町山智浩 野沢直子の人生相談「世界の理不尽に我慢できない」と映画『関心領域』を語る

町山智浩『関心領域』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年5月21日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で朝日新聞に掲載された人生相談「世界の理不尽に我慢できない」に対する野沢直子さんの「世界のことじゃなくて、自分の身の回りの幸せに感謝しよう」という回答についてトーク。映画『関心領域』と絡めて話していました。

(石山蓮華)ということで先週はイタリア人の医学生がガザに留学した時の記録『医学生 ガザへ行く』というドキュメンタリー映画をご紹介いただきました。石山も、でか美ちゃんも、それぞれ見まして。そうですね。なんか今、見るべき映画だなというのをすごく思いましたし。登場する医学生だったり、そのガザの学生たちがやっぱり世代的に近いので。世代的に近い人が、どうやってその日常の中でガザの状況を捉えているのか?っていうことをすごく考える映画でした。

(でか美ちゃん)私もその今のガザの状況よりも、その前。2019年の記録なので街も人も全て、破壊されてしまう前の撮影っていうことで。もちろん、わかってはいたんですけど……本当に、その時からもちろん危ない状況ではあるんですけど。急にね、警報みたいなのが鳴っても掃除を始めてしまうという正常性バイアスがかかっているシーンがあるっていう風に、先週もおっしゃってましたけど。そこもやっぱり、めちゃくちゃ印象に残ったりしたけど。やっぱりどういう状況であっても、ガザの人はそこで普通に暮らしていて。そういう暮らしがあって、大変な状況ではあるけど楽しいことももちろんあって。で、その医学生のガザでできる友人たちとかも本当に普通に暮らしてた、その人たちにとっては日常の街が今、本当に根こそぎ壊されてしまっているんだっていう風に感じたんで。なんか本当に、蓮華ちゃんの言葉を借りますけど。今、見るべきだし。

私、ちょっと今朝、朝からSNSを見ていて、「ガザの状況を見るとなんか自分が辛くなってくる」っていう日本人の方の相談を受けて。「世界のことじゃなくて、自分の身の回りの幸せに感謝しよう」みたいな回答を新聞の人生相談のコーナーでしていて。それがちょっと、なんか炎上みたいなのが起きてるんですよ。その、回答しちゃった側の人が。「平和ボケしているんじゃないか」みたいなので。

(町山智浩)野沢直子さんがね。僕、ご近所ですよ。「野沢さん、大丈夫か?」って見て、思いましたよ。

(でか美ちゃん)その意見も……なんか、そう思いたい気持ちとかもすごくわかる上で、やっぱり私は相談者さんの気持ちがめっちゃわかるなって、記事を読んで思ったので。

(町山智浩)そう。どっちもわかるんだよね。辛いから。特に今、SNSだとガザで殺されていく子供たちの写真がどんどん上がってくるんで。「それをずっと見てると、心が病んでくるからそのことを見ない方がいいんじゃないの? それだと辛くなるよ」っていう意味で野沢さんが言ったんじゃないかなっていう気がするんですよ。

(でか美ちゃん)「自分の心もちゃんと守りつつ……」っていう気持ちが込められてるんだなって私も思ったんですけど。ただ、その炎上する理由ももちろんわかるし。

(町山智浩)ただ、その野沢さんが「そういうことばっかり考えていると辛くなるから、見ない方がいいんじゃない?」っていうような話をした後に、それは朝日新聞のね、相談の記事でコメントを出していたんですけども。それに対して、この記事に対するコメントで、「いや、それは『関心領域』という映画を見た方がいいですよ」っていう風にコメントされている大学の先生がいらっしゃって。

「『関心領域』という映画を見た方がいい」というコメント

(町山智浩)で、その『関心領域』という映画がね、今週公開なんですよ。『関心領域』っていうのはまさにこのガザの映画が最初にガザの周りを囲んでる壁のところから始まるんですね。そうですねね、「壁の向こう側が何が起こってるか、わからない」って言って、イタリア人の学生さんが行くんですが。『関心領域』は第2次世界大戦の時のポーランドのアウシュビッツ虐殺収容所の壁のすぐ外側に住んでいた、アウシュビッツのヘス所長のホームドラマなんですよ。で、本当にその壁越しに叫び声とかが聞こえてくるし。ユダヤ人を虐殺した後、焼き捨てている、その肉の焼ける臭いとかが嗅げるんだけれども、自分の家庭のことしか考えないんですね。主人公の奥さんは。それで、ユダヤ人から奪った毛皮のコートとかを着ていたりするんですけど。

で、そのことを今、「ガザのことで辛い」っていう人と「そんなこと、考えないようにした方がいいんじゃないの?」っていう人の間で、やっぱりその『関心領域』っていう問題があって。本当にね、こういうことが偶然ではあるんですけど。その『関心領域』という映画が今週、公開されるということでね。

(石山蓮華)5月24日公開ですね。

(町山智浩)でもね、僕が思うのはたしかに辛くなるんだけど。僕も見たくないですよ。赤ちゃんの死体とか。でも、じゃあ見ないで。要するに自分の壁の向こう側のことは見ないで……っていう風にすると、やっぱりそれは自分自身を抑圧してるんですよ。それはやっぱり自分に対する抑圧であって。じゃあ、それを見ないで決めると楽なのか?っていうと、実はそれは「見ない」っていう非常に抑圧された行動をしてるんですよ。これは決して自由ではないので。だから、よく言われる言葉は「その世界のどこかに自由でない人がいる場合に、あなたも本当は自由ではないんですよ」っていう言葉があるんですね。「その人のことを考えないようにすれば楽だ」っていうのは「考えないようにする」っていう行為を強いられてる状態だから。だからそれは本当の自由ではないんだということがあるんで。まあね、すごくいろんなものが関連していて。今、世界的にすごい状況にあるんじゃないかなと思うんですよ。

(でか美ちゃん)だからなんか、私がすごい感じたのはそれで満足しちゃいけないってもちろん思うんですけど。そういうニュースとかSNSとかで流れてくるもの見て「辛い」って思った時に、たとえばこの『医学生 ガザへ行く』とか『関心領域』を見て、何か感じて考えたり、みたいなのがそもそも、その人にとっては行動できてると思うんですよ。その「人生相談に送った」とかも、世界のことを考えられていると思うから。なんか、そういう自分の、自分自身の慰め方というか。心の落としどころを……見ないふりをしてるよりは、私はちゃんと学ぼうと、知ろうとしていますよっていうことで、心が少しでも落ち着けばいいなっていう。まあ、知ることで苦しいから矛盾もあるんだけど。なにもしてないよりは全然、いいことだと思うから。なんかそういう時に、映画とかってすごく手に取りやすいというか。きっかけになるメディアなんだなっていうのをすごい、感じました。『医学生 ガザへ行く』でも。

(町山智浩)その『関心領域』を超えるものが映画なんですよね。『関心領域』の外側を見せてくれるものなんでね。

朝日新聞デジタル「(悩みのるつぼ)世界の理不尽に我慢できない」

<書き起こしおわり>

町山智浩『関心領域』を語る
町山智浩さんが2024年3月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『関心領域』について話していました。
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