町山智浩さんが2021年11月23日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でNetflixで配信中のミュージカル映画『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』を紹介していました。
「tick, tick… BOOM!: チック、チック…ブーン!」観賞。夢追い人たちの葛藤、それぞれの選択。ジョナサンの作品は同じ痛みを抱える人たちをたくさん救ってきたんだなと改めて思った。辛かったけど、愛と敬意に溢れていた作品。アンドリュー・ガーフィールドのベストアクト。彼は本当にすごい俳優。 pic.twitter.com/YfPgXZznrE
— Matilda (@matilda4912) November 22, 2021
(町山智浩)今日は先週からNetflixで全世界配信が始まったミュージカル映画『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』という非常に奇妙なタイトルの映画について紹介します。たぶんこれ、アカデミー賞の主演男優賞候補に上がるだろうと思っているんですけどもね。これは『レント』というブロードウェイの人気ミュージカルがありまして。曲がかかっているかな? はい。これです。
(町山智浩)これはですね、『レント』というブロードウェイの人気ミュージカルの作者。それを作った人、ジョナサン・ラーソンという人の自伝ミュージカルの映画化なんですよ。これ、監督はですね、ブロードウェイミュージカルの大ヒット作で『たまむすび』でも紹介した『ハミルトン』を作ったリン=マニュエル・ミランダという人です。
(町山智浩)で、これ、『チック、チック…ブーン!』っていう日本語タイトルがちょっと間違ってまして。これ、正しくは「ブーン」じゃなくて「ブーム(BOOM)」です。これ、英語で爆発音なんですよ。
(赤江珠緒)おお、「ボンッ!」ってことか。
(町山智浩)それで「チック、チック(tick, tick…)」っていうのは時限爆弾の時計の音で。で、ブームなんで、「チック、チック……ドカン!」っていう意味です。これは。で、これはこの作者のジョナサン・ラーソンという人がですね、「あと1週間で30歳になっちゃう!」と焦ってる感じを時限爆弾になぞらえて言っているタイトルなんですね。それで今、かかってる曲がですね、『30/90』という歌で。これはね、要するに1990年にこの作者のラーソンという人は30歳になっちゃうんで。
「自分は大学を卒業して8年間もミュージカルを作ろうとしてきたけれども、1本も完成していない。このまま芽が出ないまま、終わっちゃうのか?」っていうことで焦ってるんですね。そこでね、「ジョン・レノンは30歳でもうビートルズでやるべきことをやって、解散をしたのに……」って言うんですけども。こういう天才と自分を比べると死にたくなるからみんな、やめた方がいいと思いますけどもね。
(赤江珠緒)それはちょっと、ねえ。比較対象がすごいもんな。
(町山智浩)「天才は天才だから置いといて……」っていう話ですけど。で、このラーソンという人はこの5年後、35歳の時。1996年に作ったミュージカル『レント』がブロードウェイで大ヒットして。この『レント』は日本でもよくやってますよ。賀来賢人さんとかソニンちゃんが主演でも上演されていますね。で、この『レント』というのは主人公たちがニューヨークのビレッジっていう学生街なんですけど。そのアパートに住む「ボヘミアン」と言われる人たちなんですね。ボヘミアンっていうのはあの「ボヘミアーン♪」っていう歌がありますけども。「流れ者」みたいな意味なんですけどね。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)具体的にはミュージシャンを目指していたり、絵描きを目指していたり、映画監督とかダンサーとか詩人とか、そういうのを目指して。でも、ちゃんとした収入はまだなくて、自由に生きている人たちをボヘミアンっていうんですよ。で、収入がないから家賃も払えないんですけど。この『レント』っていうのは「家賃」っていう意味の英語です。で、これは彼自身、ラーソン自身の食えなかった頃の話なんですよ。舞台は1991年なんですけれどもね。で、アパートを追い出されそうになったり……ニューヨークは今も続いてますけども。
ジェントリフィケーションっていう高級化でね、古いアパートとか取り壊して、どんどん新しいコンドミニアムにしちゃうんで、みんな追い出されるんですけど。あと91年なんで、ゲイの人たちがすごくその当時はエイズで苦しんでいたんで。そういう現実も描かれるのがその『レント』っていう映画なんですね。で、この『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』はその『レント』を書く前に彼が何を書いたらいいかわからなくて苦しんでた。家賃が払えなくて困ってたっていう頃の話なんですよ。でですね、彼はなんていうのかな? ダイナーっていう軽食を出すレストランがアメリカにはあるんですね。そこでウェイターとして働いてるんですけども。今、かかってる曲は『Sunday』っていう曲で。「日曜日の朝はめちゃめちゃ混むぜ」っていう歌なんですね。
『Sunday』
(赤江珠緒)こんな爽やかな曲ですけども。「混むぜ」っていう歌なんですね。
(町山智浩)そう。これね、画面的にはめちゃくちゃ混んでいて、死にそうになってるっていう場面なんですけども。歌はね、非常に爽やかな歌になってるんですけども。これね、日曜日になると僕もすごくアメリカに来て不思議だったんですけど。アメリカ人たちはね、ブランチといって遅い朝食と昼食を混ぜたものを外に食べに行くんですよ。で、めちゃくちゃ忙しくなるんですけど。「食べる」って言ってもパンケーキとか目玉焼きとかなんですよ。そんなもん、家で作って食えばいいじゃないかって思いません?
