映画秘宝のアートディレクター高橋ヨシキさんがTBSラジオ タマフルにゲスト出演。著書『暗黒映画入門 悪魔が憐れむ歌』出版記念と題し、宇多丸さんと映画の残酷・野蛮表現について、ヤコペッティなど具体的な作品を挙げながら、その意味を語っています。
高橋ヨシキ 宇多丸が語る 映画の残酷・野蛮表現と『自主規制』前編の続きです。
(宇多丸)といったあたりで後半は、現在の映画界が見習うべきってそんな偉そうな話っていうよりは、単純にこれ聞いてる人はさ、別にそんなにその手の映画に詳しい人ばかりじゃないですから、見てごらんなさいっていうのも含めて・・・
(高橋ヨシキ)でも、映画見てるんじゃないですか?『300(スリーハンドレッド)』とか。
(宇多丸)『300』は比較的ね。この中(『暗黒映画入門 悪魔が憐れむ歌』)で出てくる中では、『アポカリプト』『300』あたりは比較的、新しい・・・
(高橋ヨシキ)『マッドマックス2』とかね。
(宇多丸)あと、僕あれですよ。やっぱり『バットマン・リターンズ』のこの評というか分析が、やっぱりグッと来ましたね。
(高橋ヨシキ)あ、ありがとうございます。
(宇多丸)すごいよかったですね。で、合間合間にちょいちょい(クリストファー・)ノーランの悪口を入れてるってあたりが。しかも、名前をあげてるところと、『シカゴの街をゴッサムでございと出してくるような輩とは・・・』とかさ(笑)。
(高橋ヨシキ)(爆笑)
(宇多丸)ちょいちょい入れるのがよかったですけどね。
(高橋ヨシキ)なんか今度、スーパーマンとバットマンの共演のをノーランプロデュースでやるって言ってて。だって2人とも別のところで悩んでて終わりですよ。そんな映画ね。どうすんだ?って。
(宇多丸)(笑)。ずーっとウジウジして。
(高橋ヨシキ)ずーっとウジウジして。どうしてくれるんだろう?とか思ってますけど。その、ノーラン愚痴は今度にしましょう。置いといて。たとえばその、この中でもヤコペッティを大きく扱ってますけど。
(宇多丸)ヤコペッティの話しましょうよ。
(高橋ヨシキ)ヤコペッティの映画っていうのは、みなさんご覧になってる方は分かると思いますけど、要はモンド映画と言ってですね、世界中取材しに行って撮ってきた珍奇な映像を、ダダダーッと見せるわけですよ。で、それにイヤミなナレーションがついてて、上にリズ・オルトラーニのすごいキレイな曲が流れるというね。夢の様なシリーズですけども。だから今のテレビとかの手法っていうか、いわゆる衝撃映像100連発とか警察24時みたいなものっていうのは、全部ヤコペッティが起源だと言ってもいいと思いますね。
(宇多丸)ああ、なるほど。
(高橋ヨシキ)でまあ、そういうものってヤコペッティ以前は『夜もの』って言ってですね、都市のナイトライフというゲスい興味の向くところ。11PMみたいなものですよ。それが元々映画であって。ヤコペッティはさらにそれを土人とかまで拡げたっていうアレなんですけども。ヤコペッティの偉かったところは、土人と文明人を並べて見せて、『どっちも残酷でバカだよ。人間って』っていう話にしちゃってるところなんですね。
(宇多丸)うんうん。
(高橋ヨシキ)で、人間は等しく愚かで残酷だって言われて、反論できる人いませんから。だから、いつ見ても感動するんですよね。ああ、本当だ!と思って。それしか言ってないんだけど。
(宇多丸)ヤコペッティに関してね、僕すごい改めてヨシキさんがこの本で言葉にしてて、読むといいなと思ったのは、要はヤラセでさ、あるいは人種差別的な視点がナントカでって言って、結構過去の存在として片付けられがちだったじゃないですか。ヤコペッティは。それこそ、ヨシキさんとかが騒ぎ出す前までは結構。で、そういう風なイメージで捉えてる人も多いと思うんですよ。それに対して、ヨシキさんの反論みたいなのがちゃんと書かれてるのがよかったなと思うんですけどね。
(高橋ヨシキ)そんな、ありがとうございます。はい。
(宇多丸)ヤラセって言うけど、1個1個すごい検証してるから、是非これ具体的に読んでいただきたい。
(高橋ヨシキ)なんとか擁護したいんですね。俺はね(笑)。だって面白いんだもん。
(宇多丸)この面白さは否定できん!っていう。あとまあ、時代を考えていくと・・・
(高橋ヨシキ)時代を考えれば分かることもありますよね。たとえばヤコペッティの『世界残酷物語』と『さらばアフリカ』ですか。ものすごく影響を与えた映画は、『地獄の黙示録』ですね。
(高橋ヨシキ)地獄の黙示録に出てくるヘリコプターから動物吊るしてる画っていうのは、ヤコペッティのさらばアフリカのまんまだし。
(宇多丸)当時は僕、当然子供だったから分かってなかったですけど。
(高橋ヨシキ)丸パクですよ。
(宇多丸)あれ、当時の大人が見たらさ、『あれ?ヤコペッティじゃん?』ってさ。それこそ土人チックなの出てくるし。
(高橋ヨシキ)それがたぶん、だからどうなのか分かんないですけどね。
(宇多丸)むしろ、ジャンル差別的な視線がそれを邪魔していたか?
