町山智浩さんが2023年11月14日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『正欲』について石山蓮華さん、でか美ちゃんさんと話していました。
(石山蓮華)そして、今日は?
(町山智浩)はい。先週、ちょっとやろうと思ったうん映画で『正欲』っていう映画なんですが。日本の映画で。ちょっとね、ストーリーがトリッキーな映画なんで。公開前にやるのは難しいなと思ったんですね。で、もう今、映画館で公開されてますんで。だから、うまく説明することが少ししやすくなるかなと思って、今週に持ってきたんですが。
(でか美ちゃん)ちょっと踏み込んで話していいという。
(町山智浩)ご覧いただいたんですよね?
(でか美ちゃん)はい。蓮華ちゃんもでか美ちゃんも見まして。
(石山蓮華)見ました。
(でか美ちゃん)なので今日はちょっと、内容にも踏み込んだ話をしていいということで。
(町山智浩)これ、見てもらわないとこれについて語る場合に、内容を隠して語るとほとんど何を言ってるのか、わからなくなるので。もう、お忙しいところを申し訳ないんですが、見ていただいて。すいません。
(石山蓮華)いやいや、楽しく拝見しました。やっぱり私自身が電線が好き。無機物が大好きっていうところで、あの登場人物と近いものを感じる部分はあって。で、まあちょっと、何だろうな? どこまで言っていいのか……(笑)。私自身は電線には性的興奮を覚えないんですよ。なんですけど、なんか個人的にその人間とか、人間の形をした物とかに性的な欲求とか、興奮をぶつけることに結構最近、社会的ないろいろを思って、しんどみみたいなものが高まっていて。で、なんかそういうところでどこまで私は自分の性欲を人間とか、人間の形をしたものにぶつけるんだろう?ってすごくを考えている部分があるので。
なんかそこで一歩、その踏み込んだところからアナウンサーをもらったかなと思いました。で、テーマ的に『TITANE/チタン』とか『クラッシュ』とか、自動車……消防車が好きな女の人。消防車と子供を作る女の人の映画で『TITANE/チタン』っていうのがあるんですけど。それとかに近いなっていうテーマもありながら、よりその日本のこの細かいコミュニティ、小さなコミュニティの中でどう生きるか?っていうところにフォーカスされいてたのが、なんかすごく「うーん、わかるような、わからないような……」っていう。面白かったです。
(でか美ちゃん)だからやっぱり『正欲』、正しい欲と書いて『正欲』っていうのが本当に物語の肝というか。どんな性的指向、趣向を持っていてもいいんだけど……とかがあるわけじゃないですか。社会的に許されないとか、変わった人扱いされちゃうとか。なんかこう、ねえ。異性と婚姻関係を結んで暮らしていくことが当たり前とされている社会だったりとかっていう部分で、自分も、ねえ。やっぱりマジョリティー側の人間だとは思ってるんで。自分自身で。なんか、自分のふとした振る舞いとか一言とかで、身近な人を追い詰めてることとかがあるかもしれないなとか、すごく考えましたし。その原作の朝井リョウさんが私、趣味が一緒なんで。趣味友達なんですけど。
(町山智浩)えっ、趣味って、なんですか?
(でか美ちゃん)アイドルとかオーディション番組が好きなんで。本当にほぼほぼ毎日、LINEでああだこうだと会議を重ねているんですけど(笑)。
(町山智浩)ああ、そうなんですか。へー!
(でか美ちゃん)私は朝井さんの友人としての面の方を多く見てるんで、なんか不思議な気持ちになりますね。原作を見ても、映画を見ても。なんか、私にとってはただの友人の1人だからこそ、「どういうタイミングでこういうことを考えてたのかな?」とか、「なんでこれを作品にしようとしたのかな?」とか。なんか、ねえ。朝井リョウ大先生なんですけど。あまりにも、その友人と思いすぎてるあまり、いろんな意味でぐっとくるものがありましたね。
(町山智浩)これ、『正欲』ってセックスの「性」じゃなくて「正しい欲」と書いてあるんですけど。テーマとして前面に出されてるのは一体、正しい欲望、正しくない欲望っていうものはあるのか?っていう。欲望に正しい、正しくないがあるのか?ってことをこのタイトルは問いかけてるんですけど。で、登場人物としてはまず、稲垣吾郎さんが検察官。検事ですね。で、彼は非常に正しい人なんですよ。
(でか美ちゃん)正義感あふれる感じでね。
非常に正しい人・稲垣吾郎
