町山智浩『年少日記』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

(町山智浩)『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』っていう映画がありましたが。あれ、トランプ大統領の伝記映画で、前半でまだ若い頃のトランプがお父さんと一緒に暮らしている食卓とかが出てくるんですけど。トランプのお父さんはやっぱりこの映画『年少日記』のお父さんと同じで、本当に貧乏からのし上がった人なんですよ。トランプのおじいさんがお父さんが12歳ぐらいの時に亡くなっちゃって。で、学校も行かないで家を直して売るということから不動産業者になっていったのがトランプのお父さんなんですね。

だからまあ、「お前らも俺の後を継げ。俺みたいに頑張れ!」って言っていて、プレッシャーをかけていたんですけど。トランプのお兄さん、長男はそういうのに興味がなくて。飛行機のパイロットになりたかったんですね。ところがそのトランプのお父さんは「パイロットなんて自動車の運転手とかと同じゃねえか?」っていう風によくわからない、ひどいことを言って。

何が悪いのか、わからないですけども。それで辞めさせて、無理やり不動産の仕事をやらせたらお兄さん、やっぱり合わなくて。で、どんどんアルコール中毒になって、もうほとんど緩慢な自殺のようにして亡くなっていったんですね。トランプのお兄さんは。ところがトランプの方はもう本当にお父さんの言う通り、一生懸命不動産で頑張って。「お父さんに褒められたい! 褒められたい!」ってトランプは頑張ったわけですよ。で、不動産王になってトランプタワーまで建てるんですけど、このトランプのお父さんって絶対にトランプを褒めなかったんですね。

それで不動産になったのにお父さんなんか、悔しいのかなんか、わかんないですけど、トランプ褒めないんですよね。で、お父さんに褒めてもらえると思ったら褒めてもらえなかった時のトランプの悲しそうな顔があの『アプレンティス』という映画の中では非常に切ないんですけど。マイケル・スティールさんが言った「子供の頃に傷ついたために成長できなかった」っていうのは、そのことなんですよ。

子供の頃に傷ついて成長できなかったトランプ

(町山智浩)だからいくら成功しても、それこそ億万長者になってアメリカの大統領になって世界に君臨するという状態になっても、やっぱり不安で。なんというか劣等感が拭えなくて。で、子供の頃に父親に否定されちゃうと、ずっとそれが欠落感として世界一の金持ちになっても、消えないんですね。だからこれは本当に辛いことなんで、本当に気をつけた方がいいと思うのと……ただ、これは結構人類の普遍的な問題で。

もうひとつ、僕がこの映画を見て思ったのは『エデンの東』という映画があるんですよ。これ、ちょっと『エデンの東』の音楽をかけてもらえますか?

(町山智浩)もうこの音楽を聴いただけで僕は泣いちゃうんですけどね。『エデンの東』っていうのは本当に切ない映画なんですが。1955年の映画なんですけれども。これでジェームス・ディーンという俳優さんが世界的なスターになったんですけれども。これはね、ジェームス・ディーン演じるキャルという青年が父親から愛されない息子なんですよ。

それで一生懸命、お父さんに愛されようとしていろいろ頑張るんですけど……父はそのキャルの兄弟の方だけをかわいがるんですね。で、なんとかして愛されたいと思ってお金儲けをするんですよ。で、お金儲けをしてものすごい莫大なお金をお父さんにプレゼントするんですけど、その辺がトランプとそっくりなんですよ。

それなのにお父さんは「こんなお金なんかいらない。汚い相場で儲けたお金なんかいらない!」って言ってそのジェームス・ディーンを否定するんですね。だからね、なぜトランプと『エデンの東』はこんなに似てるんだ?って思うぐらいですけど。

このテーマは長年、描かれていて。1万年ぐらい描かれていると思うのは……『エデンの東』というタイトルの「エデン」というのは旧約聖書・創世記に出てくる人類最初の夫婦であるそのアダムとイブが暮らしていた楽園なんですよ。で、『エデンの東』というのはそこから追放された人、つまり我々人類すべてが住む世界のことを意味しています。

で、アダムとイブはエデンから追放された後、2人の息子を産むんですけども。これがカインとアベルという兄弟なんですよ。で、2人とも神様に捧げ物をするんですね。いろんな贈り物を。ところが、そのアベルの方だけを神様が喜ぶんですよ。で、カインが一生懸命いろんなものを捧げても、喜ばないんですよ。「海幸山幸」っていう日本の神話もありますけれどもたぶんこれ、全世界的にある話なんですよ。こういう話は。

で、カインはアベルに嫉妬して、彼を殺してしまうんですね。それは人類最初の殺人と言われているんですけれども。それが『エデンの東』という……これは戦争の頃、第二次大戦の頃の話ですね。ただ、その旧約聖書のカインとアベルをもとにして書かれたのがこの『エデンの東』という話で。もう本当に人類の普遍的なテーマなんですけど。

カインとアベルと『エデンの東』

(町山智浩)でもね、お父さんはやっぱり本当は両方とも愛してるんですよ。ただ、愛し方が違うんですね。兄と弟に対して。やっぱり「もっと頑張ってほしい」っていう気持ちで余計なことを言っちゃうんですよ。でも、言われた方は「愛されてない」と思っちゃうんですよ。だからこれは……前に『BETTER MAN/ベター・マン』という映画を紹介したんですけど。あれはロビー・ウィリアムスというイギリスの大ミュージシャンで。10万人ぐらいのコンサートを満員にするような人なんですけど。

あの人もお父さんに子供の頃、「お前なんか大したことない」って言われたから、10万人の客を集めても「自分は大したことないんだ」っていう気持ちが消えないんですよ。だから本当にね、気をつけたいですよ、みんな。幼少期に受けた言葉って、もう絶対に消えないんで。軽い気持ちで言っても、消えないんですよ。だからこれは大変なことでね。うちの親父はね、本当にクズ野郎でしたけど。勝手でめちゃくちゃだし、そこら中に女は作るは、家に金を入れないわでね。

ただね、ひとつだけよかったのは僕を否定しなかったんです。それだけでよかった。全然。もうあとは最悪ですよ。家、めちゃくちゃですけど。そこら中に子供がいますけども。でもね、「お前はダメだ」とは言われなかった。だからね、どんなに……ここに出てくるお父さんたちはみんないい、お父さんですよ。で、この『年少日記』のお父さんなんて超エリート弁護士ですけど。でもね、息子に「ダメだ」って言っちゃった段階でもう最悪の父親なんですよ。

最近、ネットフリックスで話題になっている『アドレセンス』っていうのがありまして。あれも探っていくと、実は父親の父親に問題があったって話なんですよ。もうみんな、そうなんで。連鎖するんですね。だからまあ本当にね、いろいろ深い問題が『年少日記』には描かれてるんですが……大変な大逆転が最後に控えてます。この映画は。ちょっと言えませんが、もうすごい感動でした。もちろん、救いもあります。ちょっとあっと驚くような映画なんで。もう言えませんが。俺も「よく切り抜けてこの話をしたぜ」と思って自分を褒めています(笑)。これ、本当にいい画なんで。今年のベストクラスの映画なんでぜひ、この『年少日記』をご覧いただきたいと思います。

町山智浩『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』を語る
町山智浩さんが2024年11月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』について話していました。
町山智浩『BETTER MAN/ベター・マン』を語る
町山智浩さんが2025年3月25日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『BETTER MAN/ベター・マン』について話していました。

『年少日記』予告

アメリカ流れ者『年少日記』

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