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高橋ヨシキ ポール・バーホーベン『エル ELLE』を語る

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高橋ヨシキさんがNHKラジオ第一『すっぴん』でポール・バーホーベン監督の映画『エル ELLE』について高橋源一郎さんらと話していました。


(藤井彩子)今日、ご紹介いただく映画なんですが、久しぶりの新作。これから公開の映画なんですね。

(高橋ヨシキ)そうですね。今回はポール・バーホーベン監督の『エル ELLE』という新作映画をご紹介したいと思っております。

(藤井彩子)「怖い」と源一郎さんはおっしゃっていましたけども。

(高橋源一郎)いやー、これはね、痺れるね。

(高橋ヨシキ)痺れますね。

(高橋源一郎)やっぱりね、大人の映画というか。複雑でね。

(高橋ヨシキ)要約しづらい映画ですよね。

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複雑な要約しづらい映画

(高橋源一郎)そうそうそう。でもね、いわゆるエンターテインメントじゃないんですけど、この世界を真っ向からぶった切っている感じが。ある視点からね。っていう感じがあってですね。後味はいいような、悪いような。

(高橋ヨシキ)後味はでも、いいと思いますけどね。僕は割と爽やかな後味だと思ったし。あと、コメディーとして作ってあるので。

(藤井彩子)ジャンルで言うとコメディーなんですか?

(高橋ヨシキ)まあ、そうは言わないですね。ブラックコメディーですね。

(高橋源一郎)まあ、ミステリーのような。

(高橋ヨシキ)ミステリーであり、ブラックコメディーでありっていう話ですけど。なんかまあ、ジャンル分けっていうことに対してあまり……ジャンル分けっていうものに対するアンチテーゼみたいな映画ですね。ジャンル分けできないんだっていう。

(高橋源一郎)まあ、「強烈」。

(高橋ヨシキ)相変わらず強烈なバーホーベンですね。

(藤井彩子)では、概要とあらすじをお願いします。

(高橋ヨシキ)これはですね、バーホーベン監督で原作があって。それはフィリップ・ディジャンという人の……『ベティ・ブルー』という映画がありますけども。あれの原作の人らしいんですけども。ただ、全然方向性の違う話ですから。

(高橋源一郎)激しいっちゃあ激しいですよね。

(高橋ヨシキ)まあ、そうですね。僕もちょっと、まだ読んでないんですけど。主演がイザベル・ユペール。それから結構アメリカでもこれ、アカデミー賞にノミネートされたりとか。かなり世界中で話題になりました。また、議論を呼んだりもしていますけども。これ、もともとバーホーベンはこれをアメリカで撮ろうと思ったんですけども。アメリカの有名女優……シャロン・ストーンとかジュリアン・ムーアとかニコール・キッドマンとか、いろいろと声をかけたんですけども。もうその場で「やるわけないでしょ、こんなの!」みたいな感じで断られちゃって。

(藤井彩子)「こんなの」ってどういう意味ですか?

(高橋ヨシキ)まあ、その内容から。「無理」って言われちゃって。で、そしたらイザベル・ユペールが原作を読んで好きっていう話を聞いたんで声をかけてみたら「やるやる!」なんて。「バーホーベンだったらやる」ということになったらしいですけどね。

(藤井彩子)イザベル・ユペールさんはフランスの女優さんですよね。

(高橋源一郎)それで結局フランスで撮ることに?

(高橋ヨシキ)で、フランスで撮ることになったという。

(高橋源一郎)じゃあ、女優ありきですね。

(高橋ヨシキ)女優ありきですね。

(藤井彩子)舞台もこれ、フランスになっているんですね。

フランス・パリが舞台

(高橋ヨシキ)これ、パリの非常にリッチなアパートに住んでいるミシェルさんという人がいて。この人、ゲーム会社の社長で。お母さんがいたり、息子がいたりするんですけど、非常に自分のことを自分で面倒見られる人なんですけども。この人がある日、謎の侵入者にレイプされちゃうんですよ。で、どうするのかな?って思ったら、その後に普通に片付けて、お寿司の出前を取って。で、息子が夜に訪ねてきたんで、一緒にご飯なんか食べちゃって……っていうところから始まって。そこで多くのお客さんは「えっ、この人、大丈夫なの? どういうことなんだろう?」って。

(藤井彩子)「お客さん」っていうのは?