(町山智浩)そう。で、いい大学を……おそらくは東大とかを出て。それで検事になって。で、奥さんがいて、子供もいて、すごく本当に正しい道を進んでいて。で、それに対して、逆にそういったもの……こういう社会の基本的なものとうまくいかない2人が出てくるんですね。それが新垣結衣さんと磯村勇斗さん。この人、あれですね。『きのう何食べた?』でジルベールをやっていた人ですね。
(でか美ちゃん)はいはい。磯村さん、本当にいい俳優さんですよね。磯村勇斗さん。
(町山智浩)ああ、「はやと」さんって読むんですね。僕、ずっとジルベールって呼んでいて(笑)。
(でか美ちゃん)アハハハハハハハハッ! あまりにも役柄がよくて。はまり役すぎて呼んじゃうんですね(笑)。
(町山智浩)「あのジルベール」って呼んでいたんで。すいません(笑)。で、ジルベールは飄々とした人なんですけども、この映画の中では磯村さんは全く生きる目的が見つからない人なんですよね。で、何で生きていけるかわからなくて。それで明日、生きる理由が見つからないってことで日々、非常につらい生活を送っている。で、その高校の時の友達が新垣結衣さんで、新垣結衣さんは今、なんていうか、田舎って言っていいと思うんですけど。そこのショッピングセンターで店員をしてるんですね。で、もう友達とかはみんな結婚して、子供がいるんですよね。
(でか美ちゃん)でね、地元同士で付き合って結婚してる感じとかね。「おおっ!」っていうね。
(町山智浩)で、子供を連れたその同級生とかが売り場に来るんですよね。で、「あなた、まだなの?」とか言われたりね。あと、お父さんお母さんが……お母さんがテレビでね、『はじめてのおつかい』を見ながら「かわいいわね! 孫、まだかしら?」とか言ってプレッシャーをかけてくるんですね。でも、彼女はやっぱり普通に恋愛して結婚して子供を産んで……ということに全然価値観を見出せないっていうか。それをしたくないんですね。「したい」と思えない。だからもう本当に孤独で、世界の中で孤立してるんですね。磯村さんと新垣さんは。生きることの目的がわからないんですよ。ところが、だんだん話がひっくり返っていくんですよね。こういうと、ストーリーはわかんないでしょう?(笑)。
(石山蓮華)そうなんですよね! 難しいんですよね。
(町山智浩)そう。ストーリーを明らかにしないようにしゃべろうとしてるんですけど(笑)。あのね、これは原作を読んでから映画を見ると面白いんですよ。原作と物語の構成が完全に裏返っているんですよね。この映画は。
(でか美ちゃん)あと、「ここは描かないんだ」とかもう正直、私は結構あって。でも、だからこその映画という1時間とか2時間の中で描ききるテンポとして素晴らしいなと思いました。映画は映画で好きだなって私は思ったんですけど。
(町山智浩)あのね、原作はミステリー仕立てになってるんですよ。だから最初に事件があって。「この事件の真相は一体何なのか?」っていう、まあ推理物ですよね。ミステリーの構成になってるんですけど。映画はそれをやめちゃって、最初から主人公たちの物語を語っていくというやり方になっていて。これね、ディカプリオの『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もそうなんですよ。
(でか美ちゃん)そうか。原作というかね、事実があった上で、ちょっと逆転的なことですもんね。
原作のミステリー構成をやめる
(町山智浩)そうそう。原作の方はまず事件があって。殺人事件があって。その犯人は誰なのか?っていう展開なんですよ。ところが映画版のディカプリオの方は、もう最初からその主人公たちの生活を描いていくんですよ。だからすごくね、同じような脚色をやっていて。ミステリーであることを両方とも捨ててるんですよ。そこがね、面白いなと思ったのと。あと一見、そのセックスとか欲望……要するに、なんていうか、人間生活って、はっきり言ってセックスを基本に作られてるでしょう?
(でか美ちゃん)そうですよね。恋愛とか、そういうものがあってしかるべきみたいな風潮がね、あるというかね。
(町山智浩)ねえ。で、それが社会全体の基盤になってるし。家族を作って、子供を作って、未来に繋いでいくっていうことで、歴史的にも社会的にもその基礎にあるのはセックスじゃないですか。そうすると、そこの中にいられない人っていうのは本当に居場所がないわけですよ。
(石山蓮華)大人になると感じるシーン、増えますね。
(でか美ちゃん)そうですね。特にね。
(町山智浩)これ、一番すごいシーンはそのショッピングモールのところで、新垣結衣さんが働いてるところに同級生がプレッシャーをかけに来た時の、新垣さんのクローズアップがすごいんですよ!
(石山蓮華)うんうん!
