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赤江珠緒 玉袋筋太郎と博多大吉の半生を掘り下げる

赤江珠緒 玉袋筋太郎と博多大吉の半生を掘り下げる たまむすび
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TBSラジオ『たまむすび』の面白い大人コーナーの特別編。赤江珠緒さんとピエール瀧さんが、玉袋筋太郎さんと博多大吉さんのこれまでを掘り下げていきました。

(赤江珠緒)この時間は面白い大人特別編。玉袋筋太郎と博多大吉先生を改めて掘り下げる時間となっております。お二人とも、改めてお願いいたします。

(玉袋筋太郎)なんでも聞いて下さい。

(博多大吉)底がだいぶ浅いのでね。固い地盤が・・・

(赤江珠緒)もう着いた!みたいな(笑)。わかりました。ではですね、改めて、まずは玉さん。玉袋筋太郎さんのプロフィールをご紹介させていただきます。

(玉袋筋太郎)うん。

(赤江珠緒)玉袋筋太郎さんは1967年。東京都新宿区のお生まれです。西新宿一丁目にそびえ立つ赤江ビルの3階ですくすく育った玉さんは高校時代にはビートたけしのオールナイトニッポンに素人でありながら出演するなど、ビートたけしさんの追っかけ界ではメジャー級。ドラフト一位クラスのエリートととして有名な存在でした。86年、たけしさんに弟子入りすると、87年に水道橋博士さんと浅草キッドを結成。90年にテレビ朝日 ザ・テレビ演芸の『飛び出せ笑いのニュースター』に出場し、10週連続で勝ち抜き、5代目チャンピオンになります。

(博多大吉)すごい!

(赤江珠緒)で、92年にはテレビ東京 浅草橋ヤング洋品店に出演。鬼才テリー伊藤さん演出のもと、数々の企画に挑戦。番組は大ヒットしました。で、2012年の4月から、小林悠アナウンサーとともに金曜たまむすびを担当しております。

(玉袋筋太郎)20年、あいちゃったよ。

(赤江珠緒)今年、芸歴28年にして初めて、NHKのドラマで芸名『玉袋筋太郎』さんが解禁されるという快挙を成し遂げ、ニュースになりましたね。多くの共演者やスタッフ、ファンから祝福されたということです。

(玉袋筋太郎)はい。いや、このね、やっぱ92年から2012年まで20年、なにかあったのか?って。俺はどっかにお勤めでもしてんのか?って。

(一同)(笑)

(赤江珠緒)ゴソッと。ねえ。まあまあ、ねえ。いろいろございますからね。

(玉袋筋太郎)あと、『西新宿一丁目にそびえ立つ赤江ビルの3階で』って、3階はそびえ立ってませんから。当時はそびえ立ってましたけど。はい。

(赤江珠緒)(笑)

(博多大吉)でも、新宿生まれっていうのは。

(ピエール瀧)すごいよね!やっぱり新宿で育っている感じって、玉ちゃんか坂本龍一しか俺、思いつかないもん(笑)。

(玉袋筋太郎)ほら!世界の坂本と。ルー大柴さんもそうだけどね。新宿だよ。うん。いやいやいや、いいんですか?こんなもんで。

(赤江珠緒)はい。いやいやいや。

(博多大吉)でも、お坊ちゃんなんですね。やっぱり。

(玉袋筋太郎)ああ、お坊ちゃまだったよ。一応は。

(赤江珠緒)実際に赤江ビルってあったんですか?

(玉袋筋太郎)あったんだから。前も話したと思うけど、俺のおじいちゃんが、酔うと、野球賭博で勝って。大洋一点張りで勝ったんだって。で、建てたビルなんだって。

(博多大吉)当時は合法だった?

