町山智浩 映画『神様メール』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でジャコ・ヴァン・ドルマル監督の映画『神様メール』を紹介していました。



(町山智浩)ということで、今日は『神様メール』というベルギー映画を紹介します。

(赤江珠緒)ベルギー?

(町山智浩)ベルギー映画なんですけど。ベルギー、いまいろいろ大変ですけどね。これね、ジャコ・ヴァン・ドルマルという監督の映画なんですが。この人ね、長いキャリアの中で4本ぐらいしか映画を撮っていないものすごい寡作の人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。

(町山智浩)ただね、1本1本は結構話題になっていて。最初に日本ですごく注目されたのは1991年。もうえらい前ですが。『トト・ザ・ヒーロー』っていう映画があったんですね。これはいろんな賞をとったんですけど。これは主人公がおじいさんなんですけど。「自分の人生はまあまあよかったんだけど、向かいに住んでいたあいつの人生の方がよかった」っていう風に妬んでいるおじいさんなんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、「実は生まれた時に、あいつと俺は病院で取り違えられたんだ。赤ん坊の時に」って。向かいの人は結構立派な家に住んでいて、自分が愛した女の人と一緒に暮らしているんですよ。で、「あいつの人生は俺の人生を奪ったんだ」って思い込んでいるおじいさんの話が『トト・ザ・ヒーロー』っていう話だったんですね。

(赤江珠緒)へー。なかなか厄介な話ですな。

(町山智浩)厄介なジジイなんですけど。そういうことを考えだすと、人間最低な感じになっちゃうんですけど。はい。で、その次の映画は『ミスター・ノーバディ』っていう映画なんですが。これは逆に、自分にあった可能性全てを生きた人の話なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)これ、ややこしいんですけど。これもじいさんの話で。過去を回想するんですが。Aという女の人と出会って結婚した人生と、Bという人と出会って結婚した人生、Cという人と出会って結婚した人生、それぞれを全部事実として経験している男の話なんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)わかります?

(赤江珠緒)わかります、わかります。人生、選択肢ってね、選ばなきゃいけない時、ありますから。

(町山智浩)そう。人生の中で選択肢はいっぱいあるわけですね。この主人公はまず最初の選択肢がお父さんとお母さんが離婚した時に、お父さんの方についていった人生と、お母さんの方についていった人生で枝分かれが始まるんですけど。人生の中のあらゆる枝分かれの、あらゆる可能性を全部体験しているっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)あっ、面白そう! えっ、どうなるんだ?

(町山智浩)面白そうですよね。そういうね、要するにいろんな人生とか運命っていうのがあるんだけど、それってたったひとつだったんだろうか?っていうことを、このジャコ・ヴァン・ドルマル監督はそういうことばっかりを考えている人なんですね。

(赤江珠緒)ああー。

(町山智浩)で、これは実は科学的には証明されつつあるというか。結構常識的な考え方なんですよ。

(赤江珠緒)えっ、科学的に?

(町山智浩)そう。これね、18世紀の終わりぐらいに提唱した人がいて。数学とか物理においては、いろんな分岐点があるんだけども、その分岐したそれぞれの枝分かれっていうのはひとつのものとそれ以外のものの間には、基本的な価値観の差がないんだっていう考え方なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だから、宇宙にもたくさんあるんだと。それこそ泡が弾けるみたいに、幾つもの宇宙が分裂していって、それぞれが並行してあるっていう考え方があるんですね。これ、ややこしい話をしていますけど。たとえば信長が本能寺で殺されなかった歴史っていうものも、この我々が住んでいる歴史と並行して存在しているっていう考え方があるんです。

(赤江珠緒)うわー、はいはいはい。

(町山智浩)するともう、いろんな歴史があるわけですね。で、それぞれの人の人生にも、いろんな人生の分岐点があって。全部実は、同じ可能性だったんだと。同じ確率で存在するんだ。いまも横っちょに並行して存在するんだっていう考え方が物理学的にも数学的にも結構、常識なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、その宇宙同士は互いに絡みあうっていう理論まであるんですよ。そういう映画っていっぱいあって。だから、突然ある日起きると、別の宇宙の方に行っちゃうっていうね。ドアを開けたらいつもと違う奥さんがいるんだけど、向こうは全然気がつかないとかね。そっちの世界にズレちゃったとか。

