町山智浩 Netflix『マスクガール』を語る

町山智浩 Netflix『マスクガール』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年8月22日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でNetflixで配信中の韓国ドラマ『マスクガール』について話していました。

(町山智浩)で、今日紹介するのもまたネット配信で。すいませんね。すぐ見れますからね。Netflixでもう配信中の『マスクガール』という韓国のドラマについてお話します。これ、すごかったです。

(でか美ちゃん)なんか今、ランキングでも1位とかになってるらしいですね。

(町山智浩)そうなんですよ。僕ね、ちょろっと見て面白くなかったら、また別のを見ようと思っていたんですけど、一気に7話、見ました。7時間、ぶっ続けで(笑)。

(石山蓮華)1話何分くらいなんですか?

(町山智浩)1時間ぐらいですね。

(でか美ちゃん)えっ、それで一気に見ちゃうって、相当面白いですよ。

(町山智浩)面白いんですよ。

(石山蓮華)これはどこのお話なんですか?

(町山智浩)これ、韓国の現在っていうか。だいたい2000年代に入ってからの話なんですけれども。もうジャンルがコメディなのか、ホラーなのか、スリラーなのか、非常にシリアスなドラマなのかっていうところでね、もう全部を横断する感じでね。いや、もう見ていて全然予想がつかないんですよ。これ、まず『マスクガール』っていうのはマスクをかぶった女性が主人公で。キム・モミという本名の人なんですけども。ちっちゃい時、小学生だった頃にアイドルになりたかったんですね。ところが成長してみたら、あんまりかわいくならなかったんですよ。で、そこに写真がありますけれども。

で、それで平凡なOLをやっていて。なんか、うだつがあんまり上がらないというか。仕事をあんまりやる気ないんでね。で、「私は27になっちゃうんだけど、昔はアイドルになるのが夢だったのに……」って思っていて。でも、今はネットというものがあるので。それでマスクをかぶって、マスクガールとして配信を始めるんですよ。

(でか美ちゃん)おお、なるほど。顔出しせずにね。

(町山智浩)そういえば日本にも仮面女子っていたね(笑)。

(でか美ちゃん)たしかに。でも仮面女子はね、仮面を全然外してますからね。

(町山智浩)外してるからダメね(笑)。仮面じゃないじゃん(笑)。

(でか美ちゃん)でも、たしかにイメージ的にはああいう感じのマスクの。

(石山蓮華)本当に目だけが出たお面ですね。

うだつの上がらないOLがマスクをつけて配信を始める

(町山智浩)はい。こういう配信者って結構、世界中に何人かいるんですね。顔を出さないでね、配信をしている人ってね。

(でか美ちゃん)最近、VTuberとかはだいぶ流行ってきましたけど。こういう物理的に隠すっていうの、たしかに配信をしてる人って元々、こういう人が多かった気もする。

(町山智浩)ねえ。会社で働いたりすると、やっぱり会社によっては出れないしね。で、彼女の場合は自分の顔に自信がないから、美人のマスクをかぶって配信を始めると……それで非常に人気が出ちゃうんですよ。あのね、彼女はダンスは上手いんです。ちっちゃい頃からアイドルが好きでやっていたから。

(でか美ちゃん)そうか。

(町山智浩)あとね、彼女は……ナイスボディーなんです。

(でか美ちゃん)なるほど(笑)。すごいためて、何をおっしゃるかと思ったら(笑)。

(町山智浩)これ、どういう風に説明したらセクハラにならないかって考えながら……今、言葉を選んでいたんですが。

(でか美ちゃん)本番前にでか美と蓮華ちゃんで予告を見たんですよ。『マスクガール』の。本当に体のシルエットが美しくて。

(石山蓮華)美しい。なんて言うんですかね? まあ、バービー人形のプロトタイプというか。初期型バービーみたいな、ああいうナイスボディー。

(でか美ちゃん)それこそ、そのK-POP、韓国のアイドルのシーンで求められるタイプの体つき。細くて、等身が高くて、みたいな。

(町山智浩)そうそうそう。もう本当にK-POPのアイドルみたいなスタイルなんで、人気が出ていくんですね。しかも、顔を隠してることでかえって話題になるわけですよ。「一体どんな顔だろう?」っていうことで。ミステリアスなんでね。で、この主人公キム・モミが働いてる会社が、ちょっと嫌な会社でね。女の子がね、お茶を出すんですよ。

(でか美ちゃん)ああー。そういう、前時代的な感じの。

(町山智浩)そうすると、出してもらったオヤジがね、「いやー、◯◯ちゃんの淹れてくれるお茶は美味しいねえ!」っていうね。

(石山蓮華)うわーっ! 自分で淹れてほしい!

