町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でデンゼル・ワシントンが監督・主演し、アカデミー賞で4部門にノミネートされている映画『Fences』を紹介していました。
(町山智浩)で、今日、映画の話を時間がないんでパッとしますと、やっぱり壁についての映画なんですよ。
(赤江珠緒)壁。はい。
(町山智浩)デンゼル・ワシントン監督・主演作品の『Fences』。フェンス、柵ですね。という映画についてお話します。これは壁っていうか木の柵の話なんですけど。舞台は1957年のピッツバーグという街でデンゼル・ワシントンが演じるのは54才になるトロイという男なんですね。で、彼は昔、ニグロリーグ(Negro League baseball)という黒人だけのプロ野球リーグでベーブ・ルースよりも多くのホームランを打った男という設定です。
(赤江珠緒)ふーん。
(町山智浩)で、これは実在する、本当にそういう人がいたんですよ。その人をモデルにしています。黒人と白人がプロ野球リーグが別々だったんで、記録として残らなかったんですね。
(赤江珠緒)ああ、そうか。
(町山智浩)それで、本当だったら大スターになれたのに、差別のためになれなかったんで、すごくデンゼル・ワシントン扮するトロイというおっさんはひねくれた人間になっちゃっているんですよ。
(赤江珠緒)まあ、そうなりますね。うん。
原作は舞台劇
(町山智浩)で、このお父さんとその息子と奥さんの、もうほとんど家族だけしか出てこない舞台劇が原作です。この『Fences』という映画の。これはアカデミー賞の作品賞と主演男優賞、助演女優賞候補になっています。で、本当はね、舞台劇なんで。ずっと裏庭があって、その裏庭にフェンスを建てようとするだけの話なんですよ。
(赤江珠緒)テーマとしては、すごくちっちゃい家の話みたいな感じですけど?
(町山智浩)そうなんですけども、実はそれにすごく大きなものを象徴させている、すごくよくできたドラマでした。っていうのは、まず主人公のトロイは自分がスポーツ選手としては非常に優秀だったのに、差別のためにスターになれなかったということで、自分の息子がアメフトで大学に言ってプロを目指しているんですけど、「お前なんか、やってもダメだ」って潰しちゃうんですよ。
(山里亮太)えっ?
(町山智浩)要するに、俺はこんなに苦労して……って。実は、ゴミの回収業をしているんですね。清掃局に勤めて。「スーパースターだったのに、俺はゴミの回収をしてお前たちを育ててきたんだ。家族を養ってきたんだ。俺の苦労を知らないのか? なんでお前はフットボールでスターになろうとするんだ?」って、一種の嫉妬みたいな感じでその息子のアメフト人生を潰そうとする親なんですよ。
(山里亮太)えっ? 自分ができなかったんだから、せめて息子だけでも……っていう感じになるいい話系じゃないんですか?
(町山智浩)そう思ったんですけど、そこもそういう風になっちゃうほど打ちひしがれて。心が歪んでしまっている人なんですね。
(赤江珠緒)そうかー。
(町山智浩)で、あともう1人息子がいまして。もう1人の方の息子、兄貴の方はジャズミュージシャンになろうとしているんですよ。ところが、それも潰すんですよ。
(赤江珠緒)えっ、その夢も?
(町山智浩)そう。だから、「お前、そんなチャラチャラしたことをしていないで、俺みたいに汗水たらして働け!」って。デンゼル・ワシントンが全然もう言うことを聞いてあげないんですね。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、もう最悪なんですけども、こういう人って実際にいるんですよね。
(赤江珠緒)そうですよね。
(町山智浩)いわゆる「毒親」っていうやつですよ。
(山里亮太)毒親?
(町山智浩)毒親。聞いたことないですか?
