宇多丸さんが2023年12月28日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の映画評コーナーで2023年に扱った映画の中からベスト10本を選び、そのランキングを発表していました。
(山本匠晃)では、宇多丸さんのシネマランキング。まずは第10位から第4位まで一気に発表をお願いします!
(宇多丸)はい。行きます。
まず、第10位、『FALL/フォール』。
第9位、『レッド・ロケット』。
第8位、『カード・カウンター』。
第7位、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』。
第6位、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。
第5位、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』。
そして第4位、『Pearl パール』。
以上、10位から4位まで発表させていただいました。
(山本匠晃)ありがとうございます。
第10位、『FALL/フォール』
(宇多丸)ということで第10位、『FALL/フォール』。これは何度も申しますが、本当にシンプルなシンプルな、ジャンル映画的なというかね、ワンシチュエーションパニックというんですかね? いわゆるエクストリームスポーツというか。素登りですね。フリークライミングっていうのみたいなことをやっている、YouTuberというか、動画を撮影してるような今時の女の子が主人公で。ちょっと、とある事故があってトラウマみたいなのを抱えてるんだけど、それを克服するためにもということで女友達と一緒に。
エクストリームスポーツ仲間の友達と一緒に取り壊しもう決まってるという電波塔……非常に高い、だから600mぐらいあるって言ってましたね。エッフェル塔の倍あるみたいなことを言ってましたけども。600mぐらいある鉄塔に素手で登っていくと。で、アメリカ人のそういうエクストリームスポーツ好きっ子なんで。途中、特にその友達の方もね、「ウェーイ! (ガチャンガチャン……)ウェーイ!」とかさ。あと、上に登ってからもこうやってさ、片手でこんななって「フゥーッ!」ってさ。
(山本匠晃)撮影してた(笑)。
(宇多丸)もう、大っ嫌い(笑)。これ、当たった時にですね、リスナーからね、とにかく高所が怖いリスナーから「これが当たったから行っちゃったけど、これを当てた宇多丸、許さん! 絶対に許さん!」みたいなのがいっぱい来て。「でも、終わってみたらやっぱりとてもいい映画でした」という感想も多かったし。もちろん、シンプルなあれで。なんていうかな? ジャンル映画なんだけど。先ほどもちょろっと言いました、撮影賞っていうのでもあれしましたけど。とにかく、本当にこういう場所をこういう風に登っているのを撮っただけにしか見えないんだよね。
(山本匠晃)そう! 本当にそう!
(宇多丸)本当にそうですよね?
(山本匠晃)本当に!
(宇多丸)「これ、どうやってんの?」って思うんだけど……これ、私も映画評の中で言いましたけども。メイキングの映像なんかを見ると、いろんなやり方を検討したんだけど、予算があんまりないから。今だったら、その周りをLEDで囲んでとか。あるいは、めちゃくちゃ金をかけたCGI……でもね、CGIじゃあの感じは出ないよね? もちろん、CGも使ってますよ? その、上から地表を眺めたショットとかの時は使ってる時もあるけども。でも、あの高さ感っていうのはやっぱり出ないわけ。じゃあ、どうしたか?っていうと、この人たちは本当に高い山の上に、その15mだか、20何mだっけ? とにかく長めのハシゴのセットを作って、そこを本当に登ってるわけ。だからすげえ高いところを本当に登ってるのは本当なんです。だから、それを足元見せずにこうやって、でも結構離れたショットとかで撮ると、とてつもない高さの……でも、本当にとてつもない高さのところを登っているっていう。みたいなね。当然、だから役者たちのフィジカルの大変さってのはある。
(山本匠晃)なるほど!