(でか美ちゃん)どこの国でもあるんかい!って思いますね。その感じの……。

(町山智浩)韓国と日本ってそういうところ、似ているんですよ。で、「やっぱり美人に淹れてもらうお茶は、美味しいねえ!」とか言ったりするんですよ。

(石山蓮華)かーっ! ご自身で……。

(石山・でか美)淹れてください!

(町山智浩)ねえ。そういうところだから、キム・モミさんは会社の中でも、なんていうか顔で差別されていて、居場所がないんですよね。ところがそこに、1人部長がいて。部長は女の子がお茶を淹れると「いや、そういうのを女性がやるっていうのはおかしいよ。やめたまえ」って、そんな風に言う部長なんですね。で、非常にハンサムで。で、この部長をキム・モミさん、マスクガールは好きになっちゃうんですが……そこからどんどんね、怖い話になっていくんですよ。

(石山蓮華)ええっ?

(でか美ちゃん)なんか今日、『マスクガール』を紹介するってことで、番組スタッフのイナハラさんという方が「見始めたら、ほぼほぼ一気に見ちゃった」っていう風に、同じことをおっしゃってたんですけど。「今日は本当にマジでネタバレなく見た方がいいですよ!」って言っていて。相当、いろんな展開があるんだなっていう。

(町山智浩)そうなんですよ。これね、全く毎回毎回、思ってもみない展開になっていくんですけれども。特に最初、マスクガールの話かと思っていると……これは言ってもいいと思うんですけども、全く逆に、うだつの上がらない男の話になります。

(石山蓮華)へー! 女の話だと思ったら、男の話に?

(町山智浩)で、まあ美少女フィギュアをいっぱい集めていて。アイドルが好きで。それでもうずっと、ネットでいろいろ配信物を見ていて。ところが、会社に行くと、もう気配を消していて。誰にも顔も覚えられない中年男というキャラクターの話になっていくんですね。で、その彼が子供の頃からいじめられてたということがまた描かれて。それぞれの人のすごく、もう何十年にもわたる人生が次々と描かれていくんですよ。で、その中年男のことを育てたお母さんの話にもなるんですね。

(石山蓮華)はー!

(町山智浩)で、そのお母さんはだから2000年ぐらいに40歳ぐらいの人なので、韓国のすごく激動の時代を生きてきた女性なんですよ。そのお母さんは。韓国というのは1988年ぐらいのソウルオリンピックの頃までは全く民主化されていない国で。独裁政権で。経済的にもあまりよくなかったのが、80年代後半から90年代に奇跡と呼ばれる経済成長を遂げていくわけですよね。

で、その中で非常に貧しくなった家から一生懸命、女手ひとつで彼を育ててきた女性の細腕繁盛記のような……と言ってもわからない言葉ですが(笑)。韓国の女性の現代史が描かれていくわけですよ。で、そうかと思うと、もうひとつは韓国ってすごい、はっきり言うとルッキズムの国でしょう?

(でか美ちゃん)そうですね。「美容大国」っていうイメージもあるし。

ルッキズムの国、韓国

(石山蓮華)美容の……やっぱりカジュアルに整形をできるっていう面もあるけれど、そこには「しないといけない」っていうような、その社会の雰囲気というか。それもあるっていうイメージがあります。

(町山智浩)ねえ。それでまたアイドルがいっぱいいるでしょう? で、みんな男も女も、本当に絵に書いたような美形がいっぱいいるわけじゃないですか。

(でか美ちゃん)本当に。スタイルも良くて。

(町山智浩)ねえ。スタイルも良くて、顔も本当にお人形さんみたいなのがいっぱいいるわけじゃないですか。「そうじゃないといけない」みたいな、ものすごい抑圧になるわけですよ。

(石山蓮華)幼い頃から、その完璧な人をメディアで見てると、やっぱり「自分の姿ってどうなんだろう?」って思っちゃったりすることは、私自身もありますね。

(町山智浩)ねえ。日本のアイドルはそんなじゃないですか。はっきり言うと。

(でか美ちゃん)まあ、そこまで極端な感じではないですよね。だって韓国アイドルって、最近はもう身長も高いし。単純に細くてかわいくて……とかじゃなくなってきてるレベルなんだな、みたいな。思う時がありますね。

(町山智浩)そうなんですよ。だからアメリカとかヨーロッパとかでも、白人の間でもすごい人気だったりするから。それはもう、ちょっと人類を超えたものになっちゃっているから、すごく不自然じゃないですか。でも、「そうじゃないといけない」っていう抑圧の中で、そうじゃない子たちが生きるのは、ものすごく難しくなってるんですよ。

