町山智浩『ライダーズ・オブ・ジャスティス』を語る

町山智浩『ライダーズ・オブ・ジャスティス』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年1月25日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ライダーズ・オブ・ジャスティス』を紹介していました。

(町山智浩)今日、紹介する映画は『ライダーズ・オブ・ジャスティス』という、かっこいいタイトルの映画で。これ、1月21日から既に日本の劇場でも公開が始まっているんですけど。はい『ライダーズ・オブ・ジャスティス』っていうのは「正義のライダーたち」っていうね、なんか仮面ライダー勢揃いみたいなタイトルなんですけど。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)これ、デンマーク映画なんですよ。デンマークって言うと、何ですかね? なにか、デンマークで思い出すもの。

(山里亮太)家具。おしゃれ家具。

(町山智浩)それはスウェーデン(笑)。

(赤江珠緒)デンマークって、なんだ?

(町山智浩)アンデルセン。で、アンデルセンの童話のような非常にほのぼのする映画がこの『ライダーズ・オブ・ジャスティス』なんですけど。主演はマッツ・ミケルセンですね。この人は『007/カジノ・ロワイヤル』では泣き虫の悪党ル・シッフルっていうのを演じて世界的スターになった人なんですけど。悪党なんだけど、いつも泣いて。泣きながらジェームズ・ボンドのタマキンを拷問したりしていた、よくわかんないキャラでしたけども。

(赤江珠緒)ああ、はいはい。

(町山智浩)みんな、あのシーンは覚えてますけどね。その後は『ハンニバル』っていうドラマで『羊たちの沈黙』の天才殺人鬼、ハンニバル・レクター博士を演じて、気に食わないやつを片っ端から殺してね、料理して食べちゃう役でしたけど。変な役ばっかりなんですけど。その一方で結構、いい人の役も上手くて。前に『たまむすび』でご紹介した『アナザーラウンド』っていう映画では、学校の先生なんですけど、奥さんからも子供からも生徒からもバカにされている、冴えない高校の先生で。だんだんお酒に溺れていく、かわいそうなおじさんを演じてましたね。

町山智浩『アナザーラウンド』を語る
町山智浩さんが2021年4月6日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『アナザーラウンド』を紹介していました。

(町山智浩)というね、なんというか、怖い人からかわいい人までできる、すごい名優なんですが。で、この映画で彼が演じるのは、特殊部隊で戦う軍人なんですよ。マッツ・ミケルセンは。で、戦場に行ってると、その間にデンマークに残している奥さんと娘が列車に乗っていて。そこにいきなり別の列車がぶつかってきて、大事故になってこの奥さんが亡くなっちゃうんですね。で、後に残された娘のマチルデちゃんとこのマッツ・ミケルセンが悲しんでるところにですね、3人組の非常に奇妙な男たちが現れるんですよ。

で、この中の1人のオットーという人がですね、「私はあの列車に乗っていたものです。奥さんが亡くなられて非常に悲しんでおられると思います。私の本職は統計学者なんです。私は統計学上、この列車とあの列車が激突する可能性を計算したんですが、それはもう何兆分の1で、もうほとんどないことなんです。だから、あの事故は偶然ではなくて、仕組まれたことなんです。陰謀があったんです」って言うんですよ。

で、そのオットーは2人の仲間を連れてくるんですね。それはレナートっていう男と、ウルフっていうおっさん2人を連れてきて。「この彼ら、実はインターネットのエキスパートなんです。この2人、レナートとルフがインターネットを使ってこの列車事故を起こした犯人を突き止めました」ってマッツ・ミケルセンに言うんですよ。「その犯人は、ライダーズ・オブ・ジャスティスという暴走族なんです」って言うんですね。ライダーズ・オブ・ジャスティスって言いながら、暴走族なんですけどね。

アメリカやヨーロッパの暴走族

(町山智浩)で、「暴走族」って言ってもね、アメリカやヨーロッパのそれは日本の暴走族とは違うんですよ。日本だと、ほら。原チャリに乗ってクネクネ走ってたり、コンビニ前でうんこ座りしてるお兄ちゃんたちだけど。アメリカとかヨーロッパの暴走族って犯罪組織なんですよ。で、マシンガンとかショットガンとかで軍隊みたいに武装していて。武器の密輸であったり、麻薬の販売だったりをしている、結構大きい組織なんですね。アメリカでもヘルズ・エンジェルスとか、そうなんですけども。私設軍隊みたいなところがあるんですよ。「それがこの事件を起こしたんだ」って言っていて。

