(町山智浩)そうなんですよ。だから『七人の侍』でも火事のシーンだって本当に役者が火傷するまで家を燃やすし。『椿三十郎』だと人を斬るっていうことはこういうことだ!って、血を何十リットルも吹き出させるっていうね。「いや、そんなに出ないから。人間の体にそんなに血はないし……」みたいな。「でも、これぐらいやらないとお前らにはわからないだろう?」っていうのが黒澤タッチなんですよ。
だからこの黒澤タッチっていうのは日本人的ですらなくて。黒澤的でしかないものなんですよ。ものすごくしつこい(笑)。だって、あれですよ? 志村喬が生きるってことの意味を見つけて。「そうだ! あそこに公園を作ればいいんだ!」って思った時に、全然関係ないところで誕生日パーティーをやってる女の子たちが「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」って歌うんですよ。
で、普通はそれをさらっと流して。「ああ、彼はここから初めて本当に生きるから。だからここで誕生日おめでとうっていう歌が流れるんだな」ってわかるじゃないですか。でもその後も延々と「ハッピーバースデー♪」って、フルコーラスぐらい歌うんですよ(笑)。「しつこい! わかったよ!」っていうね(笑)。「これが黒澤タッチだ!」っていうところで、もう爆笑するんですけど。しつこいから。あとね、演技が……志村喬さんの演技、すごくなかったですか?
(赤江珠緒)そうですね。「あの……」みたいな。もどかしいみたいな。
(町山智浩)その通り! もうとにかく、自分に死が迫ってることでもって、パニックを起こして。ちゃんとしゃべれないんですよね。で、「どうしたの?」とか若い女性の職員に言われるんですけど。そうすると「あ、あっ、あの、あああ、あの……わ、私は……」とか、何を言っているのかわからないっていう(笑)。で、その間に目玉をギョロッと本当に大きくむいて。しかも目に涙をいっぱいためて。「あ、あ、あああ……」とか言うから。「なんなんだ、この映画は?」っていう気持ちになるんですけど。
ビル・ナイさんはイギリス紳士、英国紳士なんで、そんなことはしないんですね。非常にクールなんですよ。さらっとね、「ああ、私はね、がんで、死んでしまうんですね」っていう感じなんですよ。
(赤江珠緒)ええっ? それでいいんですか?
(町山智浩)これは一体何か? この映画は黒澤明の『生きる』をリメイクしたんですが、黒澤明タッチじゃないんです。実は。これ、小津安二郎タッチなんですよ。
(赤江珠緒)ああっ!
(町山智浩)驚くべきことに。
(赤江珠緒)小津安二郎さん!?
小津安二郎タッチで『生きる』を描く
(町山智浩)カズオ・イシグロさんはビル・ナイをキャスティングした時に、その理由を「小津安二郎映画の笠智衆に似ているから」って言ってるんです。「それ、違う監督だろ?」って思いますけども。
(赤江珠緒)ああ、笠智衆さんだと、たしかに死とかもさらっと受け止めそうな……。
(町山智浩)笠智衆さんは小津安二郎さんの映画で全てのセリフが棒読みなんです。全く感情を表に出さないんです。「そうかー。それは、困ったねえ」って。
(赤江珠緒)そうですね。たしかに(笑)。
(山里亮太)寅さんにも出ていますね。
(町山智浩)そう。寅さんにも出てましたけど。寅さんはまだね、感情がちょっとこもってますけど。
(赤江珠緒)「コラッ、寅!」みたいなね。
(町山智浩)「コラッ!」って言うんです。あれは山田洋次さんの演出だから「コラ、寅!」とか言うんですけども。小津安二郎さんの演出だと「こらー、とらー」ってなるんですよ。もし小津安二郎が寅さんを提出したら「おまえはー、ほんとうにー、こまった、男だー」ってなるんですよ。
(赤江珠緒)アハハハハハハハハッ! でもそうですね。小津さんのも何個か見たことがありますけども。そうだ。
(町山智浩)小津安二郎さんは黒澤さんと違って、全く逆に「感情を表に出すのは恥ずかしい。それはダサい」と思っていた人なんですよ。「言いたいことは絶対に言わない」っていう人だったんです。だから全ての映画で、誰も本当に思ってることを言わないんです。思ってることを顔に出さないんです。大抵の映画が、年老いた父親が娘を嫁に出すっていう話なんですけども。娘は見合いで好きでもない人たちのところに嫁に行かされるんですが、決して「嫌だ」とは言わないんです。黙って嫁に行って。「よかったなー」って言って終わるんですよ。
(赤江珠緒)フフフ(笑)。
(町山智浩)でも、でもその中にはっきり表面には出てない悲しみとかを観客は感じ取るはずだから。それを押し付けてはいけないんだっていうのが、小津安二郎精神だったんです。
(赤江珠緒)そうですね。なんか秋の夕暮れを見てるように、薄い感じで。淡い感じで。
(町山智浩)音楽も小津さんはいつも悲しい音楽とか、絶対にかけないんですよ。軽く優しく微笑んでるような音楽がうっすらと流れているんです。
(赤江珠緒)たしかに。全然違いますね。タッチが全然違いますね。
(町山智浩)そう。これはね、すごいなと思って。カズオ・イシグロは僕、本当にこの人は作家として面白いと思うんですけど。黒澤明の映画を小津安二郎タッチで映画化しているっていう。実に面白い実験を行ってるので。本当に『生きる』をご覧なった人も「なんだよ? イギリスなんかで映画化しやがってよ」とか、いろいろ思ってる人もいるだろうと思いますが。『生きる』、30回とか40回も見ている人、日本にはいっぱいいるんでね。それでもこの『生きる LIVING』はちょっと見た方がいいと思うんですよ。
(赤江珠緒)そうですか。
(町山智浩)非常に奇妙な面白いことをしてて。それこそ「日本人とは」ってことも考えさせるし。「イギリス人とは」「生きるとは」ということも考えさせてくれる映画なので、ぜひご覧ください。
(赤江珠緒)そうなんですね。
(山里亮太)まずはちょっと、黒澤さんの『生きる』を見るところから。
(町山智浩)どっちが先でもいいと思います。ぜひ両方、ご覧ください。
(赤江珠緒)『生きる LIVING』は3月31日日本公開となっております。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
『生きる LIVING』予告
<書き起こしおわり>