(石山蓮華)韓国に生まれて「普通」に育つことの難しさみたいな。

(町山智浩)難しさですよね。だから、自分を否定しちゃう形になってくるんで。その中で、やっぱりまあ、はっきり言うと整形しまくっちゃう人というのが出てくるわけですよね。

(でか美ちゃん)まあ、したくてする分には……とかも思うけど。その「したくて」の出発点が社会からの圧だと、それはなんかちょっと悲しいですもんね。

(石山蓮華)そうなんですよ。そこが自分自身でも切り離しきることはできないんじゃないかな?って思ったりもして。

(でか美ちゃん)でも聞いていると、お茶の話も、美容の話も、社会の抑圧の話も。あと韓国って受験も壮絶って聞くから。

(町山智浩)受験もきついんですよ。

(でか美ちゃん)日本と似てるというか。

(町山智浩)あと、いじめもひどい。いじめと、ネットいじめね。学校、職場のいじめ。ネットいじめね。で、自殺する人がいっぱい……それこそ、有名人でも自殺しますよね。

(でか美ちゃん)韓国はちょっとね、多かったりしますよね。

(町山智浩)日本もそうですけど。すごく韓国と日本ってよくないところがよく似てるんですよ。で、それを全部描いてくんですよ。この『マスクガール』は。だからね、スケールがものすごくでかい。30年ぐらいの枠ですよ。

(でか美ちゃん)ただの配信者の話じゃないんだっていう。

(町山智浩)配信者の話だと思っていたら、どんどんスケールがでかくなっていくんですよ。

(石山蓮華)国丸ごとを描くような?

(町山智浩)現在の韓国っていう国が抱えてる問題全部をね、描いていく感じになっていて。時間枠も長いんですよ。本当に。うん。30年から40年ぐらいのタイムスパンを描いてますね。

(石山蓮華)自分、今年で31歳ですけど。私が生まれた頃から今までの韓国を知るような機会にもなるかもしれないですね。

(町山智浩)そうです、そうです。はい。本当に。でもね、これはでもコメディ要素が入ってるんですよ。

(でか美ちゃん)じゃあ、なんか見やすさみたいなものもあるんですね。

(町山智浩)そうですね。ダークコメディなんですよね。

(石山蓮華)見たい! 韓国のダークコメディ、いいですよね!

(町山智浩)そうなんです。なんか韓国はね、そのへんがね、日本とはちょっと違うところが大きいのはね、すごくダークな内容でも、なんかシニカルなんですよ。皮肉っぽいんですよ。そのへんの描き方が、やっぱりポン・ジュノ監督とか、パク・チャヌク監督とかね、韓国映画はみんなそうじゃないですか。『パラサイト』なんか、まさにそうで。あんなに重いテーマをコメディとして描いてるでしょう?

(でか美ちゃん)ねえ。テンポ良く。

重いテーマをダークコメディとして描く

(町山智浩)だから、その皮肉な感じたらすごくよく出ていて。もう1本ね、韓国ドラマですごかったのが『ザ・グローリー』っていうのがあったんですね。それもNetflixで、もっと長いんですけど。10話以上あるやつで。もう徹底的ないじめ……学校でいじめられた女の子が社会に出てから、その自分をいじめた奴らに徹底的に復讐していくっていうシリーズで。日本でもすごい人気だったんですけど。それ、ウルトラヘビーな内容なんで、僕は1話で挫折したんですけど。

(石山蓮華)ああ、そうなんですね。

(町山智浩)ものすごいいじめ方をするんですよ。もう身体的ないじめから、全部やるんで。

(でか美ちゃん)それは描写がなかなかつらそうですね。

(町山智浩)ちょっとね、僕もめげた。カミさんが1人で見ていて、僕は見れなくて。でも、『マスクガール』の方はもっとね、ユーモアがあって。ブラックコメディみたいになってるところでね。ちょっと見やすいんですけど。でもグロいところはやっぱり、さすがにグロいですけど。

