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吉田豪 梶原一騎と高森篤子の壮絶な夫婦関係を語る

吉田豪 梶原一騎と高森篤子の壮絶な夫婦関係を語る 小島慶子キラ☆キラ
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吉田豪さんが2011年にTBSラジオ『小島慶子キラ☆キラ』で話したトークの書き起こし。吉田さんが尊敬する梶原一騎先生と、その妻の高森篤子さんについて話しています。

(吉田豪)そんな、まあ梶原先生ですよ。僕、弟さんの真樹日佐夫先生もそうですが、奥さんの高森篤子さんという方がいまして。去年、『スタートは四畳半、卓袱台一つ』っていう本が講談社から出ているんですが。篤子さんとも交流がありまして。その篤子さんから聞いた話とかを交えながら、梶原一騎を掘ってみたいなという感じで。

(小島慶子)もう亡くなって24年?

(吉田豪)そうですね87年に50才の時に亡くなってまして。まあ、巨人の星、あしたのジョー、タイガーマスクなどなどね、いま、ちょうどまた話題になっているわけですが。まあ、なぜか篤子さん、自宅に呼ばれたりとかしたこともあったりしたんですが。

(小島慶子)へー。

(吉田豪)まあ、もともとその篤子さんと、2004年に映画『すてごろ 梶原三兄弟激動昭和史』っていうのがありまして。これは梶原先生と真樹日佐夫先生をモデルにした映画。哀川翔さん主演なんですけど。で、これ、実は僕も飲み屋のオヤジ役で出てたりするんですけど(笑)。

(小島慶子)あ、そうなんですね。

(吉田豪)これに関連した梶原一騎イベントみたいなのをやったんですよ。ロフトプラスワンで。それで、篤子さんに出てもらったんですが。これで、まあ正直、感動したわけですよ。イベントに出ていたのが僕とか掟ポルシェとか、タマフルに出ているコンバットRECとかだったんですけどね。

(小島慶子)はい。

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高森篤子さんの異常な漢っぷり

(吉田豪)まあ、漢っぷりが異常なんですよね。

(小島慶子)篤子さん?

(吉田豪)さすが、梶原一騎が選んだ女だ!っていう感じの。

(小島慶子)その2004年当時でも、だからね、60代とか70代?

(吉田豪)ご高齢なんですが、色気もすごいあって。正直僕、その頃、『篤子さんとだったら再婚してもいい』って広言していたぐらいに(笑)。

(小島慶子)本当?素敵な人なの?

(吉田豪)すっごい素敵です。惚れます。っていうのも実はその時に、事前に篤子さんに、『イベントはこんな感じでいいですか?』って連絡をしたんですよ。電話で。そしたら篤子さんがこう言ったんですよね。『私はタレントさんじゃないから、こうでなきゃなんて主張はないわよ。吉田豪さんからのご指名だからね。仁義通すだけ』っていう(笑)。

(小島・瀧)(笑)

(吉田豪)かっけー!

(小島慶子)かっこいい(笑)。

(小島・瀧)仁義通すだけ。

(吉田豪)で、人前に出る時はもう、常に和服で・・・みたいな。ビシッと決めて来るんですよ。

(ピエール瀧)仁義は通すものっていうことですね。

(吉田豪)そうです(笑)。押忍です。で、控室でも篤子さん曰く、『私は本当、中身が男みたいなものなんですけど。もし本当私が男だったらね、極真をひとつにまとめられたのに・・・』みたいな(笑)。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)まあ、梶原一騎先生がブレイクさせた極真空手。後にバラバラになったわけですが。篤子さんが言うと、本当にまとめられる気がしてくるんですよ(笑)。

(小島慶子)ああ、この人ならきっとできるはずだッて言う。

(吉田豪)できたのかもな、みたいな。で、イベントで話してくれた梶原先生とのエピソードも、まあ尋常じゃないんですよね。巨人の星とか、いま読んでも、昔ってこんなだったのかな?っていうような。思うじゃないですか。

(小島慶子)まあ、ねえ。

(吉田豪)星一徹とか、スパルタっぷりとか。

(小島慶子)ちょっとね、今だったら本当ね。

(吉田豪)あれも、当時としてもアナクロだったんですよ。でも、梶原先生が本当にそういうスタイルで生きてきた人で。要はその、亭主関白ぶりが異常。で、18才で結婚してるんですね。篤子さん。で、最初の子どもを妊娠した時に、梶原先生はまず、なんの相談もなく、いきなり家を購入するんですよ。

