町山智浩『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』を語る

町山智浩『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年6月9日放送のTBSラジオ『こねくと』で映画『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、アメリカ、ヨルダン、パレスチナ合作の映画『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』……「私は異邦人だった」という映画を紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)これはアラーの神へのお祈りの歌なんですけれども。この『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』という映画はシリア内戦から脱出した難民の人たちがどのようにして安全なところまで逃げていくかということを描いた映画なんですが。これ、主人公が5人いるんですよ。で、まず最初に出てくる主人公はシリアのアレッポという街……シリア内戦の中で政府軍に頼まれたプーチンのロシア軍の空爆と毒ガスと包囲戦によって3万人以上が亡くなったアレッポという街で、敵も味方も分け隔てなく治療している外科医の人が主人公です。

この人はアミナさんという女性なんですけれども。この女性が最初の主人公です。5人の主人公のうちの1人です。彼女はお医者さんなんで、要するに誰だろうと……敵だろうと味方だろうと、シリア軍だろうと反政府軍だろうと、助けているんですけども。お医者さんだから結構いい家に暮らしてるんですよ。で、お父さんも娘がお医者さんだからいい家なんですよ。で、この映画は彼女の誕生日のパーティーから始まるんですね。で、みんなそれぞれにいい教育を受けてリッチなんですけど。で、アミナさんには子供もいてね、旦那もいて。家族もみんな集まって楽しくパーティーをやってると、いきなりボーン!っていう大音量とともにですね、その建物が砕け散ります。

それはロシアによる爆撃なんですね。で、もう木っ端みじんになってそのコンクリートの瓦礫の下で家族みんな、死んでしまいます。で、アミナさんと娘さんだけが生き残るんですけども。「これはちょっといられないわ」となって。しかも病院にまで政府軍が入ってきて銃撃をするという状況にもなってるんで。「これは脱出するしかない」ということで、その脱出をさせてくれる人に頼んでその人の車のトランクの中に親子で娘と一緒に入ります。

で、そこから北に行って……そのシリアのアレッポの北がすぐ、トルコなんですよね。「トルコの国境に行くから。ここから絶対出ちゃいけないよ」と言われるんですね。で、トランクの中に入るんですけどトランクの中に入るって、めちゃくちゃ怖いですよね。しかも内側から開けられないんですよ。そこに娘と2人で入って。しかもそこは真っ暗なんですよ。で、ずっと入っていると、止まるんですね。おそらくトルコとの国境で、国境警備隊に止められてる状態なんですよ。

で、なんかもめている音がするんですが……そこでバン!っていう銃撃の音とともにトランクにちっちゃい穴が開いて、光が差すんですよ。「うわっ!」と思うんですが、そこで別の主人公の話になります。

だからこのぐらいのテンションでこの『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』っていう映画は続いていくんです。「うわっ!」っていう。まさに、これは何をしようとしてる映画なのかというとこのシリア難民の人たちはアメリカにもいるし、世界中に散らばってるわけですよね。でも、その人たちを見て難民だということはわかるだろうけれども……わからないとしても、とにかくこの人たちがどうやってここに来てたのか?っていうことをほとんどの人は知らないですよね。

日本にも多くの難民の人たちがいますけれども、どうしてここにいるのか?っていうことを見せていく映画なんですよ。どれだけ地獄のような体験をしてきたのか?ってことをちゃんと見せようという映画なんですね。そういった映画は今まで、いろんなところを舞台に作られていて。たとえば前、2024年に紹介したと思うんですが。この時間帯で。『ビヨンド・ユートピア 脱北』という映画がありまして。それは北朝鮮から韓国に逃げる人を支援している韓国人の人権団体人が撮ったドキュメンタリーなんですけど。どうやって韓国に入ってきたか?っていうと、全く信じられないような過程が描かれるんですね。記録されていて。

要するに、北朝鮮から韓国側には抜けられないんですよ。地雷がいっぱい埋まってるから。だから北の中国側に抜けるんですけど、中国側に抜けると中国は北朝鮮の友好国だから、難民を見つけると「脱北者だ」ってことで通報されるんで。そこから逃げて、はるか南のベトナムまで逃げるんですよ。で、ベトナムもでも、まだやっぱり北朝鮮との国交があるから通報されるんですよ。で、今度はその隣のラオスへジャングルとものすごい山岳地帯を越えて抜けていくんですよね。で、反対側のタイにまで抜けたら、韓国に逃げられるっていう地獄のような旅だったんですよ。その映画で描かれたのは。

