松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、The Jackson5のAll I Do Is Think Of You』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
今回は、ジャクソン5(The Jackson 5)が1975年に発表した名曲、『All I Do Is Think Of You』について探ってみます。『はい?もう一度言って?』っていう方もいらっしゃるかもしれませんね。ジャクソン5っていうと、どうしても『I’ll Be There』とか『ABC』とか。もう本当に、初期も初期の曲が挙がることが多いです。で、もちろんその『I’ll Be There』もね、幼さが残るそのころのマイケルのみずみずしい歌声と、そしてそれのカバーで、やはりナンバーワンになりましたマライア・キャリー(Mariah Carey)とトレイ・ロレンツ(Trey Lorenz)のデュエットなんかをご紹介するっていうのも番組、できるんでしょうけど。まあ、いつかやってもいいですけども。
あの、よりメロウなアプローチを探ってみると、ジャクソン5と言えばこれなんだよな。『All I Do Is Think Of You』。僕の大好きな、マイケル・ラブスミス(Michael Lovesmith)というシンガーソングライターが曲の制作に関わっております。この『All I Do Is Think Of You』っていのはジャクソン5の中では僕は・・・彼らがフィラデルフィアに行ってギャンブル&ハフ(Gamble and Huff)と作ったいくつかある柱の中のひとつ。メロウ路線の中でも、本当にあの、大切な曲だという風に僕は思っています。で、『All I Do Is Think Of You』って言われても、ピンと来ない方はたくさんいらっしゃるのは承知の上なんですけども。彼らが75年にリリースした『Moving Violation)っていうアルバムがあるんですけど、その中に収められていた曲なんですね。
まあ、シングルとしてはこれはB面扱いの曲だったんですけども。時間がこの曲の名曲度を磨きをかけていたところもございます。もうとにかく、悪いことは言いませんって。聞いてください。ご存知ない方はいま、聞いてくださいっていう感じですよ。本当に。マイケル・ジャクソンって、やっぱりボーカリストとしても傑出していたんだな、この表現っていうのは、そりゃあいろんな人、夢中になっちゃうなっていう魅力あふれる一曲でございます。
いま、バックに流れておりますこのインストゥルメンタル。『Time: The Donut of the Heart』っていうのは、もうこの人も亡くなってしまったんですけども。デトロイトのラップユニット、スラム・ビレッジ(Slum Village)っていうところのDJでありました、J・ディラ(J Dilla)。またの名をJ.D.。彼のリーダー名義の曲なんですね。で、まあJ・ディラっていうのはディアンジェロ(D’angelo)とかコモン(Common)とかとの深い関わりでも知られている人でもありますけども。ここで緩急つけてサンプリングされているのがこのジャクソン5の『All I Do Is Think Of You』なんですけどもね。
エレクトリックシタールの調べがなんとも印象的です。では、このジャクソン5のオリジナルバージョン。もうちょっとハンカチのご用意をして聞いていただきたいと思います。そしてもうひとつ。割とストレートなカバーとなりますね。2005年にリリースされたB5という男の子5人兄弟のグループのデビューアルバムに収められていました『All I Do』。タイトルがちょっとやや短めになってますが。ストレートなカバーでございます。じゃあ2曲続けて『5』つながりで。男の子5人×2でお楽しみください。ジャクソン5『All I Do Is Think Of You』、B5『All I Do』。
The Jackson 5『All I Do Is Think Of You』
B5『All I Do』
お届けしたナンバーはジャクソン5で『All I Do Is Think Of You』。そしてB5で『All I Do』。タイトルは短くなっていますが、先ほどお話しました通り、まあストレートなカバーです。ジャクソン5、1975年にリリースした『Moving Violation』。これはR&Bチャート最高位6位。ポップチャートではまあ、36位止まりでしたね。これはモータウンで出した最後のアルバムになっちゃうんですよ。プロモーションも手薄でした。まあ、そういうところもあってね、この曲が広く世に伝わる、ハシゴを外されたようなところがありますね。うん。
まあ、その後彼らはエピックに行って、ちょっと混迷の時期を過ごすわけなんですが。その行ったエピックで、まず最初にフィラデルフィア詣でをしまして。『Enjoy Yourself』っていうちょっとこう、元気を取り戻すようなヒットを出すんですが。
その時に、その勢いで出したような『Show You the Way to Go』っていう曲。これもメロウなんですよね。そうなんですね。
ジャクソン5のこの70年代の終りぐらい。まあジャクソン5だったりジャクソンズって言ったり、そういった時期っていうのはね、迷っているが故の振れ幅っていうのがあってね、僕なんかは初期よりも好きなんですよね。で、この時のマイケル。58年生まれのマイケルは、まあ17才の夏を迎えるちょっと前にリリースされたという。うーん、いい時期じゃないですか。いい時期じゃないですか。ねえ。
