町山智浩さんが2023年12月12日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でヴィム・ベンダース監督の『PERFECT DAYS』を紹介していました。
(町山智浩)今日はですね、来週、12月22日の金曜日から公開される日本とドイツの合作映画『PERFECT DAYS』を紹介します。はい。今、かかってる曲はですね、ルー・リードという人が歌っている『Perfect Day』という曲でね。「今日は本当に完璧な日だな。昼間から公園でサングリア飲んでるんだよ」っていう歌なんですね。
(町山智浩)このゆったりとした、仕事のない日に公園とかを散歩しながら、ちょっとほろ酔い気分で……という歌なんですが。この歌の雰囲気でゆったりと時が流れる映画がこの『PERFECT DAYS』という映画なんですが。これね、役所広司さんが主演で、カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞したという。
で、どういう映画かといいますと、監督はですね、ヴィム・ヴェンダースというドイツの監督です。『ベルリン・天使の詩』とか『パリ、テキサス』の監督なんですが。どういう話か?っていいますと、渋谷区の公園にある公衆トイレを掃除している60代の男性、役所広司さんの毎日を描いた映画です。で、なんでそれをヴィム・ヴェンダースっていうドイツの監督が撮ることになったかと言いますと、これはTOTOっていうトイレの会社がありますよね? それと、ユニクロでやっているプロジェクトで東京の渋谷とかの公衆トイレをハイテクで、きれいなすごく最先端のものにしていこうというプロジェクトがずっと行われてるらしいんですけども。僕は行ったことないんで、知らないんですけど。そうですか?
(でか美ちゃん)ありますよ。パッと見は透明なんだけど、入ったら薄ガラスになるとか。
(町山智浩)ああ、それはちょっと怖いね(笑)。
(石山蓮華)なんかね、たしかにきれいなトイレ増えてきましたね。
(でか美ちゃん)できるたびに何となく賛否両論が起きたりなんだりしてるんですけど。
(町山智浩)その透明なトイレって、怖いですね。
(石山蓮華)ああ、本当だ。ちょっと今、手元の資料にあるんですけど。渋谷区でいろいろデザインを凝らしたトイレが増えてるんですね。
(でか美ちゃん)そうそう。恵比寿の駅前にもね、真っ白い四角いオブジェみたいな感じなんだけど、入ってみるとトイレだったりとか。
(石山蓮華)佐藤可士和さんが作ったっていう。
(でか美ちゃん)私は正直、パッと見でトイレってわかりづらいから、本当にやばい時にどうすんのよ?っていう思いがあるんで。初見の人がわかる方がいいんじゃないかなとかは思うけど。まあ、きれいになるっていうことに対しては嬉しいなとかも思うから。いろいろ賛否あるイメージですね。
(町山智浩)その透明なトイレって、電気が流れてる間は透明じゃなくなるんですけども。それって、停電したらいきなり透明になってしまって、大変なことになるんじゃないか?っていう気がしますけども。わかんないですけど。どういう仕組みなのかね。で、そのプロジェクトの宣伝のためにね、短編映画を作ろうとして。TOTOがね。で、ヴィム・ヴェンダースに声をかけたら、いろいろ企画していくうちに長編になっちゃったってのがこの映画らしいんですよ。
(石山蓮華)へー!
(町山智浩)でね、今ね、後ろでオーティス・レディングの『The Dock Of The Bay』という歌がかかってるんですけど。これもね、一日中何もしないで、港で打ち寄せる波をボーッと見ていたっていう歌詞なんですけど。そういう歌ばっかりがかかるんですね。
(でか美ちゃん)穏やかな、牧歌的な感じの曲ばっかり。
(町山智浩)そう。穏やかな、安らいだ曲がかかるんですけど。でも一種、なんか人生に対する諦めみたいな歌がね、次々と選ばれてかかるんですけども。これは役所広司さんがね、いつも聞いてる曲なんですよ。映画の中では。で、彼はですね、平山という役名で。ちょっと下町の方の木造アパートで一人暮らしをしていて。家賃がそれこそ5万円ぐらいの感じの。で、毎日渋谷まで車で行って。車で行く途中で、カーステレオでカセットテープで昔録ったこういった、昔の渋いロックを聞いてるっていう設定なんですよ。カセットテープって、わかりますか?
(石山蓮華)わかりますよ!
(でか美ちゃん)さすがにわかります。でも、あんまりリアルタイムで使ってないよね? 正直。
(石山蓮華)学校で使ったりとかで。おうちで音楽を聞くためにはあまり使っていないかな?
(でか美ちゃん)使い方がわかるぐらいですね。
(町山智浩)ああ、使い方はわかる。どうやって差し込むかとか、そのへんはわかる?