しかも途中でその彼らを逃がす手引きをしている、密告を補助する仕事をしている商売人たちが出てきて。ジャングルの途中で「ここから先に行きたいんだったら、もうちょっと金を余計によこせ」っていう風に金を次々と請求してくるんですよ。っていう映画だったんですね。

町山智浩『ビヨンド・ユートピア 脱北』を語る
町山智浩さんが2024年1月16日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』について話していました。

(町山智浩)これ以外にももっと強烈なやつがあって。アフガニスタンからヨーロッパに逃げた家族の映画で『ミッドナイト・トラベラー』っていう映画があるんですけど。それは娘を連れて逃げる過程をずっとスマホで撮ってるドキュメンタリーなんですが。途中でその密航の手伝いをする逃がし屋と言われる人たちが突然、「ここで娘を売れ」って言うんですよね。その娘って、小学生ですよ? 「これ以上、行きたいんだったら娘を売れ」って言うんですよ。

そういう逃がし屋の人たちがいて、こういった難民の人たちは逃がし屋の人たちにお金をたくさん払って逃げてきてるんですね。で、アメリカに中南米からどんどん難民が入ってきて。トランプが「入れるな」とか言っていたんですけど。僕、その人たちに取材したんですが彼らもものすごいお金……何十万円もの金を逃がし屋たちに次々と払って、アメリカまでたどり着いてるんですよ。これでわかることは北朝鮮から逃げてきた人は韓国の人が支援したんですけども。難民のほとんどが実は結構、お金を持っていた人たちで。その全財産を全部、捨てて逃げてきている人たちなんですね。

逆に言うと、お金がないと逃げることもできないんですよ。これ、主人公はお医者さんですからお金、あるんですよ。はい。そこで2人目の主人公が……この映画はその難民を描いた映画はあっても、その難民の周りにいた人たちを描いた映画っていうのは今までなかったので、それを描いていくっていう映画なんですね。で、なんと2人目の主人公はそのアレッポで反政府の人たちが脱出しようとするのを阻止する国境警備隊の男なんですよ。

彼はそのアサド政権に反対する反政府の人たちを次々と見つけては、処刑している男なんですよ。彼はもともと、そういうつもりはなかったんだけど国が内戦状態になっちゃったんで、そうなっちゃったんですね。でも仕事をやりながら、自分はあまりにもひどいことをしてるから……子供とかも殺しちゃうんで。だってアサドのポスターになんかいたずら書きをしたっていうだけで国旗損壊罪みたいな感じで逮捕して殺しちゃうんですね、子供。

で、「もうこれは耐えられない。こんな生活には」って。秘密警察みたいなんですけど。で、彼は悩んでるんですがそこに要するに上司が監視しに来て。「お前、悩んでるんじゃねえか、自分のやってることに?」って言うんですね。で、「お前、こいつ殺せ。こいつ殺せないんだったらお前はスパイだ」って言うんですよ。で、「うわーっ!」っていうところで今度、3人目の主人公です。

で、この3人目はなんとその脱出した先のトルコで難民たちを隣の国のギリシャに逃がす逃がし屋の男です。それでまあ、こいつがひどい奴でですね。ギリシャに渡るにはエーゲ海を渡らなきゃいけないんですよ。トルコからは。で、難民の人たちはトルコにいても、トルコ政府がほとんど経済的に崩壊してるっていう現状があって。今もそうですけども。難民に対して食料とか水を与えない状態なんですね。

で、難民キャンプがものすごい飢餓状態になっているんですよ。しかもその難民に来られても困るってことでシリアに送り返そうとさえ、しているんですよ。トルコ政府は。だから「これ以上、この難民キャンプにいられない。ギリシャに逃げなきゃ」となるんですね。難民の人たちは。で、それを逃がしてやるのが逃がし屋のマルアンという男なんですが。こいつが阿漕な奴でですね。「じゃあ、ここからボート出してやるからボートに乗って行け」って言うんですよ。難民の人たちに。すると「えっ、この小さいボートに? これ、何人乗りなの?」「20人乗りかな。でもな、28人ぐらい乗せちゃおうと思ってんだよな」って言うんですよ。これは危ないですよ。で、「これだと死んじゃうかもしれないよ!」って言うと「お前らが死のうが生きようが、俺には関係ねえんだよ」って言うんですよ。