(高橋ヨシキ)見ている人がね。

(高橋源一郎)つまり、「なんで警察に行かないのか?」っていう。

(藤井彩子)通報したり。悲嘆にくれたり。

(高橋ヨシキ)悲嘆にくれたりとかね。だからその「悲嘆にくれたり」っていうのが、後で言いますけども。悲嘆にくれるっていうか、まあショックをそのミシェルさんが感じていないわけでは、もちろんないんです。それはね。ただ、それを……つまり、「誰もいないところで泣いたりすることに意味はあるのか?」ってたぶん思っているんですよね。っていうか、泣くことにあまり意味を見出していないという。

(高橋源一郎)泣かないよね。

(高橋ヨシキ)泣かない人ですね。バーホーベンの映画に出てくる女の人って割とそういう特徴があって。それは『ショーガール』もそうだし、『氷の微笑』もそうですけども。あと、『ブラックブック』がそうですね。すごく悲惨なことがあっても、ほとんど泣かないっていうね。

(高橋源一郎)意味のないことをしないんだよね。

(高橋ヨシキ)あんまり意味のないことをしない人っていう。まあ、その流れで考えると、このミシェルさんの行動とかも割とわかりやすいんじゃないかなと。

(藤井彩子)ただ、警察に届けないというのは疑問ではありますよね。その時点では。

(高橋ヨシキ)そうですね。それはちょっと、ミシェルさんの過去と関係がある問題で。実はお父さんがとんでもない殺人をした人で。連続殺人ですね。それで、その時、子供時代にだいぶ報道されたりしたんで、「お巡りなんか来てもいいことはないんだ」ということで全く信用していないという、そういう人なんですけどね。

(藤井彩子)それで、その事件があって。当然、犯人はわからないまま話は進んでいくんですよね。

(高橋ヨシキ)で、「誰が犯人か?」っていうのをちょこちょこと調べていって。怪しいやつはやっぱりいるんですよ。

(高橋源一郎)いっぱい恨まれているんだよね。

(高橋ヨシキ)いろいろ恨まれているんですよ。会社でもダメ出しされたゲームデザイナーのやつが私のことを恨んでいるんじゃないか? とか。そういう人たちがいるんで、ひとつずつ聞いていくんですけど。なかなか……。

(高橋源一郎)まあ犯人探しをね。

(高橋ヨシキ)自分でやるんですね。

(藤井彩子)ということは、その犯人を探すサスペンスみたいな要素が?

(高橋源一郎)まあ一応、途中までは。

(藤井彩子)途中までは。

(高橋源一郎)途中まではこれ、犯人を探しているのかな?っていう。

(高橋ヨシキ)そうですね。犯人を探していますよ。犯人を探しているし、自衛の手段を講じたり。その時もミシェルさんは、これ見ればわかるんですけども。彼女が傷ついているというかショックを受けているのがよくわかるのは、白昼夢のようにしてレイプ事件のことを何度か回想するんですけども、そのたびに中で自分が相手を倒している方に考え直していっているんですね。つまり、事件をなんとか消化して乗り越えるということをやっているわけです。ちゃんと、それは。

(藤井彩子)脳内でということですね。

(高橋ヨシキ)そうそう。だから、そういうことなんですけども。で、まあこの人がやっている中で、他にも人間関係がたくさんあって。友人関係とかもいろいろと複雑なんですけども。その中で、まあこれね、本当に説明が難しいんですけども。ミシェルさんという人は、今度の事件にどうケリをつけて、それからどう生きていくのかな、みたいなことが描かれていると思います。

(藤井彩子)じゃあその犯人が最後にわかって大どんでん返しみたいなことでハッピーエンドという単純な話ではないわけですね。

(高橋ヨシキ)そこは違います。

(高橋源一郎)どうしてか?っていうと、僕もこれ、どうするのかな?って思ったら……僕、時間をカウントしながら見ていたらね、2/3ぐらいのところで犯人がわかる。

(藤井彩子)じゃあ、残りに1/3はもうわかった状態で話が進んでいくと。

(高橋源一郎)ここからが面白い。普通、ミステリーだったら犯人がわかったらお終いじゃない? これ、犯人がわかっても何の解決にもなっていない。この後に真の解決が。それがかなり衝撃的だっていう感じで。で、これは詳しくは言えない(笑)。

(高橋ヨシキ)いろいろ詳しくは言えないことがいっぱいあって。

(藤井彩子)それが面白いところなんですね。で、すでに公開されたアメリカとかヨーロッパでは主人公の行動パターンとかがひとつ、議論にもなったんだっていう話を聞きました。

