheem DeVaughn)っていうR&Bシンガーなんかもこのアース版の『Can’t Hide Love』を引用して、『Guess Who Loves You More』っていう名曲をモノにしております。
まあ他にもヒップホップアーティストでね、この『Can’t Hide Love』を引用している人。サンプリングしている人っていうのは数知れずといった感じなんですが。ではここで、お話しましたオリジナルもじゃあ聞いてみようじゃないかということで、73年のクリエイティブ・ソースのバージョンもご用意しましたので、そちらの方もお楽しみいただきたいと思います。
続きましては、それからもう四半世紀以上たってってことになりますね。アースのバージョンが世に出てからでも20年以上たってますが。ディアンジェロ(D’Angelo)が当初日本だけでリリースしました『Live at the Jazz Cafe』というね、ロンドンはキャムデンタウン(Camden Town)っていうところにあるライブハウス、Jazz Cafe。僕も何度も足を運びましたけれども。その名門ジャズクラブ。まあ、アシッドジャズムーブメントの時の中心になったような場所でもありますけれども、そこで録ってリリースしたアルバムの中から『Can’t Hide Love』。
もうファーストコーラスが終わった後に、ちょっと聞こえるアンジー・ストーン(Angie Stone)。当時、ディアンジェロと熱々の仲でありましたアンジー・ストーンの掛け声なんかも聞きものになっております。では、聞いてください。クリエイティブ・ソース『You Can’t Hide Love』。そして、ディアンジェロで『Can’t Hide Love』。
Creative Source『You Can’t Hide Love』
D’Angelo『Can’t Hide Love』
いまなら間に合うスタンダード。今夜はアース・ウィンド・アンド・ファイアーが1975年に発表した名曲『Can’t Hide Love』について探ってみました。2曲続けてご紹介いたしました。アースのさらにオリジナルとなりますクリエイティブ・ソースの『You Can’t Hide Love』。こちらはリリースされる時に主語の『You』がついてますね。『You Can’t Hide Love』。そして、98年の決定的、絶対的なライブカバー。ディアンジェロ『Can’t Hide Love』でした。
もう余談ながら、このディアンジェロの『Live at the Jazz Cafe』。まだお聞きになったことがないという方はぜひ、ぜひ、僕はおすすめしますね。これは、まあエレクトリック・ピアノを弾きながら歌っているという共通点もあるんですけれども。ダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)の『Live』『In Performance』っていうアルバムがありますけれども。
ダニーの2枚のライブアルバムと並ぶ、鍵盤弾きシンガーの名盤ライブアルバムでございます。
<書き起こしおわり>
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