安住紳一郎 憧れの鯉のぼりを語る

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安住紳一郎さんが2010年5月にTBSラジオ『日曜天国』でしたトークの書き起こし。幼少期に鯉のぼりを買ってもらえなかった安住さんが、憧れの鯉のぼりについて語っていました。


(安住紳一郎)さて、先週私、静岡県行ってきたんですけど。静岡県の由比町っていうところがあるんですけど。

(中澤有美子)あ、由比ヶ浜とか?

(安住紳一郎)ええとね、由比ヶ浜は神奈川なんで。

(中澤有美子)あの由比?

(安住紳一郎)ああ、あの由比と一緒ですね。はい。由比正雪の故郷でもあるんですが。由比町。一昨年かな?静岡市と合併していまは静岡市清水区になるのかな?由比町っていうところがあるんですけど。桜えびの名産地として大変有名なところなんですけども。桜えびもいただいて来たんですけど。それより、私、目を奪われたものがありまして。

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)由比はなんか、住宅事情がいいってこともあるのかもしれませんけども。季節柄ですね、鯉のぼりがたくさん上がっていまして。また静岡ですから、富士山が見えて。

(中澤有美子)ええ。

(安住紳一郎)富士山が見えて、5月の空。まあ、4月でしたけども。初夏の空に鯉のぼりがはためくというですね。まあ、都内ではあんまりね、住宅事情も手伝って、あまり最近見かけないなというところですけども。鯉のぼりがたくさん上がっていまして。非常に清々しい光景に釘付けになりましたね。

(中澤有美子)絵になりますね。富士山があってと。

(安住紳一郎)いいですよねー。空が狭くなったと言われ久しい昨今においては、本当に悠然と泳ぐ鯉のぼりはなんかね、非常に心をグッと鷲掴みにされましたね。自分が男っていうこともあるのかもしれませんけれども。みなさんの町の周りはいかがでしょうかね?まあ、そうですよね。郊外の方に行きますとたぶん、一軒家が多いような土地柄ですと、結構男の子のいる家には鯉のぼり、結構いまも上がっているんでしょうけども。

(中澤有美子)うん。

(安住紳一郎)まあ、マンションが多いところだと、ちょっとね、そういうわけには行かないなという感じですけどね。

(中澤有美子)そうですよね。一戸建てでもやっぱりあの長い胴体の鯉のぼりがはためくスペースはなかったりしますから。本当に見かけないですよね。

(安住紳一郎)そうですよね。あと、隣の家が日照権とかそういったことを言ったりするんですかね?世知辛い感じなんですかね?

(中澤有美子)お隣に尻尾がびろびろしちゃったらやっぱりね、困ります。

(安住紳一郎)しかもこう、商業目的とか観光のためでない、個人宅にはためく。しかも、できれば豪農みたいなね(笑)。

(中澤有美子)そうですねー、うん(笑)。庄屋さんみたいな。ええ、はい。

(安住紳一郎)そういうお宅にね、パパーン!っていうね。すごいな!っていう感じ、ありますけどね。

(中澤有美子)そうですね。いいな、豪農。

安住紳一郎 鯉のぼりへの思い入れ

(安住紳一郎)私、あの鯉のぼりには大変思い入れが強く。大変心惹かれるんですけども。関東だと栃木県が結構ね、鯉のぼり文化を熱くいまも継承しているという話を聞きますし。それから、埼玉の加須。ここは鯉のぼりの生産でも有名ですけども。埼玉加須。あと、群馬館林。それから千葉だと香取市かな?たくさんの鯉のぼりをこう、溜池か池かなんかにグワーッと掲げて。観光スポットになっていますけども。

(中澤有美子)うん。

(安住紳一郎)やっぱり東京、それから埼玉の東京通勤圏だとあんまりね、見かけないですけども。ちょっと北関東の方など行きますと、もう15メートル級の真鯉とかがゴロゴロいますからね!