議論になったポイント

(高橋ヨシキ)議論になったということもありますね。で、これはその議論の大本になっているのは2つあると思うんですけども。ひとつはやっぱり彼女が普通に映画に出てくるわかりやすいクリシェ的な人物像と全く違うので。だから、たとえばびっくりしたことがあって泣きわめいたり、誰かにすごい怒ったりとかいうことを定型でやればみんなすぐにストンと腑に落ちるんですけども。でも、そうじゃない人っていくらでもいるじゃないですか。で、それを映画でやると、みんな面食らってしまうということがまずあるわけですね。

(藤井彩子)うんうん。

(高橋ヨシキ)だけどそれもよく見ていけばちゃんと分かるようにできているんですけども。それと、たぶんこれはその根っこのところにあるもうひとつのことは、たとえば男の人がすごく感情というか、「好き」とか「愛」とかということを抜きにして「あ、ちょっとタイプ!」って思って相手を引っかけてセックスしちゃうことっていうのはあると思うんですよ。ところが、それを女の人がやると叩かれるの、みたいなことがあるわけですね。

(高橋源一郎)そうそうそう。

(藤井彩子)そういう人物像として描かれている?

(高橋ヨシキ)そういうところも彼女にはあるんですね。

(藤井彩子)まあ、言ってみれば適切かどうかわかりませんが、欲望のままに生きているという?

(高橋ヨシキ)いや、欲望のままに生きているんじゃないんですよ。だってその、男の人が「ちょっといい女だな」と思ってやることを「欲望のままに生きている男だ」って言わないじゃないですか。なんでそれが逆だと、「欲望のままに生きている奔放な女」っていうことになるのか?っていうことも突っ込んでくるということですね。

(藤井彩子)うんうん。

(高橋源一郎)で、一応、もちろん彼女はある種の激しい欲望を持っているんだけども、その出し方もね、要するに勝手に出しているんじゃなくて。社会の中で出すためには非常に難しい。だからそういうことは常に警戒をしながらやっているわけですね。男だったらね、イケイケドンドンだけど。

(高橋ヨシキ)かなりね、セルフコントロールできる人なんですね。大人の人ですね。

(藤井彩子)じゃあ、その「欲望のままに」という言い方はまず当たらないということですね。

(高橋ヨシキ)当たらないですね。で、性的に奔放なわけでもないです。実は。

(藤井彩子)そこがまあ、反転した時になんで女性だけ「ちょっと変わった人だね」っていう風になるのか?っていう。

(高橋ヨシキ)ということもありますね。で、それでやっぱり今回の『エル ELLE』を本当に要約するわけではないですけど、言っちゃうと、こういう複雑な人間を描くことができるのか?っていうところがいちばん面白いと思いますね。

(藤井彩子)でも、いま聞いていて思ったのは、映画って意外と多様な表現があるようで、やっぱり「この場面ではこういう風にするよね」みたいなお約束っていうのはいまだにたくさんあるっていうことなんでしょうね。

(高橋ヨシキ)たくさんあるんですよ。それはね。

(藤井彩子)ひどい目にあったら泣きわめくし、八つ当たりもするだろうし……っていう。

定型的な演出はしない

(高橋源一郎)そうなんですよね。だからそれっていうのも本当によくないことがいっぱいあって。なんか怒ったり激昂した時にすぐ「ウワーッ!」っていう人、いるじゃないですか。僕、あれを映画で見るの、結構本当に苦手で。たとえば、別にそうじゃない映画はいっぱいあるわけですよ。すっごく怒っていても、手をちょっとギュッと握るぐらいの表現でとどめたりすることはあるし。そういう時に我慢する人だっていくらでもいるのに、しかしその「ウワーッ!」ってやると、大声を出すと「演技がすごい」みたいな話になりがちだというのもあって。そういうのはあんまりよくないと思っていたんですけども。そういう見方でいくと、『エル ELLE』っていうのは本当に胸がすくぐらいそういうことを全然やらないんですよね。

(高橋ヨシキ)だからある意味でわかりやすくない。

(高橋源一郎)わかりやすくないですね。

(高橋ヨシキ)でもね、人間はこうだよねっていう。

(高橋源一郎)そうなんですよ。だからそこは考えて、「ああ、こういう人はいるかもしれないな」っていう風に思いながら見てもらいたいですね。

(藤井彩子)ポール・バーホーベン監督の作品を何度も続けて紹介したこともありましたけども。作品ごとに違った強さを持っている女性という主人公が出てきたと思うんですけども。今回のその強さっていうのはどういうものだと思いますか?

