町山智浩 ルーマニア映画『おんどりの鳴く前に』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年1月21日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でルーマニア映画『おんどりの鳴く前に』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日、話す映画はね、ルーマニア映画ですね。これはね、今週金曜日から公開される『おんどりの鳴く前に』というルーマニア映画を紹介します。それもね、トランプの就任式とちょっと繋がってるところあるんで今日はこれを話させてください。

これね、ルーマニアのど田舎の北の方。モルドヴァという国があるんですが、そっちの方に近いところのど田舎の駐在さんの話です。警察官で、おっさんなんですけど。本当に冴えないおっさんでですね、イリエっていう名前なんですが。かみさんにも逃げられて、1人者で。警察官なんだけど、まともに制服も着ないでいつもヨレヨレの格好をしてて。で、ど田舎だから何も起こらないんですよ。だから何もしないで。それこそ増水した川に近づいた釣り客を追っ払うぐらいしか仕事がないという。だからのんびり暮らしてるんですけど。

ただ、すごく平和で何も起こらない町というか、村でですね。だから結構、いいところなんですよ。で、村長さんは優しくてね。村長さんの奥さんと一緒にイリエ警察署長は……まあ署長って言っても1人しかいないんですが。彼を家に呼んでくれて、ご飯を食べさせてくれて。「あんたはうちの息子みたいなもんだよ」とか言ってかわいがってくれて。優しいんですよ。で、その村の教会の司祭も非常に気さくな人でね。威張ってなくて。それでイリエに優しくしてくれるんですけど。

で、のんびりしたところで。最初、この『おんどりの鳴く前に』という映画は田舎コメディ。山田洋次監督作品のような、松竹映画のような。だからほのぼのしたフレンドリーな田舎町の話として始まるんですけど。で、しかもこのイリエ、何もやる気がなかったんですけど、この村長さんから果樹園をもらえることんなるんですよ。で、さくらんぼとかね、杏とかを育てて、のんびり老後は暮らしていこうということで。まあ、将来はちょっと幸せかなと思っていたんですけど……その果物の木を彼、よく見るんですね。よく見ると、中から虫がいっぱいわいていて、腐ってるんですよ。で、これは何か?っていうと実はその村の本当のことを意味している、象徴してるんですよ。実はこの村、ものすごく腐敗してるんですよ。

で、ある1人の男性が斧で頭を割れて惨殺されるんですけど。それを調べていくうちに、どうもその殺された被害者の奥さんに村長が横恋慕をして。性的な関係を迫って。それでその旦那を殺したってことがわかってくるんですよ。でもイリエ署長は村長の世話になってるんで、何も言えないんですよ。明らかにわかっているんだけど、何もできないんですね。いろいろ世話になってるし。彼は果樹園をもらうっていう約束をしてるんですよね。まあ、木は腐ってるんですけども。

で、そこに若い警察官がやってくるんですよ。で、「これは絶対におかしい。この村は腐ってる。私はこれを追求します!」と言うんですけど、イリエはそれを止めるんですよ。「そんなこと、するなよ。波風を立てるなよ。みんな、これまでずっとやってきたんだよ。お前が騒いだりするともう、めちゃくちゃになっちゃうんだから。何もするな」って言うんですよ。っていう話なんですよ。

今、世界中で起こっていること

(町山智浩)これは今、世界中で起こってることですよ。見ぬふりをして、ずっと知らないふりをしてたんだけどもとうとうだんだん、それが明らかになっていく。でもそれでも、知らないふりをし続けるっていう。これは今、起こっていることですよ。フジテレビで起こってることですよ。全部同じですよ。自民党でも起こっているし、もうそこら中……日本の田舎の、それこそ兵庫県とかでも起こってること。全部、起こってることですよ。

アメリカでも起こっていることですよ。ジェフ・ベゾスっていうAmazonの、そしてワシントンポストのCEOはね、明らかにわかってるし、明らかにトランプから圧力をかけられてるわけですけど。でも、それを全然報道しないわけですよ。Amazonを経営するために。この果樹園とAmazonは同じですよ。Amazonはジャングルだけどね。もう、みんな同じ。要するに、みんな守りたいものがあって、保身ですよね。大富豪でも田舎町の警察署長でも、みんな同じですよ。

で、この映画は監督のパウル・ネゴエスクさんっていう人にインタビューを僕、したんですよ。彼、ブカレストにいるんですけど。今、すごいですね。Zoomでインタビューできるんですね。で、彼にいろいろ聞いたらこの村長さんっていうのは実際のルーマニアの腐敗した政治家をモデルにしてるんだってはっきり言ってました。顔もそっくりにしてると言っていました。だからルーマニアの人が見ると「あいつにそっくりだ」ってなるらしいです。

で、とにかくルーマニアはものすごく腐敗がひどくて。元々、チャウシェスク大統領という独裁者がルーマニアにはいたんですよ。で、1989年、これはテレビで放送されて世界中に衝撃を与えたんですが。チャウシェスクが演説をしてる最中、演説に集まっていつも「チャウシェスク万歳!」って言ってた国民たちが突然、「このクソッタレ! お前は独裁者で人殺しだ!」ってみんなで言い始めたんです。最初は1人だったのが2人、3人、4人とどんどん増えていって。そのうちに、もうそこにいた何千人っていうルーマニアの人たちが一斉に「お前、降りろ!」っていう風に全員が叫んで。