そのオットーたちは「彼らが起こした殺人事件の証人がその列車に乗っていて、今度裁判で証言する予定だった。その証人はその列車事故で死んだんだ。だからその証人を暗殺するために仕組まれた列車事故だったんですよ」って言うんですよ。「それにあなたの奥さんも巻き込まれたんです」っていう。「列車内の監視カメラのデータが公開されているので、それを使っていろいろ見たんですが、その事故の直前に1人の男が手前の駅で降りているんです。その男が怪しいということで、その男の顔を我々でインターネット中で顔認証しました。その結果、その降りた男はギャングで、ライダーズ・オブ・ジャスティスのメンバーだったんです」って言うんですよ。

「だから、彼らがやったんです」と言われて。で、奥さんが亡くなって悲しみに沈んでいたマッツ・ミケルセンはですね、それを聞いて「なんだ、犯人がいたのか! 偶然だと思ってたのに!」ということで、復讐の怒りに燃えて、「その顔認証で一致したギャングの家に行こう!」ってことになるんですよ。で、このマッツとオットーたち3人がその家に行くんですけども。すると、ドアをトントン……ってノックするんですけど、そしたら出てきたやつはギャングなんで、いきなり拳銃を突き出したですよ。パッと。そしたら、マッツ・ミケルセンは特殊部隊で訓練された殺人マシンなんで、反射的に反撃してですね、素手でそのギャグをその場で殺しちゃうんですよ。だから考えるよりも先に体が動くっていう……なんというか、梅干しを見るとツバが出るみたいな感じですね。反射で。

(赤江珠緒)そんなに?

(町山智浩)で、でその男を殺しちゃったから、大変なことになっちゃうんですよ。まず、手がかりがなくなっちゃうでしょう?

(山里亮太)ああ、そうだ。

(町山智浩)で、そもそもこれ、殺人なんで。

(赤江珠緒)そうね。いきなりね。

(町山智浩)それでまた彼はギャングのメンバーだから、これでギャングから追われることになっちゃうんですよ。この3人組とマッツ・ミケルセンは。それでも、警察には通報できないんですよ。殺人事件をやっちゃったから。で、「どうしよう?」っていう、コメディなんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)聞いてるだけで、ほのぼのと心温まる感じがするでしょう? アンデルセンっていう感じで。アンデルセンっていう感じじゃないですか?

(山里亮太)アンデルセンにギャングは出てこないじゃないですか(笑)。

(町山智浩)えっ、アンデルセンってギャングとか出てこなかったっけ?

(山里亮太)僕が読んでいるアンデルセンは出てこなかったです。

(町山智浩)おかしいな? おやゆび姫とか、マシンガン撃ちまくったりしない? 違ったっけ? まあ、タランティーノ監督のアンデルセンみたいになっていますけど。で、この「ネットでいろいろ陰謀を見つけた」って言っているおじさん3人組の写真がそちらにあると思うんですけど。ちょっと見てもらえますか? もうこれ、ヨレヨレでしょう?

(赤江珠緒)そうですね……。

(山里亮太)あまり頼りになる感じじゃないです。

(赤江珠緒)ちょっとうさんくさい感じの……。

ヨレヨレのおじさん3人組

(町山智浩)全然頼りにならない、ヤバい感じのオットー、レナート、ウルフっていう3人組なんですけど。この映画、基本的にこの3人がボケたり、コントしてるだけの映画なんですよ。ひたすら、なんかボケたことをし続けるんですね。たとえばこの3人がそのマッツ・ミケルセンのところに行って、何やらコソコソしてるもんだから、そのマッツの娘のマチルデさんは「お父さん、なんか怖いことをしようとしてるんじゃない?」って疑うわけですよ。そうすると、このレナートっていう3人組の1人が「ああ、私たちは実はセラピストで。あなたたちが事故でお母さんを亡くされたから、心がいろいろ傷ついてると思うんでセラピーに来たんです」ってまあ、口からでまかせを言うわけですよ。