(小島慶子)(笑)

(ピエール瀧)家、買ってきたわと。

(吉田豪)ええ。で、それが引っ越しの日がちょうど出産の時期と重なっているんですよね(笑)。で、そんな時に篤子さんが迷わず産婦人科に行って、『出産予定日をずらしてください』って言うんですよ。

(小島慶子)ええ。

(吉田豪)普通、ずらすのは引越し予定日じゃないですか(笑)。

(小島慶子)そうよね。

(吉田豪)簡単にずらせるの、そっちなんですけど。それが梶原家のルールなんですね。で、産婦人科で薬をもらってきて。で、引っ越しの当日に、案の定陣痛が始まっちゃうんですよ。でも、陣痛が来ても、10時間ぐらいは大丈夫だって聞いていたってことで、薬を飲みながら、引っ越しの作業を終わらせるんですよ。

(小島慶子)うーわー・・・

(吉田豪)で、それですぐさまタクシーに乗って、病院に。その時梶原先生がなにをしていたか?っていうと、弟の真樹先生と酒盛りをしていたっていうね(笑)。

(ピエール瀧)なるほど。『おう、じゃあ産んでこい!』みたいな感じの(笑)。

(吉田豪)そうそう(笑)。だからあの、本当に梶原先生って梶原一騎を演じ続けるんですよ。弟さんの前でも演じていて。結婚して子ども生まれるからって、浮かれるところを見せちゃいけねえ!ってことで。こんなの、大したことねえよってやらなきゃいけないんですよね。

(小島慶子)はー。奥さん、大変ですね。

(吉田豪)大変ですよ。

(小島慶子)それをわかっているんでしょうけどね。

(吉田豪)『大変だ』って結婚する時に言われていたらしいんですけど。『大変』のレベルが尋常じゃないレベルで。要は出産後は、篤子さん、当時家事全般やりながら、子どもの面倒も見て、梶原先生のマネージャー役や運転手も務めなきゃいけないっていう。

(小島慶子)ええーっ!?

(吉田豪)で、梶原先生が帰って来るまで寝ちゃいけないし、帰ってきてから、下戸なのに、梶原先生が酒を飲むのにも付き合わなきゃいけないんですよ。寝るまで。

(小島慶子)えっ?死んじゃうよ、そんなの

(吉田豪)死にますよ。本当に。で、どれだけお酒が好きだったか?っていうと、若い頃からお酒を飲みながら食事しているから、酒がないと、どうやって食事していいのかわからないと。しかも、酒を飲むと雄弁になって、『日本でいちばん強いのは誰だと思う?』とか聞いてくるんですけど。篤子さん、格闘技ぜんぜん興味ないんですよ(笑)。

(小島慶子)(笑)

(ピエール瀧)なるほど。

(吉田豪)篤子さん、さすがに1回だけ先に寝ちゃったことがあるんですけど。怒った梶原先生に蹴って起こされて。で、梶原先生曰く、『俺は怒るとブレーキがきかないんだ。昔、医者に言われた事があるんだ。俺の短気は激情型瞬間爆発性ナントカとかいって、超一級の癇癪持ちだそうだ』っていって。

(小島慶子)それは奥さん大変。もう、これね。まあ、いまで言うところの、DVですからね。

(吉田豪)DVって言っても、もう本当、日常的に殴るわけですよ。自宅で仕事中、子どもがグズろうものなら、容赦なく殴り。そのまま子どもを布団で簀巻きにして、ベッドに縛りつけて自分は競馬や女遊びに・・・みたいなね。

(小島慶子)ひどい。

(吉田豪)それで篤子さんに咎められると、当然のように鉄拳制裁。で、翌朝には夫人の顔を見て、『どうしたんだ、お前?』って。なにも覚えてないっていう(笑)。

(ピエール瀧)すごいね(笑)。家で爆弾と暮らしているようなもんだね。

(小島慶子)本当よね。

(吉田豪)ガンガン爆発しますから。それが(笑)。で、相当スパルタなんで、娘にまだ早すぎる、おまるの練習をさせたら、1時間以上座らせっぱなしにしたせいで、足が震えてかすれた泣き声をあげる娘の頭を『早くしろ!』と小突き。で、娘がギャーッ!と泣き声をあげようものなら、大変なことになったことが、奥さんが91年に『妻の道』っていう本を出しているんですけど、そこにこう書いてあったんですよ。