(高橋ヨシキ)まあ今回はユーモアのセンスでしょうね。言ってみれば。ただ、ユーモアのセンスを持っているとなんで強い女って言われちゃうのか? とかいうことも僕も、それも考えなきゃいけないところで。たとえばこのミシェルさんという人は、冷静だし。そんなにギャンギャン泣きわめいたり……あと、被害者ぶることだけを潔しとしない人なんですね。「被害者」って見られるのが世界一嫌いなんですよ。なんでかっていうと、被害者だったり犠牲者っていう枠になると、それはたぶん自分じゃなくなっちゃうからなんですよね。

(藤井彩子)うん。

(高橋ヨシキ)「被害者らしくしていろ」みたいなことってあるでしょう? そこを潔しとしないっていう人生を送ろうと決めているんで。そこが強さっていえば、強さと言えるかもしれないですね。

(高橋源一郎)割と象徴的なシーンがあってね。友達に向かって「レイプされた」って言うシーンがあるんですよ。ちょっとね、「どうしたの、それ?」「うん。今朝レイプされたの」って言ったら、みんな「ハッ!」って凍るわけじゃない。で、「しまった……こういう反応になっちゃうんだよね」っていうのが非常に面白いよね。1人で冷静に事実を伝えて、「私はこうで……」って言おうとしたらみんなその前に「大変だったね……」「警察には届けた?」ってみんな、定型的な驚きとか反応をするでしょう?

(高橋ヨシキ)で、「やっぱり言うんじゃなかった」って言うんですけどね。

(高橋源一郎)そう(笑)。

(高橋ヨシキ)その時に彼女は元の言語では、たとえば「『レイプされた』っていうことらしいんだけど……」って言うんですね。それはどういうことか?っていうと、「その言葉を使わないで説明できたらいいな」と思っていたんですよ。それを使った瞬間に自分が犠牲者化されてしまうということをわかっているから。

(藤井彩子)「私」じゃなくて「犠牲者」になってしまう。

(高橋ヨシキ)「被害者」ってなっちゃうから。そうならない言い回しがなにかないかな?って思って考えたんだけど。ちゃんと前フリがあって、考えたんだけどないから、しょうがないからこう言うけど……って言ったら、みんながドン引きしていたんで。「ああ、やっぱり言うんじゃなかった」って言うシーンがあって。そこで如実にわかると思うんですけども、そういう風に見られることをすごく嫌う人だということなんですね。

(高橋源一郎)要するに、世間で定型的な見方ね。さっきもチラッと言ったけど、お父さんの連続殺人で、彼女は直接的には関係ないんだけど、ただ要は「犯罪者の娘」っていうことで、定型的な目に徹底的にさらされる。っていうことがあって、この世間が見る目みたいなものに対する怒りとか……そういう被害者一般だったり、殺人鬼の娘だったりっていうことでしか判断しない世界そのものへの怒りがあるわけですね。

(高橋ヨシキ)それはありますね。

(藤井彩子)ああー。そういうことか。なるほど。

(高橋ヨシキ)だから普通にご飯を食べているとね、いきなり気づいた他のおばさんの客とかに残飯をぶっかけられたりするんですよ。レストランで食べていてもね。「お前なんか、死ね!」って言われて。

(藤井彩子)犯罪者の娘だからということで。

(高橋ヨシキ)そうそうそう。でも、それは全然気にしていない。それを気にすると、もう負けなんですよ。

(藤井彩子)そういうことなんですね。

(高橋源一郎)それが全てに。

(高橋ヨシキ)全てに徹底されている。そこがね。それが彼女の強さって言えば言えるかもしれない。

(藤井彩子)その彼女を取り巻く周りの登場人物っていうのはどういう方がいるんですか?

(高橋源一郎)これが面白いんですよ。

(高橋ヨシキ)面白いですね。一緒に会社を立ち上げてやっている親友がいて。とか、その旦那さんがいたりとか。息子がいたりするんですけども。まあ、バーホーベンの映画はいつもそうなんですけど、まんべんなく男がアホに描かれているという。

(高橋源一郎)本当に男がクズだよ(笑)。

(藤井彩子)どのように?

