町山智浩『フリー』『アンネ・フランクと旅する日記』『チェチェンへようこそ』を語る

町山智浩『フリー』『アンネ・フランクと旅する日記』『チェチェンへようこそ』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年3月1日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でロシアのウクライナ侵攻が進む今、見るべき映画として『フリー』『アンネ・フランクと旅する日記』『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』を紹介していました。

(赤江珠緒)町山さん、いろいろとね、世界が混沌としておりまして。

(町山智浩)そうですね。でも、思ったよりもウクライナの人たちが頑張って戦って。ロシアはあっという間にウクライナを占領できると思ってたんだけど、そうはさせないと。で、日本を含めた世界中……ロシアの国民も含めた、もう本当に世界中の人々がロシアのウクライナ侵攻に反対しているという。

(赤江珠緒)そうですね。国際世論はゼレンスキー大統領をなんかね、引っ張ってきているような気がしますね。

(町山智浩)で、ロシアはそうやって自分の周りの国を衛星国家化して、傀儡国家を打ち立てて……まあ「帝国主義」というやつですね。それをずっとやってきたわけですけども。それもロシア帝国の頃からね。こういったものをプーチンは当たり前だと思ってやっていたら、もうそういうことが許されない世界になってきてるってことを本当に思い知るべきだと思いますけどね。で、今回NATO(北大西洋条約機構)がウクライナをNATOの中に入れようとしたっていうのが侵攻の理由だ。それで、ウクライナに核兵器をもたらされたら困るみたいなことをプーチンは言ってるんですけども。そんなこと以前に、彼は演説で「ウクライナは歴史的にずっとロシアの一部だ」っていう、その本当の侵攻理由を言っちゃったんでね。要するに「俺のもんだと思ってるから。文句あるか?」っていう話で。それでウクライナへ侵攻しているんでね。

(赤江珠緒)結局、そういうことなんですね。

(町山智浩)そうなんですよ。本音をすでに言っちゃってるんでね。いろんな理由をつけても意味がないんですけども。でですね、今回ちょっと紹介する映画はウクライナと同じでですね、ロシアっていうかソ連に侵攻されて占領された国・アフガニスタンについての映画なんですけれども。『フリー』というタイトルの映画で。『フリー』って言っても「自由」じゃなくて。つづりが違うんですね。「自由」は「FREE」なんですけど、この映画のタイトルは「FLEE」というつづりで。これは「逃げる」っていう意味なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、そのタイトルの『フリー』という映画。これがですね、アニメーションで、なおかつドキュメンタリーっていうっていう。ドキュメンタリーアニメーションなんですね。で、アメリカのアカデミー賞が3月25日に発表になるんですが、それでアニメーション部門とドキュメンタリー部門と外国語映画賞・国際長編映画賞の3部門に同時ノミネートされているんです。これ、デンマーク映画なんですが、この3部門ノミネートっていうのは非常に奇妙なことなんですね。

(赤江珠緒)珍しいパターンなんですね。

ドキュメンタリーアニメーション映画

(町山智浩)非常に珍しいんです。アニメーションなのになぜ、ドキュメンタリーか?っていう話なんですよ。これはどうしてかというと、1人のアフガニスタンからデンマークに見えてきた難民のアミンという男性のインタビューをもとに……インタビューは音声でずっと流れるんですが、画面はずっとアニメーションなんですよ。彼の体験をアニメ化した映画なので、ドキュメンタリーでアニメーションで国際映画賞というですね、3部門同時ノミネートという事態になってますね。

で、この『フリー』という映画の主人公のアミンさんは40歳ぐらいかな? 現在。デンマークに暮らしてるアフガニスタン難民なんですけれども。彼は、男性と結婚しようとしてるんですよ。で、彼はゲイなんですけれども、デンマークでは同性の結婚が許されてるんで、結婚をしようとしてるんですが、なんかトラウマがあって。自分がなぜ、デンマークへアフガニスタンから来たのかっていうことに関して、あんまり誰にも語ろうとしないんですね。で、この『フリー』という映画の監督がですね、デンマーク人のジョナス・ポエール・ラスムーセンっていう人なんですが。彼がたまたま近所に住んでて。このアミンさんという人の。

