町山智浩『MINAMATA-ミナマタ-』を語る

町山智浩『MINAMATA-ミナマタ-』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年9月21日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でジョニー・デップ主演の『MINAMATA-ミナマタ-』を紹介していました。

(町山智浩)ということで、今日ご紹介する映画も結構重いんですけども。『MINAMATA-ミナマタ-』という映画をご紹介します。これはですね、僕の子供の頃にはすごく大きな事件だった水俣病という病気についての映画なんですね。で、熊本県の水俣町。現水俣市でですね、チッソという会社がありまして。昔、窒素の肥料を作ってた会社なんですね。そこがプラスチックの原料となる物を作る時に出てくる、有機水銀というものを海に流していたんですよ。

で、その有機水銀は薄いから大丈夫だろうって言ってたんですけど、その魚介類の体内でその有機水銀が蓄積されていって。その魚介類を食べた人たちが病気になって。しかも、妊婦の人が食べると、赤ん坊の中に蓄積されるという最悪の状況が起きて。生まれてからもうしゃべることも、歩くこともできないという、脳に障害がある子さんが生まれてしまうという事件があったんですね。で、これが水俣病の事件なんですけれども。実際には1950年代からすでに起こっていたんですが、1960年代から大問題になっていって。それを世界に知らしめた写真家がいます。

それが1971年にアメリカの写真雑誌『ライフ』に写真を載せたユージン・スミスというカメラマンがいまして。その人と奥さんのアイリーンさんという日系人の物語がこの『MINAMATA-ミナマタ-』という映画です。で、このユージン・スミスを演じるのはジョニー・デップなんですよね。

(赤江珠緒)ジョニー・デップが。

(町山智浩)はい。で、彼は自分で製作もしています。この映画をやりたくて。で、写真を見るとそっくりなんですけどね。このユージン・スミスと。

(赤江珠緒)そうですね。ポスターを見ると「えっ、ジョニー・デップ?」って思うぐらい面影がもう、なくて。

(町山智浩)そうですね。まあ、ジョニー・デップも俺とひとつ違いだから、もうすぐ60なんで。それは単に歳を取っているんですけども。ユージン・スミスさんはこの時、まだ51歳なんですけどね。で、このユージン・スミスさんっていう人はすごく有名なカメラマンだったんですね。その当時。というのは、第二次世界大戦の時にサイパン、硫黄島、沖縄とアメリカ軍について転戦していって。日本軍との戦いを撮った写真が非常に評価が高くて。日本でも有名だった人なんですよ。だから「この水俣を撮ってくれ」という風にお願いされて日本に行ったわけですけども……この人がね、全然ダメなんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)アルコール中毒なんですよ。で、朝起きるといきなり、目覚めの1杯でウイスキーを飲んでるような人なんですよね。で、それだけじゃなくて、ありとあらゆる薬物の中毒なんです。で、その1971年に日本に行って、水俣に3年間住んで写真を撮るんですけども。その前はほとんど、なんというか廃人同様だったんです。で、お金もなくて。仕事もしてないですからね。で、別れた奥さんとの間に4人の子供がいるんですけど、全然養育費も送らないという、まあひどい状況だったんですよ。だからこの人、ユージンさん自身の再起の物語にもなってます。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)で、この『MINAMATA-ミナマタ-』というのはハリウッド映画なので。いくつか誇張があったり、事実と違うっていうところがあったりもするんですよね。だからもうこれはね、ぜひ映画を見た後で何が本当で何がちょっと違うのか、いろいろ調べてほしいんですよ。でね、最近だと石井妙子さんっていう『女帝 小池百合子』を書いたノンフィクション作家の人がこのユージン・スミスの奥さんだったアイリーンさんにインタビューをして本を1冊出してるんですね。『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』っていう本を出しているんで。これなんかすごく短く、わかりやすく事実関係をまとめてあるのでぜひ読んでいただきたいと思うんですけど。

(赤江珠緒)はい。

『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』

(町山智浩)で、このユージン・スミスさんがアルコールとか薬物中毒になっちゃった原因というのはいろいろあって。まず、お父さんが子供の頃に自殺したり。あと第二次大戦で戦場に行くんですけど。そこで日本軍が「降伏するな」って言われてるから、いわゆる万歳特攻とかですね、あと崖から集団自決したり。あと入植した人たちが子供を捨てて逃げたりして。その子供が置き去りになって死んでいったりとか、そういうのを見ちゃうんですよ。この人は。25、6歳の時に。

で、それが非常に大きなPTSD、トラウマになるんですね。で、それだけじゃなくて、沖縄戦に行った時には榴弾砲の破片を口に受けてしまって。歯と上顎を失っちゃうんですよ。この人、上顎に大穴があいている状態で。だから、歯もないから固形物が食べられなくて。牛乳とオレンジジュースを飲むだけなんですね。ミルクセーキみたいなものと。で、それが途中からはもうウイスキーだけになっちゃうんですよ。この人。で、しかも体中の痛み止めのために薬物中毒になってね。

だからまあ、そういうことがあったんでこうなってしまったんですけども。でも、その時まだ51歳だけど70代ぐらいの体調だったみたいですね。で、この映画はね、だからジョニー・デップが60近くて51歳の役をやるんですけど、全然普通なんですけどね。あとね、この人ね、奥さん、アイリーンさんと会った時はアイリーンさん、まだハタチの女子大生なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そんなに歳の差がある?