(玉袋筋太郎)当時?で、あとから聞いたら、うちのおじいちゃん、当時株の場立ちをやっていて。マルハの株。マルハの株のインサイダー取引でお金を儲けて買ったんだって。

(赤江珠緒)(笑)。ええと、いろいろと、グレーな感じで・・・ブラックな方に流れてますけども。

(玉袋筋太郎)まあまあ、死んでから無くなっちゃったからね。

(赤江珠緒)まあまあ、お亡くなりになっているからね。

(博多大吉)取調室かと思った。すごい自白していると思って。

(玉袋筋太郎)(笑)。スペシャルウィークですから。足しますよ。そういうことも。マシマシで行きましょうよ!うん。

(赤江珠緒)いろいろお伺いするとして、まずは次は博多大吉先生。プロフィールをご紹介しましょう。博多大吉先生、1971年、兵庫県は神戸市でお生まれになりました。その後すぐに、本当にすぐに福岡県古賀市に移られました。なので、福岡出身ということで間違いはないということですね。福岡大学の落語研究会で相方の博多華丸さんと出会い、コンビを結成。1990年、福岡吉本第一期生としてデビューされます。九州での圧倒的な人気を背景に2005年に東京進出。

(博多大吉)もう15年飛んだ・・・

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤江珠緒)2006年、相方の華丸さんがR-1グランプリに優勝したことをきっかけに、一気にブレイク。その後のご活躍は、こちらも割愛いたします。去年の年末、THE MANZAI2014で見事優勝。どん兵衛10年分を進呈されました。『最近は優しそうで厳しい九州男児、博多大吉のギャップ萌え人気』とか、『博多大吉44才、既婚なのにモテる』などの特集記事が書かれる一方、水曜たまむすび内では心ない発言も目立っているということです。

(博多大吉)ちゃんとやってますけどね(笑)。

(玉袋筋太郎)本人を横にして、そういうことを言うところが、心なくていいね。

(博多大吉)褒めてないんですけど。

(赤江珠緒)そうですね。

(博多大吉)まあまあ、でもこんな感じですね。なので、もう上京して10年なんです。実は。

(玉袋筋太郎)あ、10年?

(博多大吉)なのにいまだに福岡から通っているとみんな思っているみたいで。

(玉袋筋太郎)ああ、そうなんだ。

(博多大吉)『もう、本当よく来てくれたね!』ってみんな言ってくれて。すげー、『あ、都内から来たのにな・・・』って思いながら。

(ピエール瀧)『遠いところ、ご苦労さまです!』って。

(博多大吉)そうなんですよ。

(赤江珠緒)やっぱり印象、強いですもんね。

(博多大吉)飛行機の時間とか、心配されるんです。

(赤江珠緒)あと、いまだに華丸さんとご兄弟って思っている人も。

(博多大吉)あ、思われます。思われます。

(赤江珠緒)似てはないですけどね。雰囲気ですかね?

(博多大吉)ないんですけどね。

(玉袋筋太郎)齢は一緒?

(博多大吉)同い年です。

(玉袋筋太郎)同い年なんだね。

(博多大吉)今年45の学年ですね。

(玉袋筋太郎)ああ、福岡吉本第一期生なんだ。いま、何期生ぐらいなの?

(博多大吉)僕が25年目なので。

(玉袋筋太郎)ああ、じゃあもう、すごいんだ。

(ピエール瀧)25期生とか、そんな感じになってきちゃう。

(赤江珠緒)ほー!

(ピエール瀧)落語研究会だったの!?

(玉袋筋太郎)落研?

(赤江珠緒)『福々亭こまんど』。

(博多大吉)あ、そういう高座名があるんですけど。

(ピエール瀧)こまんど(笑)。

(博多大吉)落研ってなんか、入ったら3年生の先輩に弟子入りしなきゃいけないっていうシステムだったんですよ。うちは。で、見たことも聞いたこともない、初めて会った2個上の人に弟子入りさせられて。その日から師匠って呼ばされて。本当にカバン持ちとかさせられるんですよ。

(玉袋筋太郎)へー!

(博多大吉)で、それが嫌で嫌で吉本に来た、みたいな。華丸と。

(ピエール瀧)なるほど。

(玉袋筋太郎)じゃあ最初は一門に入ってたんだね。

(博多大吉)その福々亭一門に入ってました。

(ピエール瀧)大学生のさ、カバン持ちってさ、入ってるの教科書でしょ?だって。

(博多大吉)そうです。

(赤江珠緒)(笑)