(小島慶子)はい。

(吉田豪)『いままでたまっていた主人の激情が爆発しました。「なんだ、この野郎!」と怒鳴ると同時に、食べかけのラーメンの丼を振りかざしたと思うと、ハナミ(長女)の頭からぶっかけたのです』。

(小島慶子)もう、それ通報ものです。それ。

(吉田豪)で、ラーメンかけられて放置された娘さんが夜中になって高熱を出すと、今度は梶原先生、娘を毛布に包んで抱えるなり、病院へと全力疾走。それを見た篤子夫人は『ハナミを抱えて走る続けている主人の後ろ姿が、たまらなく尊かったのです』って表現して(笑)。異常ですよ!っていう(笑)。

(小島慶子)そうね(笑)。

(吉田豪)異常な夫婦関係。

(ピエール瀧)まあ、普通がないってことですね。

(小島慶子)そうね(笑)。

(吉田豪)で、さらには自宅の正面玄関から出入りができるのは自分だけで。家族は勝手口を使うとか。すっごいんですね。

(小島慶子)もう、じゃあ何?星飛雄馬の世界以上の・・・

(吉田豪)そうです。一徹もここまでしないですから(笑)。で、あんまりお酒が好きだから、自宅で飲めるようにって奥さんが新居で、自宅にバーカウンターと自動ドアとか設置するんですよ。

(小島慶子)自動ドア(笑)。

(ピエール瀧)自動ドア。お店っぽくすると。

(吉田豪)そうです。ところが、前を通るだけでガンガン開いちゃうから、すごい不便だっつって(笑)。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)で、結局そんなことしたって、飲まないわけですよ。家じゃあ。外で飲み歩くようになって。ピーク時には、週刊誌連載だけでも8本抱えながら、銀座クラブ街の若大将と呼ばれて。まあ、3日寝ないで飲み続けて、そのまま原稿を書くぐらい誰よりも遊びまくり、仕事もして。

(小島慶子)体力もすごいですね。

(ピエール瀧)すっごいね。銀座クラブ街の若大将。

(吉田豪)それも篤子夫人に言わせると、『酒と女以外に遊びを知らなかったから、かわいそう』っていう話で。

(小島慶子)あ、もう全部を包み込み、許すんですね。

(吉田豪)そうなんですよ。異常な包容力なんですよ。ただ、酒と女のレベルもすごくて。ざっと挙げても、水商売の女性を家に連れて帰ってきたかと思ったら、風呂場から嬌声が聞こえてきたりとか。篤子夫人が仕事場の掃除をたのまれたら、ベッドが血まみれでイヤリングやつけまつげが落ちていたりとか。

(小島慶子)ええーっ!?

(吉田豪)それでも篤子さんは、梶原一騎の妻として、失礼があってはいけないということで。化粧して、髪も整えて。風呂あがりの水商売の女性に『いつも梶原がお世話になっております』と挨拶したり、夫の浮気後のシーツを手洗いしたりとか、献身的に尽くして。

(小島慶子)ええっ!?

(吉田豪)でも、まあ女遊びがどんどん激化しちゃったから。ブレイクして。耐えられなくなって、家出しちゃうんですよ。で、『ジャズ喫茶の片隅にうずくまり、全身をビートの波に任せた』とか、『ディスコの2階にたたずみ、ブラックライトに浮かび上がる若者たちの情熱的な汗を見下ろした』とか。

(小島慶子)うん。

(吉田豪)で、ディスコのダンサーと知り合って。女性とね。彼女の家で睡眠薬がわりの鎮痛剤を飲んでボーッとしていたら、梶原先生が突然現れて鉄拳制裁。で、その当時の奥さんの本によると、『あの夜、薬で朦朧となっていた私に主人が加えた怒りの制裁のため、もう半月もベッドから起きれないでいる』って。また、やりすぎなんですよ(笑)。

