町山智浩 アレサ・フランクリンの偉大さを語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で亡くなったアレサ・フランクリンさんについてトーク。その偉大さについて話していました。

(町山智浩)今日はですね、先日亡くなったアメリカの歌手のアレサ・フランクリンさんについてちょっとお話をしたいんですよ。アメリカではいま、大変な追悼の嵐になっているんですね。で、彼女は「クイーン・オブ・ソウル(ソウルの女王)」と言われていた人なんですけども。日本ではどういう風に報道されていますかね?

(赤江珠緒)でも日本でもソウルの女王として……っていうことで。アレサさんが危篤っていうところからニュースとして流れていましたね。

(町山智浩)どのようにして彼女が偉大だと思われているのか?っていうところをちょっとお話したいんですね。で、具体的には彼女は大統領就任式で歌う人ですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。オバマ大統領の就任式で歌われたのが印象に残っています。

(町山智浩)はい。クリントン大統領の時も歌っていますね。で、トランプ大統領もお願いしたんですけど、断られたそうです。それは断る理由がはっきりとありますね。というのは、アレサ・フランクリンという人は歌手として偉大だというよりも、アメリカという社会と歴史にとって偉大だったんですよ。それと、世界中の女性にとって偉大だったんですね。

(赤江珠緒)はい。

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Posted at 2018.8.21
アレサ・フランクリン
ワーナーミュージック・ジャパン

(町山智浩)それを順を追って説明をしていきますと……まず、ソウル・ミュージックという音楽はいったい何か?っていう話をしますと、これは具体的には1960年代から70年代にかけて流行した黒人音楽ということなんですけども。もっとわかりやすく言っちゃうと、もともとはゴスペルという黒人教会での宗教音楽、キリスト教の音楽、賛美歌ですね。それの形式で宗教じゃないのもの歌うのを「ソウル」と言ったんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、そこからもともとアレサ・フランクリンさんは出てきている人なんですね。で、この人は1942年に黒人教会の牧師さんの娘として生まれているんです。で、彼女はゴスペルという黒人教会独特の音楽を歌う歌手として14歳の時。1956年ですけども、『Songs of Faith』というアルバムでデビューしているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、まずこのアレサ・フランクリンさんがすごいと言われているのは、とにかくマライア・キャリーであるとかホイットニー・ヒューストンであるとかセリーヌ・ディオンであるとかビヨンセとか、みんながアレサ・フランクリンを尊敬しているというそのまず最初の部分というのは、彼女の声のゴスペル歌手としての音域の広さなんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)これね、14歳の時の録音がたぶんそちらに用意してあると思うんで聞いていただきたいんですけども。この歌は『慕いまつる主なるイエスよ(Precious Lord)』という曲ですね。最初、「ンンーッ♪」っていう低い声のところから始まってどんどん上がっていきますので。ちょっと聞いていただきます。

(町山智浩)この歌の歌詞は、これは「親愛なる主よ、神様よ、私の手を取って導いてください」という歌なんですね。「いまはすごく辛くて、私は弱って傷ついていますけど、嵐の中、闇の中を光に向かって、天国に向かって導いてください」という歌詞です。

(赤江珠緒)うん!

(町山智浩)これ、ものすごく低い、うなるようなところから始まって、そこからどんどんどんどん上がっていくわけですけども。これがゴスペルの基本なんですね。これは白人教会におけるパイプオルガンの役割を声がしているんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)で、パイプオルガンとか宗教音楽というのは基本的にどういうものか?っていうと、人を天国に連れて行く音楽なんですよ。どんどんどんどん高いところに連れて行く音楽なんですよ。で、いまの歌詞は「神様、私の手を取って天国まで連れて行ってください」っていう歌詞なので、それを声で体験させるものなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、本当に魂をわしづかみにされているみたいな感覚は、まさにその通りなんだ。

(町山智浩)まったくそういうシステムとして歌われているんです。特に黒人教会はものすごい壮大なパイプオルガンとかがないですから、声だけで人を天国に連れて行くんですよ。それがゴスペルで、それの最高の歌手が14歳のアレサ・フランクリンさんだったんですよ。14歳ですよ、これ?

