町山智浩『関心領域』を語る

町山智浩『関心領域』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年3月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『関心領域』について話していました。

(町山智浩)で、今日紹介する映画は『関心領域』というタイトルで。これは5月24日から公開の映画なんですけれども・『関心領域』っていうのは「自分はこれにしか関心がない」という、その領域以外のものは何も聞こえないし、気にならないということを意味してますけど。この映画はね、おそらく国際長編映画賞は確実に取ります。それ以外も作品賞、監督賞、脚色賞、音響賞の部門にノミネートされてるんですけども。どういう映画か?っていうと、ドイツ人のすごく金持ちそうな家族がですね、庭付きのすごい綺麗な豪邸でずっと優雅な生活をしているのを隠しカメラで撮り続けているという映画です。で、撮られている方は全く演技もしてないし、カメラも動かないんです。ただ、これは劇映画なんで、実際には俳優たちがやってるんですね。ただただ、本当に優雅に暮らしてるドイツ人の家族なんですけど、よく聞くと不思議な音が聞こえるんですよ。小さく。「パンッ」とか「ドキュンッ」とかね。「ギャーッ」っていう声が聞こえたりするんですけども。

(石山蓮華)ちょっと物騒な……。

(町山智浩)見ている人は「何が起こってるんだろう?」って思うんですけども。その豪邸の綺麗なお庭には有刺鉄線がついてる高い壁があるんですよ。ずっと。一面に。片方側にね。で、「一体ここはどこなんだろう? 何の音が聞こえるんだろう?」と思ってずっと見ていると、この家族のお父さんとお母さんの会話から、そこがアウシュビッツだということがわかるんですよ。ポーランドのアウシュビッツですね。第二次大戦の時にナチス・ドイツがユダヤ人を何百万人も殺した場所なんですよ。で、このお父さんとお母さんは一体誰だろう?って思って見てると、お父さんが制服を着るんですね。軍服を。すると、軍服の襟にはドクロのマークがついてるんですよ。彼、ナチスの親衛隊なんですよ。で、会話の中からお父さんがアウシュビッツの所長であることがわかるんですよ。

(石山蓮華)隣に住んでるんですね。

お父さんはアウシュビッツ収容所の所長

(町山智浩)隣に住んでたんですね。壁1枚隔てて、隣に住んでいて。この映画ね、だねその壁の向こう側。収容所側は一切、映らないんです。一瞬だけ映すシーンがあるんだけど、それも、ヘスっていう所長なんですけども。ルドルフ・ヘスという所長の顔しか映さないんですよ。壁の中に入った時は。それ以外はずっと、このお屋敷の中だけを撮り続けるんですよ。

(石山蓮華)なんか、タイトルの『関心領域』っていうのがすごく、ゾクッと来ますね。

(町山智浩)そうなんですよ。その家族は壁の向こう側で何が起こってるかっていうことに、ほとんど関心がないんですよ。だから最初はわからないんですけど。途中でこのお父さん、所長がね、なにか設計図を見てるんですよ。それはよく見ると、焼却炉なんですよ。

(でか美ちゃん)うわあ……。

(町山智浩)で、その後にその壁の向こうの煙突から、黒い煙がもくもく見えるんですね。まあユダヤ人を虐殺して、どんどん焼却しているんですよね。あと、この奥さん。ヘス所長の奥さんを演じるているのはね、『落下の解剖学』っていう映画を紹介しましたが。あれでお母さんの役をやっていた、ザンドラ・ヒュラーさんです。

(石山蓮華)ああ、そうなんですね。キリッとした。

(町山智浩)あのお母さんは結構、見てる人の共感を呼ぶ、非常にエモーショナルなお母さんでしたけど。こっちのね、ヘス所長の奥さん役はね、もう何というか……たとえばね、すごい素敵な毛皮のコートを着て。「ああ、これ素敵ね!」とか言って、鏡の前でポーズを取ったりするシーンがあるんですよ。「その毛皮のコート、誰のだよ?」っていう話ですよ。ユダヤ系の人たちはナチスが政権を取る前は結構、お金持ちの人とかもいて。それで着の身着のままで収容所に入れられたんですけども。結構、ちゃんと自分の大事な宝石とか、毛皮とかを持ってきた人がいっぱいいたわけですよね。それを全部、取っちゃったんですよね。殺す前にね。で、こうやって着ているんですよ。この人、奥さんが。これ、きつい役だなって思いましたけども。