(赤江珠緒)あります、あります。
(町山智浩)親なんですけど、子供を押さえつけようとする親ですね。コントロールして。
(赤江珠緒)「できないでしょ」って言っちゃうんですね。
毒親 デンゼル・ワシントン
(町山智浩)そうそうそう。「お前なんかには無理なんだ」って言って。で、「自分はこれだけ苦労したんだ。なんでお前たちは苦労しないんだ?」って言うんですよ。で、実際に1957年なんで、1947年には黒人がプロ野球にもアメフトにも入っているんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)で、ジャズブームだったんで、アメフトや野球やジャズで黒人が成功するっていうのは別に普通の時代になっているんですよ。1957年って。
(赤江珠緒)ああ、可能なことなんですね。うん。
(町山智浩)そう。でも、自分はそれができなかったから。その10年前だったんで。彼は自分の息子に嫉妬をするんですよ。これは怖い話でね。実はこういう人って親じゃなくても、業界とかにもいっぱいいますよ。
(山里亮太)えっ?
(町山智浩)お笑い業界にもいるでしょ、実は!
(山里亮太)いるかな?……いるな!
(町山智浩)いや、答えられないと思いますが、います! 「お前なんか、ダメなんだよ。俺はこんなに苦労してきたんだよ。お前のそれは、ダメだよ」って頭ごなしに潰していく人っているんですよ。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)物書きとかにもいるし、映画評論家にもいますよ。
(山里亮太)どの世界にもいるんだ。
(町山智浩)『映画芸術』っていう雑誌を作っている人とか、そうなんですy.
(赤江珠緒)いや、ちょっとちょっと! 具体名が出てきたから……。
(山里亮太)具体名が出てきた(笑)。
(町山智浩)実名を出してますけども。荒井晴彦って人なんですけど。
(山里亮太)あっ、出した! ついに(笑)。
(町山智浩)新しい才能が出てくると、全部潰そうとする人がいるんですよ。「ダメだよ、これ!」って。いや、もうそういう人ってどこにでもいるんで、別に珍しいことじゃないんですよ。でもそれは、本当に人間が、さっき実は『バードマン』の話をしましたけども、昔苦労をしているとどうしてもそういう風になってひねくれてしまうんですけど。ただ、これは黒人で差別されたということが根底にあるんですよね。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)だから、ヴィオラ・デイヴィスっていう名女優が演じている奥さんがいて、今回、アカデミー賞を確実に取るだろうと言われているんですが。彼女はそれを理解しているから、なんとかその夫のひねくれている部分を直そうとして息子との間に入っていくんですけども、その葛藤を描いたドラマなんですね。
(赤江珠緒)はー。
(町山智浩)で、これはすごく深いドラマで。実はひとつの家族を通してアメリカ全体を描こうとしているんですよ。
(赤江珠緒)家庭のお話だけじゃなくて。
ひとつの家族からアメリカ全体を描く
(町山智浩)そうなんですよ。っていうのはこれはアメリカでは「『セールスマンの死』という戯曲の黒人版である」という風に評価されているんですね。『セールスマンの死』っていうのは1949年にアーサー・ミラーによって書かれた戯曲なんですが、セールスマンっていうのはその頃、ブルーカラーだったんですよ。高校しか出ていなくて、一生懸命歩いて物を売る仕事なんですね。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)その当時は労働者階級の仕事と思われていたらしいんですよ。それで、子供を一生懸命育てて中産階級になった人が主人公なんですよ。だから、ただ本当に彼の思ったようには生きられなかったので、その嫉妬とか憎しみみたいなものを社会にぶつけていくんですよ。その主人公が。アメリカンドリームを叶えられなかったワーキングクラスがすでにその1949年に出てきているんですね。これが深いのは、実際に1960年代の終りになると、それまでワーキングクラスが中流として、中産階級として家を持ったり、車を持ったりしたんですけど。その後は頭打ちになっちゃうんですよ。彼らの仕事が。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)要するに、大学を出ないとならない仕事……ITであったり、非常に技術の高い仕事や金融とか。