(中澤有美子)さー、すごいなー!(笑)。

(安住紳一郎)バタリンッ!みたいなね。緋鯉五連とかね。下に。五連、七連とかね。私、最高で栃木で十連っていうのを見たことがありますね。

(中澤有美子)一本のポールにそれが?

(安住紳一郎)一本のポールに十連、ブラーン!と。ええ。巨大なメザシのような感じに。クーッ!っつって。九州四国も結構鯉のぼり文化、熱いようですけどね。

(中澤有美子)ええ、ええ。

(安住紳一郎)熊本の天草かな?行った時に真鯉の上かな?黒い墨色のいちばんビッグな鯉の上に、普通吹き流しがついていたりしますけども。その吹き流しのかわりにこう、白地の大きな短冊の木綿かなんかの布に、こう、大きく名前が入ってるんですね。

(中澤有美子)へー!

(安住紳一郎)ええ。『長谷川家長男 長谷川太郎』みたいなのがベロベロベローン!ってなっていて。

(中澤有美子)へー!

(安住紳一郎)個人情報吹き流し!

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)ヒョワー!っつって。

(中澤有美子)まさにそうですね(笑)。いいんですねー。

(安住紳一郎)すごい。いや、でもすごい。

(中澤有美子)誇らしい。

(安住紳一郎)誇らしい。あれだけ家の前に自分の名前出されたら、否が応でも男児
張り切る!っていう感じ。私、家族のためにがんばります!みたいな。という気持ちになるだろうなと思いますよ。

(中澤有美子)いや、本当にそうですよね。長男誕生、次男誕生。ねえ。

(安住紳一郎)すごいですよね。いや、本当に名前、書いてあるのよ。ビローン!って。

(中澤有美子)そうなの?見たことない。そんなの。

(安住紳一郎)あの、ねえ。侍が戦に行くときみたいにさ、長い、背中に背負うっていうね。すごいね。

(中澤有美子)そうですね(笑)。

(安住紳一郎)見とれちゃうもんね。やっぱりね。車運転してるとさ、本当、道の両サイドとかに、すっごいもう、びっくりするぐらいの大きさなのよ。まあ、九州ってなんとなくそういう感じ、するじゃないですか。なんでも大きいみたいな。暖かいから育っちゃうみたいな。

(中澤有美子)そうそうそう(笑)。

(安住紳一郎)ベローン!っていうのがさ、ベコベコベコベコーン!っていうのが両サイドから来てさ。すごいのよ、本当に。『長谷川家長男 長谷川太郎』とかさ、『田中家長男 田中正一郎』みたいなのがベラベラベラベラベローン!っていうのが、すごいんだよ。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)お気づきかと思いますが、私、鯉のぼり、買ってもらえなかったんですね。

(中澤有美子)いや、多くはそうですよ。

(安住紳一郎)いや、私、田舎育ちなものですから、なんとなくね、まあ住宅事情は比較的恵まれていてというか。まあ、だいたい庭は、土地が安いですからね。比較的どの家庭にも庭というか、ちょっとした車庫を建てるような雑草地みたいなものがついているものですから。まあ、買ってもらえてもよかったなというところはあるんですけどね。

(中澤有美子)あー。

(安住紳一郎)やっぱりなんとなく、男の子として生まれると、鯉のぼりはほしいなという気持ちは当然、自然に湧いてきていたんですけども。

(中澤有美子)そうなんですね。ああ、そうなんだ。

(安住紳一郎)まああとはね、年とともにそういう思いが薄くなっていくのかな?と思っていたんですけども、恥ずかしながら36に去年なりましたけれども。いまだにほしいですね。やっぱりね。

(中澤有美子)むしろその思いは強くなる(笑)。

(安住紳一郎)ええ。むしろ強いですね。まあね、今年から急にね、いま私の住んでいるところに鯉のぼりをボーン!と上げてもね(笑)。近所の方も若干びっくりするだろうなと思いますけども(笑)。

