町山智浩『戦争のはらわた』を語る

町山智浩『戦争のはらわた』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で自身の人生の映画ベスト3に常に入る作品『戦争のはらわた』について話していました。

戦争のはらわた [Blu-ray]

(町山智浩)まあ、それが『ハイドリヒを撃て!』で、もうすぐ公開ですね。今週末かな? 東京の方で。

町山智浩『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』について話していました。 (町山智浩)で、今日は2本……今月、日本で2本戦争映画が公開されるんで。それをちょっと紹介したいんですが。1本は『ハイドリヒ

で、もう1本はもうちょっと経ってから。8月26日に日本で公開になる映画で『戦争のはらわた』という映画なんですが。ちょっと音楽をお願いします。

(町山智浩)はい。これはね、『戦争のはらわた』っていうのはタイトルはものすごいんですけど、日本語のタイトルがすごいだけで、原題は『鉄十字章(Cross of Iron)』というタイトルなんですね。で、これは西ドイツ映画です。

(山里亮太)西ドイツ。

(町山智浩)西ドイツという国が昔、ありました。で、1977年の映画なんですけど、これ僕、中学生の時に見ているんですけども、これは僕が一生の間に見た映画のうちでベスト3にいつも入っている映画です。

(山里亮太)へー!

町山智浩の生涯ベスト3に常にランクインする作品

(町山智浩)で、僕、これを映画館で見た時に本当にもう感動して。東劇という銀座の映画館で見たんですけども。朝から晩までずっと、5回ぐらい見ましたよ。

(海保知里)うわっ、それもすごいですね。

(町山智浩)そう。で、翌日も行きましたけども(笑)。土日両方ともそれで潰しましたけど。それぐらい好きな映画がこの『戦争のはらわた』っていう映画なんですが、今回すごく荒れていたフィルムとかを全部きれいにして、デジタルリマスターにして完璧な状態で上映されます。8月26日から。で、これはね、珍しいドイツ軍の兵隊が主人公の第二次大戦映画なんですよ。で、舞台となるのは東部戦線といいまして。西ヨーロッパ全部を支配したナチス・ドイツ軍と東ヨーロッパを支配するソ連との大激突なんですね。二大超大国が大激突して、東ヨーロッパ全域が戦場になったすごい戦争があったんですけど。これはね、両軍合わせて4000万人近く死んでいるんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)これ、関東地方の総人口と同じぐらい死んだんですよ。だから、史上最悪の地獄の戦線と言われているんですけど、そこにいるドイツ兵が主人公なんですね。で、ソ連軍が迫ってきているんですけども、彼らだけが強くて。主人公たちだけが勝ち続けているという小さい小隊がありまして。10人ぐらいの部隊なんですけど。それを率いるのはドイツ軍のシュタイナー軍曹という英雄なんですよ。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)で、彼は鉄十字章というのを持っているんですね。鉄十字章っていうのは最も勇敢に戦った兵士にだけ授けられる、ドイツの非常に伝統的な勲章なんです。で、このシュタイナー軍曹はとにかく強くて。もう、大胆不敵で最強の英雄として尊敬されているんです。兵士の間では。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)ただ、上官にはものすごく逆らうんですね。上官の言うことを全く聞かないし、ナチも大っ嫌いだし、ヒットラーも大っ嫌いなんですよ。このシュタイナーは威張っているやつが嫌いで生意気なんで、軍の中では嫌われている。あまりにもカリスマ性がありすぎるということで。で、その彼と部下たちのひとつの小隊が、軍隊というよりは不良番長と仲間たちみたいなんですよ。

(山里亮太)ほう。

(町山智浩)だから、日本映画で岡本喜八監督の『独立愚連隊』っていう映画がありまして。それもそういう話なんですよ。日本軍の中で不良どものグループがあって……みたいな話なんですね。で、あと勝新太郎さんの『兵隊やくざ』シリーズ。あれもそうで、軍隊の中で規律に逆らう勝新太郎とその上官がコンビで軍隊の威張っているやつらをやっつけていくっていう話だったですけど、これも非常に近い話なんですよ。

(山里亮太)ふーん!

