町山智浩さんが2024年11月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今回、紹介する映画はドナルド・トランプがどうしてそういう人なのか?っていうことがよくわかる映画なんですが。1月17日に日本公開される映画で『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』という映画を紹介します。今、かかっているのは『Blue Monday』というNew Orderの曲で80年代のヒット曲なんですけれども。
(町山智浩)これは80年代を舞台にした映画で。トランプが80年代、ただの不動産屋の息子だったのが急に不動産王になったわけですけれども。その時を描いた映画です。これ、アメリカで公開してますけど、アメリカって大統領選挙の選挙中に「トランプはクソ野郎だ」っていう映画をちゃんと公開するんですよ。日本とは違います。言論の自由があるので。でね、日本は言論の自由はあるんだけどちゃんとそれを使う人がいないっていうことが問題なんですが。
これね、トランプを演じるのはセバスチャン・スタンという人でね、『アベンジャーズ』シリーズでウィンターソルジャーという役をやっている結構、イケメンの俳優さんなんですけども。彼、最初この映画の中では父親がやっていたアパートの経営の手伝いで家賃回収とかしてる、あんまりうだつの上がらない人として登場します。ところが彼はある廃墟になっていたホテルを親の金で買って、それで成功して不動産王になっていくんですよ。それも父親の金なんですよ? 元々は。
で、その時に彼の師匠になった人がいて。彼にいろんな戦い方を教えた人がいて。それがロイ・コーンという人なんですね。その人との師弟関係を描いたのがこの『アプレンティス』という映画です。「アプレンティス」っていうのは「お弟子さん」という意味です。で、実は彼には師匠がいたんだという映画なんですが。このロイ・コーンという人は弁護士だったんで、トランプは彼を雇うんですね。
どうしてか?っていうと、トランプの父親がやってたアパートでは「黒人に部屋を貸さない」っていう差別をしていたんですよ。で、それが差別だって訴えられたんで弁護士を雇うということでロイ・コーンを雇ったんですが。なぜ、ロイ・コーンを雇ったかというとこのロイ・コーンという人は卑劣な卑劣な弁護士としてアメリカの歴史の中に残っている弁護士なんですよ。その当時、既に最も卑劣な弁護士として知られてたんですよ。それをわざわざトランプは雇いに行くんですね。
ドナルド・トランプの師匠、ロイ・コーン弁護士
(町山智浩)で、このロイ・コーンはどうして卑劣かというとこの人、天才的な弁護士ではあったんですが20代の時に「赤狩り」というものがありまして。赤狩りというのはアメリカの政府の中にいる共産主義的な人たち、社会主義的な人たち……いわゆる左翼と言われた人たちを全部、ソ連のスパイとして叩き出すということがアメリカではあったんですね。これは米ソ冷戦の中で核戦争が起こるかもしれないから情報が漏れると困るということでやっていたんですが、その時にロイ・コーンはですね、政府の中にいるゲイの人。同性愛の人を全部、見つけ出して政府から叩き出すということをやった人なんですよ。
ただ、ロイ・コーンの言い分には一応、理由があって。要するに政府の中で……その頃、同性愛の人の人権っていうのは認められてなくて。同性愛っていうのは病気だと思われてたんですね。で、それがバレないようにみんな、暮らしていたんですよ。当時は。だからそれをソ連に知られると、それで脅されて……「お前はゲイだってことをばらすぞ」って言われて、政府の情報を売る可能性がある。だからゲイを見つけ出して政府から全部、一掃しようって言った人なんですよ。