(中澤有美子)そう。驚きますね(笑)。

(安住紳一郎)『あれ?安住さんのところ、男の子生まれたのかしら?結婚したって聞いてないけど、ねえ。いたのね』なんて言って。『まだ公表してないだけなのね。あら、やだ。女性誌に電話しちゃおうかしら?』みたいな風にね、思われますよね。

(中澤有美子)大変ね(笑)。騒然となりますよ。

(安住紳一郎)『男の子、いたみたいよ』『えっ?』なんて。『安住さん、ご結婚されてたんですか?』なんて。

(中澤有美子)あら、やだ。もう。

(安住紳一郎)『いえ、僕のですけど?』って(笑)。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)『今年、買いました』(笑)。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)変人確定ですよね。『えっ?ご自分のですか!?』『ついに買うことができたので』って。

(中澤有美子)変人(笑)。

(安住紳一郎)言ったんですよ。私、5才から12才ぐらいまでですよ。まあ12才でもずいぶんね、粘ったなという感じありますけどね。『俺の鯉のぼりはどうしたんだ、おい!』って。父母にはずいぶんと詰め寄ったんですけどね。

(中澤有美子)ああ、そうですか。ええ、ええ。

(安住紳一郎)いまでもはっきり覚えてますけども。父は決まって、『竿が面倒くさい』っていう風にね、言ってましたね。

(中澤有美子)ああ、出したりしまったり。

(安住紳一郎)ええ。引っ越しの際に面倒だと常に言い訳してましたけどね。まあ、いま考えるとね、たしかにね、生まれてすぐ買うんだったら、あれですけどね。5才、7才、10才、12才になって突然、『わかった!じゃあ、鯉のぼり買う!』っていうのもおかしな話しだし。

(中澤有美子)ああ、そっかー。

(安住紳一郎)いま考えると、父の両親が僕が生まれた時にはすでに他界してたので。鯉のぼりって、結構、お父さんの父親のご親戚っていうか、多くは父方の祖父母が買ってくれたりするようなことが多いらしいんで。たぶん、それでもらえなかったんじゃないかな?っていうのがね。たぶん、いま思うとあるんですけどもね。それから、いまはね、なんかステンレスのポールでこう、エアーステンレスポールとか。空気を入れると、ピュンピュンピュンピュン、タケノコみたいに伸びるのとか。なんかいろいろあるんですけど。

(中澤有美子)へー。

(安住紳一郎)当時は、まあ私、昭和48年生まれなんですが。また北国の僻地ですから。東京近郊と比べると、物、感覚ともに、まあこのあたりとは5年10年ぐらい遅れているようなところだったので。いわゆる、木のまんまの、丸太の、電柱の細いような、旗竿っていうのかな?あれが主流で。

(中澤有美子)あー、かっこいいですね。

(安住紳一郎)あの、『幸福の黄色いハンカチ』でハンカチをパタパタパタパタやっていた、あのイメージですよね。上に風車だけ残したまま。で、もう1年中、立っているんだよね。それはね。

(中澤有美子)ああ、そうなんですね。

(安住紳一郎)そうなんです。そうそう。で、上の風車だけ残して、そのままというお宅がね、多かったんですが。当時まだ、ステンレスポールとかそういう便利なものはなくて。で、鯉のぼりを立てる家はずっと庭にその細い乾燥した灌木がボーン!と立っているみたいな感じなんですけども。近所はやっぱりベビーブームだったので、同年代の少年少女が多くて。まあ、男の子のいる家は、結構ね、鯉のぼりを出しているんですね。

(中澤有美子)うーん。

(安住紳一郎)それを見て、なんとなくね。うん、うらやましいなという感じでしたけども。結局、買ってくれませんでしたけども。

(中澤有美子)そっかそっかー。

(安住紳一郎)ええ。

(中澤有美子)女の子、女性だと結構ね、中年になってから、自分のためにお雛様買ったりしてますけどね。

(安住紳一郎)ああ、やっぱり俺も買っていいんだ?