(博多大吉)衣装とか、なんも入ってないですよ。

(ピエール瀧)そうでしょう?教科書と筆箱でしょ?だって。入っているべきものは。

(博多大吉)そうでしたね。はい。

(ピエール瀧)まあ、いまのはざっとしたプロフィールですけども。

(赤江珠緒)スタッフが調べたいろいろなエピソード、あります。項目、並べてますけども。瀧さんも気になるの、ありますか?ちょっと1回、ご紹介しましょうか。

(ピエール瀧)はい。

(赤江珠緒)玉さん。玉袋筋太郎以前ということでは、小学生の頃、興行師として新宿水道局の空き地でボクシング大会を開催されたりとか、そのボクシング大会の売上を元手に小学生を相手にしたサラ金を開業。

(玉袋筋太郎)やってましたね。ええ。

(赤江珠緒)で、出待ちと言えば京王プラザホテル。数々の新日外国人レスラーと遭遇。高校時代はラーメン屋さんの出前として歌舞伎町で活躍。地図は全て頭に入っていた。

(玉袋筋太郎)入ってましたね。そうなんですよ。

(ピエール瀧)やっぱ、これだよね。水道局の空き地でボクシング大会を開催っていう。
(玉袋筋太郎)これ、やったんだよ。

(赤江珠緒)小学生の頃でしょ?

(玉袋筋太郎)小学生。あれ、5年生ぐらいの時かな?うん。1年生から6年生まで、いちばん強いやつを集めて。それで、ボクシング大会をやって。それで、チケットもちゃんと作って売って。その売上をどうしようか?ってことで、サラ金ですよね。当時、ブームだったサラ金を開業したっていう。

(一同)(笑)

(玉袋筋太郎)興行の売上をね、サラ金のお金に回すっていう。小学生じゃないよね。やっぱり。

(赤江珠緒)本当ですよね。

(玉袋筋太郎)やっちゃって、で、それがもうバレて。小学校を退学になりそうになったっていう。

(ピエール瀧)結局、取り立ての方式でモメてバレたんだよね?

(玉袋筋太郎)そうなんだよ!かなり過激に行きましたから。当時の。うん。

(一同)(笑)

(ピエール瀧)貸していたことがバレて怒られたんじゃなくて、取り立ての仕方で・・・

(玉袋筋太郎)取り立てが厳しいんだよ。いや、当時、実際の取り立てもね、すごい厳しい取り立てでね。

(博多大吉)まあ、そういう社会でしたもんね。

(玉袋筋太郎)そういう社会だったんです。それを見て育っちゃったんですよ。それ見たのも、たしかTBSのドキュメントの番組だったと思いますよ。そっからですよ。

(赤江珠緒)えっ、でも小学生同士だから、お金を集めて。で、取り立てるって言っても、そのクラスとかに通うってことですか?

(玉袋筋太郎)そうですよね。返せ!返せ!って。金利がちょっと、かなり酷い金利だったんで。

(ピエール瀧)駄菓子屋とかそういうところでいて。『おう、ないのか。じゃあ、貸してやるよ』って気前よく貸してくれて(笑)。

(玉袋筋太郎)そう。貧乏な奴がいたんだよ。そいつがどうしてもほしいプラモデルがあったんだよ。買えないんだけど、『貸してやるよ、ほら。買えよ。買ったらいいよ』って。

(赤江珠緒)ああ、いま潤っているからね。興行で。

(ピエール瀧)『貸してやるからこれ、買ったらいいじゃない』『えっ、本当に?』なんつって、借りたら返せなくなるじゃないですか。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。そっからだよ。取り立て。

(一同)(爆笑)

(赤江珠緒)ちょっと、まったくの王道の手口じゃないですか!

(玉袋筋太郎)ヤバいよね!本当、すいませんでした!だよ。

(博多大吉)サラ金じゃなくて、ヤミ金ですよ。

(赤江珠緒)(爆笑)

(玉袋筋太郎)ヤミ金ですよ。

(ピエール瀧)過払い金が返済になるよ(笑)。

(玉袋筋太郎)10、20、30!ですよ!早すぎた。

(赤江珠緒)そっかー。

(博多大吉)あと、京王プラザホテルで出待ちをしていたっていうのがやっぱり新宿区の・・・

(赤江珠緒)新宿ならでは。

(ピエール瀧)ああー、やっぱこれはプロレスファンにしてみたら、京王プラザホテルっていうのは?