(町山智浩)で、『兵隊やくざ』っていうのはあれ、満州で置いていかれちゃう話なんですね。日本軍が勝手に撤退して、置いていかれてソ連軍とか中国軍と戦いながら……みたいな話がその『兵隊やくざ』だったし、『人間の條件』っていう映画もそうだったですけど。

『兵隊やくざ』と『人間の條件』

https://miyearnzzlabo.com/archives/32279
https://miyearnzzlabo.com/archives/29819

(山里亮太)はい。

(町山智浩)この『戦争のはらわた』って非常にそれと似ているんですよ。で、まずよく似ているのが敵はソ連軍じゃなくてドイツ兵なんですよ。シュトランスキー大尉という上官がそこに来るんですね。東部戦線の前線に。で、彼は貴族の出身で家柄の良さだけで威張っている、全く実戦経験のないお坊ちゃんなんですけど。でも彼は鉄十字章がどうしても欲しいんですよ。っていうのは、その家柄がすごくいいから鉄十字章を取らないと「ダメな男」という風に言われるんですね。その貴族の中で。

(山里亮太)ふんふん。

(町山智浩)だからそのシュタイナー軍曹に「君のように鉄十字章がほしいから、なんとか手柄を私にとらせてくれないか?」って言うんですけど、そうするとシュタイナーは冷たくこう言うんですよ。「あんたみたいなやつは絶対に鉄十字章に値しないね」って言うんですよ。

(山里亮太)おおっ!

(町山智浩)っていうのは、鉄十字章っていうのは仲間のために命を捨てる活躍をした人がもらえるものなので、このシュトランスキーという上官は自分の名誉しか考えていないから、もらえるはずがないんですよ。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)ねえ。で、そこからその2人がどんどん仲が悪くなっていくんですよ。で、これは非常にリアルで。僕も非常に会社で、出版社にいた時に社長と仲が悪くて。僕が次々とベストセラーを出すのに、全く給料がもらえないという状況があったんで、非常によく似ているんですけど。

(山里亮太)シュタイナーに感情移入できるんですね!

(町山智浩)そう。だって本をめちゃくちゃ売っているんだもん。負けを知らない編集者だったのに、社長はそれを妬んで、ネチネチいじめて。最終的に飛ばされたんですよ、僕。とんでもない潰れそうな会社に。洋泉社ですけど。

(山里亮太)悪いことしたわけでもないのに。あ、言っちゃった(笑)。

(町山智浩)そう。だって本を売っているんですよ。それなのに、まあメディアとかに出て生意気だと思われていたんだろうと思うんですけど。で、本当に潰れそうな洋泉社っていうところに飛ばされて、「そこで戦え」って言われたんですけど……もう前線は崩れていて、敵に完全に蹂躙される状態だったんですよ。僕。ねえ。

(山里亮太)そこで?

(町山智浩)で、このシュタイナーも、結局その上官のシュトランスキーに嫌われて。で、ソ連軍が迫ってくるのにシュトランスキーはシュタイナーに黙って全軍撤退しちゃうんですよ。

(山里亮太)うわっ! 嫌なこと、するね!

(町山智浩)そう。敵の何万人というソ連軍の真っ只中に、そのシュタイナーたちの小隊わずか10人ぐらいは置いてけぼりにするんですよ。で、これ、実話なんですね。

(山里亮太)ええっ! すげーな!

(町山智浩)そう。調べたら本当にそういうことをやられた人がいてですね。しかも、その人は鉄十字章を持っている人なんですよね。それをもとにした話なんですけど。で、朝起きたら敵の真っ只中なんですよ。自分たちが。わずか5、6人しかいないんですけど。で、それを敵中突破して、本隊の方に合流しなければならないわけですけども。殺されちゃうわけですけども。ところが、本隊の方ではシュタイナーが生きているとなると、置いてけぼりにした事実がバレてしまうからシュトランスキーはシュタイナーが帰ってきたら皆殺しにしようと思って待ち構えているという状態なんですよ。

(山里亮太)おーわ!

(町山智浩)っていう、どうしようもない極限状態で戦い続ける話で。まあ、すごいんですけど。この『戦争のはらわた』っていう映画を僕が見た時は、なんでこんなに感動したのかっていうと、僕はプラモデルばっかり作っているガキだったんですね。で、その頃はガンダムとかがないんで、プラモデル好きはたいてい田宮模型の1/35の戦車を作るんですよ。