(でか美ちゃん)A面、B面みたいなのはわかります。
(石山蓮華)あと、巻き戻したりとか。聞きすぎるとテープが伸びちゃったりみたいな。それはわかります。
トイレ清掃の仕事をする役所広司
(町山智浩)それはわかる。はい、わかりました(笑)。もうすごくね、ギャップがあるんで、いろいろ注意しながら話してるんですけど。でね、毎日いろんなトイレ……もう、すごく珍しいトイレを平山さん、役所広司は掃除してるんですけども。基本的にあんまり、何も起こらない映画です。それがなんかすごくね、見ていてほっと安らぐ映画なんですよね。で、彼の下で入ってくる柄本時生さんが全然働かなかったりとか。いろいろとあるんですけども。あと、そのカセットテープを見てね、「これ今、流行っているんですよ」って柄本さんが言ったりするんですね。
(でか美ちゃん)ああ、そうかそうか。
(町山智浩)流行っているの? 知らないけど。
(でか美ちゃん)なんか、ちょっとレトロブームじゃないけど。リバイバル的な感じで。カセットテープにQRコードとかつけて、Web上でも、カセットテープを再生する機械がなくても聞けますよっていう風に売っているアーティストとかは、見ますね。
(町山智浩)へー!
(石山蓮華)あえてカセットテープを新しい新譜としてリリースする人もいますね。
(町山智浩)ああ、そうなんだ。僕、全然知らなかった。だからそういうことを言われて役所広司さんがびっくりして「ええっ?」って言うところとかあったりね。で、この役者さんは仕事が終わると、浅草駅の地下。銀座線のところの地下に飲み屋街があるの、知ってます?
(石山蓮華)知ってます、知ってます。
(でか美ちゃん)ありますね。
(町山智浩)あそこに行って野球中継とか見ながら、ちょっとつまみを食べて。で、銭湯に行ってそれで家に帰るっていう、そういう日々を繰り返してるんですよ。で、日曜日になると、散歩しながら古本屋さんで文庫本。100円均一とか、あるでしょう? あれを買って読んで、とかね。基本的に何もしない人として生きてるんですけど。それがすごく幸せそうに見えるっていう映画なんですよ。でね、これねさっきからかかってる曲っていうのは……これはキンクスっていうイギリスのバンドの曲がかかってるんですけども。これね、実はヴィム・ベンダースの長編デビュー作で使ってる曲なんんです。
(石山蓮華)へー! そうなんです。あ
(町山智浩)ヴィム・ヴェンダースという人はドイツで70年に『都市の夏』っていう映画を撮ったんですけども。これの中でずっとかかってるのがキンクスで。この曲がかかるんですよ。ヴェンダースっていう人はずっと、ちゃんと会社に入ったりしないで、何となく日々のギリギリの生活の糧だけを得ながら、フラフラと生きている人たちを主人公にして映画を撮っていた人なんですよ。だから、今回はまさに原点に戻っているんですね。今回のこの『PERFECT DAYS』で。で、彼はその『ベルリン・天使の詩』っていう映画でものすごく有名にはなったんですけれども。あれも結局、天使の話で。実生活の人々の生々しい生活の中には飛び込まないで、上から見てる人たちの話だったんですよ。
常にその生々しい、たとえば結婚とか家庭とか仕事とか、そういったものの中に入らないで生きてる人たちのことばかりを描いてきたんですよ。彼、ヴェンダースは。で、この役所広司さんもそういう人で。見てるうちにだんだん、わかってくるんですけど。彼はどうもすごくいいところのお坊ちゃんだったらしいんですよ。非常に教養もあって、こういう英語の歌を聞いてるんで、どうも英語もわかる人らしいっていう。でも、企業社会とか、そういったものに入れなかったのか、落ちこぼれたらしいってことがだんだんわかってくるっていう映画なんですよ。
で、彼はおそらく何か大きい失敗をしたのか、挫折をして、社会の歯車から落ちこぼれたんだろうということが少しずつわかってくるんですけども。ただね、この中でね、彼の一番幸せになる瞬間っていうのが出てくるんですね。彼、ちょっとお金が貯まるとね、ある小料理屋さんに行くんですよ。そこにはね、すごい美しい女将さんがいて。ものすごくうまい歌でカラオケを歌ってくれるんですよ。これはね、石川さゆりさんなんですよ。
(でか美ちゃん)ぴったり!
(石山蓮華)いや、ええっ? 石川さゆりさんがいる酒場?