(博多大吉)もう雑誌なんかで目にする、夢の場所ですよ。

(玉袋筋太郎)夢の場所だよね。

(博多大吉)かならず新日本の外国人レスラーがそこに泊まっているっていうのは、情報としては知っていたので。行ってみたいなと。

(玉袋筋太郎)だから当時、蔵前国技館で最終戦がある時は、もうそこでずーっと待ってるんだよ。学校、授業、午後出ないで。5時間目、6時間目抜けだして、ずーっと待っているわけ。そうすると、出てくるわけよ。もうベロンベロンに酔っ払ったアンドレ・ザ・ジャイアントが。

(博多大吉)(笑)。試合前に?

(赤江珠緒)試合前に!?

(玉袋筋太郎)そう。で、『おおー、アンドレ出てきたよ!』っつって。その日に戦うハルク・ホーガンと肩くんで出てきちゃって。

(一同)(笑)

(玉袋筋太郎)『おえー?おっかしいな?』っつったら、それを見たディック・マードックが『あっち行け、この野郎!見るんじゃねー!』って蹴っ飛ばされたりね。

(ピエール瀧)へー!いいねー!

(赤江珠緒)すごい。もうわんぱくを絵に書いたような小学生時代ですよね。

(玉袋筋太郎)考えてみりゃあ、この新宿の京王プラザの真向かいにあるのが、東京医大っていう。新宿東京医大っていう。まあ、そこは俺が生まれたところなんだよ。まあ、おじいちゃんが死んだところだ。そこで、ジャイアント馬場さんも亡くなってたりするんだよね。

(赤江珠緒)うわー。

(玉袋筋太郎)で、アントニオ猪木さんがハルク・ホーガンにアックスボンバー食らって、運ばれた病院も、新宿の東京医大だよ。だから俺、その試合会場で猪木がやって、ベロを出して運ばれる。その試合を見て、家に帰って、東京医大の前で張っているわけだよ。猪木を。『ああ、この中に猪木がいるんだ。猪木がいるんだ』って。そういう状況ですよね。

(ピエール瀧)大吉くんからしてみると、そんな、お膝元で!っていう話でしょ?

(博多大吉)いやー、夢みたいですよ。当時はプロレス団体もあんまりなかったんで、年に見れても2回ぐらいしかチャンスがないんで。

(ピエール瀧)そうだよね。

(博多大吉)福岡は。やっぱり東京はすごいなって。

(ピエール瀧)じゃあ玉ちゃん、直筆サインとか結構・・・

(玉袋筋太郎)いや、近づけなかったよね。だから当時は、ブッチャーの額から流血した時に、色紙でペタッとこうやって。血判を取るのが。せめてあれだよ。

(一同)(笑)

(赤江珠緒)ええーっ!?

(博多大吉)血判って(笑)。

(玉袋筋太郎)血拓っつーの?ペターッて。それぐらいだよね。

(ピエール瀧)(笑)。それを持っている方がすげー感じだよね。

(赤江珠緒)すごい!

(玉袋筋太郎)気持ちわりーよね(笑)。

(博多大吉)僕、巡り巡って、実家にはドリー・ファンクの血拓がありますよ。

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤江珠緒)ええーっ!?

(博多大吉)証拠がないんです。

(玉袋筋太郎)いや、ドリーは滅多に流血しねーから。

(博多大吉)本当にドリー・ファンク・ジュニアかな?と思って。

(玉袋筋太郎)そこにサインでもありゃあね。そんな感じですよね。

(赤江珠緒)(笑)。以前は。で、玉袋筋太郎さん以後は、たけし軍団の付き人を担当。兄さんたちのタバコの銘柄を全て把握し、常に所持。

(玉袋筋太郎)だからウエストバッグなんか、いちばんでっかいのを持っていて。PORTERの、こんなでっかいの。そん中に全員の兄さんのタバコの銘柄が違うから。それ、全部一箱ずつ入れて。こうやって持って。