で、この『All I Do Is Think Of You』の曲のあり方っていうのがひとつ象徴的なんですけども。これ、『Forever Came Today』っていう曲のカップリングで世に出たんです。『Forever Came Today』っていうのはシュプリームス(The Supremes)の曲ですよね。それをレーベル内でジャクソン5が先輩グループの曲をカバーしたっていうテイだったんですが。さっきもお話したように、モータウンの、もう別れるかどうか?っていう。当然、レーベルとしては、売りあぐねていたような時なんですね。
だけど、もう自信満々の20代半ば以降のマイケルとも、世の中に怖いものがあることも知らない、怖いもの知らずであるが故の、どこまでも突き抜けるような歌声を持っていた最初の頃と、どちらでもないね、定まらない、揺れ動く、ただようからこそ、そこに音楽が生まれる理由があるんじゃないか?っていう。まあ、常々そういうことを思っているんですけども。そういう、音楽に何を求めるか?っていうことになりますけども。その見地からすると、このあたりの表現が悪いはずがないんです。いい曲があればね。いい器があれば。
で、これはその奇跡的な1曲だと思います。『All I Do Is Think Of You』は、だからその『Forever Came Today』のカップリングとして世に出てますから、決して目立った出方ではないです。ですがね、この曲がじわじわ効いてくるのが90年代ですよ。その頃、子どもたち。もう本当にお子どもと言われる世代だった人たちが、まあ二十歳ぐらいになってね。レコード契約を取って。自分で歌う時に、『この曲を歌いたい!』ってことを言い出すわけですよね。だからもう、90年代はもうこの曲の再評価がね、相次ぎまして。
で、B5の方も一応説明した方がいいですね。B5っていうのは、アトランタの兄弟グループでありまして。ファミリーネームがBreedingっていうんですね。で、『Breeding 5』ってもともと言っていたらしいんですけども、メジャーデビューするにあたってB5と。仕掛け人は、また出てきたよ。ショーン・パフィ・コムズ(Sean “Puffy” Combs)です。この曲はロドニー・ジャーキンス(Rodney Jerkins)がプロデュースを手がけてるんですけども。ロドニー・ジャーキンスがね、マイケル・ジャクソンの晩年の作品のプロデューサーであったことも興味深いですけども。うん。奇をてらわない、いいアレンジですよね。
で、この『All I Do』という曲なんですけども、まあいま、70年代の曲と21世紀に入ってからの聞き比べになっちゃいましたが。その間に、これが名曲認定されるまでのプロセスがあるわけです。で、さっきご紹介したJ・ディラのTime: The Donut of the Heart』っていう曲なんかは幼少期にこの曲好きだったんだろうなって。何度も何度も聞いて、体に取り込んだJ・ディラがもう、それを再構築したんだなっていうような。それを聞いて、またこれいいな!と思って。フィラデルフィアのラップグループ、才人クエストラブ(Questlove)が率いるザ・ルーツ(The Roots)が『Can’t Stop This』っていう曲をね、まあ若くして亡くなったJ・ディラに捧げるという意味もあって。孫請けのようなラップカバーをしてみたりとかね。
もうヒップホップの中では定番のようなネタになっちゃったんですけどもね。もうジャクソン5の『All I Do Is Think Of You』っていうこのオリジナルバージョンが世に出た時のことを考えてみると、ずいぶんと、30年ぐらいでバリューを高めたなっていう気がしますが。その過程において、もうエポックメイキング的な、非常に大きな役割を果たしたのが、トゥループ(Troop)という5人組のカバーだったんですね。これは1989年にリリースされました、彼らにとって2枚目のアルバム『Attitude』の中に収められていました。
この『Attitude』っていうアルバムは、まあニュー・エディションフォロワーの一組と言われていたトゥループがそこからオリジナリティーを確立した1枚でありまして。自分たちの出自を示すかのように、『こんな曲を聞いてきました。では、その思い出の曲を歌います』というステージMCがあったわけじゃないんですけども。リメイクしたのがこちらでございました。1989年の決定的カバーを聞いてください。R&Bチャートナンバーワンヒット。トゥループで『All I Do Is Think Of You』。
Troop『All I Do Is Think Of You』
トゥループで『All I Do Is Think Of You』。1989年リリースの彼らにとってセカンドになります、アルバム『Attitude』に収録されておりました。ヒットしたのは90年に入ってからですね。90年に入って、『Spread my wings』に続くアルバムからの実は3枚目なんですね。その前に、『I’m Not Soupped』っていう曲が出て。これはいまいちヒットしなかったんですけど。『Spread my wings』という、当時もうイケイケだったチャッキー・ブッカー(Chuckii Booker)のプロデュース曲で1位になって。
その次に『All I Do Is Think Of You』。カバーをシングルに切ったらこれも1位になっちゃったっていうね。しかもこれ、ポップチャートでも彼らにとって初めてのヒットになりました。47位。うーん。左半分、いい数字じゃないですか。本当にあの、滋味深い曲ですね。なかなかに滋味深い。というわけで、今週のいまなら間に合うスタンダード、1975年発表のジャクソン5『All I Do Is Think Of You』。この曲の歴史についてお話してみました。
<書き起こしおわり>