(町山智浩)石川さゆりさんがいる酒場でさ、カラオケで歌を歌ってくれたら、それこそ1回100万円とか出す人もいるような世界ですよ。リアルだったら(笑)。そんなとこ、ねえよと思いましたけど(笑)。
(でか美ちゃん)でも普段は地下でちょっと飲んで……ってしてる彼がってことですよね。
(町山智浩)そうなんですよ。びっくりしましたよ。僕は、アメリカで映画祭で見ていていきなり石川さゆりさんが出てきたから。「うわっ!」って思いましたけども。でね、彼女が歌う歌がね、『朝日のあたる家』というね、アメリカの昔のブルースを歌うんですけども。それを日本語で歌うんですね。それがね、男に騙されて、売春宿に売られた女性の歌なんですね。で、「私みたいになっちゃいけないよ」って歌うんですけども。「ああ、演歌というのはやっぱりブルースなんだ」っていうことがそれでわかるんですよ。それで「おおーっ!」って思わせるんですけども。でも、なんでこんなところで石川さゆりの歌を聞いてるのか?っていうのはね、ちょっとありますけども。
(でか美ちゃん)すごいうまいんだろうな。
(石山蓮華)そのシーン、絶対に見たいですね。
(町山智浩)でも、そんな人は街で小料理屋、やってないですよ。そんなの(笑)。「何なんだ?」って思いましたけど。ただ、この映画は見てると本当に……僕はまさか、自分がこんな映画を見て幸せになると思わなかったですね。
(でか美ちゃん)それは昔だったら違うかも?ってことですか。
しみじみと沁みる映画
(町山智浩)全然違うと思います。「なんだ、馬鹿野郎! もっとロックしろよ!」みたいに思っていた人なんで。でも、やっぱり年齢的にね、これは本当に60代の人とかにはしみじみと沁みる映画になってるなと思うんですよね。ただ、やっぱり大きな問題というのもあって。これは要するに、そのトイレ会社がお金を出して作らせた映画なんで。本当のトイレ掃除にある、本当の怖い問題っていうのは出てこないですね。
(石山蓮華)あくまでも、その企業からお金が出資されていて作られた作品ということで。
(町山智浩)それはひとつ、あるんですよ。だからすごく幸せなことしか出てこないんで。でも本当はトイレって、トラブルがいっぱいあるはずなんですよね。
(石山蓮華)公共に開かれた個室っていうところで。
(町山智浩)そうなんですよね。それはあるはずなんですけど。本当に優しい、幸せな瞬間しか出てこなくて。まあ、だからほっとしましたけどね。「うわー! ああいうことが出てきたら、どうしよう?」と思いましたけどね。トイレの掃除の話だっていうんで。
(でか美ちゃん)だからこそ、穏やかな作品になってるんだけどって感じですね。
(町山智浩)そうなんですよね。あと、もうひとつの問題はこういう高齢者の人がこういった清掃とかをしている現状ですね。今、実際に60歳とか65歳以上の人たちの労働率が高いんですね。日本は。で、60歳を過ぎると会社でも、会社に残っていたとしても、65歳まで5年間しか残れないんですけど。給料は半分されちゃうんですね。
(石山蓮華)再雇用ですよね。
(町山智浩)再雇用になって。でも、それでも働かなきゃならないっていうのは、やっぱり年金がものすごく安いからなんですね。年間、70数万円しか国民年金だと出ないし。それも今、65歳からで。それを70歳まで引き上げようとしてますよね。だからみんな働いてるのは、本当はお金がなくて仕方なく働いてるのに、この映画だと楽しいから働いてるみたいに見えちゃうの。
(でか美ちゃん)もちろんね、働くのが好きとか、そういう方もいらっしゃるとは思うんですけど。じゃあ、めちゃめちゃ潤沢に年金があったら好きなことをしまくらないかなとも思いますもんね。自分はまだ、その立場じゃないからしっかり理解はできないんだけど。
(町山智浩)そうなんですよ。そのへんの問題とか。あと、逆にこういう清掃とかをする人たちがものすごく少なくて今、困ってるんですよね。本当は働き手がもうなかなかいなくて。それは人口が減っていて、少子化のせいでもあって。それこそ、外国からそうした仕事をする人たちをですね雇わなきゃならないにも関わらず、日本って最低賃金が安いから。もう外国人も来なくなりますよね。他の国の方が支払いが全然いいわけですからね。だからそういった問題もあるんですが、ヴィム・ヴェンダースさんはそういうところはドイツ人だから。日本人の問題なんで、知らないよってところで。それは置いておいて、自分自身のずっと今まで作ってきた映画の路線でやってはいるんですけども。
ただね、この映画で僕、すごく発見したことはね、ちょっと聞いてほしいんですけど。金延幸子さんっていう人の『青い魚』という曲を流すんですね。
(町山智浩)で、この人はね、70年代の初めに出てきた日本のシンガーソングライターで。歌詞とか素晴らしくて「天才」って言われたんですけれども。その後、アメリカ人と結婚して日本を去っちゃったんで、活動をしてなかった人なんですよ。で、これは細野晴臣さんがプロデュースしてます。で、最近になってまた復活してライブ活動とかされてるらしいんですけども。それをね、ここで使ってるんでね。ヴィム・ベンダースはすげえなって思いましたね。本当にね、ちょっといい歌なんで。『青い魚』という歌。ぜひ聞いていただけるといいかなと思います。
(石山蓮華)はい。今日は来週22日、金曜日に公開となる映画『PERFECT DAYS』をご紹介いただきました。町山さん、今日もありがとうございました。
(でか美ちゃん)ありがとうございました。
(町山智浩)ありがとうございました。
『PERFECT DAYS』予告
<書き起こしおわり>