そうすると、もうずっとつらかったマチルデちゃんはほっとしてね、自分のつらさを打ち明けてね、もう楽になるんですけど。その後でね、オットーがレナートに「お前、精神科医じゃないじゃん」って言うんですよ。「なにを精神科医のふりをしてるんだ? お前、精神科に通ってたでしょ?」って言うんですよ。そういうね、結構やばい話になっていって。そういうコントが延々と続くんですけど。これ、見てるうちにね、観客はだんだんこう思ってくるわけですよ。「この3人のおっさん、なんか定職がないぞ? みんな50ぐらいなのに、家族がいなくて1人者だし」って。で、このウルフっていうちょっとぽっちゃり型の人はですね、完全に引きこもりで。家から1歩も出ないで朝から晩までずっとネットをやってるんですよ。ずーっとネットをやっている。これね、かなり危ない人たちなんですよ。この3人。

(赤江珠緒)あらあらあら……。

(町山智浩)だから、彼らが言っている「ネットで突き止めた陰謀」って、本当に信じていいのか? みたいな気持ちになってくるんですよ。見ている方が。「この3人組、ヤバくない?」って。で、その非常に怪しい陰謀論を持ち込んできたおじさんと、考えるより先に手が出ちゃう殺人マシーンがチームを組むって、一番やっちゃいけないことじゃないですか。

(赤江珠緒)一番組んじゃいけないコラボですね。

(町山智浩)そう。で、どんどんどんどん取り返しのつかないことになって、死体の山が築かれていくという、ほのぼのとした童話みたいな、なんかメルヘンなんですね。

(山里亮太)死体の山が築かれちゃっている……。

(町山智浩)ただ、これ一昨年ぐらいにデンマークで作られた映画なんですけど。今、アメリカの人たちがこれを見るとゾッとするんですよ。こういうことが実際に、あったんですよ。これね、今から1年ぐらい前ですね。去年の1月6日にアメリカのワシントンDCの連邦議会に暴徒が乱入した事件がありましたよね? それは連邦議会で大統領選挙の結果を認定する……バイデンさんの勝利ということで議会で認定するというのを妨害しようとして、トランプ前大統領が自分の支持者をネットで集めて。で、集まった支持者に対して「議会に行け!」って言って。みんな、それに従って突入したんですけどね。

アメリカ議会乱入事件

(町山智浩)で、あれも日本でほとんどちゃんと報道されてないですけど、数も少ない警察官たちが議会を守ろうとしたじゃないですか。で、守りきれなかったわけですけれども、あの事件の後にその警察官のうちの4人が自殺してるんですよ。

(赤江珠緒)えっ、その後に?

(町山智浩)そう。で、その中にはガンサー・ハシダという日系人の方もいて。奥さんが自宅で彼が亡くなっているのを発見しているんですよね。で、幼いお子さんが3人もいるんですけど。その議会での乱入を受けてから、ずっと心が非常に傷付いていて。おかしかったという風に奥さんは言っているんですけどね。やっぱり犯罪者じゃなくて、普通の人たちがいきなり自分たちのことを襲ってきて。「俺たちは国を守りに来たんだ!」って言いながら、警察官をボコボコにしたわけですから。やっぱり警察の人たちは相当傷ついたんですね。でね、その議会を襲った人たちは一体、どうなったのか?っていうと、その後に700人が逮捕されているんですよ。で、これ簡単に逮捕されたのはみんなね、「自分がやってることはいいことだ」と思ったら、インスタしてたんですね。

(赤江珠緒)ああ、そうですね。思いっきり映像が残ってましたもんね。

(町山智浩)そう。だからすぐに犯人が特定されちゃって、片っ端から逮捕されちゃったんですけど。彼らね、やっぱり悪いと思ってなかった。っていうか、褒められると思っていたんですよ。

(赤江珠緒)あんなに堂々とっていうのは、そういう理由なんですね?