(高橋ヨシキ)していた可能性はありますね。で、あと手をいっぱい切って、手が山みたいになっているのとか。あと、地獄の黙示録のクライマックスって、首切り祭りじゃないですか。あれ、世界残酷物語のメインの殺戮ですからね。牛の首チョンパ祭りっていう。
(宇多丸)本当ですよね。そこ、たとえばちゃんとさ、コッポラに切り込んだ人、いないんですかね?完全にパクリやないか!?ってね。
(高橋ヨシキ)ね。だれかね。町山(智浩)さんも聞いてないのかな?でも、そうなんですよね。しかもコッポラはその中で、中に登場するじゃないですか。地獄の黙示録で。で、『カメラ見ないでみんな、あっちに歩いてくんだ!』ってやってるドキュメンタリー作家の役じゃないですか。ヤコペッティ役ですよね。言っちゃえばね。だからそういうことやっていて。そもそも、地獄の黙示録って企画の段階では、行って撮りたいっていう話だったんですよね。映画。ベトナムに実際行って戦場で撮るっていう話だったんで。
(宇多丸)あ、本物の場で行きたいと。
(高橋ヨシキ)本物をやりたいって言ってたんで。それもヤコペッティイズムだったんで。コッポラはすごい影響を受けたと思いますよ。
(宇多丸)なるほどなるほど。はい。そこね、だからつなげてみるっていう視点もあるし。あと、ヤコペッティ、『残酷大陸』じゃないですか。何がすげーって。
(高橋ヨシキ)残酷大陸はすごいです。
(宇多丸)その、モンド映画があってから、さらにその先の手法に行っちゃうというかさ。
(高橋ヨシキ)あれは超究極のモンド映画だと思いますけどね。
(宇多丸)まあ、一応ドキュメンタリーの体は捨ててるんですよね。
(高橋ヨシキ)残酷大陸でしょ?それは。
(宇多丸)あ、残酷大陸。残酷大陸。
(高橋ヨシキ)残酷大陸ね。残酷大陸はその、黒人奴隷制のね。
(宇多丸)そうそうそう。これとか、すごいいいじゃないですか。
(高橋ヨシキ)本当ね、残酷大陸見てから『ジャンゴ』見ると怒りが違いますよ。
(宇多丸)ああ、まあね。でも、すごい物騒ですもんね。結論とかね。
(高橋ヨシキ)物騒ですよ。
(宇多丸)ちょっとこれ、是非見ていただきたいですけど。これが終わりなの!?っていう。こう、ボールをね、グーッと・・・
(高橋ヨシキ)こうやってね。全然聞いてる人、分かんないと思いますけどね。
(宇多丸)本当?まあ、是非見てくださいよっていう。
(高橋ヨシキ)さっきのナチがらみの話で行くと、そういうイヤミも残酷大陸入っていて。19世紀のアメリカに取材陣が行って、現地の人にインタビューして。その黒人奴隷の酷い目にあってるところをドキュメンタリーで撮りましたっていう体の、ちょっとひねった劇映画なんですけど。それの中で・・・
(宇多丸)当たり前のように始まるから、すごい最初びっくりしますよね。明らかに、絶対にそんな時代じゃないはずなのに、ヘリコプターで降りてきて。
(高橋ヨシキ)で、あれで昔の優生学の学者みたいなのが出てきて。黒人っていうのは人間じゃないからこれだけ脳みそちっちゃくて、どっちかっていうと動物だし・・・っていうことをとうとうと述べる博士に現代人がインタビューしてるわけですね。ヤコペッティは映らないんですけど。インタビューしてて、で、その博士がひと通り終わった所で、『なるほど、そうですか。あれは人間じゃないですね。ところで、博士はどちら系の人でしょう?』『私はユダヤ人だ』って言わせてる。
(宇多丸)ものすっごーーいブラックな・・・
(高橋ヨシキ)ブラックなことを突っ込んでいきますね。めっちゃ面白いんでね。
(宇多丸)うわー・・・恐ろしいね、やっぱりね。
(高橋ヨシキ)侮れないと思いますね。
