菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中で、訪れたばかりの台湾で偶然出会った、超美味しい燻製肉の煮込みについて語っていました。
(菊地成孔)はい。というわけで、宇宙を志向している音楽ばかり聞きましたんで、最後は地上に降りましょう。いきなりですけどね、先日、台北に行った時のこと。一泊二日の弾丸だったんで、着いてすぐ、『絶対に行けよ』って言われたエビワンタン麺の店に行ったんですよ。まあ、日本円にすると150円とかです。着いてすぐ、もうそこの店。空港からバンッ!台北空港から。清いお湯、清湯(シャンタン)とは言ったもので、もう見た目にはお湯の中に麺とワンタンが浮かんでいるだけなの。もう。で、どんどん近づいて来る。すぐできるから。
で、『ああ、いい匂いがするな!あったかくて、いい匂いだ。なんの匂いかな?』って。麺の小麦粉の匂いですからね。日本じゃ経験できないですよ。あんなこと。すごいですよ。台湾の薄味ぶり。ソウルなんかね、台湾に比べたらもうジャクソン・ポロックですよ、本当に。私ね、タッカンマリっていうね、鳥の一匹の水炊きね。あれじゃないですよ。サムゲタン。あれは宮廷料理なんでね。あれよりずっとエグい、ストリートの食いもんですけど。それを食ってたの。タッカンマリ屋で。
美味くてね。『うんめー!うんめー!ああ、美味い。なんだ、これ、美味いなぁー!』って食ってたら、気がついたら店主の夫婦が私を見て、腹抱えて笑ってるんですよ。こうやって。で、韓国人の友達に、『なんつってんの?あの人たち』って聞いたら、『「この店を開店してから、あいつが美味そうに食べるいちばんです」って言ってますね』って言われて。で、『ああ、そう?まあ、よかった。じゃあ』って。で、でっかい声で『オモニ!チョンマラマシッタ!(マジで美味いっすよ)』っつって。叫んだら、もうそれを聞いて、さらにゲラッゲラ笑って。
『そりゃそうだろ!』みたいな。『お前、美味そうに食ってるもん!』みたいな感じで指さして言ってですね。でも、『開店してからって言うけど、開店っていつだ?』って思って看板を見たら、『SINCE 1971』って書いてあってですね。私が小学校1年の時からやっているわけですよね。私が幼稚園を卒業してね、小学校にご入学して。ランドセルを背負った瞬間から、地上にこの鳥鍋屋が開業してね。約40年後にチャンピオンが生まれたっていうね。そこにいた!っていう。まあ、一種のギャラクティックっていうかね(笑)。ギャラクティックソウル!っていう感じですけどね。ダジャレが昭和ですけども。
で、まあソウルじゃなくて台北だと。エビワンタン麺。もう一口なの。ツルッと。で、ツルッと食っちゃって。スープも麺を食いながら飲み込む・・・なんて言うの?一緒に飲んじゃって。私の故・師匠のウガンダさん。『カレーは飲み物』じゃないですけど、もう台北のエビワンタン麺なんか飲み物ですよ。ゴクゴクゴクって。で、もう一緒にたのんでいた肉そぼろご飯。これもね、美味いんですけど。一口、もうツルッと。『美味い美味い!』ってまたね、やっていたら。『うんめー!うんめー!』って。のけぞったり、店内ぐるぐる見回したりしてね、食ってたんすよ。
そしたら、突然ね、後ろの席に座っていた台湾系のアメリカ人でしょうね。見た目的にはね、お若い方はごめんなさいね。ケント・デリカットさんみたいな感じの、瓶底のメガネをかけた、でっかーいやつが私の肩をね、グッて掴んだんですよ。
なんでケント・デリカットさんが脳裏によぎるんだ。目元大きく見えるからかな。 pic.twitter.com/siRbcCHEtF
— あたる@刀剣垢 (@atr_turb) 2015, 5月 22
で、ああ、しまった!興奮してちょっと騒ぎすぎたかな?静かな店なのに、ごめんなさい!って。で、見たらそいつの目がね、もうギラギラガールズなんですよ。で、そいつが英語で、『お前、日本人だよね?』『ああ』『英語、しゃべれる?』『まあ、ほんのちょっとね』『俺に、5分だけくれ』って言うの。で、『うわー、ヤバい。裏道でボコられたら痛いよ、もう台湾のこんなところで・・・』と思って。『いやいやいや、約束があるんだよ、この後。無理無理!』っつって。『いやいや、違うんだよ。わかってないなー。教えたいことがあんの。あのね、ええと、ごちそうしたいから』っつって。