(宇多丸)と同時にやっぱり劇中、途中である、ちょっとツイストっていうか。女の子2人なんで当然、シスターフッド的な友情はあるんだけど。そこに1個、ちょっと苦いツイストがある。でも、それでも根本からその友情が崩れるというよりは、そこのちょっとピリッとするというかね。お互いの知らなかった面、真実を知るっていう。で、いろいろあって、生きるあれを取り戻して。もちろん低予算映画なんで、終わり方が物足りないとか、いろんな声はありましたけど。僕はこれもう……もういいよ。ここまでを満足させてくれればっていうね。映画評の中で言いましたけど。手汗は人生No.1ですね。もう、ベッチョベチョでした! で、皆さん、何度も言いますけど。これ、映画館で見なかった人は、はい。おかわいそう。これで『FALL/フォール』を見て、「えっ、宇多丸が10位に入れていたの? 大したことないな」って。そんな配信でね、しょぼい画で。どうせ今時、こんなゲーミング用の小さいあれでね。そんなんで見てもね……。
(山本匠晃)映画館で見るべき作品。本当に贅沢な時間だったよ!
(宇多丸)そう。だからこういうのを映画館で見られる贅沢。これを皆さん、見逃さないでいただきたい。そのために毎週、その時に時評してるんですから。ちゃんと私のこと、聞いてください!
(山本匠晃)はい(笑)。
第9位、『レッド・ロケット』
(宇多丸)9位、『レッド・ロケット』。これは今日、すごく話題に上ることは本当に多くて。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のショーン・ベイカーさんが監督で。もうとにかく、ここまでダメなやつ、ここまでダメな主人公がいるだろうか?っていうね。
(山本匠晃)この音楽(*NSYNC『Bye Bye Bye』)もぴったりなんだよな!(笑)。
(宇多丸)音楽使いも最高だし。本当に最低男であります。で、ある意味またぞろ、その若い女の子から搾取しようとしてるわけですけど。でもその若い女の子、ストロベリーさんね。監督がスカウトしてきたあの女の子側にも当然、主体的な欲望とか目論見みたいなのもあるし。この2人にしかわかんない……これ、さっき村山さんとかも言ってたけど。この村を、この田舎を出ていきたいと本気で思ってるのはこのコミュニティーでこの2人だけなんですよね。だから、そこにしかない切実な、「なんとか俺たち、この方法で……」って。その「この方法」っていうのはポルノなんだけども。「この方法で出ていくんだ!」っていう。
だから、やっぱりその単純ではないあれもあるし。あとはその、長屋者としてのよさですね。本当に彩り豊かな長屋の住人たち。たとえば非常に女系が強いギャングたちとかね、いい味を出してるし。あと、なんと言ってもやっぱり隣の家の子だよね。かわいそう! 彼が嘘の軍歴を語っているのは、やっぱりそういうマッチョな空間にいるからなんでね。そうやって装わないといけないっていうのがあるでね。9位、『レッド・ロケット』。見直してる方はぜひ見てくださいね。すごい面白い。説教上映したいっていうね。みんなが、観客全員で言ってる主人公マイキーに説教をするっていう。「おい、お前! いい加減にしろ!」って。
(山本匠晃)面白そう!(笑)。
(宇多丸)「お前、いくつだよ!」って(笑)。
第8位、『カード・カウンター』
(宇多丸)第8位、『カード・カウンター』。ポール・シュレイダーさんが御年70何歳で撮ったっていう。ある意味、ポール・シュレイダーがもう『タクシードライバー』からずっとやってることみたいなものの変奏なんですね。そういう意味では自身の中のテーマみたいなものに正直でい続けるっていうのもあるし。それでいて、これも映画評を聞いてください。それでいて、今までやってきたことの最新型キレキレ版。だから、さっきのイエジー・スコリモフスキの『EO イーオー』じゃないけど。今が一番切れてるっていう、これはすごいことだと思いますね。
特にカメラマンの人との相性が本当に良くて……というあたりもお話してます。非常にミニマルな語り口ですが、伝わってくるおぞましいもの。でも最後に残る一抹のあたたかさ。最後の刑務所での手を合わせる……あれも前、やってるんだけど。それも今回の撮り方。最後、スローモーションになるっていう。だからやっぱり同じことでも、ちゃんと新しく語り直せば、めちゃめちゃフレッシュな、見たことない映画になるというね。私が愛してやまない『カード・カウンター』です。