(宇多丸)いやー、すごいな。ヤコペッティね。結構、このヤコペッティのインタビューも含めて、ヤコペッティ・モンド映画ページがすごくあるというね。で、その流れでアポカリプトがあったりとか。
(高橋ヨシキ)あの、だから野蛮っていうか・・・僕が映画とか表現に求めてることのだいぶ大きい範囲を占めてることは、おためごかしじゃないものを見せてくれないかな?っていうことを常に思っているのね。どうしてもだから、普通に生きていく上とかって、やっぱりみんな摩擦も避けたいし、あんまりすごい本当のことを言ったら絶対ケンカになるじゃないですか。本当はケンカになったら面倒くせーなって思っているけども、映画の中でぐらい本音の人間がとんでもないこと言ったりやったりしてるところを見ると、スカッとするんですよね。
(宇多丸)僕、この間言いませんでしたっけ?映画っていうのは、現実では絶対にあいたくない目を見たいものだっていう。
(高橋ヨシキ)そりゃそうですよ。だって、タイタニック超好き!っていう人だって、船に乗っていて沈没したくねーだろ?っていう話ですよね。
(宇多丸)本当に本当に。っていうか、インディージョーンズとか絶対イヤでしょ。あんなの!ドッタンバッタン。
(高橋ヨシキ)007だってイヤでしょ?
(宇多丸)007もイヤです(笑)。いや、ルーク(・スカイウォーカー)だってイヤですよ。
(高橋ヨシキ)ルークもイヤなの?
(宇多丸)あんなプレッシャーの中、イヤですよ。デススターを1人でやんなきゃいけないなんて。超イヤですよ。
(高橋ヨシキ)俺、でもイウォークになって槍持って帝国軍に立ち向かったりしたいですね。
(宇多丸)死ぬ人もいますからね。結構、暮らしは大変だと思うよ。イウォークは。意外と。日々の暮らしは。
(高橋ヨシキ)楽しいと思うなあ。
(宇多丸・高橋)(爆笑)
(高橋ヨシキ)セデック族だって楽しそうだったじゃないですか。
(宇多丸)最初はね。でもその時代の流れに・・・いいよ、そんな話は!っていうね、のがあったり。
(高橋ヨシキ)だから、そのだけど本音が出たりとか。たとえば本当のこと言って、映画はもちろん嘘ですよ。嘘だけど、人間だってたとえば殴ったらね、血も出るし、切ったら切れちゃうし、破裂して死んだらそのへんバーッ!って飛び散っちゃうし、撃ってやったら痛いとか、いっぱいあるじゃないですか。で、それを見せないとか言うんですよ。でね、それについては思うんですけど、昔から思ってるんですけど、よく映画とかでも、だいたいね、年とった監督はあまり言わないんですけど若手とかに多いんですけど、『あんまり見せない方がいい』って言うんですよ。
(宇多丸)あ、間接描写ね。間接描写の方がいいと。
(高橋ヨシキ)そうそう。想像力に任せた方がいいとか。
(宇多丸)まあ、実際それで効果あげてるシーンもあるとは思うけど。
(高橋ヨシキ)でもそういうので上手くやっている映画監督っていうのは、それまで散々見れるのやってきた人が、だいたい塩梅分かってきてからやるからいいんですよ。
(宇多丸)あー。とか、あとその手前のところで、もうちょっとソフトだけどはっきり見せるものとかをやっていて・・・
(高橋ヨシキ)で、それで今度はもっと酷いんだろ?って時に見せないとかね。
(宇多丸)そうするとこっちは見終わった後は、それも見た気になっちゃってるとかっていうのはありますよね。
(高橋ヨシキ)でも、なるべく全部見せた方がいいと思いますね。
(宇多丸)『スカーフェイス』のチェーンソーのシーンとか、実は見せてないっていうのがあるじゃないですか。あれとかやっぱり、見せ方が上手いっていう話ですよね。