(赤江珠緒)まあ、なんでもないと言えばなんでもないですね。
(町山智浩)そう。いちいち行く必要ないじゃん?って思うんですけども。それをね、実はアメリカ人も思っていたっていうことがわかったんですよ。この映画で。このラーソンは店がめちゃくちゃ忙しいから。「そんなもん、家で食えよ!」って歌っている歌なんですよ(笑)。
(赤江珠緒)この歌はそういう歌なの?(笑)。
(町山智浩)そう(笑)。そういう歌なんですよ、これは。で、これはオペラみたいな歌なんですけれども。これ、プッチーニのオペラのパロディになってるんですよ。で、これね、『ラ・ボエーム』っていうプッチーニのオペラがあって。それを元に『レント』を書いたんで。そこに引っ掛けてですね。「ボエーム(Bohème)」っていうのはボヘミアンという意味なんですよ。イタリア語で。
で、彼はそうやってウェイターとして働きながら、家賃に苦しんでるんですけども。8年間も書き続けているミュージカルがなかなか書けないで苦しんでいるんですが。それね、ミュージカルの内容はね、『Superbia』っていうタイトルで。巨大都市を舞台としたSF、サイエンスフィクションスペクタクル大作なんですよ。それ、いきなりデビュー作でスケールがデカすぎるんですよ。この人、気合が入り過ぎて……気合が入り過ぎてうまくいかない感じって、あるじゃないですか。
(赤江珠緒)空回りしちゃって。
(町山智浩)そうそう。空回りしてる感じなんですよ。で、8年間、苦労してて。歌がなかなか出てこないんですよ。これがその歌で『Johnny Can’t Decide』っていう歌なんですけども。これはジョニー……つまりラーソンの名前ですけども。「ジョニーは決められない」っていう歌で。「歌が出てこない」っていう。
『Johnny Can’t Decide』
(赤江珠緒)状況を全部あらわしている歌ですね(笑)。
(町山智浩)そうなんです。これね、でもそうやって彼が決められないうちに30になろうとしているのに、他のボヘミアン仲間は卒業をしていっちゃうんですよ。俳優志望だった親友も俳優を諦めて広告代理店に就職して、いきなり年収1000万を取ったりね。で、ラーソンにかわいい彼女がいて。ダンサー志望だったんですけれども、彼女はダンス教室の先生の仕事に就くということで、ちょっと田舎に引っ越すことになって。「あなた、ついてくる?」って言われるんですね。でも彼はブロードウェイにいてミュージカル作家になりたいから、彼女について行けなくてグズグズしているんですよ。で、歌も出てこない。そうやってじたばたしながら成功した人を恨んで、世間を恨んでいくっていう歌なんですね。これは。
(赤江珠緒)ええっ? じめじめしてるな!
(町山智浩)そうなんですよ。これね、面白いのはこの『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』でジョナサン・ラーソンっていう実在のミュージカル作家を演じる俳優がアンドリュー・ガーフィールドっていう俳優なんですが。この人はね、『アメイジング・スパイダーマン』でスパイダーマンになるピーター・パーカーを演じた俳優さんだったんですよ。
で、その『スパイダーマン』の時の相手役のエマ・ストーンと当時、ニューヨークで一緒に住んでたんですけども、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズでコケちゃって、二作目で打ち切られちゃうんですよ。で、エマ・ストーンとも別れるんですけども、エマ・ストーンは別れた後、ミュージカル映画の『ラ・ラ・ランド』でコーヒーショップのウェイトレスからハリウッドスターになる役を演じて、アカデミー主演女優賞を獲得するんですよ。
(赤江珠緒)なんかそれ、似ているじゃないですか!