(石山蓮華)なんか韓国映画のその素晴らしさのひとつだと思うんですけど。その暴力描写のその肉薄した感じがやっぱり、見ちゃいますね。

(でか美ちゃん)容赦なさというかね。

(町山智浩)強烈なんですよね。「痛い」っていう感じなんですよね。韓国の暴力はね。決してピストルとかは使わないんだけど。

(でか美ちゃん)痛さが想像がつく痛みなんですよね。

(町山智浩)そうなんですよ。「あいたたっ!」ってなるんですよ。

(でか美ちゃん)見ながら「ううっ……」ってなっちゃうっていう。

(町山智浩)そこにね、またギャグを入れてきたりするから、非常にめんどくさいんですけども(笑)。

(でか美ちゃん)それが一番残酷に見えますよね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、これ最初ね、『マスクガール』っていうのは主人公自身がその自分があまり見た目が良くないのにも関わらず、見た目がいい人が好きっていう。まあ、その部長もハンサムなんですよね。「見た目がいい人、うらやましい」っていう、なんというかルッキズムの囚人になっちゃっているんですよね。で、とにかく本当は自分の見た目があんまり良くないんだったら、「そんなものには価値がないんだ。見た目には価値がないんだ」という自信をつけて、自分自身になればいいのに、彼女はそれができなかった人なんですよ。見た目の奴隷になっちゃっている。で、マスクガールになって、大変な事件を巻き起こしていくんですけども。最初、見た人はみんな、この人のことを好きになれないと思うんですよ。そういう点で。

(でか美ちゃん)あら、主人公なのに。

(町山智浩)だって自信がなくて、「見た目が良くなりたい」って嫉妬ばっかりしてるから。でも、どんどんこのマスクガールが成長していくんですよ。もう何十年もかけてですけども、成長していって。ちゃんと最後はみんながマスクガールを応援するようになるんですよ。

(でか美ちゃん)へー! ちょっとこれは見たいですね。

(町山智浩)これはすごいですよ。だって、そうなると思わなかったですよ。最初は。彼女は自分自身がね、かわいくないってことですごくつらくなるっていうのは、やっぱりそれを救うのは「親」なんですよ。

(石山蓮華)ああ、そうか。親からの呪いみたいなこともあったりするんですね?

(町山智浩)そう。親が美人なんですよ。母親が。で、自分の娘にあんまり満足ができてないんですよ。そのお母さんが。

(でか美ちゃん)うわっ、それは、しんどいな。

(町山智浩)しんどいんだよ、これ。こういう時はもう、「人が何て言っても私はあなたのことが最高にかわいいし、愛してる!」って言わなきゃいけないんだよね。親ってね。でも、またそれができないんで、どんどん酷いことになっていくんですけども。最後の大団円に向かって話の全部が……今、言ったいろんな要素がですね、ジェットコースターのように集約されていくんですよ。

(石山・でか美)ええーっ!

(石山蓮華)絶対見ちゃうやつだー!(笑)。

(町山智浩)すごいですよ、これ。で、後半はさっき言ったパク・チャヌク監督の復讐三部作であるとか、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』とかですね。あと、『羊たちの沈黙』とね、『セブン』っていうね、デヴィッド・フィンチャー監督の連続殺人映画があるんですけど。あと『シカゴ』っていうミュージカルとか、『女囚さそり』とかが全部入ってきますよ、もう。

(石山蓮華)へー! じゃあこれは映画ファンにとっても刺さる作品ですね!

(町山智浩)もうありとあらゆるね、そういった映画の娯楽要素が一気に雪崩のように集約されていくんで。見事と思いましたね。

(でか美ちゃん)ネトフリだから世界の人、いろんな方が見れるけど。やっぱり韓国と日本の、その言ったら負の部分みたいなのがちょっと似てるから。感情移入しやすそうですね。皮肉なことに。

(町山智浩)そう。やっぱりこれね、承認欲求がものすごく強い主人公で。誰からも注目されたいと思って配信を始めて、そこから崩壊していくんですけれども。そういう点ではね、いろいろと……韓国の話ですけれども、日本も同じでね。すごく痛い話でもありますんで。はい。でも、感動しますよ。

(でか美ちゃん)だし、ポップだしっていうね。

(町山智浩)これね、最後、泣かされるとは思わなかった。

(石山・でか美)ええーっ?

(石山蓮華)町山さん、そんなの言っちゃって大丈夫ですか?

(でか美ちゃん)あのね、いつにもまして町山さんのね、「ネタバレしないぞ」という意思を感じるところから「何が起きるんだ?」と思って。それがもう楽しみで。

(町山智浩)はい。僕、今全部伏線を張ってたんですけどね。

(でか美ちゃん)早く見たい!

(町山智浩)今、言ったのを全部回収してきますよ。

(石山蓮華)じゃあ、町山さんの伏線を踏まえた上でNetflixで配信中の『マスクガール』をぜひ見てみましょう。町山さん、ご紹介いただきありがとうございました。

(町山智浩)7時間、きついですけどね(笑)。

(石山・でか美)見ます!

『マスクガール』予告編

<書き起こしおわり>

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