で、このロイ・コーンがどうしてそんなことを言ったかというと……自分がゲイだったからです。どうして政府の中でゲイであることを隠してる人を見つけることができたかというと、この頃はゲイの人たちは完全にみんな、隠れて生きるしかなかったんで逆にネットワークがあって。その中では何でもみんな、知ってたんですよ。みんな、秘密だったから。秘密だったからこそ、そのネットワークの中では誰がゲイかってことをみんな、知ってたんですよ。ロイ・コーンはそれを漏らして1人1人、政府から潰していきました。
自分はゲイなのに。本当に卑劣な裏切り者なんですよ。しかも自分はゲイじゃないよって言ってたんですけど、エイズで亡くなって。その辺りで完全にバレるんですけどもね。で、その人をトランプは雇うんですよ。その差別裁判では汚い弁護をしないと絶対に勝てないと思ったから。だから、この人じゃないと勝てないと思ったんですよね。
で、ロイ・コーンの仕事ぶり、汚い弁護のいろんな脅迫とか、そういうのを見ながらトランプは現在のドナルド・トランプになるためのいろんな汚いことを覚えていくという映画なんですけども。その中でロイ・コーンはいろんなことを教えてくれるんですね。「戦い方その1」とか言ってね、あしたのジョーみたいに。「常に攻撃、攻撃、攻撃。決して防御するな」って言うんですよ。だからトランプ、教えてもらったことを守ってるんですよ。
常に攻撃、攻撃、攻撃。決して防御するな
(町山智浩)つまり「敵の嫌がらせだけをしろ。悪口だけを言い続けろ。『あなたは間違ってる』と言われても、それに対していちいち反論するな。反論するとそこから論争になっていって、ぐちゃぐちゃになっちゃうから。反論されても無視してとにかく相手を傷つけることだけを言い続けろ」っていう。批判された場合にそれを受けちゃうと批判を受けたことになっちゃうから。だから批判は無視する、スルーするんだと。
で、もうひとつの戦法。「その2」ってロイ・コーンがトランプに教えた戦い方ではね、「何を言われても、たとえそれが正しくても、間違ってても、全てノーと言え。それが事実かどうかは関係ないんだ。とにかく否定し続けろ」っていう。これもすごいですね。トランプがやっていたその選挙に負けたことを完全に否定するというのを選挙の前から言っていたってのは、これだったんですよ。彼、従順な弟子なんですよ。
だって選挙が始まる前から否定するっていうのは明らかに彼の頭の中に「否定する」っていうことがあったんですよ。ロイ・コーンの教えで彼はそれを言ってるんですね。で、ロイ・コーンの戦法のその3。「これが一番の要だ」って言うんですけど。弁護士として裁判で勝ったりするためにはね。「いくら負けても勝利を主張しろ。裁判で負けて、負けた判決が出ても『本当に勝ったのは俺だ』と言い続けろ」っていう。
「負けました」って言ったら、弁護士はそこで評判が下がっちゃうんですよ。負けた弁護士として。「『あれは裁判の方がおかしいんだ』と言い続けろ」って。これもそのロイ・コーンっていう弁護士から教わったことをトランプは選挙の時にやってるんですよ。トランプ、教えを守ってるいい弟子なのに、最後にね、ひどいことをします。この映画でトランプは。で、これは事実なんですけど……知った時には、驚きました。あんまりひどいんで。ケチくさい男なんだ、本当に(笑)。
そのお師匠さんに対しても本当に貧乏くさい仕返しをするんですけど。仕返しじゃないんですけどね。この人ってほら、お客さんをホワイトハウスに呼んでもマクドナルドのハンバーガーを出す人ですから。根本的にものすごくケチくさい人なんで。そこがね、なんていうかひどいんだけど、笑っちゃうんですけど。
あと、この映画がすごいのはね、あのトランプの不思議な髪型の全てを暴きます。彼、頭の頭皮の手術をしてるんですけど。それで、ああいう髪型なんですが。ハゲを隠すために。その手術をこの映画ではなんと、モロに見せるんですよ。すげえなと思いますけども。というね、とんでもない映画がこの『アプレンティス』なんで。まあね、アメリカ大統領選でどっちが勝つのか……トランプが負けてから見るとなんというか、すごく虚しい感じがしますけど。まあ、ちょっとすごい映画なんで。本当は選挙前に見てほしかったですね。