(石山蓮華)たしかに。

(でか美ちゃん)でも普通の感覚で言ったら、父親が所長で。隣に住んでいて。気にならないわけがないだろうって今の自分とか、今の時代だと思っちゃうけど。いやー……。

(石山蓮華)ただ、今起こってるいろんな戦争に対して、自分がどれぐらいの関心を持って、どんな行動に繋げられているのか?っていうことを「何もやってないわけではない」とは言いたいけれど。でも、できてないこともすごくたくさんあるなって毎日、考える中で。その私の『関心領域』はどこなんだろう?って……。

(でか美ちゃん)ねえ。この解説を聞くだけでも、すごく……。

(石山蓮華)すごい考えるべき映画だなと思いますね。

(町山智浩)今、テレビを見てない人とか、テレビを持ってない人とか、多いですよね。若い人たちの間でもね。で、ネットで自分の好きなインスタとかだけを見てると、たぶん戦争で何が起こっていて。今、どのくらいの人が殺されているっていうことが全然、わかんないと思いますよ。

(石山蓮華)そのやり方も本当にひどいなっていうのを思うし。今、止めてほしいなっていうのをすごく思うんですけどね。

(町山智浩)そうなんですけど。ニュースサイトを見たり、あとはSNS見ても、関心のあるものしかSNSって送ってこないようになってますから。『関心領域』しか、送ってこないわけですよだから。世界の情勢とか戦争に興味ない人のところには一切、そういうニュースが届かない世の中になっているんですよ。現在って。だからまさに、壁の内側というか、壁越しになっちゃっているんですよね。向こう側が見えないんですね。全然ね。で、この映画がまたひとつ、面白いのはこのヘス所長って、実在の人物なんですけども。すごく気が弱そうなんですよ。で、細い声でしゃべっていて。奥さんが強くて。奥さんはね、「ここの家はね、本当に私の夢なのよ。綺麗な庭があって。優雅な生活ができて。本当にここが好きなの!」とか言ったりすんですけど。「おい、大丈夫か?」って思うんですけど。

(でか美ちゃん)怖いな……。

(石山蓮華)見えているところだけを切り取れば、本当に理想の。芝生が綺麗で、花があって、大きな犬がいて、みたいな。

(町山智浩)しかも最も恐ろしいのはナチス・ドイツは最終的に……こういう収容所って、ヨーロッパ中にたくさんあったんですね。たくさんあったんですけども、その収容所に入れていたユダヤ人たちをどうするか?ってことを最初は決めてなかったんですけども。最終的に全部、皆殺しにすることに決めたんですね。で、この映画はその前に始まっていて、その最も恐ろしいことっていうのはこの映画の中で、あるきっかけで起こるんですけども。ちょっと見ていただきたいなと。「えっ、そういうことで皆殺しにしちゃうの?」っていう。

(石山蓮華)覚悟がいるけど、見なくちゃいけないな……。

(町山智浩)でも残酷シーンは一切、出てこないですよ。画面には。だからこの映画はナチスがやったことについて知らないと、何が起こってるかが全くわからないです。

(でか美ちゃん)何の知識もなしに、たぶんアカデミー賞取るだろうってことで。「ああ、アカデミー賞を取ったんだ。見に行こう」って見に行っても、「なんか静かな映画だな」みたいな感じになっちゃうかもしれないですよね。

(町山智浩)わからないですよ。だって一切、残酷シーンはないし。たとえば、この主人公たちの子供があるもので遊んでるんですけど。ベッドの上で。そのものが何なのかもたぶん、前提となる知識がないとわからないんですよ。この人たち家族は川で遊ぶんですけど。川で遊んでる時に、川であるものを拾ってびっくりするんですけど。それもその川で何をしていたかを知らないと、わからないんですよ。

(でか美ちゃん)でも『関心領域』をそれこそ、自分が狭いかもって思ったら、広げた上でやっぱり見に行かないと……。

(町山智浩)そうなんですよね。で、この映画の作った制作者たちは各地で映画賞を取っているんですけど。その受賞の時に言ったのは「これは今、イスラエルとガザで起こってることです」とはっきり、言っています。今、ガザでは本当に壁の中で閉じ込められたパレスチナの人たちがイスラエル軍によって殺されてる状態なんで。その歴史的皮肉ね。この時はユダヤの人たちが壁の内側で殺されていたのに。だからもう本当に今、見なきゃなんない映画がこの『関心領域』ですね。はい。ただ公開はね、ちょっと先で。5月24日なんで。今週、映画を見たいなっていう人はね、いきなり言いますけど。『ゴールド・ボーイ』を見てください。

(石山蓮華)『ゴールド・ボーイ』?

『関心領域』予告

<書き起こしおわり>

町山智浩『ゴールド・ボーイ』を語る
町山智浩さんが2024年3月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ゴールド・ボーイ』について話していました。
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