第7位、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
(宇多丸)そして第7位『SHE SAID/シー・セッド』ですね。もちろんね、「#MeToo」ムムーブメントのきっかけを作った報道を描く、いわゆる調査報道物というやつですよね。いろんな過去の名作……たとえば『大統領の陰謀』とか、アカデミー賞作品賞を取った『スポットライト』とかがあるけど。その過去の様々な調査報道物のスタンスを完全に、まさにこの題材にふさわしくアップデートしてみせてという。僕はこれ、大傑作だと思ってるんですけど、なぜかアカデミー賞で黙殺されましたよね? 映画界から発端になる事件で、作品の出来もいいんですよ。これを全く黙殺はおかしいだろうと。脚色賞とか、監督賞とか、もちろん作品賞も絡んできてよかっただろうと思います。これは本当に。
たとえば、あの鮮烈なオープニングですよね。あれは実際にいらっしゃった被害者の方ですけど。映画作りの現場に目を輝かせて入ってきた女の子。「映画作りって楽しいですね!」って言っていた次のショット……泣きながら、服を抱えて走っている。もうそこで全てが伝わるし。我々映画が見るものとして「ふざけんなよ! なんてことしたんだ!」っていうことが一発で伝わるんです。そのオープニングもそうだし。あと、やっぱりエンディングの切れ味ですね。調査報道物のエンディングとして、もちろんこれは原作本があって。あの後もいろいろ続くんですが。調査報道物のエンディングとしてもう、100点ですね。最高でした。皆さん、ご覧なってない方はぜひ見直していただきたいと思います。私の映画評も頑張りましたんで。
第6位、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
(宇多丸)第6位、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。『スパイダーマン:スパイダーバース』の続編。一作目がまさに世界のアニメーションに革命を起こした。3DCGアニメといえば立体感であるとか、立体物であるような物感みたいなものを強調するのが常だったところに、「いやいや、元が漫画ならその漫画の漫画性。2Dの2D性。絵の絵性みたいなものを活かしたままアニメってできるじゃん! アニメってもっと自由なんじゃない?」っていう。そういうところで進化させた、その『スパイダーバース』の二作目。「一作目でもう映像表現を革新しているんだから、そんなに何年に一度、革新が起こってたまるか?」って思って見に行った人間がもう最初のシーンで「はい、超えたー! はい、普通に超えてる。うわっ、ヤバッ!」って(笑)。
(山本匠晃)「これ、どうかしてるぜ、おい!」って(笑)。
(宇多丸)私、昔のピクサーに言った「頭のいい人たちが集団で死ぬほど努力して、最高のアイディアと最高の技術を発揮しまくっている。ああ、恐ろしい。ああ、アメリカって恐ろしい。アメリカって素晴らしい」っていう、そんな一面が出ている『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』はないでしょうか。二作目がちゃんと作れることを祈ってやみません。作るのも大変みたいですからね。
第5位、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』
(宇多丸)そして第5位はリスナー投票第1位。みんな大好き『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』です。思えばですね、2014年の一作目『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の時に私は「この一作からエンターテイメントの新時代が始まる。私が最初に『スター・ウォーズ』に出会った時のあの革命みたいなものがこの一作で今、この瞬間に起こってるんじゃないか?」って言いましたけど。それは決して言い過ぎではなかった。本当にアメリカのビッグバジェットエンターテイメントの流れ……MCUのみならず、アメコミ映画の流れのみならず、エンタメ映画の作り方というかな? その全てを変えたと言えますし。