それでとうとう軍隊も出て。軍隊の中の人たちもチャウシェスクに逆らって。それで結局、チャウシェスクを処刑しました。そういう事件があったんです。昔、体操選手でコマネチさんっていう人がいたんですよ。ルーマニアの体操の選手で美少女だったんですけど。彼女はこの独裁者一家に性的にボロボロにされたんですよ。そういうチャウシェスクっていう恐ろしい独裁者がいた国で、ルーマニア人たちはそれを倒したんですが。でも、基本的に体質は変わっていないそうなんですよ。

この監督のネゴエスクさんに聞いたら「この村長っていうのはちっちゃいチャウシェスクみたいなもんだ。こういうのがルーマニアにはいっぱいいるんだ。村長レベルから、大きい政治家まで」って言うんですね。で、これね、もうひとつ怖い要素があって。さっき言ったルーマニア正教の教会の司教さんがいるんですけど。最初、いい人かと思ってたらとんでもない殺人マシーンなんですよ。

宗教がものすごく腐敗していて、政治家とつるんでいるんですね。ルーマニアは。ただ、マシンガンを持って襲ってくるんで。それは「こんな聖職者、ルーマニアにいるんですか?」って僕、聞いたら「いや、マシンガンは持ってないよ。でもね、このくらい悪い聖職者、宗教家がいっぱいいるんだ」って言ってました。それで「マシンガンを持ってないのはなんでですか?」って聞いたら、ルーマニアは銃の質が悪くて。不発とか故障が多いからだっていう、そういう理由でした。暴発とかするから、危なくて持ってないんだって言ってましたけど。「じゃあ、ヤクザはいないんですか? 銃を持って暴れたりする人、いないんですか?」って聞いたら「ああ、ヤクザはね、剣を使うよ」って言ってましたよ。これね、ルーマニアはドラキュラの国なんでね。ネゴエスクさん、言ってましたよ。「ヤクザは剣を使うね」って。

で、この映画はそうやって警察署長がどんなに不正を見ても知らないふりをして、見ないふりをしてずっとやってるんですが……それで彼がすごく大事にしてたものを失ってしまうんですよ。で、とうとう本当に警察官として目覚めて、本当の悪と戦わなければならないところに行くわけですが……でも、それまではずっと見て見ぬふりをし続けてるんですね。自分の保身のためにね。で、これね、日本語タイトルの『おんどりの鳴く前に』というのは日本の映画会社がつけたんですけど、実にうまいんですよ。これ、聖書の引用です。

聖書を引用した日本語タイトル

(町山智浩)これの原題はね、『善良な人々』っていう、あんまりつかみのないタイトルなんですけど。これね、新約聖書のマタイによる福音書の引用で。キリストがローマ兵に捕まって逮捕されて、十字架にかけられるんですけど。その前に彼の一番弟子のペテロ、ペトロにですね、「あなたはおんどりの鳴く前に私を3回『知らない』と言うだろう」って予言するんですよ。「おんどりの鳴く前に」っていうのは要するに「夜が明ける前に」っていうことですね。で、実際にそのローマ兵が来てキリストを逮捕しようとした時、ペテロは「いや、私はこんな人、知りません」って言って知らないふりをするんですよ。自分の師匠なのに。で、このタイトルはそのことを言ってるんですね。

だから自分の保身のために正義を執行できない、悪を見逃してしまう主人公のことを言ってるんですけど。でもね、ペテロって実在の人物なんですけど。この人はその後、キリストが亡くなった後もずっと後悔していて。で、ローマに布教に行くんですよ。ところがローマではキリスト教徒のものすごい弾圧、迫害、虐殺が起こっていて。やっぱり彼、あんまり度胸のいい人じゃないんですね。ペテロっていうのは一番弟子なんだけど、普通の人なんですよ。元々は漁師さんで、魚を獲ってた人で別に宗教家じゃないんですよ。で、ローマで迫害されたんでローマを逃げ出しちゃうんですよ。

すると、そこにキリストの幻が現れたんです。そして「あれ? お師匠様、どこ行かれるんですか?」ってペテロが聞いたらキリストは「あなたがキリスト教徒たちを見捨てて逃げるので、私がこれからローマに行って処刑されます」って言うんですよ。で、ペテロはハッと気づいて、自分でローマに駆け戻って、それで処刑されました。そのことがね、この日本語タイトルには込められているので。素晴らしい日本語タイトルを映画会社はつけるだなと思いました。

これ、前半はほのぼのとして笑わせて、後半はもう胸が締め付けられるように追い詰められていくんですけども……最後に、立ち上がります。立ち向かいます。今現在、世界中で起こってることで。みんながね、悪いことが起こっているのにみんな、自分の身を守るために……もう本当に正義が行われない世界ですよ。日本もアメリカもフジテレビも、どこもみんなね。でもやっぱり、命をかけて戦わなきゃなんない時があるんだっていう映画ですよ。もうぜひご覧いただきたいと思います。

ルーマニア映画『おんどりの鳴く前に』予告編

アメリカ流れ者『おんどりの鳴く前に』

タイトルとURLをコピーしました