で、「どうしてデンマークにいるの?」みたいなことを聞いても、彼は絶対にそれをちゃんとやろうとしないんで、非常に興味を持って。何度も何度もそれをインタビューしてきたらしいんですよ。で、「どうしてちゃんとしゃべれないの? ちゃんと言えないの?」ということで聞いているうちに、だんだんと彼は心を開いていって。でも、それでも20回以上インタビューしてですね。それを録音していって集めたものを「さあ、どうしよう?」と。このラスムーセンっていう人は考えたんですね。

で、彼はラジオの人らしいんですよ。ラジオの仕事をしてる人で、ラジオで音声ドキュメンタリーにできないかなと思ったらしいんですけども。でも、せっかくだからなんとか画を見せたい。映画にしたい。で、ビデオも撮ったらしいんですけど、アルミさんは「絶対にこれは私だっていうことがわからないようにしてほしい」と言っていて。なぜならば、この人はアフガニスタンから逃げてきたんですが、ゲイなんですよ。アフガニスタンのタリバン政権下ではゲイは殺されるんです。

で、そのタリバン政権に対して非常に反対的な、敵対的なことを言ったら、彼の親戚もたぶん殺されますからね。「だから身元を明らかにしないでほしい」ということで、「じゃあ、どうしよう? これ、どうやって映画にすればいいんだろう?」っていうことで。それで、彼が考えたのは「アニメにすればいいんだ」っていうことで。

(赤江珠緒)ああ、そういうことですね。うん。

(町山智浩)そう。顔とかがわからないようにすればいいということで。それで考えたのがこの『フリー』という映画をアニメ化することだったんですね。で、話を聞いていくうちになぜ、このアミンという人が何も自分の過去について語ろうとしなかったかがだんだん分かってくるんですよ。で、それはあまりにも過酷だったから、人に言えるような体験じゃなかったんですね。でね、この映画はまず、彼の少年時代のアフガニスタンから始まるんですけど。この曲で始まります。ちょっとかけてもらえますか?

(町山智浩)これ、ご存知の方、いますか?

(山里・赤江)はい。

(町山智浩)これは80年代の北欧のポップバンド、a-haが歌っていた『Take On Me』っていう曲なんですね。これ、アフガニスタンで流行っていたんですよ。

(赤江珠緒)へー! なんかちょっとアフガニスタンとイメージが違いますね。

(町山智浩)80年代初めの、このアミンさんが育ったアフガニスタンっていうのはものすごく自由な国で。ヨーロッパとかアメリカの文化がすごく浸透していて、ミニスカートを履いている女性も60年代終わりにはいたりして。日本を含めた世界中の観光客が来て、非常に貧しい人は貧しかったんですけども、すごく自由な社会だったんですよ。

(赤江珠緒)たしかに。昔を知ってる人はなんか「花の国・アフガニスタン」っていうイメージがあるっていう人すらいますもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。美人の宝庫とも言われてたんですよ。まあ、イラン系の人とアジア系の人たちのミックスの国なんで、すごく美人が多い国だったんですね。ミスユニバースとかによく選ばれたりするような国だったんですけどで。それが途中からおかしな国になってくるんですけど。この曲を聞きながら、この少年時代のアミンちゃんがお姉ちゃんの服を着て踊ってるところから始まるんですよ。で、彼はちっちゃい頃から女の子の服が大好きな男の子だったんですけど、自分はゲイだってことには気がついてなかったですね。ただね途中からね、ジャン=クロード・ヴァン・ダムが好きになるんですよ。ジャン=クロード・ヴァン・ダムってご存知ですか?