(町山智浩)そうです。だからトランプ大統領が「あの選挙はインチキだった。私が本当の大統領なんだ」と言ってるから、議会に行っただけで。だから、まさか逮捕されるとは思ってなかったんですよ。彼らはそれが正義だと思ってたんですよ。『ライダーズ・オブ・ジャスティス』な感じだったんですよ。

(赤江珠緒)あちゃー……。

(町山智浩)だからもう彼ら、大ショックでね。で、その裁判がずっと続いていて。バッファローの格好をしていた人が結構、テレビに出てたんですけど。突入犯の中でね。彼の弁護士さんで、アルバート・ワトキンスという弁護士さんは弁護の時にこう言っていて。あのバッファローの人は41ヶ月の禁固刑という、非常に重い罪になったんですね。だからその時に弁護して言ったのは、「彼は悪いやつじゃないんですよ。バカなだけです!」って弁護をしたんですよ。

(赤江珠緒)どういう弁護をしてるんですか(笑)。

(町山智浩)「彼は、いい人なんです。いいことをしようとしたんです。ネットで『真実を知ってしまった』と思い込んだだけの、バカな人なんです。かわいそうなんです」って。

(赤江珠緒)ああー、それは切ない弁護ですね。

(町山智浩)そう。で、「それを仕掛けたトランプはちゃんと彼らの面倒見るべきです」っていう風に言ってるんですよね。ワトキンスさんは。だからこれはね、本当に悲しい事件だったなと思うんですよ。で、お父さんがそれに突入して、家族がもうバラバラになっちゃった一家とか、結構あるんですよね。それをね、18歳の男の子がFBIに通報したんですよ。テレビを見て。「お父さんだ!」って。それで、お父さんはピストルを持っていたんで。それがテレビのニュースに映っていたので。その人は重罪で、たぶん相当刑務所を出れないですよ。お父さん。

で、この通報した18歳の男の子はCNNのテレビに出たんですよ。でね、「トランプさんの言うことを聞くまで、いいお父さんだったんです。お父さんは貧乏で、うちは仕事がなくなっちゃって、お金がなくなっちゃって。それから、だんだんと『世の中、何かがおかしい』という風になって、トランプ支持者になっていったんです」っていう風に息子さんが言ってるんですけど。この『ライダーズ・オブ・ジャスティス』に出てくる陰謀論おじさんたち、全く通りなんですよ。

これね、だんだん彼らが実は非常に不幸な人たちで、心に傷があって、孤独なんだってことがわかってくるんですよ。それで、貧乏なんだってこともわかってくるんですよ。で、「この不幸が偶然なわけではない。何か裏でそれを操っているやつがいるに違いない」って思っちゃったんですよ。ネットを見て、そう思っちゃったんですよ。

(赤江珠緒)ああー……。だってあの頃、当時とんでもないいろんなデマみたいなのが流れましたけど、それを本気で信じているっていう映画もいくつも町山さん、紹介してくれましたもんね。

(町山智浩)そうなんです。やっぱりそれはね、不幸だからなんですよ。孤独だから。ネットばっかりやっていて。だからもし、幸福な人だったらそんなことを信じないと思うんですよね。そういう悲しさみたいなのがあって。今もね、ワクチンに関してヨーロッパとか、大変なことになっちゃって。ワクチンを義務化しようとするドイツの州知事を暗殺しようとする人まで出てきて。世界中、大変なことになっちゃってるんですけど。ただこの映画はですね、アンデルセンの国で作られた映画なので、『ライダーズ・オブ・ジャスティス』は非常にほのぼのと、クリスマスに……。

(赤江珠緒)いやいや、みじんもしていないですよ。町山さん。

(町山智浩)いや、本当にちゃんとほのぼのと終わるんですよ。信じられないですよ、僕。ふざけるなって思いましたよ。本当に。もう信じられないほどほのぼのとしたメルヘンで終わりますんで、びっくりするために『ライダーズ・オブ・ジャスティス』、ぜひご覧ください。

(赤江珠緒)なんかでもやっぱり、そういう自分が信じたいものが心に刺さってしまうっていうのは誰しも、あるんでしょうかね。

(町山智浩)そうなんですよ。だから人のことは笑えないですね。誰でもそういうことはあると思います。

(赤江珠緒)『ライダーズ・オブ・ジャスティス』は現在公開中でございます。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『ライダーズ・オブ・ジャスティス』予告

<書き起こしおわり>

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