(小島慶子)やりすぎです。もう本当に。

(ピエール瀧)マジで?(笑)。

(吉田豪)半月って!?っていう(笑)。

(ピエール瀧)半月って、かなりの。ねえ。重症だよね。

(吉田豪)重症です。で、いったんやり直すんですけど、また、相変わらずの毎日が始まっちゃったんで、やむなく離婚。で、18才からずっと自由のない生活をしてきた反動で、篤子さん、とにかく遊びまくったっていう。

(小島慶子)おお、篤子さんも。

(ピエール瀧)離婚してからね。完全フリーってことになって。

(吉田豪)当時、バンドの追っかけをしていたって噂を聞いたんで、直接聞いたら、『ええ。ハービー・ハンコックと友達になったんですよ』って(笑)。

(ピエール瀧)(笑)

(小島慶子)ええーっ!?

(ピエール瀧)『Rock it』。

(吉田豪)そうです(笑)。元祖ラップ。

(小島慶子)なんで友達になったの!?(笑)。

(ピエール瀧)ハービー・ハンコックと?知り合い方がわからないよね。

(小島慶子)わかんないよね。

(吉田豪)ライブとか行ってたらしいんですよ。日本に来ると。で、どんな関係だったか聞いたら、篤子さん曰く、『男女の関係抜きで、朝までマッサージしてあげたりしていた』っつってて。で、篤子さん曰く、『ハービーとか梶原とか、とにかく普通じゃない、開けて見てみたくなるような人が好きなんですよ』って。

吉田豪と高森城 梶原一騎の妻・高森篤子とハービー・ハンコックの謎の交流を語る
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(小島慶子)頭の中、どうなってるのかしら?

(吉田豪)天才が好きみたいです。

(ピエール瀧)秘境が好きなタイプの人ね(笑)。

(小島慶子)ひどい目に合っても秘境にチャレンジし続ける(笑)。

(吉田豪)その一方で梶原先生はどうしていたかって言うと、ひたすら芸能人と関係を結び、その成果をたまに会う篤子さんにわざわざ報告していたらしいんですよ。誰とやったぞ!みたいな。

(小島慶子)ええー?

(吉田豪)要は篤子さんに嫉妬してほしかったと思うんですよね。でも、いくら遊んでも、充足感を得られなかったようで。梶原先生、著書にこう書いてまして。瀧さん、お願いします。

(ピエール瀧)『当世、ヤングとやらのガキどもはな、なんでセックス、セックスと種豚みてーにほざきくさるんだ?みっともねえ。なんかセックスの強者がイコール男らしさみてえにトチ狂ってやがる。はばかりながら一騎、常々並の他人様の10倍は大酒を喰らい、セックスをやりまくったと自負しとるが、だからって充足感なぞチリほどもねえ。所詮セックスなんざ、俺のように天下の美人女優だの、人気歌手だのも込みで千人近く斬りまくったところで、そんなもんよ。セックスなんてもんはありゃあ、ベッド体操。一種のスポーツと心得な』。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)名言ですよね。本当に。

(ピエール瀧)なるほど。

(吉田豪)すごくかっこいい(笑)。

(ピエール瀧)口調もいいよね。

(吉田豪)そうですね。完成しているんですよ。梶原先生の文章って、本当リズムが良くて。まあ、こんな感じで遊んでいたんですけど、派手に遊びすぎたせいで芸能界に大麻ブームが吹き荒れた83年には、『背後には大物劇作家Kの存在があった』と書かれるようになって。まあ、芸能界麻薬ルートの元締めって噂をされるようになるんですけど。

(小島慶子)ほう。

(吉田豪)これ、実はまあ、違う『K』だった説っていうのを僕、聞いたことがあるんですけどね。まあ、置いておいて。しかも、タイミングの悪いことに、梶原先生が手がけた映画『もどり川』に主演したショーケンさんが大麻で逮捕と。

(小島慶子)あ、ますます、疑われちゃう。

(吉田豪)梶原先生、呑気に『今度の事件はかなり逮捕者が出るよ。早くショーケンが出てきたら、お詫びキャンペーンでもやりたいんだけど、なんで出てこねーかと言うと、大物を隠している!』って自分で言ってたんですけど(笑)。

(小島・瀧)(笑)