(でか美ちゃん)なんか、いい意味でその新垣さんの……なんかやっぱり新垣さんに対して「ガッキー」みたいな。ねえ。『逃げ恥』とか、ポッキーのCMとか、本当に正統派・清純派女優をずっとやられていてって中での、めちゃめちゃ新垣さんっぽくない役どころを完璧に演じきっていて。そのすごさみたいなのは、特にそのショッピングモールのシーンで私も感じましたね。
(石山蓮華)立ち方が良かったですね。うん。棒立ちっていう感じで。
(町山智浩)ねえ。でもこの映画、その性のことを描いてるのか?っていうと、実はその「性」ではなくて、実は生きるの方の「生」に……原作者の朝井リョウさん、実はそのことを言いたい物語だと思うんですね。というのは、彼の作品で『死にがいを求めて生きているの』っていう本があるんですけど。それはまさに、何のために人は生きてるのか?っていうことを問いかけているタイトルなんですけれども。で、この磯村さんは明日、生きる理由が見つからないっていうことで苦しんでるじゃないですか。で、多くの人にとってはそれは恋愛だったり、仕事だったり、いろいろあるわけですけども。じゃあ、それがないと人は生きられないわけじゃないですか。ご飯を食べて、ただそのまま生きていけるわけじゃないわけじゃないですか。で、そこで「なにを言ってるんだ? 普通に生きりゃいいじゃねえか」って言ってるのは、稲垣さんなんですよ。で、ここでガッキー対決になっていくわけですね。稲垣VS新垣の。
(でか美ちゃん)誰も稲垣さんのことをガッキーとは呼んでないんですが(笑)。Wガッキー対決として。
(石山蓮華)でも見る時に「あっ、ガッキー対決のシーンだ!」って思っちゃいました(笑)。
(町山智浩)ねえ。で、この対決は実は朝井リョウさんの別の映画化作品の『桐島、部活やめるってよ』における神木隆之介くんと東出昌大さんの対決シーンと共鳴してるんですよ。というのは、『桐島、部活やめるってよ』っていう映画は高校を舞台にして、あるスポーツ部をその桐島っていう人が辞めたために、東出さんがその生きる目的が見えなくなるっていう話だったんですよ。で、その時に桐島というのは映画には出てこないんですけれども。おそらく、生きる理由とか、神とか、そういったものを象徴しているメタファーとして出てくるんですよ。だからこの映画における性欲とか……ある特殊な性欲が出てくるんですけども。それもメタファーなんですよね。
(石山蓮華)うんうん。そうですね。
(町山智浩)実際のことではないんですよ。「生きる理由」みたいなものなんですよ。それはきらめきみたいなもので。『桐島』の神木くんは映画オタクで、映画を撮り続けてるんですね。ゾンビ映画を。で、ところが東出くんはスポーツもできて、勉強もできて、顔もよくて、背も高くて、何でもできるんですけど、何をしたらいいかわからないし、何も楽しくないんですよ。で、なんかよくわかんないけど、いじめられながら映画を撮っている神木くんと最後、対決するわけですよ。本当に。向かい合って。クライマックスでは。で、どっちが勝つか?っていうシーンがあるんですね。それと今回の最後のガッキー対決は明らかに共鳴してるんですよ。
(石山蓮華)なるほど!
『桐島』の神木VS東出対決と共鳴する最後の対決
(町山智浩)それは、どっちが本当に生きてるのか?ってことなんですよね。それはもう本当に、稲垣吾郎さんは「これが正しい生き方だ」とこの映画の中で思っていたんですけれども。果たしてそれが本当に正しいのか?っていうことなんで。これはね、実は『桐島』のその神木VS東出っていう対決は原作の方にはないんですよ。
(石山蓮華)ああ、そうなんですか。
(でか美ちゃん)それもわかりやすくなってたんですね。映像として。
(町山智浩)映像として。で、そのガッキー対決は原作にあるんですが、原作には2人の表情は描かれていないんです。映画では、その2人の表情がテーマになっているんですよ。果たしてガッキー、どっちが笑うか? 最後に笑うのは誰か?
(でか美ちゃん)ガッキー対決だ(笑)。
(石山蓮華)いやー、なんか町山さんのこの解説を聞いたら、もう1回見返したくなりました。
(町山智浩)これね、両方を見てもらうといいと思うんですよ。『桐島』と『正欲』は。
(石山蓮華)『桐島』も見たんですけど、公開当時だったんで、だいぶ前なので。もう1回、両方見直したい!
(町山智浩)クライマックス、両方とも2人の対決になってるんですよ。最後に笑う者は誰か? なんですよ。
(でか美ちゃん)その上で、どっちが正しいとかはやっぱりないんじゃないかっていうね。
(町山智浩)「正しい」っていうのはないと思います。ただ、やっぱり笑えて生きる方が本当に生きてるんですよね。
(石山蓮華)いやー、面白いです! すいません。しみじみ、もう1回見ようと思いました。
(でか美ちゃん)もう1回、見たい!
(石山蓮華)ということで、今日は公開中の映画『正欲』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。
(でか美ちゃん)ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
『正欲』予告
映画『正欲』
主題歌
「 #呼吸のように 」
from 2nd album “ #replica ”映画監督・岡下慶仁がディレクション、
本作の岸善幸監督が監修を務めた
長尺予告映像公開!!▷ https://t.co/SuJc8Ne85c@seiyoku_movie#映画正欲
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— Vaundy_ART Work Studio (@Vaundy_AWS) November 14, 2023
<書き起こしおわり>