(高橋源一郎)順番に説明して(笑)。

(高橋ヨシキ)とにかく、エッチなことしか考えていないとか。あとは、いいところもたまにあったりするんですけど、いいところはだいたい力で片がつくところで。事故が起きた時に引っ張り出してくれるとか。怖いやつが来た時に殴ってくれるとかいう役で立つっていうのがまあ、今回出てくる男の中では使える方っていう(笑)。

(高橋・藤井)(笑)

(高橋ヨシキ)まあ、そんぐらいなので。すごくそういう意味ではバーホーベン独特の女尊男卑がまたもや徹底されてしまったという感じですね。

(藤井彩子)ヨシキさんはバーホーベン監督にこの映画についてお聞きになったんですよね。

(高橋源一郎)あ、インタビューしたの?

(高橋ヨシキ)インタビューしたんですけども、僕その時にすっごい緊張していて。

(高橋源一郎)ヨシキさんでも緊張するの?

(高橋ヨシキ)緊張しますよ。憧れの人だから。で、ちょっと何をしゃべったのかもよく覚えてないんです。ちょっとテープ起こしが上がってくるのを待っているところなんですけども。

(高橋源一郎)覚えていることで言えば?

(高橋ヨシキ)覚えていることで言うと、このキャラクターを作るにあたって、イザベル・ユペールさんとものすごく考えて。やる時にどうするのか?っていうのを……たとえば、だから監督だけの感じじゃなくて、イザベル・ユペールってものすごく女優としても自立しているし、芯がしっかりした女性なので。「彼女に聞いて、本当にそれが裏が取れて……つまり、そういうことがあるかどうかっていうことをベースにしてやっているんだけどな」ってことは言っていましたね。

(高橋源一郎)ああ、実際にそういう気持ちになるかと。

(高橋ヨシキ)で、「そこに加えて、ユーモアのセンスみたいなところも彼女が付け加えてくれたんで面白い感じになった」とかっておっしゃっていましたね。

(藤井彩子)つまり、一緒に作っていったという感じなんですね。

(高橋ヨシキ)そこは、そうですね。とにかくこの主人公を中心に回っていく映画なんで。そこは一緒に作っていかないと、面白い映画にはならないだろうと。

(高橋源一郎)だから普通でね、アメリカ映画で作ると、強い主人公で。まあ、「美しくて強い」っていう風になるかもしれないけど。

(高橋ヨシキ)ワンダーウーマンになっちゃう。

(高橋源一郎)でも、これイザベル・ユペールの場合は少し歳もね。

(高橋ヨシキ)もう60過ぎですからね。

(高橋源一郎)そうそう。だから老いて、容貌も衰えてきている中で、その中で立って戦っているんですよね。自分の老いとかも含めてね。

(高橋ヨシキ)ただ、イザベル・ユペールは全く容貌的には衰えてないのでね。そこが、美しすぎるというね(笑)。かっこよすぎるだろうという感じに放っちゃいますね。はい。すごくでもね、実は見るとわかるんですけど、優しい映画だと思いますね。僕は、とっても。いろんなことに対して。

(藤井彩子)いまのお話をうかがうとね、それがスッと入る。

(高橋ヨシキ)バカな男に対してだけ、異常に厳しいっていう(笑)。

(高橋源一郎)そうそうそう(笑)。戦っている女性には優しいよね。

(高橋ヨシキ)まあ、戦っているっていうか、そうですね。うん。戦わざるをえないんです。それは、その状況的に。

(藤井彩子)ということで、恒例のざっくり一言解説。今回、8月公開の『エル ELLE』。ざっくり一言でいうと、どういう作品でしょうか?

(高橋ヨシキ)ざっくり一言でいうと、定型にハマっていないキャラクターっていうものは面白いということと、それを「定型にハマっていない」っていうところで1回シャットダウンしちゃうんじゃなくて、「じゃあこの人はどうしているのかな?」っていう風に考えながら見てもらうといちばん面白いんじゃないかと思います。

(高橋源一郎)現実は複雑だっていう感じだね。

(高橋ヨシキ)そうですね。現実は複雑だという。そのね、現実の複雑さってなかなか映画ですくい取れないんですよ。映画でもなんでもそうですけどね。それをね、上手くやったすごいいい映画だと思います。

(藤井彩子)ヨシキさん、今日もありがとうございました。

(高橋源一郎)ありがとうございました。

(高橋ヨシキ)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>
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