(山里亮太)藤子・F・不二雄先生の短編であったわ。そういうの。

(赤江珠緒)あるね。なんかそういう、もしも……みたいなね。

(町山智浩)そう。で、そういうことをこの監督はいつも考えている変な人なんですね。で、今回の『神様メール』っていう映画は、いろんな運命、確率とか、そういったものを司っているもの自体を描いている話なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、主人公は汚いおっさんなんですね。50代の。で、狭い汚い暗いアパートに住んでいるんですよ。で、家で仕事をしているんで。一応、仕事はあるんで。ただ、外に出ないんで、もう猿股とランニングで上にガウンを羽織っているだけで。髭ボーボーでですね。それで、家の中をウロウロしながら、パソコンで仕事をしているんですよ。

(赤江珠緒)ええ、ええ。

(町山智浩)で、酒が大好きでビールばっかり飲んでいて。あと、ジャンクフードをかじってですね。ただ、その仕事がずっとパソコンをいじっているだけだから退屈だから、奥さんに当たり散らしたりね。すごいえばっているんですよ。このおっさんは。

(山里亮太)ダメな親父なんだ。

(町山智浩)ダメなんですよ。カミさんに対してめちゃめちゃえばって。「お前は何もわかんねえんだからよ!」とか言って、えばっていて。で、もう長男は頭にきて家を出ちゃったんですよ。お父さんに反抗して。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)ただ、10才のすごく賢くてかわいい娘さんがいるんですね。エアちゃんっていうんですけど。で、このエアちゃんがあまりにもお父さんがひどいんで、お父さんに対して反抗したら、折檻されちゃうんですよ。ベルトでぶたれて。ひどいんですよ。もうDVで。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、頭にきてお父さんの仕事のパソコンをいたずらしちゃうんですね。エアちゃんが。で、この意地悪なお父さんの仕事っていうのは、神様なんですよ。

(赤江珠緒)えっ、えっ? ちょっと待ってください。神様?

神様が主人公

(町山智浩)神様なんですよ。だから全てのいろんな可能性の中から、ひとつの運命を決めていっている人なんですね。人っていうか、神なんですよ。で、そのパソコンはまた旧式のパソコンで、笑っちゃうんですけど(笑)。そのパソコンで、全宇宙の運命を決めるのが仕事なんですよ。彼の。

(赤江珠緒)すごい設定になってきましたね! そのおじさんが、神様?

(町山智浩)すごい設定なんです。そう。でも、退屈だからいたずらでもって、しょっちゅう災害を起こしたり、事故を起こしたり、人の人生をもてあそんで、意地悪ばっかりしてるんですね。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)で、自分で宇宙の法則を決めることができるから、たとえばこういう法則を作るわけですよ。「パンにジャムを塗った時に落とした場合、かならずジャムがついた方が下で落ちる」とかね。

(山里亮太)あるあるだ。

(赤江珠緒)よく言う、その法則ね。

(町山智浩)そうそう。あと、「レジとかで行列に並んでいて、あっちの行列の方が流れが早そうだと思ってそっちに移ると、元にいた行列の方が先に進む」とかね。そういう法則を実はこの神様が作っているっていう話なんですよ。退屈だから。意地悪で。それで、そのエアちゃんがあまりにも嫌な親父だから。悪いことばっかりしてるし。で、そのパソコンをいじって、いたずらしちゃうんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、どういうのか?っていうと、そのタイトルになっている『神様メール』で、全人類に残りの人生のいわゆる余命をですね、メールで全部一斉配信しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)するとみんな、道を歩いている人とか、ピコピコピコッ! ピコピコピコッ!って一斉に鳴り出すわけですね。携帯が。すると、「あなたの余命は○年○ヶ月○日」って全部出てくるんですよ。

(山里亮太)うわー……

(町山智浩)で、大パニックになっちゃうんですね。だから、人生めちゃくちゃ長い人とかいるわけですよ。すると、「何をしても死なないんだ」っていうことですよね? 運命だから。それは。だからもう、どんな危険なことでもやれるんで、それこそ崖から飛び降りたりですね、カーチェイスしたりするようになるんですよ。