(山里亮太)はい。

(町山智浩)ベルギーのアクションスターですね。格闘スター。で、アミンくんのお兄ちゃんがやっぱりヴァン・ダムのことを格闘スターとして「かっこいい!」って好きだったんですけど。アミンくんは違う意味でヴァン・ダムが好きだったんですね。こう、うっとりしたり、ときめいたりしてたんですけど。彼はだんだん自分がゲイだったことに気がついてくるんですけど。ところがそこでですね、アフガニスタンの社会が変わっちゃうんですね。ソ連に後押しされた社会主義政権ができちゃうんですよ。アフガニスタンに。で、それは完全にソ連の傀儡政権なんですよ。

だからそれこそウクライナにソ連が打ち立てようとしてたり、チェチェンとかベラルーシに打ち立てているソ連の傀儡政権と同じものをアフガニスタンにも作ったんですね。それで、非常にソ連的な、まあ全体主義社会になっていって。で、この主人公のアミンさんの父親は飛行機のパイロットだったんで。それでインテリだからってことで、社会主義政権から弾圧されて逮捕されちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、その後にこのお父さんは出てこないの、たぶん死んでるんですよ。で、この社会主義政権っていうのは……(音声途切れる)。

(中略)

(町山智浩)ああ、すいません。落ちました。Wi-Fiのシステムが落ちたみたいで。ご迷惑をかけました。

(赤江珠緒)ええと、それでお父さんが逮捕されちゃって……。

(町山智浩)で、その後にアフガニスタンのムジャーヒディーンというイスラムゲリラが今度は社会主義政権と戦い出したんですよ。で、内戦状態になりまして。このアミンさん一家は「どうしよう?」っていうことになりまして。それで、その時の唯一の友好国であるソ連に逃げるんですよ。亡命する形になるんですね。ムジャーヒディーンによって首都カブールが落ちそうになったんで。で、逃げてソ連についたら、今度はソ連が崩壊しちゃうんですよ。で、ソ連が崩壊しちゃったために難民のことなんか面倒を見てられないっていう状態になって。

ソ連の人たちもご飯が食べられないってことで、食料が全くない状態になるんですよ。で、彼ら難民の面倒を見られなくなって、彼らはいきなり不法移民になっちゃうんですよ。全く国籍のない人たちになっちゃうんですね。で、そのソ連が崩壊している中で、治安が全くなくなって、ソ連の警察たちが無法化して。その不法移民たちにたかって、財産を全部奪い取るという状況になっちゃうんですね。

(赤江珠緒)治安が最悪な状況になって。

崩壊したソ連からの脱出

(町山智浩)そうなんですよ。で、「もうこれはソ連にもいられない。ソ連が崩壊していく中で、これは北欧に逃げるしかない」っていうことで、一生懸命このアミンさん一家がお金を貯めて。まず自分たちの娘……アミンさんのお姉さんを逃し屋に多額のお金を払って依頼して、北欧に逃がそうとするんですけども……しばらくしてですね、北欧の方で貨物船のコンテナの中から大量の移民がほとんど死んだ状態で発見されたっていうニュースが出て。その中に、自分のお姉さんもいたんですよ。難民をつめこんで、貨物船に載せて運んでいたので。その中は食料もなければトイレも何もない、酸素すらほとんどないっていう状態で、中の人たちはほとんど死んでたんですね。

(山里亮太)お姉さんも……。

(町山智浩)お姉さんもその中にいて。「これはダメだ」ってことで。「じゃあ、私たちはどうやって逃げよう?」ってことになって、今度は漁船に乗るんですよ。逃がし屋に頼んで。それで漁船が北欧に向かって進んでいくと、難民は漁船の底に隠れてるんですけど。どんどんどんどん水が入ってくるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)そういうすさまじい、次から次に地獄のようなことが展開していくのがこの映画なんですね。この『フリー』という、まさに「逃げる」というタイトルで。それが果たしてできるのか?っていう、サバイバルのストーリーになってくるんですよ。

(赤江珠緒)なるほど。そこは当然、映像もないわけですから。それはアニメじゃないと描ききれないところもありますもんね。

(町山智浩)そうなんです。あと映像がないからアニメにするしかないってこともあるんですけど、もしこれが映像があったり、実写映像を作り直して、演技とかして撮影したとしても、この内容を見たいと思う人がいるか?っていうことですよね。