(町山智浩)そう。で、アンドリュー・ガーフィールドくんの方は『アンダー・ザ・シルバーレイク』っていう映画に出るんですけど。そっちはハリウッドのショウビジネス界に入りたくてハリウッドに来たんだけど、芽が出ないままいい年になって。で、自分を捨てた彼女がスターになって苦しむ男を演じてたんですよ。
(山里亮太)つらい役!
(町山智浩)そういう非常につらい役をやっていて。今回もそうなんですね。ただね、今回の『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』ではこれ、全部自分で歌ってますから。彼が。すごいんですよ。で、元カノはミュージカルで大スターになったけど、彼もこれで、このミュージカルでアカデミー主演男優賞はまあ絶対、候補には上がるだろうって言われてるんですね。そのへんもね、すごく現実と映画の内容がダブるところなんですけども。で、この『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』のラーソンくんは歌が思いつかないですよ。で、なんで思いつかないかっていうと、自分のことしか考えてなかったからなんですよ。
(赤江珠緒)うん?
(町山智浩)「SFのすごいスペクタクルを作る!」とか言っていて、自分の夢に夢中で。彼女のことも本当に真剣に考えてなかったし。で、周りで友達が次々とエイズで倒れていくんですけれども、そのこともあんまり気にかけてなかったんですよ。彼は。で、実はこの時代っていうのは1980年代の終わりなんですけど。1980年代のロナルド・レーガン政権が非常にゲイに対する差別的なせいで、エイズに関する治療を政府として全くしていなかったんですよ。これ、映画にもなってるんですけど。
『ダラス・バイヤーズクラブ』っていう映画で。あれはマシュー・マコノヒーがやっていた映画で。アメリカ政府がエイズの薬がもうできてるのに、それを承認しないもんだからその薬が買えなくて、エイズの人たちが次々と死んでいくっていう恐ろしいその当時の現状を描いていた映画でしたけど。あれは。で、そういうことが起こっているのに彼、ラーソンは「早くミュージカルを作んなきゃ! もう30になっちゃう!」っていうばっかりで、全然人のことを考える余裕が全くなかったんですよ。彼は。
(赤江珠緒)そういうことか。うんうん。
(町山智浩)で、ここで彼はうまくいかなくて挫折する中で、やっと他の、自分が愛する人たちのことを考えるようになるんですよね。そうすると、彼らの心に耳を傾けてみると、自然と歌がわいてくるんですよ。
(赤江珠緒)うわー、その逆の行動の方がむしろ?
(町山智浩)そうなんですよ。だいたいほら、原稿を書こうとしてパソコンに向かってワーッてやったって、書けないでしょう? そうじゃなくて、自分のカミさんとか近所の人とかに話をすると、スッと入ってくるもんなんですよ。だからこう、ガーッてなっていないで自分の好きな人たちと話をすればよかったんですよ。彼は。で、やっと歌うべきものがここで見えてくるんですね。それがこの『Why』っていう歌で。自分の中学時代からの親友がエイズになってるっていうことに気づいて、それで歌が出てくるっていうシーンなんですけど。
『Why』
(町山智浩)でね、彼は目覚めていくんですよ。そうやって、今の恐ろしい現実とかそういったものをちゃんとミュージカルにしていこうと。なんていうか、SFスペクタクルとか、地に足のついていない話じゃなくて。
(赤江珠緒)だいぶ方向転換しましたね。今、話を聞いていると。へー!
(町山智浩)それで『レント』というミュージカルが実際、形になって生まれていくんですね。でね、この『レント』というのはとにかく……『ウエスト・サイド物語』っていうミュージカルが昔、あったじゃないね。あれはその当時、1950年代のニューヨークの貧困層。ポーランド系の人たちとプエルトリコ系の人たちとの抗争を描いていたんですが、その頃のミュージカルってそういった現実的なリアリティーとかマイノリティーを描くってことはなかったんですよね。だから『ウエスト・サイド物語』っていうのは画期的だったんですよ。ジャーナリスティックだったんです。で、それから久々のニューヨークの現実を描いたミュージカルが『レント』だったんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そういうことか。うん。
(町山智浩)ホームレスとかエイズの人とかゲイの人たちのことを真正面から描いて。それで、これが1996年に上演されて、大ヒットして。そのミュージカルの最高峰であるトニー賞は取るし、ピューリッツァー賞も取ってまあ、すごいことになるんですけども。大成功するんですね。この『レント』が。でもね、ラーソンはそれを知らないんですよ。
(赤江珠緒)えっ?
(町山智浩)知らないんですよ。彼はその『レント』の開幕日の早朝に動脈瘤破裂で急死しちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ! 開幕日の日に?