(吉田豪)で、自分がそれで別件逮捕されてっていう流れになっちゃうんですけど。これも要は、飲み屋でイライラしてたのに、怪しげな薬を飲むと突然スッキリして機嫌がよくなるっていう姿を何度も目撃されていたわけですよ。

(小島慶子)ああー。

(吉田豪)で、別件で逮捕されたんですが。要は当時、酒の飲み過ぎで体ボロボロになった痛みを、鎮痛剤で紛らわしていたんですね。

(小島慶子)ああ、鎮痛剤ね。

(吉田豪)鎮痛剤飲んででも、飲みたかったっていう。で、そんな時に、まあいろいろ、もどり川の上映禁止運動が起きたりとかで、多額の借金を抱え。さらには逮捕され、出所直後には死亡率が限りなく100%に近い、壊死性劇症膵臓炎っていうのを患って、長期入院。そんな時、篤子夫人が帰ってくるんですよ。

(小島慶子)ええ。

(吉田豪)ところが、帰ってきた時に病院のベッドで看病していると、梶原先生がこう言うんですよね。うわ言で。『指名した女は何をいつまでグズグズしてるんだ!早くしろ!』っていうね(笑)。

(小島・瀧)(笑)

(小島慶子)あなた、夢の中でまで!(笑)。

(吉田豪)浮気中っていう(笑)。で、そんなところ、どうにか復活して書き上げた著書『わが懺悔録』っていう本でも、目次見るだけでも、『ロケ先でのめくるめく一夜』『セックスは美人に限る』『セックスは歌手の方がお上手』『ハワイ、グァムは絶好の釣り場 入れ食い』とか(笑)。ぜんぜん懺悔録なのに懺悔していないっていう(笑)。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)なんでこんなタイミングで篤子さんが帰ってきたか?っていうと、これもなんか泣ける話で。離婚してしばらく遊んだりした後に、他の男性と比べることで梶原先生の巨大さを嫌というほど思い知って。で、『私が被害者だと思っていたけど、そうじゃない。私が主人好みの女になれなかったのも悪いんだ』って反省して帰ってきたんですよ。

(小島慶子)ああー。

(吉田豪)で、梶原先生好みの女になれるよう努力を始めるんですけど。反省の仕方もレベルが違って。離婚後の梶原先生は本当、銀座でホステスを逆さ吊りにしたりとか。漫画でも陰惨なSM描写を繰り返したりとかで。漫画家が嫌気をさして逃げ出すほどだったんですけど。それについて、梶原先生にこう言ったらしいんですね。篤子さん。『私にもっとMっ気があれば、こんなことにはならなかったのに。私があなたの性癖を受けきれなかったから』っていう(笑)。

(小島慶子)ええーっ?

(吉田豪)それに対して梶原先生は、『ああいうのは嫌がる奴にやるからいいんだ』って返すっていう(笑)。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)見事!

(ピエール瀧)すごいね。うん。

(吉田豪)で、篤子さん曰く、『浮気なんて問題外。男の甲斐性みたいなもんですから。浮気は別れる理由にはならないですよ。家庭を壊さない限り、外でなにをしてようと知らない方が奥さんにとってはいいし、知っちゃったとしても、なんでそんなに目くじらを立てる必要があるの?正義のような顔をして男の浮気を非難する人は、浮気をしないだけの努めを旦那さんにしていたのか?って私は思うから、夫が浮気したからって、権利を主張することがおかしいの』って・・・男気ありすぎるんですよ。

(ピエール瀧)すごいねー。

(吉田豪)異常。

(小島慶子)結局、戻ってきたんでしょ?

(吉田豪)戻ってきて、この姿勢で、献身的に看病も繰り返し。そして、夫婦仲よくなって。で、一時期持ち直すんですが、やっぱり病には勝てずで、87年1月21日に50才という若さで亡くなり。

(ピエール瀧)若いですよね。

(吉田豪)若いです。で、そっから時が流れて、梶原先生の追悼パーティーを節目節目に主催するようになるんですけど。それでも篤子さんは相変わらずで。2000年の13回忌から僕、参加してるんですけど。それ、かなり盛大にやったんですが。篤子さん曰く、『13回忌を大きな規模で開催したのはなぜか?というと、石ノ森章太郎さんが亡くなった時は、家族が表立たなくても、皆から声が沸き起こって偲ぶ会ができる。それが、主人の不徳のいたすところだけど、石ノ森さんが千人のお客さんを呼べて、どうして梶原が?っていう。7回忌の時、2百人しか呼べなかったのが悔しくって、肩の力を入れすぎちゃった』って言ってて。

(小島慶子)へー。

(吉田豪)どんだけ肩の力を入れたか?っていうと、13回忌で億の借金を作ったんですよ。人を呼びすぎて。

(小島慶子)それはお金かけすぎ!