(高橋ヨシキ)まあ、そうですね。あそこはだって、あそこの時は外で待っているヤツと間に合うのか?のサスペンスがあって、あそこで見せちゃうとそっちに気が行っちゃうからっていう計算もあるんで。
(宇多丸)なるほどなるほど。とにかく、見せないのが偉いとかあるけど、そういうのじゃないと。ヨシキさんの考えは。
(高橋ヨシキ)うん。だって、映画館に何か見に行くんだもん。
(宇多丸)そりゃ、そうだけど。
(高橋ヨシキ)そうですよね。なんかね、禅問答みたいになりますけどね。ジョン・ケージ的な話になりそうですけど。
(宇多丸)(笑)。何を見に行ってるのか?っていうね。というので、そういうものが見たいぞと。
(高橋ヨシキ)見たいぞっていうか、そういうものを出すことでしか表現できないことって絶対あるんですよ。当たり前ですけど。
(宇多丸)たとえばあとさ、結構安っぽい残酷表現とかあるじゃないですか。ああいうのの効果っていうかさ、みたいな話もちょっと聞きたいなと。
(高橋ヨシキ)ああ、安っぽいのは安っぽいので楽しいですよね。
(宇多丸)見るからに安っぽい。っていうかむしろそういう方がさ、全体とる量としては多いじゃないですか。要は現実に対するショックというよりは・・・っていうさ。
(高橋ヨシキ)そうそう。あとね、そういうのっていうのは、『あ、工夫してる!』っていうのが何か嬉しいっていうこともありますよね。
(宇多丸)それもはもうアレかな?映画を見る、もうちょっと手前の喜びかな?作り物つくって、そこから血を噴き出させたりして、なんか頑張って楽しいな!みたいな。
(高橋ヨシキ)なんかフィギュアっていうかプラモのジオラマ見るとか、そういうものに近いかもしれないですね。
(宇多丸)あの昔のさ、実際に直接やっていたころの特殊メイク楽しいの、それちょっとあるかもしれないですね。こっからニョキニョキなんか出る仕掛けが楽しい!みたいなさ。という楽しみ方もあるし。
(高橋ヨシキ)そういうのは端的に見てて面白いですからね。そうなんですよね。さっき宇多丸さんがおっしゃってましたけど、そういうものを何て言ったらいいのかな?見ないとか見せないことに、何でそんなこだわるのか?っていうことを思いますよね。
(宇多丸)うーん・・・
(高橋ヨシキ)そこにね、必ずなんか『傷つける』とか、あとね、苦情を言ったりする人が多いっていうのがあって。で、だいたい苦情みたいなのを先取りすることから自主規制って始まるんですけど。その苦情言ってるヤツっていうのが、早い話がファミレスですっごいデカい面してるヤツみたいな。なんか神様になったお客様なんですね。だからお客様の意見は絶対・・・映画とか表現っていうのは、飯とちょっと違いますから。他人の勝手なことを聞かされるのが表現を受け取るってことなんですよ。ところがそれも、もう消費したいんですよ。商品としてね。だから商品として消費するものだから、こっちの意見が通って当たり前だろ?って思ってる観客を育ててしまった状態ってことがあるんじゃないかなと俺は疑ってるんです。
(宇多丸)まあ、どっちが卵でどっちが鶏か分かんないけど・・・だから、意外なものはもう見たくない。
(高橋ヨシキ)そう。意外なものは見たくない。
(宇多丸)ショックを受けたくないという。だからまさに正反対のことを、需要として成立しちゃってるような感じってことですかね?
(高橋ヨシキ)ですよ。きっとね、家の鏡とか割っちゃってる人ですよ。そういう人はね。意外なものは見たくない(笑)。
(宇多丸)(笑)。いや、家の鏡はね、感覚が補正しちゃうんですね。家の鏡で見る自分の顔がベストに補正してっちゃうんだと。俺の仮説ですね。だから表に出て、違う光線でみると『あれっ!?』っていう。
(高橋ヨシキ)(笑)。くだらねー!