「だってお前ら、ここから船に乗ってギリシャに行っちゃうわけだから。お前らが死のうが生きようが関係ない。俺はここでボートを世話してやった金をもらうだけだ」って言うんですよ。でも、彼も難民なんですね。彼はアフリカ系の難民なんですよ。で、英語ができるからナイジェリアとか、そういうところから逃げてきた人だと思うんですけど。彼は実は病気の息子を抱えていて。その子を治すためにアメリカにどうしても渡りたいんで、お金を一生懸命稼いでるんです。

少しでもお金を取りたいんですよ。で、いいお父さんなんです。しかも。本当に優しいいいお父さんなんですが、その自分の息子を救うために心を鬼にしてるんですよ。で、少しでもケチろうとしてボートに乗せる人たち……ゴムボートですよ? ゴムボートに乗せる人たちに救命具を人数分、渡さないんですよ。それも金がかかるから。

で、そういう状況があって今度は4人目の主人公。それはそのボートに乗るシリアから来た難民なんですけど。彼はおそらく大学教授だった人なんです。英語がしゃべれるんですね。で、このさっき言った逃がし屋から「お前、英語しゃべれるんだからこのボートの扱い方を教えてやるからお前が操縦しろ」って言われるんですよ。で、このお父さんはおそらくシリアで平和だった頃にはさっきのお医者さんと同じで、いい生活をしていた詩人でね。で、非常に人気もあって世界的にも名声のある人なんですけど、ただの難民になっているんですよ、ここで。

で、そのボートに乗るしかないという。子供もいるし。で、ボートに乗ろうとしてもうこれからギリシャに向かって出発だって言って海にこぎ出そうとすると、さっき言った逃がし屋がナイフを渡すんですよ、彼に。「なんだ、このナイフは?」「ギリシャの船が見えたら、ナイフでこのボートを切り裂け」って言うんですよ。「ギリシャの船はこの難民を拾いたがら。でも船乗りは船乗りの規則で溺れてる人がいたら助けなければいけないから、ボートを切り裂いて転覆させて全員が溺れてる状態にすれば助けてくれるぞ」って言うんですよ。

それでこれ、実際にはものすごく死んでます。そのエーゲ海で。もう1000人、2000人、死んでます。溺死です。で、最後の5人目の主人公はギリシャ側のギリシャの沿岸警備隊の船の船長なんです。で、この船長はずっとこの内戦が続いてからものすごい数のボートで難民が来て、目の前で死んでいくんで完全にPTSDになっちゃってるんですよ。助けられないから。もう助けたくてどうしようもないんだけど、助けられない。で、おかしくなってるのにまあギリシャの他の人たちは優雅にご飯を食べながらね、「本当、難民が来ちゃって困っちゃうわ」って言ってるんですよ。「あんな奴ら、送り返せばいいのにな。どうせあの難民とか言ってる奴ら、ほとんどは泥棒かテロリストだぜ」とか言ってるんですよ。で、もう本当にメンタルがボロボロになってるのがこのギリシャの沿岸警備隊の船長なんですよ。この5人の物語なんです。

この映画の監督のブラント・アンダーセンって人、実はこの人、難民救済のための慈善運動家なんですよ。で、シリアだけじゃなくてガザにも行ってます。ガザのあのイスラエル軍に虐殺されている人たちに食料を与えたり、あとハイチで地震とか台風にやられて困ってる人たちのところに救援に行ったり、世界中を回って救援活動している人がこの映画の監督なんですよ。ブラント・アンダーセンっていう人は。本職はそれなんですが。

この人はなぜ、そんなにお金があるかというと世界に1700万人ぐらいいるモルモン教徒の世界トップの最高指導者が12人、いるんですが。そのうちの1人の息子さんだからです。12人の長老がモルモン教を仕切るんですけれども。リーダーなんですが、この人はその息子さんなんですよ。

モルモン教系映画スタジオ「エンジェルスタジオ」制作

(町山智浩)で、この『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』っていう映画を作った映画会社はエンジェルスタジオっていうアメリカの会社なんですが。これはモルモン教徒の会社なんです。で、今までははっきり言ってトランプ支持の映画ばっかりを作っていたんですよ。特に2016年の選挙のあたりでは完全にそのトランプ支持者……トランプ支持者たちのことをQアノンっていうんですが。彼らは陰謀論を持っていて「民主党員とかリベラルの人たちが子供たちを誘拐して人身売買をしている」っていう陰謀論を触れ回ってたんですが。それをそのまま映画にしちゃったりしてるんですよ。このエンジェルスタジオって。で、とんでもねえなと言われてたんですけれども、今回は全く逆なんですよ。