(中澤有美子)いいんですよ。

(安住紳一郎)あ、いいんだ。

(中澤有美子)あんまり聞かないけどね。お雛様じゃないから。でも、いますよ。自分のために買ったり・・・

(安住紳一郎)自分のために、女性は中年と呼ばれる域に達しても?

(中澤有美子)そうそう。うん。

(安住紳一郎)自分のために雛人形を買う?

(中澤有美子)買う、買う。買うし、私の母も、お友達が遠くに引っ越すとかいって、お友達同士でお金を出し合って、雛人形をリクエストされたから贈ったなんてことを言っていたので。

(安住紳一郎)ああ、友達にプレゼントということですか?へー。

(中澤有美子)そうです。あるんですね。そういうことが。やっぱり、ほしかったっていう。

(安住紳一郎)じゃあ俺も買っていいんだ?

(中澤有美子)いいの。いいのよ。

(安住紳一郎)あ、そうなんだ。ああ、じゃあ、買おう。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)買うよ。堂々と上げるよ。

(中澤有美子)ベランダから?マンションの?(笑)。

(安住紳一郎)まあでもやっぱり、小さい時にね、友達のものと比べたりとかね、したかったなっていうのがやっぱりありますよね。みなさん、どうですか?みなさんは。まあ、東京の方はね、もう最初から、はなっから諦めていたという方は多いと思いますけど。

(中澤有美子)いやー、そうですよ。もうぜんぜん考えたこともない男の子、多いと思いますね。

(安住紳一郎)近所のみんな、持ってたんですよね。結構ね。もう、日がな一日眺めて、ため息をついていた日々でしたけれども。また、昭和の時代ですよ。年々豊かになっていく時代でしたね。だいたい最初は近所、私、4才、5才ぐらいの時は、真鯉緋鯉。黒い真鯉と赤い緋鯉の二連が多かったんですけど。

(中澤有美子)へー。

(安住紳一郎)ちょうど私の5才下くらいからですね。昭和50年代生まれ。このへんになってくると、今度は青とか緑とか、橙とか黄色とか。子ども増やして。三連、五連が珍しくなくなってきて。またその、ちょっと蛍光色っぽい緑とかがね、ちょっとね、うらやましくってね。で、またパープル。紫が出てきたりね。うん。うらやましかったですね。ああ、幼いながら、日本はどんどん豊かになっていくな、みたいな。

(中澤有美子)感じてたの!?

(安住紳一郎)感じましたよ!

(中澤有美子)すごいですね!

(安住紳一郎)最初、だって二連だった。で、ちょっと墨っぽい黒とさ、朱色っぽい赤じゃない?その中にこう、緑の蛍光色とか、青の蛍光色とか。ちょうどあの扇風機の羽根の色が緑だった時代ですよね。

(中澤有美子)そうですよね。ああ、わかります。

(安住紳一郎)ああいう感じですよね。で、橙とか黄色とか。ああ、暖色系が増えてきた!みたいな。豊かになってるんだ!みたいな(笑)。

(中澤有美子)すっごーい!大人でしたねえ。

(安住紳一郎)そして忘れもしない。今度、昭和60年代。自分より年が10個ぐらい下の子どもたちが生まれてくるとですね、私はもう小学生になってますけども。ちょうど500円札が500円玉に変わった頃ですよ。私、もう小学生6年生くらいだったんですけども。今度、あの、先程も出ました、ステンレスポールが出てきてね。で、ステンレスポールに白いロープがパチンパチンって当たってね。カンカーン!なんつって、音がしてね。ああ、これがステンレスの時代か、なんつって。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)カンカーン、パンパーンなんて当たってね。あれがまたちょっと気持ちいい音なんだよね。カンカンカーン、なんつって。