(町山智浩)そう。その前の晩のリハーサルしか見てないですよ。で、この開幕日にもう大絶賛されて大ヒットしていくんですけど、彼はそれも見てないで死んでいったんですよ。35歳だったんですよ。
(赤江珠緒)若すぎるね……。
(町山智浩)ねえ。だから彼が30歳になる時に焦っていたのは、間違ってなかったですよ。人は本当にいつ死ぬか、わかんないんですよ。だから、実は時限爆弾に彼はたとえていたけど、時限爆弾は誰にでもあるんですよ。ただ、いつ爆発するのかはわからないんですよ。というね、まあちょっとそういうことが分からないとこの映画の衝撃的な感じっていうのはちょっとね、分かりにくいんですけど。でね、彼はねこの『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』っていうミュージカルで「これから僕は自分の愛する人たちのために世の中をミュージカルしていこう」っていう決意を込めた歌を歌うんですけど。それがね、この『Louder Than Words』っていう。「言葉よりも物語るもの」という歌を歌うんですけども。
この歌詞、ものすごい政治的な内容で。こういう歌詞なんです。「政治をちゃんとしない政治家のことをなぜ支持する?」って言うんですよ。「破滅してしまうまで、世の中は本当に革命が起こらないのか? 僕らの世代は一体どうしたら目覚めるんだ? 目覚めないならこの国を国ごとを揺さぶってやるんだ! 君はかごの鳥でいるのか? それとも自由に空を飛ぶ鳥か? どっちを選ぶんだ? その答えは口に出さなくていい。行動で示してくれ。行動は言葉よりも雄弁だから」っていう歌なんですよ。
『Louder Than Words』
(町山智浩)これはすごい歌で。彼自身はそれを本当に『レント』というミュージカルで実際にやってみせたという。そういう話でね。でも、コメディですからね、これは。基本的に笑うシーンがいっぱいあって、すごく楽しい映画になってますけどもね。
(赤江珠緒)でも、その神様の残酷な結末が……その『レント』のヒットはね、彼に届けてあげたかったところ、ありますね。そして今もね、いらっしゃったらその後の作品とかももっともっと変わっていかれたかもしれないですね。
(町山智浩)ただ彼は、夢は叶えたいですね。僕、実は来年、60になるんでね。30歳の2倍ですけどね。ラーソンの倍ですけど。もうそろそろ、本当に時限爆弾なんで。
(山里亮太)いやいや、まだ……まだチクチク来てないですよ。
(町山智浩)そろそろ時限爆弾ですね。「チクチク、ブーム!」なんで。もう来年、還暦ですからね。だって普通、会社に勤めていたら、結構定年ですよ。僕の学校の頃の友達はね。
(赤江珠緒)うん。まあ最近、ちょっと延びているとはいえね。
(町山智浩)でも、やっぱり60過ぎて65になるまでは給料が半分されたりするんですよ。だからもうね、還暦になったらもう仕事を全部辞めてね、やりたいことをやっておかないともう人生、残りが少ないんで……っていうようなことを思いましたよ。倍の年ですけど(笑)。
(山里亮太)考えるきっかけになるのかな? 見ると。
(町山智浩)僕はきっかけになりましたね。
(赤江珠緒)町山さんもでも、仕事を超えて映画を愛してるからね。
(町山智浩)まあね。でもやっぱり結構、なんていうか仕事の……細かい仕事を結構やってたりするじゃないですか。でもそれはもう、いいかっていう気がしてきてるんですよ。でもね、皆さんも時限爆弾、誰にでもあるんでね。本当に時間を無駄にしないで、皆さんそれぞれの夢に向かった方がいいと思うんですよ。本当に。
(赤江珠緒)じゃあ、自分の人生を見つめ直すというか。それぐらいのメッセージ性があるんだな。
(山里亮太)しかもコメディですからね。わかりやすい。
(町山智浩)ねえ。いろんな夢、あるじゃないですか。世界1周するとかさ、パティシエになるとか、フルマラソン走るとか、いろいろあるじゃないですか。AV男優になるとか、いろんな夢があると思うんですよ。
(赤江珠緒)だいぶいろんな……ピンポイントな夢が出てきましたけども(笑)。
(町山智浩)ということでね、いろいろと考えさせられる映画でした。
(赤江珠緒)『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』はNetflixでもう配信中ということでございますね。
(町山智浩)ぜひご覧ください。アカデミー賞のたぶん主演男優賞に行くと思いますね。
(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どもでした。
『tick, tick… BOOM! : チック、チック…ブーン!』予告編
<書き起こしおわり>