(赤江珠緒)うわー。

(ピエール瀧)補給部隊だ。本当に(笑)。

(玉袋筋太郎)吉原のソープ嬢じゃねーんだから。あったよね。うん。

(博多大吉)付き人ですもんね。ただの後輩じゃないんで。

(玉袋筋太郎)いやー、これ、鍛えられましたよね。

(赤江珠緒)で、大阪で10日間、1日3ステージの漫才を披露。ご自身の漫才スタイルに新境地が。

(玉袋筋太郎)これ、なんば花月に呼ばれたんですよね。たしかね、10日間。ほんで俺たち、自信を持ってネタをやったら、初日からもう、ダダッ滑りで。ぜんぜんほら、大衆的なお笑いだから。俺たち、ちょっとマニアックなネタやっていたから。そこでもうね、博士と2人で自殺を考えちゃって。このままじゃダメだっつって、考えたのがすごいベタベタな漫才の、サザエさんのネタとか。俺がボケに徹するみたいな形で。で、最後の5日はどうにか受けきったみたいな。

(ピエール瀧)ああ、そういうこともやらなきゃダメだっていう。

(玉袋筋太郎)そうなんだよね。うん。

(赤江珠緒)で、日々身銭を切って尊敬する猪木さんの布教活動を相方、水道橋博士と実施。

(玉袋筋太郎)これもね、新潮文庫から出ている『アントニオ猪木自伝』っつーのがあるんだけど。それが素晴らしい本で。やっぱり布教活動しなきゃいけないってことで、地方とか行ってホテル泊まると、ホテルにかならず聖書があるじゃない?

(赤江珠緒)うん。

(玉袋筋太郎)聖書を出して、その猪木の文庫を代わりに入れるっていう。

(博多大吉)入れ替えていた?

(赤江珠緒)(笑)

(玉袋筋太郎)入れ替えて。自分で買って。結構買ったよ。文庫は。

(ピエール瀧)ああ、なるほど。はいはいはい。

(玉袋筋太郎)それぐらい、猪木教だったんだよね。

(ピエール瀧)なるほど。一晩かかって読むぐらいがちょうどいいだろうって。

(玉袋筋太郎)これだ!と。びっくりするよね。開けたら、アントニオ猪木自伝が(笑)。

(赤江珠緒)このチョイスは!?みたいなね。

(玉袋筋太郎)まあ、俺たちにとってはバイブルだったですよね。

(赤江珠緒)で、お酒もタバコも続けながら、フルマラソンを完走。1年で30分以上タイムを縮める?

(玉袋筋太郎)これ、3年ですね。3年連続東京マラソンに出させてもらって。ほんで、いちばん最初が4時間45分で。2回目が20分。で、3回目で3時間59分。その間も、タバコも酒もずーっとやっていて。それでも、45分縮めたっていう。これはなかなかのもんじゃない?

(ピエール瀧)そうだね。

(赤江珠緒)へー。いまも走られているんですか?

(玉袋筋太郎)最近はもう、ずーっとやめちゃった。だけど、当時はやっている時は、結構走ってましたよ。

(ピエール瀧)玉ちゃん、やると決めたら、やるよね。

(玉袋筋太郎)やる時はね。うん。やらなくなったら、もう、ポイッて。だけどね、東京マラソン。みんな健康に気をつかっている人たちばっかでしょ?それが3万人、スタートラインに立っているわけで。1人、タバコ吸っている時のね、あの、『この野郎!』っていう視線。

(赤江珠緒)みんなが。

(玉袋筋太郎)『この野郎!』って。で、ゴール入ってすぐビール飲んで。すぐタバコ吸ってやったよ。『この野郎!』って。ゴールにね、だって用意してんだもん。チンチンのビールを。

(赤江珠緒)うんうん。

(玉袋筋太郎)それで飲んだ時のみんなの顔ってのは、なかったな。

(ピエール瀧)現役時代の江夏じゃないんだから。

(一同)(笑)

(玉袋筋太郎)江夏の場合、こっちもあったからね。コレもあったからね。

(ピエール瀧)そうだね(笑)。

(赤江珠緒)見えなくてよかった・・・

(玉袋筋太郎)大吉っつぁんのも聞こうよ。

(赤江珠緒)はい。大吉先生のじゃあ、エピソードをまとめたものは、自転車に乗った姿がからくり人形に見える。

(玉袋筋太郎)(笑)

(博多大吉)すいません。薄くないですか?僕のエピソード。これ、スタッフさんが勝手に・・・

(玉袋筋太郎)からくり人形に見えるの?これ。

(博多大吉)ちょっと、はい。運動神経があまりよくないので。僕。まあ、そう見えるみたいです。

(赤江珠緒)うん。見えました。たしかに。

(ピエール瀧)よくあの、ゼンマイの自転車のおもちゃ、あったじゃん?あの感じ。シャーッて。

(博多大吉)北原コレクションみたいな。そんな感じのやつなんです。

(赤江珠緒)姿勢はすごく良くてね。先生ね。はい。月曜パートナーのカンニング竹山さんとは確執があった?