(赤江珠緒)そうか。すさまじすぎて。

(町山智浩)あまりにもすさまじいんで。これはアニメにすることでやっとみんなが見れるということも非常に大きいなと思います。アニメの力っていうのはやっぱり強いですね。でね、このドキュメンタリーで、なおかつアニメであるというのはこの映画が初めてではないんですよ。その前にですね、『戦場でワルツを』っていう映画があるんですね。

(赤江珠緒)はいはい。前にご紹介いただきました。

(町山智浩)これ、イスラエル映画で。1982年にあのレバノン内戦っていうのがありまして。イスラエル軍がレバノンに侵攻したんですね。レバノンのキリスト教政権を援護するために。で、そこに参加した監督がアリ・フォルマンっていう監督で。19歳の時にそこに参加したんですけれども。その時の記憶がどうしてもなくて。で、それを思い出そうとしていった過程をそのままアニメにしたものなんですよ。で、それは映像が全然ないから、アニメにするしかなかったんですけれども。なぜ、アニメにしたかというと、すさまじい地獄をアリ・フォルマン監督が体験して……具体的にはその、パレスチナ難民大虐殺に関わっているんですね。彼は。で、この『戦場でワルツを』っていう映画は、ラストのところはパレスチナ難民のすさまじい実写映像で終わるんですよ。

で、彼がなぜ、その記憶を自分の記憶から消してたかが最後にわかるんですね。で、そういう形でアニメというものがそのドキュメンタリーの中で使われるという新しい流れが今、起きているんですけれども。でね、このアリ・フォルマン監督の新作もね、もうすぐ日本で公開されるんですよ。これは3月11日に日本公開なんですが『アンネ・フランクと旅する日記』というタイトルで。このアリ・フォルマン監督はね、イスラエルの人でユダヤ系なんですけれども。ナチスの時代にのユダヤ人の少女であるアンネ・フランクがアムステルダムに隠れてたんですけれども。密告で捕まって、収容所で死んだんですけれども。その彼女についてのアニメーションを今度は世界中の子供たちにも見れるようにね、アニメーションにした作品なんですね。

『アンネ・フランクと旅する日記』

(町山智浩)で、アンネ・フランクはその地獄のような体験の中で、心の中に想像で友達を作ってたんですよ。要するに想像しか逃げ場がなかったからね。それをそのままアニメにするという、アニメの力っていうのが非常によく分かる作品なんですよ。でね、さらにね、そのゲイの問題だと今、日本で公開されてるのかな? ユーロスペースで公開だと思うんですけど。『チェチェンへようこそ』っていう映画があるんですね。これはね、チェチェンというイスラム系の国がロシアの近くにあったわけですよ。それをプーチンが占領して、そこにロシアの傀儡政権を立てたんですね。

そこで何をやっているかと言うと、ゲイの人を弾圧して、殺しまくってるんですよ。で、その実態を暴いたドキュメンタリーなんですけども。これ、あんまり知られてないですけど、ロシアでプーチンは徹底的にゲイを弾圧してるんですよ。LGBTの人とか。でも、そういったことをやってるからってことで、アメリカのアンチ・ゲイの人たちがプーチンを支援してたりしていて、もう最悪の状況なんですけどね。

(赤江珠緒)そうか……。

『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』

(町山智浩)だからね、このへんの映画は全部関連して今、現在起こっていることと深く結びついてる映画なんですよ。ということでね、『フリー』はなぜか日本公害がまだ未定なんですけれども。ぜひ、今こそ見るべき映画だと思いますね。『チェチェンへようこそ』っていう……これ、原題は『Welcome to Chechnya: The Gay Purge』っていうタイトルなんですけども。『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』は現在、ユーロスペースで公開中で。そのアリ・フォルマン監督のアニメーション、これはお子さんも見れますね。『アンネ・フランクと旅する日記』は3月11日から日本公開ということで。今、見るべき……偶然、今こそ見るべき映画になった映画が続けざまに公開されるということで。ぜひご覧ください。

(赤江珠緒)そうですね。今、全部が繋がってますね。町山さん、ありがとうございました!

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

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