つまり、これだけ難民の人たちが苦労してるんだってことを見せる映画の一番冒頭で、シカゴのトランプタワーに空からカメラがガーッと寄っていって。画面いっぱいに「トランプ」っていう字が大写しになるんですよ。トランプは何をしているかというとご存知のように、まずシリアからの難民の入国を禁止しました。アレッポの内戦の真っ最中に。で、最高裁から「それは憲法違反である」ということで取り消しを食らったんですけれども。その後もバイデン政権の時、バイデン政権がたくさんシリアの人たちに難民としてのアメリカ滞在許可を出してたんですが、それをトランプは取り消したりしてるんですよ。

で、今も難民がアメリカにシリア難民や多くの難民が入るのを非常に厳しく制限してるんですね。それに対して真っ向から「トランプ、いい加減にしろよ!」っていう映画なんですよ、この映画は。

これは僕、ソルトレイクに行ってモルモン教徒の取材をしてきたのでわかるんですけれども。この15年ぐらいの間にモルモン教徒の共和党支持者、いわゆるトランプ支持者の人たちは一時は7割ぐらいだったんですよ。モルモン教徒の中の。それが現在、5割ぐらいに急激に減少してるんですよ。「やっぱりトランプ、おかしいよ」ってことになってんですよ、今。で、それが反映されてるのがこの映画みたいなんですね。それはまあ、キリスト教徒全体の間でトランプ支持率がすごく落っこちているのはカトリックのローマ教皇とか、イギリスの英国国教会が難民を保護するということを教会としてはっきりと言っていて。そのトランプとかイギリスの難民排斥のリフォームUKとかに対して反対する声明を出してるってことと非常につながってることなんですね。

全世界的にキリスト教徒が「難民排斥はキリストの教えに反してるよ」ということをリーダーたちがはっきりと言い始めてるんですよ。で、この映画『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』っていうタイトルの意味なんですよ。これ、ちょっと時間がないんでパッと言いますが。これは「私は異邦人だった」という意味なんですが、キリストの言葉です。新約聖書のマタイによる福音書の中に出てくる言葉なんですよ。で、これはもともとキリストに限らないんですが。旧約聖書と新約聖書には「難民を守れ」ってことが何回も出てくるんです。

それはかつて、ユダヤ人も難民だったんだから。だから難民を差別しちゃいけないよっていう言葉が何度も出てきて。しかも神様とか天使が難民に化けて地上に降りて人を試すという話もいくつかあります。で、「知らねい人が来たから。こいつ、物乞いしてるけど何もやらないで追い出そう」ってやると「私は天使だ。お前の心の正体がわかったぞ」ってことをやるんですよ。神様とかは。で、キリストが一つの話をしてるんですね。

ある人が天国の門に行った。で、神様の裁きを受けた。その時に「お前は天国に行く資格がないよ」と言われる。驚いてその人は「何ですか? 私は悪いことなんか1回もしてません」と言うと神様が「かつて私がストレンジャー(異邦人)だった時、あなたは私に冷たくて。住む場所も与えず、食べ物も与えず、服も与えてくれなかった。だからあなたには天国に行く資格はない」って神様が言う。そうすると言われた人は「いや、私は神様に対してそんなことをした覚えはありません」って言うと神様が「いや、でもあなたは貧しく困ってる人にそれをやったでしょう? その人1人にやったことは私、神に対してやったのと同じなのだ」って言うんですよ。それがキリストの言葉なんですよ。

こういうことがこのタイトルになってるんですよ。「貧しく困ってる人に対して何もしなかっただろう? それは私に対してひどいことをしたのと同じなんだ」って神様が言うんですよ。これ、5割台までモルモン教徒のトランプ支持率が落ちたってのはかなりひどいことなんで。でもその原点には聖書の教えというものがあるんだということがわかる映画で。ただ、この映画自体は非常によくできていて、いろいろと衝撃です。本当にぜひ、ご覧になっていただきたいと思います。

『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』予告

アメリカ流れ者『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』

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