(山里亮太)はー、ありましたね。はいはい。

(町山智浩)で、ドイツの戦車がいちばんかっこいいんで作るんですけど、戦争映画を見るとハリウッドの戦争映画に出てくる戦車って全部デタラメなんですよ。ハリボテみたいなのが出てくるんですよ。でもね、この『戦争のはらわた』は本当にソ連軍のT-34っていう戦車の役で本当にT-34が出てきて暴れまわるんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)だからそれで感動したというのと……これ、実際にユーゴで撮影しているからなんですけど。あと、アメリカ映画に出てくるドイツ兵ってみんなナチで血も涙もない冷酷非情な悪者しか出てこないんですね。でもこの『戦争のはらわた』っていう映画では主人公のドイツ兵がヒットラーを信じていないし。本当に血も涙もある熱い友情の男たちとして描かれているんですよ。で、非常に感動して大好きな映画になったんですけど。ただ、この映画がすごく不思議なのは、西ドイツ製の映画なんですけど、映画の監督はハリウッドで西部劇をずっと撮っていたサム・ペキンパーっていう監督なんですね。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)で、主役のシュタイナーを演じるのも、彼の映画で西部劇で主役をやっていたジェームズ・コバーンっていうアメリカの俳優なんですよ。で、どうしてこんな事態になったのか、非常に謎だったんですよ。僕、ずっと。なぜ、ペキンパーがドイツまで行って、しかもユーゴの戦場で撮影しなきゃならなかったのかと。で、ずっと謎だったんですけど、最近やっとこの映画がもう1回公開されるということで、お金をもらってドイツに行って。で、調査してきたんですよ。

(山里亮太)おおっ!

(海保知里)すごい!

サム・ペキンパーの謎

(町山智浩)で、関係者ももうみんな亡くなっているんで。僕と同じぐらいの歳の人がペキンパーの研究家で、しかもドイツ人で、シュツットガルトでこの映画について調査をしていたんですね。で、資料を全部持っているんで、彼のところまで会いに行ったんですよ。シュツットガルトに。で、いろんなことがわかりました。まず、この映画のお金は『女子学生(秘)レポート』っていうポルノ映画の売上で作られたお金だったんです。

(山里亮太)ええっ!

(町山智浩)そのね、女子大生素人ポルノをずっと撮っていたドイツ人のプロデューサー(ウォルフ・C・ハルトウィッヒ)が、それでお金をたくさん儲けたんで、ドイツ人が活躍する戦争映画を作ろうということでこの『戦争のはらわた』にお金を出したんですね。ところが、ペキンパーっていう監督は暴力の美学と言われてものすごい戦闘シーンをハリウッドでやっていたんですけども、全く妥協をしない監督だったんで、映画会社とどんどん仲が悪くなって干されちゃって映画を撮れなくなっちゃっていたんですよ。その頃。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)だからドイツに呼ばれて映画を撮ることになっちゃったんですね。で、行ってみて今度撮影に入ったら、このペキンパーという監督は全く戦闘シーンに妥協をしないので、大量のフィルムと大量の火薬を使って、本当に戦場みたいな状況を作り出しちゃったお陰で、撮影中にお金がなくなっちゃったんですね。すぐに。で、製作費が尽きたんで日本に行ってそのプロデューサーは松竹富士からお金をもらって、それでまた撮影を続行するという状態になったらしいんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)で、お金がない状態ではしょうがないからということで、食料を削って。全員が飢え死にしそうな状態で戦争映画を演じていたらしいんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)だから全く現場が戦場だったという話とか、面白かったですよ。まさに戦場。しかも、すごく能力はあるんだけど、周りに理解されないで、上司に理解されないで、地獄の戦場に飛ばされるシュタイナーとこのペキンパー監督の境遇が全く同じなんですよ。ハリウッドで干されちゃって地獄の戦場に行っているペキンパーと同じで。だからね、この映画が本当に感動をもたらしたのは、そういう本当にリアルな……作っている側の心が本当にこもっている映画なんだなと思いましたね。

(山里亮太)ふーん!

(町山智浩)で、もっと詳しいいろんな事情はその映画のブルーレイが出ますんで。それの解説書に書きましたんで。7000字、書きましたんで。

(山里亮太)見ながら見るとじゃあ、より楽しめるという。

(町山智浩)ということで、本当にこれは僕が好きな映画なんで、ぜひこの『戦争のはらわた』は見ていただきたいと思います。

(海保知里)デジタルリマスター版、8月26日から新宿シネマカリテほか、全国順次公開。そしていまお話があったDVD・ブルーレイもね、発売予定でございます。そして『ハイドリッヒを撃て!』は8月12日、新宿武蔵野館ほか、全国順次公開です。ということで町山さん、『ハイドリッヒを撃て!』と『戦争のはらわた』、どうもありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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