(中澤有美子)そうそう(笑)。

(安住紳一郎)昭和60年代。ちょうど家の西隣ですね。ナナカマドの木があって、サツキの植え込みがあって、砂利道があって、道路はさんで西側。藤村さんていうね、人が住んでいたんですけど。若いご夫婦が住んでいて。すごく品のある、知的なご夫婦でしたね。奥さんもすごく優しそうで。その奥さん、私、中学校に入学した時に図書券をくれたんで、すごく印象がいいんですけども。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)その藤村さんのお宅に男の子が生まれましてね。なんか、念願のお子さんだったらしいんですけども。私、すでに小6にしておばさんみたいな感性を持っていましたから。藤村さんちのそのサツキの植え込みから顔を出して。毎日。『藤村さんちも鯉のぼり、買うのかな?』なんて言って。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『どっちかな?五月人形にするのかな?』なんて。結構その、ちょっと都会的なね、匂いのするご家庭だったんで。『ちょっと田舎臭い鯉のぼりよりも、部屋の中の小型の兜とかにするのかな?』なんて思いながら。もう小学校6年生なんですけど、すっかりおばさんでした。

(中澤有美子)本当ですね(笑)。

(安住紳一郎)『藤村さんちは?』なんつって(笑)。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)学校帰りに、チラチラ。で、心なしかね、自分は兜派だったものですから。鯉のぼり、買ってもらえなかった派なんで。『藤村さんちはどっちかな?』なんつって、見てたんですけども。そしたら、しばらくしまして藤村さんところになんか、ちょっと軽トラックみたいなのが来て。スチール製のポールがね、ピュンと立ちましたよ。で、『ああ、藤村さんちもやっぱり鯉のぼりか』なんつって。

(中澤有美子)へー。

(安住紳一郎)『いいなー』なんつってたんですけど。でも、意外にね、藤村さんちのスチールポールが意外に低いんですよね。ステンレスポールが。ほいで、まあおばさん小学生ですから、私。『あらあら、どうしたの?意外に小ぶりねえ』なんつって。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『ちょっと藤村さん、甲斐性がないわね。今日び、このあたりじゃ五連ぐらいじゃ驚かないわよ』なんつって。『この高さじゃ五連は無理だろう。三連?』なんつって。『三連かよ?昭和60年だぞ?ねえ、念願のお子さんでしょ?五連くらい買いなさいよ』なんつって(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『おい!』なんつって。なんて、1人でね、横でキャンキャンキャンキャンやってたんですけど。それで、また数日後ですね。少年野球の帰りですね。思い出しますけども。いまでもあの日の光景、はっきり覚えてますけども。自転車で帰ってきて、砂利道ですけどもね。六段変速のミヤタ自転車の自転車でしたけどもね。カチャカチャカチャなんつって帰ってきて。

(中澤有美子)うんうんうん。

(安住紳一郎)そしたら藤村さんちの鯉のぼりが左の視界にパーン!って入ってきて。『なんなんだ、こりゃ!?』と思って。見たことのないものが、自分の視界に飛び込んで来て。『藤村さんち、どうなっちゃってるんだ!?』と思って、慌てて自転車を乗り捨てて、家の中に駆け込んで。母親がいたんで、母親に、『ちょっとちょっと!母さん、藤村さんち、変な鯉のぼり上げてるんだけど?』って言って。で、本当にびっくりしたんですけど。

(中澤有美子)うんうんうん。

(安住紳一郎)そしたら、うちの母親はにっこりとして。『あれがデザイナーズ鯉のぼりよ!』って。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『デザイナーズ鯉のぼり!?』っつって。

(中澤有美子)へー!