そして何と言っても出演者、そして作り手たち。この作品世界を愛してやまない人たちが集まって。なんていうかな? 全員がハッピーになる三部作。なんかしらあるのよ。三つもあれば。なんかミソがついたりするんだけども。三作とも「ありがとう、ありがとう。今回も面白い映画をありがとう!」って。特に今回の三作目はやっぱりね、ロケットというキャラクターに初めてスポットが当たることで……これ、だから昔、『デッドプール』評の時に言ったことにも近いんですけど。
誰よりもつらい目に遭った人の話だった。そして、その誰のよりもつらい目にあった人たちっていうのは世界中に現実にいるんですよね。この『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』が僕はすごく優れてると思うのは、現実のそういう暗部……もうまさに進行中ですよ。今、まさに増えちゃってるかもしれない、本当につらい悲しい思いをしてる人たちのための讃歌だっていうことです。「それでも生きる価値はある」っていう風に高らかに歌い上げるエンディングですよね。
(山本匠晃)ううっ、来るなー。
(宇多丸)本当です。だからこれはただのおもしろおかしいエンタメ。消費するためのエンターテイメントじゃないということがはっきり、今回『VOLUME 3』で打ち出されたと思います。最高の一作です。
第4位、『Pearl パール』
(宇多丸)そして第4位、『Pearl パール』を入れさせていただきました。とにかく『FALL/フォール』とか『レッド・ロケット』とか『カード・カウンター』とか『Pearl パール』とか入れてるから『バービー』、すいません。上に入ってないって言っちゃいますけども。『バービー』とか、漏れちゃったんですけど。『バービー』はもちろん、優れていますよ? ただ、その非常に作り込まれた人工的な世界。これはだから映画、ハリウッド黄金期のような映画たち。これ、ちなみに『X エックス』という作品。同じくタイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演の作品の二作目、前日譚であり。そしてこの後に続く三作目につながっていくという作品で。
これ、ちなみに映画評の中でも言いましたけども。ぜひ、この『Pearl パール』見終わった後で、YouTubeとかで見れますので。本当は劇場でそれがついているのが一番いいんだけど。最後にこの三作目『マキシーン(MaXXXine)』の予告がもう見れますんで。それをぜひ合わせて見ていただくと、つまりこの三作が描いているのがメタ映画史なんですけども。最初の一作目はホラー映画論的ホラー映画だったんですけども。今回に至って、要するに女性とかを……これはまさに『SHE SAID/シー・セッド』が言っていたことなんだけども。女性とかを搾取とか、その夢というのを搾取してきた映画産業の裏面ですよね。さらにね。つまり、ポルノ映画業界ですね。もうひとつの映画史みたいなものを1本を通して描いているんですよね。
で、そこに翻弄され、搾取され、悲しみ、そして罪を犯し……っていう女性たち。3代にわたる女性の物語っていうのを描く、実はめちゃくちゃ射程がでかく広い作品にこの『Pearl パール』でついに。「ああ、タイ・ウェストが見据えてるのは、ただのおもしろいものじゃないんだ」って。俺、最初、前日譚で『X エックス』のあれがついた時、これは冗談だと思ったんですよ。フェイク予告だと思ったんですよ。っていうぐらい、見事に見事にそのテクニカラーな、1940年代ハリウッド映画を……映画の舞台はもっと前なんですけど。っていうのを再現していて。その中で描かれる、おぞましくの悲しい、その夢の搾取。これがでも、今でも行われてますよね? 夢の搾取という物語。
で、私は映画評の中でも言いましたけども。最後のあの、主人公の笑顔。あれは、僕の解釈ですよ? 何度も言いますけど。狂気の笑顔じゃないんですよ。狂気に陥ってたのは、夢を見てた時が狂気なんであって。正気に返った笑顔だから、こんなに悲しいんですよね。っていう……本当に、これはでも、これこそ三作目が来たら映画史に残る傑作、三部作という言い方をしてもいいんじゃないかというものになるんじゃないでしょうか? パンフレットも一作目、二作目とセットになるんで。三作目を揃えるのも楽しみです。『マキシーン(MaXXXine)』ですね。ということで、10位から4位まで振り返ってまいりました。残るベスト3発表は……お知らせの後、するのか? しないのか? それは、私次第。本当は、あまりしたくない。映画に順位など、つけるべきではないですからね。でもね……やるっきゃない!(土井たか子ものまね)。