『いやいやいや、もう、お腹いっぱい。ちょっと騒ぎすぎたね。ごめんね。お母さん、お勘定!』って逃げようとしたんですよ。そしたら、グワーッともう、通せんぼみたいに両手を広げて。『わかった、わかった、わかった。お前、俺のことを不気味がってるよな。まあ、仕方ないよな。あのね、ええと、ええと・・・』っつって、もうゴソゴソゴソゴソした後に、『これ、食え!』っつって。彼の持っている・・・気がついたらね、もう両手に抱えきれないほどのビニールの買い物袋で買い物してるんですよ。で、その袋をバカッ!っと開けて。
その中に、パカッて、焼き鳥とかを入れる透明のね、やつが50個ぐらい入ってるの。そっからね、肉を煮たやつをどんどん出してきて。4種類くらい。で、『食え!お前、美味いもん、好きだろ?日本で広めてくれよ。おそらく、日本人はこの店、来ないから。ここの隣なんだよね。ここの隣。だから、連れて行こうとしたんだけど、お前を。でも、ツーリスト相手の犯罪者じゃないよ、俺は。だから、食ったらわかるから!』って言うわけ。そしたらね、豚の皮から、ラルドのあたり。鴨、鳥のアバラから手羽にかけて。アヒルの水かき。全部、燻製の、しかも煮込みなのよ。
燻製もある。食べたことあるね。煮込み。食べたことあるね。でも、燻製で煮こまれているっていうのはないでしょ?私も初めて食べました。もうこんなね、美味い加工肉は生まれて初めて食ったの。で、『うーわ!うんまっ!』っつって。ほんで、バンバンバンバン、それ食べてたの。で、『俺はいま、ロスに住んでいるんだけど。小学校2年まで、すぐ近所にいたんだよ。俺は台湾人だから。それで、大人になってから帰国した時に、これを知った。どんだけバカな人生を送った、俺は愚か者だ。でも、まだ間に合う。これを世界中の美味いもんが好きなやつに広げたいんだよね。お前、好きでしょ?美味いもん』って言われて。
是日晚餐,台灣名物信遠齋的薰雞腿,一絕[強] pic.twitter.com/wmhEsxea
— Ken Man (@kenman2000) 2012, 11月 21
『ああ』って。『美味いよね、これ?』『美味い』『これがこの店のショップカードだから』っつって。もう、持ってるの。自分の名刺ぐらいの早さでバッ!って。『これがこの店のショップカードだから、お前、日本で広めてくれよ。明日、買いに来いよ。ここに。ただ、検疫の問題で国外に出せないから、買ったら出国までにホテルで全部食え。じゃあな!』っつって、風のようにパーッと出ていったんですよ。その店を。で、うわー!って後から追いかけたんですけど、もういなくなっていて。したらね、隣に店があって。私の首をかけて保証します。ぜったいに美味しいし、食べたことがない肉だと思いますから。番組にこのショップカードを上げます。全部が漢字なんで、一文字も読めない。ハングルだったらまだカタコトが読める私でも、もう台湾の中国語になっちゃうとぜんぜんダメですね。電話番号しか読めないんだけど(笑)。この名刺、上げておきますね。
と、まあそんなことがあって。それを持って、台湾のお茶カフェに行ったんですよ。古民家改造型っつったって、下北沢とかとはぜんぜん腕力が違いますから。台北市っていうのは。街が古いですからね。その台北市の中の、世界中からそういったことが好きな人が来る古民家改造型のお茶を出すカフェっていうのがあって。行くと、まあなんて言うのかな?すごいですよ。台湾映画が好きな人とかだったら、その場で泣いてしまうんじゃないか?っていうようなね。まあ、私はどっちかって言うとソウルが好きなジャクソン・ポロックの方ですから。エグい方が好きなタイプなんですけど。そんな私でも、感動しましたからね。静かさと清らかさに、もう惚れ惚れしましたけども。
そこでね、座ると、お茶が・・・まあ、観光ガイドみたいなことを言ってますけど。お茶の葉っぱがですね、10種類出てくるんですよ。で、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10って書いてあって。自分で香れるわけ。それで、これだ!って決めて指をさすと、それを、お湯を淹れて、提供してくれるっていう。で、ちっちゃい小菓子が付いてくるんだけど。でもまあ、東南アジアとかは、北東アジアもそうですけど。日本以外、みんなそうですけど。夜市の文化だから、店になんか持ち込んで食べてても、よっぽど大っぴらにやらない限りは、まあ文句言われないのね。