(赤江珠緒)14歳にしてね。

(山里亮太)えっ、いまの声、14歳ですか?

(町山智浩)14歳ですよ、これ。で、もうアメリカ中がびっくりしたわけですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)この頃の音域は4オクターブと言われていますね。

(赤江珠緒)とんでもない天才ですね!

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14歳にしてデビュー

(町山智浩)すごいんですよ。で、彼女のお父さんは実は牧師として、彼女のお父さんも「100万ドルの声を持つ男」と言われていたいい声の牧師さんで。で、大人気でアメリカ中をツアーして回っていたような親子だったんですね。ただ、その後に彼女はソウル歌手として流行歌を歌っていくことになるんですけども。そのソウル・ミュージックというのは彼女が出てきた時の1950年代ぐらいから始まった、アメリカの公民権運動という社会運動と並行して人気を得ていくんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)具体的には人種隔離があったんで。バスに乗る時も白人席と黒人席があったりね。あとは南部の方では黒人が選挙権を持っていなかったりしたわけで。南北戦争後100年もたっているのに。で、マーティン・ルーサー・キング牧師がそれに対していろんな形でデモだのボイコットだの、いろんな運動をして権利を勝ち取る戦いをしていった中で、このアレサ・フランクリンさんとかジェームス・ブラウンとかいろんな黒人歌手の歌も人種を超えた人気を得ていくんですよ。

(赤江珠緒)はー。

(町山智浩)それがソウル・ミュージックになるんですけども。その際、公民権運動と完全に一致した形でソウル・ミュージックが人気を得ていくんですね。つまり、公民権運動っていうのも白人の協力がないと意味がないわけですよ。具体的には白人もそれに賛成して「黒人への差別はやめろ!」っていうことにならないと、法律も変わらないし選挙も変わらないわけですよ。

(赤江珠緒)たしかに。

(町山智浩)黒人っていうのは人口の12%しかいないわけですから。っていうことは、その白人のかなりの量の人たちが黒人の人権問題に参加しなければひっくり返らないんですよ。だからこの黒人音楽が白人の間で人気が出ていくっていうのは非常に重要だったんですよ。

(赤江珠緒)そうか。味方になってもらうのにこの歌声っていうのが大きな武器になったんですね。

(町山智浩)そう! 「俺はこんなに黒人音楽が好きなのに、なんで黒人の人がひどい目にあわされているんだ? おかしいじゃないか!」って思う人が増えないとならないんですよ。だから完全に連動します。人権問題とソウル・ミュージックの人気っていうのは。で、1965年に人種隔離法がなくなって選挙権を得るんですけども、ちょうどその1965年に彼女、アレサ・フランクリンは『Soul Sister』というレコードを出してまさにソウルの同志なんだということで出てきているんですよ。ソウル・ミュージックをそのあたりから歌い始めるんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、ただそういう形でソウルと公民権運動のシンボル的な存在だったんですけど、実人生はボロボロだったんですね。アレサ・フランクリンは。この人ね、お父さんもあんまりいい人じゃなかったんですよ。

(赤江珠緒)えっ、牧師さんもされていて?

(町山智浩)牧師なんですけども、まあはっきり言って女ったらしだったんですね。で、アレサさんが小さい頃にお母さんはそれが嫌で家を出ていっちゃったんですよ。で、それだけじゃなくて、彼女自身もその中でいろいろあって、12歳ではじめて子供を産んでいます。

(赤江珠緒)えっ? ええっ! 12歳で?

(町山智浩)アレサ・フランクリンさん、12歳でデビュー前に子供を産んでいて。その後、16ぐらいで2人目を産んでいますね。

(赤江珠緒)はー!

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