(ピエール瀧)なに?

(博多大吉)福岡吉本の同じ同期なんですよ。僕。竹山も一期生なんですけど。でも、あいつ1年しかいなかったんで、大した思い出話、実はないんですね。

(ピエール瀧)はいはい。養成所時代の。

(博多大吉)で、まあ、年齢も年齢だったから、お酒もそんな飲む年齢じゃなかったし。お金もなかったから、ほとんど思い出がないんですけど。やっぱり求められるんで、いろんなエピソードをしゃべればしゃべれるほど、やっぱ、『こいつと別に仲良くないよな?』みたいなのが、お互い気持ちで出てきたんで。

(ピエール瀧)なるほど。はいはい。

(博多大吉)だから、新たに最近になって確執が芽生えるみたいな。『よく考えたら、知らんよな?』みたいな。お互いが逆ギレして。

(赤江珠緒)でも、最近また飲みに行かれたって。

(博多大吉)そう。また仲良くなって。

(赤江珠緒)聞きましたけど。竹山さんから。

(玉袋筋太郎)でも、すごいね。同期生でね。

(博多大吉)意外と福岡は優秀なんですよ。僕らの次の年にオーディションがあったんですけど。福岡で芸人作るっていう。そのオーディションで、落ちたのがロンブーの淳くんとか。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(博多大吉)その次の年に優勝したのが、いまのナイツの塙くんで。

(玉袋筋太郎)おおー!すごいね。

(博多大吉)結構な人たちが。

(赤江珠緒)へー!そうですか。

(玉袋筋太郎)みんなそれで活躍してるのがすごいね。

(赤江珠緒)で、心の半分はジャニーズ事務所に所属している。むしろ、6人目の嵐だと思っている。

(博多大吉)まあまあまあ、みんながね、6人目の嵐だと思うんですけど。ファンみんながね。

(赤江珠緒)そうですよね。おっぱいの大きい女性が好き。加藤シルビアアナが代打の時は小躍りしていたらしい。

(博多大吉)うーん・・・僕のなんか、他なかったんですかね?

(赤江珠緒)なんか精一杯集めた、リサーチした結果・・・

(玉袋筋太郎)大家文庫で。

(ピエール瀧)(笑)。もうちょっとあるでしょ!っていうね。

(赤江珠緒)ありましたね。

(玉袋筋太郎)マザコンなのかな?おっぱいが大きい人が好きっていうのは。

(赤江珠緒)そうですね。ちょっとグラビアの方ともね。

(博多大吉)そうですね。せっかくこういう世界に入って来たんで。もう結婚したんで、そういうことはできないですけど。せめて、見てやろう!っていう気持ちはあるんですよ。

(ピエール瀧)ああ、はいはい!

(博多大吉)せめて、至近距離で見てみたいっていう。やっぱりね、普通に生活していて、あれぐらい美人で巨乳の方って。話そうと思ったら、お金、払ってね。それこそ、クラブとかそういうところに行かなきゃ、話せないんで。そこはちょっと、見ていきたいっていうね。

(赤江珠緒)そうですね。そうか、そうか。その点、瀧さんはね、おっぱいはあんまりこだわらないんですよね。

(ピエール瀧)おっぱいはあんまりこだわらない。

(赤江珠緒)腰が。腰骨が重要。

(玉袋筋太郎)腰?

(ピエール瀧)腰骨がこう、クイッて出ている女の人が好きなんです。

(玉袋筋太郎)おおー。

(ピエール瀧)あの腰骨が出ていると、おっ?っていう。なんかちょっとね、くるんです。

(赤江珠緒)あ、やっぱ違うんですね。玉さんは?