大卒の資格がいる仕事の年収に絶対に高卒の人が追いつかない社会になってくるんですね。その後、アメリカは。それをね、1949年に『セールスマンの死』というのは予言しているんですよ。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)で、それと同時に黒人の方では何があったのか?って描いたのが『Fences』なんですよ。で、その現実……要するにワーキングクラスとしてアメリカを経済的に発展させてきた彼らが、実はそれで散々利用されて、発展の中から取り残されて行くんですね。2つとも。で、その時に自分の心を守るために、柵を作るんですよ。
(赤江珠緒)ああー、うん。
(町山智浩)現実から自分を守るために。その柵っていうのは非常に象徴的なもので、本当は柵なんか作ったって、乗り越えるの簡単じゃないですか。そんなものじゃあ、何も守れないんですよ。柵では。でも、自分の非常に打ちひしがれた心を守るために柵を作るという話なんですよ。
(赤江珠緒)そうなのか! 本当だったらね、いちばん理解できる立場の人じゃないですか。なのに、嫉妬をしてしまうという、そういう感情になるんだな。
(町山智浩)自分が苦労したから、若い世代とか次の新しい世代が苦労しないでいくことが耐えられないんですよ。デンゼル・ワシントンはそういうのをすごくね、この人はいい人の役が多いんですけども、嫌に演じているんですね。で、それっていま現在アメリカで起こっていることと同じなんですよ。1960年代の終りにワーキングクラスの崩壊が始まって、その後全然収入が伸びない状態で50年たっているんですよ。アメリカは。
(赤江珠緒)うんうんうん。
(町山智浩)その人たちが、トランプに投票したんです。
(赤江珠緒)そうですね。だから、こっちの日本から見ているとみんなもともと移民の人たちなのに、なぜそんなに移民を否定するんだ?っていう。
(町山智浩)そう。なぜ新しい移民を嫌がるか? 同じですよ。理論が。
(山里亮太)なるほど。「俺たちはこんな苦労をしたのに」って。
(町山智浩)この黒人のお父さんと全く同じなんですよ。「自分はこんだけ苦労して、やっと家を持ってお前たちを養ってきたのに、なんでお前たちはこんなに易々と俺たちが作ったアメリカっていう国を踏み台にしていくのか?」と。嫉妬なんですよ。だから、壁を作ろうとしているんですよ。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)壁なんて作ったって、本当に不法移民は防げないですよ。だって穴掘って下から入ってくるし、海からも川からも入ってきますから。
(赤江珠緒)そうですね。
(町山智浩)ただ、あれは象徴なんですよ。俺たちを守ってくれる。だって、特にラストベルトの人たちが壁を作ることを喜んでいたけど、ラストベルトと壁の距離ってものすごく離れているんですよ。ほとんど関係がないんですよ。ただ、傷つく心を守ってほしいから。要するにグローバリゼーションという何だかよくわからない怖いものから、自分たちのアメリカを守ってほしいから壁を作ってほしいんですよ。一種の呪術ですね。ブードゥーですね。藁人形みたいなものですよ。
(赤江珠緒)そうかー。
(町山智浩)家の前に、イワシの頭とかを飾ったりするじゃないですか。鬼が入らないように。
(山里亮太)はいはい。節分とかに。
(町山智浩)壁ってそういうものですよ。トランプが言っている壁は。
(山里亮太)はー、なるほど。物理的に入ってこないようにするとかじゃないってことですか。
(町山智浩)そう。呪術的なものですよ。だからもう本当にこの『Fences』っていう映画はね、見た人はかならず壁のことを考えるだろうなと思いましたね。
(山里亮太)このタイミングで出てくればね。たしかに。
(町山智浩)まあ、柵についての映画なんでね。という映画で、非常に深い映画がデンゼル・ワシントン監督・主演の『Fences』でした。アカデミー賞は絶対にこのヴィオラ・デイヴィスさんが取りますんで。苦労している奥さん役で。日本公開はたぶん年内だと思います。
(赤江珠緒)はい。わかりました。今日はアカデミー賞に4部門ノミネートされているデンゼル・ワシントン監督の『Fences』を紹介していただきました。町山さん、ありがとうございました。
(山里亮太)ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
<書き起こしおわり>