(赤江珠緒)ああー。

(町山智浩)で、人生があと数ヶ月しかないとか、数年間しかないっていうことがわかった場合は、「いま、俺がこの会社で働いていることって、必要なのか?」って考えて、会社を辞めちゃうわけですね。「本当にやりたいことは何だろう?」って考えたりね、するわけですけど。それで、社会がめちゃくちゃになっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)大混乱ですね。うん。

(町山智浩)大混乱なんですよ。「俺、本当にこの人と一緒にいてよかったんだろうか?」とか。そういうことでみんなね、めちゃくちゃにしちゃうんで。勝手とかを。それで、ひどいいたずらをしたってことで、エアちゃんは人間界に逃げちゃうんですね。で、「なんてことをしやがったんだ!」っつって神様の方も人間界に追っかけてくるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)したら、人間界に行くとただの汚いおっさんだから大変な目にあうんですけど。神様は。「汚え親父だな、おい!」みたいな感じで(笑)。

(山里亮太)神様なのに。

(町山智浩)でね、エアちゃんが地上に下りた理由っていうのは、これね、神様の長男が最初の反抗して家を出ちゃったっていう話になっていますけど、それはね、イエス・キリストなんですよ。

(赤江珠緒)えっ、お兄ちゃんが?

(町山智浩)お兄ちゃんが。お兄ちゃん、キリストなんですよ。キリストとは「神の子」っていうことになっているから、いいんですよ。別に。

(赤江珠緒)そうかそうか。

(町山智浩)はい。で、そのお兄ちゃんがこのエアちゃんに言うんですね。「実は使徒を18人集めようとしていたんだ」って。使徒っていうのはキリストの弟子ですけど。キリストの弟子は12人しか集まらなかったんですけど。「実は18人集める必要があったんだ」と言うんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、「なんで?」って聞いたら、「18人集めると、野球ができるだろ? 9対9で」って。

(赤江珠緒)そんな理由だったの?(笑)。

(町山智浩)そう。よくわかんないんです。僕もこの映画見ていても、よくわかんなかったんですけど(笑)。で、「18人集めると、奇跡が起こる」って言うんですよ。キリストが。で、「あと6人足りないから、あと6人の使徒を地上に行って集めてくれ」っていうのがこの話の始まりなんですよ。長いですが。やっと始まりました。映画が(笑)。

(赤江珠緒)うん(笑)。

(山里亮太)設定がすごい!

(町山智浩)やっと始まりです。そっからなんですよ。始まりは。っていう映画なんですよ。

(山里亮太)すごいね。ここまでで十分、めちゃくちゃ面白いね。

(赤江珠緒)もう奇想天外なことになっているし。想像を遥かに超えている。

(町山智浩)でね、この映画はすごいなと思って。まだアメリカでは本格的にみんな見ていないんですけども。結構怒る人も出てくるなと思いましたね。

(赤江珠緒)ああ、そうか。キリストとか出てくるしね。

(町山智浩)そうなんですよ。これね、結局タイトルがですね、日本語タイトルは『神様メール』ですけど、元のタイトルは『The Brand New Testament』っていうんですね。それは、「New Testament」が「新約聖書」なんで、「Brand New」だと「最新約聖書」っていう意味になるんですよ。

(赤江珠緒)はー。ええ、ええ。

原題『The Brand New Testament』の意味

(町山智浩)で、旧約聖書、新約聖書。それよりも新しいのができたっていうことで、そういうタイトルになっているんですけど。これはね、実はすごくキリスト教の矛盾点をすごくついた話になっているんで。結構ね、話題というか問題になるんだろうなと思うんですけど。アメリカではまだ、そんなに見られていないんですけど。

(赤江珠緒)へー。

(町山智浩)っていうのはね、旧約聖書に出てくる神様っていうのは、この映画に出てくる神様とほとんど変わらないんですよ。すごく嫉妬深いんですね。旧約聖書の神様っていうのは。

(赤江珠緒)そうですよね。なんか、不倫したりもするしね。

(町山智浩)えっ?

(赤江珠緒)浮気したりとか……

(町山智浩)いや、旧約聖書の神様はしませんよ!