(玉袋筋太郎)俺、どうなんだろうね?

(赤江珠緒)どこがセクシーポイントですか?

(玉袋筋太郎)女性の?俺、ああ、尻だ。尻、尻。

(赤江珠緒)(笑)

(ピエール瀧)尻ね。

(玉袋筋太郎)尻、尻。俺、尻見たら、だいたいその女性のだいたい寿命がわかるの。

(一同)(爆笑)

(博多大吉)尻占い?

(赤江珠緒)寿命!?

(ピエール瀧)寿命がわかんの!?

(玉袋筋太郎)持病とか。ちょっと尻が薄い女性とか、ちょっと冷え性だから気をつけろとか。あっためた方がいいよとか。尻がやっぱり豊満な子は、本当、大丈夫だよとか。そういう感じで。

(ピエール瀧)大丈夫だよと(笑)

(玉袋筋太郎)お前、大丈夫だよって。ちょっと歩いてみろって。

(ピエール瀧)なるほど。なんの心配もいらないよって。

(赤江珠緒)そうですか。へー。で、大吉先生は97年ごろ、諸事情があって芸能活動を1年休業されていると。

(博多大吉)そうですね。はい。これはもう、吉本とモメたっていう。単純に。会社との不仲です。

(赤江珠緒)この頃ですか?インドに行かれていたのは。

(博多大吉)インド行ったりとか。はい。ふらふらしていたのがこの頃ですね。20代の時。

(ピエール瀧)インド行ってたの?1人で?

(博多大吉)1人で行ってきました。会社から行かされました。その、モメた人と。

(ピエール瀧)ああ、会社から、行かされた?

(博多大吉)まあまあ、はいはい。そういうことです。インドに行って、お前は鍛えなおしてこい!って言われて。なんでこんなこと、言われなきゃいけないんだ?と思って。まあ、でもこんな機会もないなと思って。1人で。2ヶ月ぐらいですけど。

(ピエール瀧)へー!

(赤江珠緒)2ヶ月インドって、相当ですよね。

(ピエール瀧)ねえ。じゃあ、結構回ったでしょ?

(博多大吉)1周して来いって言われたんですよ。あの三角のところを。ただ、でもあれ、めっちゃ広いっすね。インドって。日本の10倍ぐらいあるんで、2ヶ月ぐらいで1周しようと思ったら、ほとんど電車に乗らなきゃいけないんですよ。飛行機なしだったら。だからインドの思い出は僕、鉄道の思い出しかないですよ。

(玉袋筋太郎)(笑)

(博多大吉)ずーっと電車に乗ってました。

(ピエール瀧)なるほど。蒸し暑い鉄道にずっと。

(博多大吉)そうなんですよ。切符も買えないんで。切符も半日ぐらいかかったんですよ。並ばないと買えなかったんで。

(赤江珠緒)はい。ちょっといま改めて、もう1回インドに行ってみたいとか、そういう気持ちにはならないんですか?

(博多大吉)ええとね、1週間以上行けるなら、行きたいです。

(玉袋筋太郎)へー。

(ピエール瀧)どうせ行くなら、長く行った方がいい。

(博多大吉)はい。行かれたこと、あります?

(赤江・玉袋)ない。

(ピエール瀧)僕、ありますよ。ニューデリーとバラナシしかないですけど。

(博多大吉)どのぐらい行かれました?

(ピエール瀧)でも、2ヶ所あわせて1週間ぐらいかな?

(博多大吉)どのくらいで慣れました?鼻。

(赤江珠緒)匂い?

(博多大吉)匂いがキツかったんですよ。

(ピエール瀧)ああ、匂いか。匂いっていうよりも、俺、もう『瀧、インド行ったら、滞在中に最低1回はインド人にマジギレする』って言われていて。

(一同)(笑)

(ピエール瀧)『そんな俺、旅先でキレないけどな』って思って聞いて。インドに着いて、初日の着いて1時間後に、もうマジギレしましたね。

(一同)(笑)

(玉袋筋太郎)なにがあったんだよ?