(宇多丸)いや、くだらなくないよ!マジだよ、これ。大事な話だよ、これ!っていうのはあるかな。
(高橋ヨシキ)予定調和が良きことになっちゃってるっていうのは、ちょっとあるかもしれないですよね。だから、思ってたのと違った!って言うんですよ。いいじゃん。思ってたのと違ったら、得したじゃんって思いますよね。俺は。思ってるのに輪をかけて酷かったとかいう時は、さすがに・・・思ってたのよりものすごく外れて悪かったのがいいって言ってるんじゃないですよ。これ、当たり前ですけどね。だけど、たとえばツイストがあったりとか、こういう映画だと思って、それなりにジャンルとかあって見る前に何となく分かったりするじゃないですか。こんな映画かな?って思って見に行って、全然違ったりしたらもうめっちゃ嬉しいですよ。俺。あ、こんなことあるのか!って思って。だから僕、『ジェイコブス・ラダー』っていう映画、昔あったじゃないですか。
(宇多丸)はいはい。
(高橋ヨシキ)あれ見に行った時に、最初あれ広告とかテキトーだったんで、何かベトナム帰還兵が悩むみたいな話かな?と思って見に行ったら、とんでもない地獄絵図みたいな映画で超面白かったとかね。そういうびっくりで面白いことって、ありますよね。
(宇多丸)あの、この間のエンディング特集も結局それですもんね。最後にもう、ええーっ!?ってことが起こると。
(高橋ヨシキ)変なのがジャンプしてきて、ガンガンガン!ですよ。
(宇多丸)(笑)。俺も今、その場面をずーっとそれしか思い出してない。ガンガンガン!っていう(笑)。
(高橋ヨシキ)ワーーッ!っつって。
(宇多丸)詳しくはエンディング特集を聞き直していただいて。っていうのはあるけど。
(高橋ヨシキ)でも何かその、角を立てたがらないっていう。つまりね、さっき言っていた実生活だったらなるべく角を立てないようにしたいし、ケンカを避けたいけど映画では見たいって言ってたじゃないですか。その実生活の理屈をね、映画の中に持ち込もうとしてる人たちっているんじゃないか?っていう話。
(宇多丸)ああー。映画に限らず、表現全体にってことなのかな?
(高橋ヨシキ)それって何か?ていうと、時代を超えてポリティカリー・コレクトネスを押し付けるみたいなことにもつながってくるんですけども。たとえばこの前、『ローン・レンジャー』の試写に行かせていただいたんですけども。ローン・レンジャーは19世紀の話ですけども。ローン・レンジャーがトントっていうインディアンがいますよね。
(宇多丸)はい。アメリカ先住民。
(高橋ヨシキ)いや、インディアン。その当時はインディアンって呼んでて。『お前らインディアンは・・・』っていうようなセリフをもちろん英語では言ってるんですよ。だって、その時は『インディアン』って呼んでたんだから。したらね、『あなたたち先住民は・・・』みたいな字幕が出てきたんで、もうすっかり萎え萎えですね。
(宇多丸)なるほどね。なるほどね。
(高橋ヨシキ)それって、おかしいでしょ?だって、黒人とか土人とか言ってた時に、『アフリカ系アメリカ人』とか絶対言わないじゃん!っていう話ですよ。たとえばそれだったら、昔の日本でね、戦後だって70年代だって、『女子供風情が・・・』みたいな言い方、いくらでもあったわけだけども、それを『女性のみなさまは・・・』って当時言ってたか?って、言ってねーだろ!っていう話なんだけど。そういうものを、映画の中で描いている時でさえ、ケチつけるバカがいるっていう話なんですよ。何なの?って思いますよね。
(宇多丸)うんうんうん。全体に、なんべんない、カッコ付きですけど『正しさ』みたいなものを求めてしまう危なさなのかな?
(高橋ヨシキ)そうですね。
(宇多丸)あの、佐々木中くんっていう物書きの人に(番組に)出てもらった時に、フィクションと評論を書く時にどういう違いがありますか?もしくは無いのか?って来たら、違うと。フィクションは間違った結論でしか訴えられないことを訴えられるって言ってて。それはすっげー分かりやすいなと思って。だからそういうことですかね。でも、それが分かってない人が多いのかな?
(高橋ヨシキ)そうなんですよ。だから映画の中の人なんて、品行方正さなんて映画に一切求めてないですからね。僕は。当たり前ですけど。ところがそれを求める人たちがいるんですね。だから、昔の映画からCGでタバコを消したい人とかいるんですよ。今。
(宇多丸)まあ、そういうことをさ、作り手がやっちゃったりしてるからね。スピルバーグとかもやっちゃってるからね。
(高橋ヨシキ)スピルバーグはそれ、反省して撤回してますけどね。はい。そういうのは。だからハン・ソロが先に撃つのは良くないとかさ。
(宇多丸)これはまさにその話、出てきてますよね。でもこれ、キャラクターとして台無しになってるっていう。
(高橋ヨシキ)台無しですよ!アウトローだったのがバカになっちゃいましたからね。なに待ってるの?みたいな。
(宇多丸)でも、それが求められていると思ったのかな?