(赤江珠緒)あれっ? あ、そうか。あっちはギリシャ神話だ。ごめんなさい、ごめんなさい(笑)。

(町山智浩)ギリシャ神話(笑)。ああ、びっくりした(笑)。旧約聖書はね、ユダヤ教の神様なんですよ。「ヤハウェ」とか「エホバ」とか言われているもので。あとまあ、イスラム教の「アラー」とかも同じ神なんですけど。で、旧約聖書の神様はね、とにかくやたらと「自分以外の神様を信じている人たちを殺せ!」って言ったりするんですよ。

(赤江珠緒)はあ。

(町山智浩)「徹底的に殲滅しろ!」って言ったりね。で、「嫌です」って言うと、
そいつが罰せられたりね。「自分の子供を捧げろ」って言ったりね。

(赤江珠緒)ああ、そうだ。生け贄に捧げろって言ったりね。

(町山智浩)そう。「自分の子供を殺せ」って言ったりね。あと、気に食わないと大洪水を起こしたりして大量虐殺したりね。まあ、そういう神様なんですよ。

(赤江珠緒)そうだ。ノアの方舟とかだ。

(町山智浩)そう。ノアの方舟なんですよ。だからね、たとえば旧約聖書には『エゼキエル書』っていうパートがあるんですけど。そんなに長くないのに、その中に「殺す」っていう言葉が50回以上出てくるんですよ。それぐらい、ちょっとどうかしてるんですよ。はっきり言って、旧約聖書の神様って。

(山里亮太)ふんふん。

(町山智浩)で、「目には目を」っていう言葉がありますよね。あれなんか、旧約聖書に出てきますけど、とにかく「復讐しろ、殺せ!」みたいなことばっかり書いてあるんで。これはたぶん、ユダヤ教の人たち、ユダヤの民が砂漠の中でいろんな他民族と戦いながら生きていく上で、非常に厳しく戦うことが必要だったんだろうなと言われているんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そうしないと、存続できないから。部族同士の争いに。で、厳しかったと。それが旧約聖書の神様なんですけど、新約聖書。要するに、イエス・キリストの教えを書いた新約聖書っていうのは、全く逆に近いんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だから、キリストの言葉っていうか新約聖書の言葉でいちばん有名なのは、「汝の敵を愛せ」ですよね。

(赤江珠緒)そうですね。「右の頬を打たれたら……」みたいな。

(町山智浩)旧約聖書は「敵を殺せ」って書いてるんですから(笑)。全く逆。それと、新約聖書というかキリストの教えでいちばん根幹をなすのは「許す」っていうことですよね。「罪を許します」「自分の敵を許しなさい」「お互いに許し合いなさい」。「許す」っていうことなんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)逆なんですよ。全然。で、すごく困るのは……これ、僕もすごく困ったんですけど。僕は子供がね、小ちゃかった頃ね、アメリカで日本語教育をしなきゃならなかったんで。で、日系人の人の教会があるんですよ。何個か。そこで、土曜日とか日曜日とか、預かってくれるんですね。要するに保育園みたいになっていたんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)日本語のね。で、そこに行っている時に、ほとんどタダ同然で預かってくれるんですけど、その代わり、親はその間、教会の礼拝とかに参加しなきゃいけないんですよ。要するに、信者を増やすためにやっていますからね。

(赤江珠緒)ああ、そうか。はい。

(町山智浩)そこで、その聖書の教えを受けたんですけども、非常に困ったんですよ。僕は。要するに、旧約聖書の教えをするわけですよ。で、「神は言われました。『徹底的に殺しなさい』と」って言うわけですよ(笑)。

(赤江珠緒)ふんふんふん。うん。

(町山智浩)で、最後に「イエスの愛は……」って。全然違うじゃねえか!っていう(笑)。食い違っているわけですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)非常に食い違っているんですよ。で、これはキリスト教徒の人たちは、「これは食い違っていないんだ」っていうことで納得させるような理論をいっぱい作っています。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)でも、これはやっぱりどう考えても対立するんですよ。っていうのは、ユダヤ教の人たちは「キリスト教はユダヤ教の異端であって、ユダヤ教とは教義が違う」ってはっきり言っているわけですからね。

(赤江珠緒)そうですね。それで迫害していたわけですもんね。

(町山智浩)うーん……まあ、そうですけどね。だから、実はこれはまったく真っ向から対立するようなものを同時に信じろっていうね、非常に難しいことを強いられるんですよ。キリスト教の教会では。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、論理的に考えれば考えるほど、矛盾しているわけですね。でも、それを受け入れるようになった時に、本当に信者になれるんですよ。これをね、「Doublethink(二重思考)」と言いますね。まったく矛盾しているものを同時に信じることができた時に、人はその信者になっちゃうんですよ。

(山里亮太)なるほどね。

(町山智浩)だからいちばん有名なのは、北朝鮮の正式名称が「朝鮮民主主義人民共和国」っていう国名ですよね?