(安住紳一郎)したら、奥からうちの父親が出てきて。『おう、藤村さんちはモダンだからな!』つって。『モダン!?』っつって。聞いたことのない言葉だったんで、びっくりしたんですけど。

(中澤有美子)デザイナーズ?(笑)。

(安住紳一郎)『デザイナーズ鯉のぼりですって』『ええっ!?』って。あの、白地じゃなくて、ちょっと黄色地っていうかな?少し落ち着いた、黄土色に近いような黄色の地に、鯉の輪郭がちょっと若干その、莫山先生風に輪郭をぼかした感じで書いてあったりとか。荒々しく、水墨画調みたいな感じになっていて。ええ。

(中澤有美子)ふーん。

(安住紳一郎)で、なんかちょっとね、目がすごく大きくて。で、ちょっと変な、直線を重ねたような輪郭がこう、なっていて。鯉っていうよりも、ピラルクみたいな形になっていたんだけれども。

(中澤有美子)ピラルク?

(安住紳一郎)淡水魚ね。こういう、グッとなっていて。

(中澤有美子)書きなぐった風な?

(安住紳一郎)書きなぐった風なのが、こう。二連だったんですけどね。パタパタパタパタ。まあ、いまとなっては山本寛斎なのか、ケンゾータカダなのか、わかりませんけども。まあデザイナーズ鯉のぼりでね。紛れも無く。そして私が初めてその、デザインとかモダンに初めて触れた初めての経験(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)まったく良さがわからない!みたいな。おおーっ!って。

(中澤有美子)野球少年(笑)。

(安住紳一郎)野球少年、まったく良さがわからない!みたいな(笑)。『あれ?なんだこれは!?』なんつって。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)まったく良さがね、わからなかったの。藤村さんちの鯉のぼりの良さがね。うん。私が初めてデザインというものに触れた出来事でした。いまでも忘れられません。いまだに、なんかデザインとかモダーンとか、前衛的って聞くと、まずは藤村さんちの鯉のぼりを思い出す(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)で、『あ、ああいう風か』って。

(中澤有美子)ああいう風。ああいうタッチねと。

(安住紳一郎)ああいうタッチか、という。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)どうでもいい話でしょ?

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)でもすごく衝撃的だったの。

(中澤有美子)そうだったんですね。

(安住紳一郎)すごい衝撃的だったのね。デザイナーズ鯉のぼり。『おおー!これがモダンか!はー!』っていう。

(中澤有美子)あるんだな、こういうのがっていうね。

(安住紳一郎)そう。それからずーっと見てたけどね。うん。で、聞く人聞く人に、近所の子どもたちに、『ねえねえ、三好くんはさ、藤村さんちの鯉のぼりの良さがわかる?』って(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『ねえねえ、豊島くーん』『ねえねえ、西本くーん、藤村さんちの鯉のぼりの良さはわかりますか?』って(笑)。

(中澤有美子)なんて?三好くんたち、なんて?

(安住紳一郎)『いや、あれがあれなんでしょ?流行りなんでしょ?』みたいなのとか。『うーん。数がいた方が俺は盛り上がるけどね』とか。みんな、率直に感想をね、述べ合ってましたけどね。

(中澤有美子)リサーチしてみたんだ(笑)。

(安住紳一郎)リサーチしてみたんだけどね。やっぱりね、大人の人には受けがよかったですね。

(中澤有美子)ああ、そうですか。

(安住紳一郎)いいなと思いますけどね。ええ。そして私、36にして、デザイナーズ鯉のぼりを買いたい!(笑)。

(中澤有美子)買いたい(笑)。あ、中でもデザイナーズを(笑)。

(安住紳一郎)デザイナーズを買いたい!

(中澤有美子)買いたい(笑)。

(安住紳一郎)うん。いま、さすがにね、オーソドックスな五連とか三連を買うとね、ちょっとね、あれになるんで。デザイナーズ鯉のぼりが買いたい!(笑)。

(中澤有美子)買いたい(笑)。

(安住紳一郎)はー・・・

(中澤有美子)ため息(笑)。

(安住紳一郎)どうでもいい話ですね。どうでもいい話ですけど、いま、私のいちばん話したい話ですよ!

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)話が長くなりました。今日のメッセージテーマ、こちらです!

<書き起こしおわり>
[関連リンク]安住紳一郎が語る 上級鯉のぼり講座

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