(高橋ヨシキ)分かんないんですよねー。
(宇多丸)そんなポリティカリー・コレクトするんだったらさ、エピソード4で。最後にチューバッカにちゃんとメダルかけてやれよ!っていうさ。一応あれ、マンガ版だと『背が高すぎるから後でかけてあげる』って理屈をつけてましたよ。
(高橋ヨシキ)・・・へー。
(宇多丸・高橋)(笑)
(宇多丸)でもポリティカリー・コレクトっていうなら、やることあるだろ!っていう。
(高橋ヨシキ)そうなんですよ。いま言ったのは『言い換え』の問題ですけども。言い換えって、すっごい蔓延してるじゃないですか。それこそ先住民みたいなね。テレビなんかでも、テレビとか文章とかもそうだし、映画の中のセリフとかもそうなんだけど。なんか俺はすごい息苦しさを感じててですね。
(宇多丸)しかもあれですよね。ローン・レンジャーの場合は、元のセリフがそうなのにっていうあたりがちょっと奇妙感がありますね。元のせいにすればいいじゃん!
(高橋ヨシキ)だから歯に物の挟まった物言いばっかりで、それはだからつまり『ダブルスピーク』ってことだと思ってますけど。ダブルスピークっていうのは、(ジョージ・)オーウェルの『1984年』で出てくる用語で。つまり、言ってることとやってることが全然違うっていうね。だから『愛情省』っていう役所は『恐怖省』だ、みたいなね。だけど、日本の役所の名前とかも、全部そうじゃないですか。法律の名前とか。
(宇多丸)ああー。
(高橋ヨシキ)全部ダブルスピークですよね。だから完全に1984の世界、もう俺越えちゃったと思ってて。
(宇多丸)さっき、監視されて。たとえば非常に抑圧されてね、暴力で直接的に抑圧されて、それもイヤな世の中だけど、それを、ビッグブラザーを自分の中に、既に内面化しちゃって、しかもビッグブラザーだとも気づいていない。これは相当進んだ状態ですよっていう。
(高橋ヨシキ)いや、ヤバイんですよ。だからうち、新宿区ですけど、戸塚警察だけじゃなくて他のところもやってると思いますけど、ステッカーでね、何か変な歌舞伎の目みたいなの書いてあるステッカーが町中に貼ってあって。『誰か見てるぞ!』って書いてある。それね、『Big brother is watching you』でしょ?
(宇多丸)ああ、たしかにそうだ!
(高橋ヨシキ)ねえ、何で俺そんな悪夢みたいな世界に生きてるの?って思いますよ。
(宇多丸)すごいね!『誰か見てるぞ!』。よく考えたら、そうですね。
(高橋ヨシキ)『誰か見てるぞ!』ってなにそれ?勝手に見てんじゃねーよ!って話でしょ?
(宇多丸)(爆笑)テメー、何見てんだよ!?ってね。
(高橋ヨシキ)本当に。何見てんだ!おめーは!って。
(宇多丸)(爆笑)クッキーに向かってこうやって怒鳴るおじさんになっちゃいますよ、これ。
(高橋ヨシキ)なっちゃいますよ。いや、だけどそれは何を言いたいかっていうと、お前らは相互監視されている、あるいは監視しているっていうメッセージでしょ?だから何で普通に道歩いてて・・・そういうの、ありますよ。
(宇多丸)これ、でもね、やっぱり僕もそのステッカーね、そりゃ見てたわって思うけど、そこで真摯にヨシキさんほど怒ってなかったわ。
(高橋ヨシキ)だってあれ、ムカつくもん。
(宇多丸)ここがやっぱり、知のウォリアー ヨシキさんですよね。
(高橋ヨシキ)止めてくださいよ!
(宇多丸)だって(本の)帯に書いてあるんだもん!だって。でも、ヨシキさんすごいね、物事に対して真摯だからね。だからそう、いいんですよ。是非みなさんね、そういう人が書いているということで、(『暗黒映画入門 悪魔が憐れむ歌』)読んでいただければ。
<書き起こしおわり>
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