(ピエール瀧)すっごい。でも。

(吉田豪)大規模にパーティーを。

(ピエール瀧)亡くなったご主人だもんね。

(吉田豪)そうです。さらには梶原先生の二人目の奥さん、白冰冰さんまで呼んだりとかして。『主人と関わった人は誰一人として不幸になってほしくない。主人の友達だったとか、主人の女房だったとか、それが落ちぶれちゃいけない』っていう姿勢で。で、億の借金を抱えたんで、家を抵当に入れたんですけど。『主人の功績を知らしめるパーティーと家と、どっちが大事?主人でしょ!』って言っていて。で、『一瞬だけとはいえ、自殺して保険で借金を完済しようと思ったこともある』って言っていて。本当、まさにリアル『君のためなら死ねる』なんですよ。

(小島慶子)へー。

(ピエール瀧)『愛と誠』ね。

(吉田豪)愛と誠。岩清水。で、そんな話を聞いて感動して。イベント、一緒にやった時に、僕らも男気を見習おうと思って。ロフトプラスワン側に、『僕らのギャラはいいから、全部篤子さんに渡してくれ』って男らしく宣言したんですよ。珍しく男らしさを発揮できたと思って。

(小島慶子)(笑)

(吉田豪)で、精算前のお金を渡して。若干残った分で打ち上げして。3時間以上、篤子さんの男気には僕らは勝てない!って話をして盛り上がってたんですけど。話、それだけじゃ終わらなくて。数日後、篤子さんから丁寧な礼状が届いて。その手紙の一部、ちょっと最後に小島さん、読んでください。

(小島慶子)はい。『帰り際にギャラをいただきましたので、とりあえず持ち帰り、主人に報告いたしましたところ、仏壇の中から「周りの人たちを労わずにはしゃぎやがって!」と怒る主人の声が聞こえてきました。つきましては、同封いたしました出演料。お気持ちは十分に頂戴いたしましたので、失礼とは存じますが、出演者の方々の打ち上げ代としてご笑納くださいませ。これは主人の意にそったものでございますので、何のお気遣いもなさいませず、皆さまでお酒を召し上がりながら、主人の話などで盛り上がってくだされば幸いに存じます』。

(吉田豪)っていうね、手紙とともに渡したギャラが全額入っていて(笑)。

(小島慶子)ええーっ!?

(吉田豪)かっこよすぎるんですよ。夫婦共にっていう(笑)。

(小島慶子)もうなんか、究極の負けず嫌いっていう説もありますけども(笑)。篤子さんが。

(吉田豪)そうです。それも言ってましたね(笑)。努力しなきゃ!っていう方向に行くんですよ。

(小島慶子)いやー、すごいですね。

(吉田豪)亡くなってからも、旦那さんにこうやって叱られ続けっていう。で、良き妻になろうとしていて。

(ピエール瀧)周りの人たちを労わずにはしゃぎやがって!っていう(笑)。

(吉田豪)仏壇に怒られたくないですよね(笑)。

(小島慶子)生涯共依存っていう感じもしますが。

(ピエール瀧)本当、13回忌でしょ?

(吉田豪)すごい。

(小島慶子)まあまあまあ、ご夫婦が完結しているなら、いいですけど。

(吉田豪)だからまあ、本当再評価されてすごい嬉しいみたいで。本当、主人の功績を知らしめるために私、いまでも頑張っているっていう感じで。だから昨日、(TBSラジオ『DIG』梶原一騎特集に)篤子さんを呼ぶべきだったんですよ。絶対。

(小島慶子)DIGに?(笑)。

(吉田豪)絶対、篤子さんを呼ぶべきだったんですよ。

(小島慶子)ねえ。呼べばきっと来てくださったでしょうね。

(吉田豪)喜んで来ますよ。ということを伝えたかったというお話でした。

<書き起こしおわり>

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