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)民主主義、まったく無いのにね。

(赤江珠緒)まあ、そうですね。

(町山智浩)でも、北朝鮮に住んでいる人は「これは民主主義だ」って信じているんですよ。「人民の国だ」って信じているんですよ。独裁国家なのに。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)その時に、まったくその国の信者になるんですけど。宗教っていうのは大抵、矛盾をはらんでいて。不合理なんですけど、不合理であることを受け入れられた時に、信者になるんで。「不合理ゆえに吾信ず」っていう言葉があるんですよ。

(赤江珠緒)ほー。

(町山智浩)でも、この映画は、「だったら直したらいいんじゃないの?」っていう話になっているんですよ。

(山里亮太)あっ、じゃあ面白そうなコメディっていう感じなんですけど、そんなメッセージが?

(町山智浩)だからね、この映画の根本は宗教そのものよりも、神様が父親であること自体が問題なんじゃないの?っていう話になっているんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? そもそも?

(町山智浩)これはだから、「Father」って呼びますね。「父」って呼ぶんですよ。神のことを。でもみんな、何気なく普通に「神は男性だ」と思っているけど、そんなバカな話はないですよね。だって、男ってバカじゃん?

(赤江珠緒)う、うーん……

なぜ、神は男性なのか?

(町山智浩)でしょ? なんで神様なの? それがもしかしたら、要するに日本以外の国。たとえば仏教においては仏様って中性的存在なんですよ。仏像をよく見ると、女の人のようにも、男の人のようにも見えるようになっているじゃないですか。あれは意図的にそうしているんですよ。男でも女でもないんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)でも、日本は天照大御神は女性ですよね?

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)この映画、実はそういうかなりヤバいことをやっているんですね。

(赤江珠緒)へー! すごいところ、ついてきましたね。

(町山智浩)そう。「神様が男性って、おかしくね?っていうか、それがもともとマズいんじゃね? それが世の中全体がめちゃくちゃになる理由なんじゃね?」っていう話なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)嫉妬深くて、暴力的で、権威的で、偏見に満ちていて、驕ってばっかりで。男って最低だよねっていう話なんですけどね。

(赤江珠緒)これ、ヨーロッパではもう封切られていて?

(町山智浩)まあ、ヨーロッパでは許されてますけどね。ただ、アメリカとかでは、そういうのを許さない人たちがいーっぱいいるのでね。

(山里亮太)問題になりそうですね。

(町山智浩)だってアメリカでフェミニストの人たちとか、婦人参政権運動が起こった時に、いちばんそれを叩いたのってキリスト教徒なんですよ。

(山里亮太)えっ?

(町山智浩)聖書の中に「女性はダメだ」っていっぱい書いてあるからだって。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)だからね、結構日本だとね、ただのコメディーなんですけど、キリスト教圏とか、まあイスラム教も全部同じなんですけど。元はね。ユダヤ教も。に、おいては結構ヤバい、ギリギリのことをやっている映画だなと思いましたね。はい。

(赤江珠緒)へー!

(山里亮太)公開中止とかにならなきゃいいですね。これ。

(町山智浩)でも、映画自体はかわいい、楽しい映画ですよ。

(赤江珠緒)いやいや、これを聞いちゃうと、なんか。ええーっ? そうですか。

(町山智浩)はい。おとぎ話です。子供も見れます。あ、子供は見れねえや! ちょっとエッチシーンが多いんですね。はい。すいませんでした。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですか。へー。急にね、ソフトに包まれましたけども。5月27日に日本では公開されるという映画でございます。

(町山智浩)結構勇気のある映画だと思いましたね。はい。

(赤江珠緒)はい。映画『神様メール』のお話、今日は町山さんにしていただきました。町山さん、ありがとうございました!

(町山智浩)はい。どうもでした!

<書き起こしおわり>

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