(ピエール瀧)物乞いの人が来て。いらない!って言ってるのに、『カーペット、買わない?カーペット、買わない?』『カーペット?いや、ノーサンキュー』って言ってるのに、『カーペット、買わない?カーペット』『いや、ノーサンキュー』って。

(赤江珠緒)カーペットは買わないって(笑)。

(ピエール瀧)『カーペットはノーサンキュー』って言ったすぐそばから、『だから、カーペット。カーペット』『いや、ノーサンキュー』『カーペット、カーペット・・・』『いらねーっつってんだろ!』って。

(一同)(笑)

(ピエール瀧)もう速攻でマジギレ。

(博多大吉)だから匂いに慣れて、その向こうのライフスタイルに慣れるまで、1週間はかかるんで。

(赤江珠緒)ああ、そう言いますね。

(博多大吉)でも、1週間を超えたあたりから、めちゃくちゃ楽しくなったんで。僕は。

(ピエール瀧)俺も1週間ぐらいたった頃に、その物乞いの声が聞こえなくなったもん。だって。遮断できるようになるっていう。

(玉袋筋太郎)ああ、遮断なんだね。

(赤江珠緒)そうかそうか。

(玉袋筋太郎)いいね、インド。で、最終解脱して帰ってきたと。

(博多大吉)(笑)

(ピエール瀧)いちばんよかったの、どこ?インド。

(博多大吉)僕はいちばん下です。南。カーニャクマリっていうところがよかったですね。キレイで。

(ピエール瀧)南インド、キレイだって言うもんね。

(赤江珠緒)へー!そうですか。後は、リンパが詰まっているという情報も頂いてますね。うん。あっ、もうあっという間にお時間が来てしまいまして。

(玉袋筋太郎)えっ!?掘り下げましたかね、これ?

(赤江珠緒)ねえ(笑)。

(博多大吉)あんまり掘り下がってない気が(笑)。

(ピエール瀧)『リンパが詰まっている』で終わることで、『掘り下げましたね』って、よく言うね!

(博多大吉)でも、あれですか?昔から仲いいんですか?瀧さんと玉さんは。

(玉袋筋太郎)まあまあ、仲いいんじゃん?

(博多大吉)同期ぐらいですか?感覚的に。

(ピエール瀧)感覚はそうかもしれない。

(玉袋筋太郎)有楽町の方で、ちょっとね、一緒に。曜日違いでラジオだったし。

(博多大吉)20代の頃ですか?

(玉袋筋太郎)それ、20代の頃だよ。

(ピエール瀧)の頃は、つるんでヤンチャもしてたなっていうのが。

(博多大吉)何してたんですか?

(ピエール瀧)まあ、いろんなお店に行って(笑)。

(玉袋筋太郎)そう。いろんなお店で。

(ピエール瀧)潜入したりとか(笑)。

(玉袋筋太郎)そうそうそう。そういうことですよね。潜入したと。

(博多大吉)この世代の遊びっていうのが、すごい楽しそうなんですよ。

(ピエール瀧)しかも、この世代のところって、局にしろなんにしろ、向こうの人がお金を持っていたのよ。

(玉袋筋太郎)そう。あったな、それはな。

(赤江珠緒)バブルの頃に、もうそういう世界。

(玉袋筋太郎)そうそう。

(ピエール瀧)が、あるから、こっちにお金がなくても、なんのことはないスタッフの人がバンバンお金を出してくれてた時代だったから。

(玉袋筋太郎)それぐらいだよな。言ったってでも、知れてるよな。知れてるお金だと思うよ。いま思えば。

(博多大吉)でもいま、そういう文化、あんま無いですもんね。

(ピエール瀧)そうかもね、いま。

(玉袋筋太郎)世知辛いな。

(赤江珠緒)でもこの2人を前にすると、すごく若造っていう気がしてね、いいですよね。大吉先生。我々。

(博多大吉)僕もこんな後輩になるとは思いもしなかったですよ。最近、結構吉本ではだいぶ上になっちゃったんで。

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤江珠緒)ということでね、またおいおい掘り下げるのは、またそれぞれの曜日でやっていこうということで。

(博多大吉)また心ない・・・

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤江珠緒)面白い大人、特別編でした。

(ピエール瀧)掘り下げないでしょ!?

(赤江珠緒)(笑)

<書き起こしおわり>

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