で、『さっきの肉、美味かったよなー』って思いながら、食べるとまた美味いわけ。もう。燻製して煮込んだね、豚の背中の皮ですよ。で、『うんまいな、これ』って思いながら、ちょっとお茶を飲んで。阿里山茶っていうね。おんなじ茶葉なんですよね。ただ、発酵のパーセントが違うんだけど。いちばん浅い発酵のやつのものを、阿里山茶って言うの。20%、25%かな?100%いくと、紅茶になるんですよ。烏龍茶やプーアル茶はその手前にあるんですけどね。まあまあ、そんなお茶の豆知識を言っていてもしょうがない。まあ、90年代に、もっと私好みな感じで香港でウォン・カーウァイが見せた美学っていうかね。
なにが言いたいか?っていうと、今日最後の曲はその店で流れていた曲なんですけど。その店でずーっと流れていたのが、ジャズのビッグバンドとカナリアちゃん。つまりビッグバンドのお飾りで出てくるジャズ・ボーカリスト。後にカナリアちゃんの方が人気が出て、これまたジャズの中にある、ジャズっていうアイドルとは関係ないと思われるカルチャーの中にある、しかも3、40年代。戦前のジャズにもあったアイドル化って言う。まあ、なんて言うか一種の小宇宙ですよね。話、こうきれいにまとめているわけじゃないんですけど(笑)。そういう話の中で、やれビリー・ホリデイだ、サラ・ボーンだ。ねえ、いろんな人が流れるわけなんですけど。
これがまたね、音楽はTPOと申しますが。この番組もそのことを心がけてますけどね。頭の下がる思いっていうかね。あの建物であのお茶を出して、あの音楽っていうのはこんだけ合うか!っていうんで、もう毎月行こうかな?ぐらいの感じになるぐらいいい気分で。イマジネーションが湧くきまくりでね。ペペトルメント・アスカラールの次のライブは与世山澄子さんと・・・与世山澄子さんっていうおばあさんがいるんですけどね。沖縄にね。大変なジャズボーカリストなんですけど。
その人とこう、並んでいこうかな?って。おばあさんだ、これからは!って。いろんなアイデアがブワーッ!と。アイデアが私、具体的な音楽のアイデアが湧く時っていうのは相当いい状態なんですけど。もう、アイデアが湧きまくり。止まんなくなっちゃって。お茶飲みながら聞いていて。まさにこれは、地上のサウンドです。まあ、地上のものも聞きようによっては宇宙といったようなこともありますよね。で、またギャラクティックソウル。
宇宙を最初からこんなにも志向してますよ。宇宙人みたいな格好をしてるんだけど、それが非常に地上的で人間臭くてアーシーだっていう、まあ一種の逆説によるクロスフェイドっていうのがあるわけですけども。まあ、とは言え、あなたは宇宙がお好き?地上がお好き?といったようなまとめでですね、本日最後に聞いていただきたいと思います。エラ・フィッツジェラルドですね。まあ、曲はなんてことはないですよ。『It Never Entered My Mind』。マイルスもコルトレーンもフランク・シナトラも、誰も彼もが演奏し歌ったジャズスタンダードですけども。エラ・フィッツジェラルド版でお聞きいただきたいと思います。
来週もですね、小特集。林(みなほ)さんも来ていただきましょう。この際ね。小特集でですね、もう決めてます。小特集 アフリカ音楽、行きたいと思います。『アフリカ音楽 俺、カレーなら1日3回、365日イケるって。本当だよね?』っていうタイトルでですね、1時間、アフリカの音楽をノンストップでかけ続けて飽きないか?っていう実験を来週はしてみたいと思います。というわけで、菊地成孔の粋な夜電波、そろそろお別れの時間となりました。ではまた来週。金曜0時にお会いしましょう。銀河と地上への往復、お疲れ様でございました。また来週ということで、エラ・フィッツジェラルド『It Never Entered My Mind』。
食いしん坊同士の異国での連帯。台北という古都の、しかも古民家改造型カフェ。気の遠くなるほど上品なお茶の香り。そしてほんのちょっと隠れながら食べるものすごく美味い燻製の煮た肉といったですね、地上性の極に思いを馳せながらお聞き頂きたいと思います。
<書き起こしおわり>