(町山智浩)30歳以上、離れているんですね。で、映画の中だとこのアイリーンさんの方がユージンに惚れるみたいな描写になってるんですが、これは全然違いますね。事実関係が。このユージン・スミスという人はね、若い女の子に目がないんですよ。次から次へと若い女の子に「愛してるよ」とか「君がいないと死んじゃうよ」とか言いまくって、口説きまくっていたおじさんなんですね。だからそれはね、どうもそういうパッションがないと仕事ができなかった人らしいんですけども。

で、このアイリーンさんという日系人の女性は口説かれて。それで日本に行って結婚して、彼の通訳をやって水俣に3年間、住むんですけど。その間ももう本当に収入もないし。だから一文無しに近い状態だったみたいですね。で、そのチッソっていう化学工場との戦いを撮影していくんですけれども。これ、映画を見ていて「こんなにドラマチックなことがあるのかな?」って思うようなシーンがいくつもあるんですが。これはかなりほとんど事実か、事実の方がドラマチックぐらいなんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)ただね、日本の人がたぶん……映画はこれから公開なんで。今週末ぐらいからかな? 日本の人が見てね、すぐに「これは違うだろう」って思うところがあります。これ、ロケが全部セルビア・モンテネグロなんですよ。日本じゃないんですよ。だから、どう見ても日本じゃないんですよ(笑)。

(赤江珠緒)まあ、それはそうでしょうね。セルビアの風景……。

(町山智浩)だからね、これは違うと思うんですけども。でも、すごく頑張って室内とかはすごい日本家屋を完全に再現していますね。で、あと日本人の俳優さんがみんな向こうに行ってちゃんとやってるんで。それも、モデルになった人たちはみんな映像が残ってるんで。1970年代の話で、僕もテレビで見てましたから、それを元にしてかなり再現しています。たとえば、水俣病の患者側の抗議運動のリーダーを演じるのは真田広之さんなんですね。

で、これは実在のリーダーだった川本輝夫さんをモデルにしたキャラクターなんですけれども。写真を見るとですね、社長と向き合って戦うところとかも写真そのままに再現していますね。あとね、加瀬亮さんもその抗議活動をするキヨシという人物を演じてるんですが。彼がやる、ちょっとびっくりするような行動っていうのも実際は川本さんがやった行動なんですが。ちょっとまあ、言えないですが。見るとびっくりしますけど、これは本当にあったことです。見ればわかると思います。

あとね、そのユージン・スミスがその水俣で胎児性水俣病の少年にカメラを教えるという非常に感動的なシーンがあるんですよ。で、あまりにもよくできてるから嘘だろうと思う人もいるかもしれないですが、これも実話です。

(赤江珠緒)じゃあ、実際にカメラを教えた子がいた?

(町山智浩)今もお元気ですね。長井勇さんという方で。足とかが動かなかったりするんですけども、ユージンさんにカメラを教えてもらった人ですね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、かなり細かく事実なんですが、ユージン・スミスは実際の人物の方がとんでもない人なんで、ジョニー・デップは抑えめですね(笑)。抑えめです。だからさっき言ったみたいに「君が結婚してくれないと、死んじゃうよ!」って言うようなおじいさんだったっていう。そういう甘えん坊なところはあまり出していなかったですけども。だからね、これアイリーンさんが日本で「ものすごい、30歳以上も歳の差があって大変でしょう?」って言われると「いやー、もう本当に旦那が子供っぽくて」って答えてたんですね(笑)。精神年齢が逆だからっていう。

あと、ユージンさんが写真を撮っている時に、やっぱりチッソの社員にボコボコにされるところがあるんですよ。暴行を受けて。で、これも本当かよ?って思うんですけど、本当なんですね。ユージンさん、これで重傷を負います。要するに「撮ってるんじゃねえよ!」ってやられて。で、片目をほとんど失明するんですよ。でもね、警察は動かないんです。訴えたけど、「えっ? それ、別にうちの社員じゃないですよ。誰が殴ったんですか?」って。もう誰もわからなくて。犯人がわからなくて、特定できなかったんですよ。で、まあほとんど右目の視力を失うぐらいの大怪我をするんですけど。

何者かに襲撃され、重傷を負う

(町山智浩)でね、映画に出てこない、本にしか出てこないいい話でね、その時に黒柳徹子さんがユージンさんを応援してたんですね。で、ユージンさんがお酒が好きだっていうんで、サントリーオールドをね、20本を送っているんですよ。でもね、アイリーンさんは「レッドにしてくれたらもっとたくさん送ってくれたのに」って言ってるんですけど(笑)。

(山里亮太)レッドの方がリーズナブルだからね(笑)。

(町山智浩)そう(笑)。これはね、最近の人はわかんないと思うけども。レッドはね、サントリーの一番安いお酒なんですよ。で、オールドの方が高いんで。レッドの方が量があってよかったって言っていて、それがおかしいんですけど。ユージンさんがね、実際に飲んでいたのもレッドらしいんですよ。お金が全然なかったんでね。でもね、この中で素晴らしい演技なのは、國村隼さんですね。チッソの嶋田社長を演じてるんですよ。で、まあお金で黙らせようとしたりして、すごく悪いやつに見えるんですけど、実際にこの社長はこの事件が起きてから全ての尻拭いをするために選ばれて。

本人は何も悪くないのにその責任を負わされちゃった社長なんですよ。押し付けられた人。だから、本当はその患者の人に対してものすごく申し訳ないっていう罪悪感と思いやりを持ってるんだけれども、彼らを黙らせる仕事を背負わされてしまった人です。國村隼さんがやる人は。だから、今回すごくいい芝居をしてますよ。國村隼さん、しかも英語でね、ものすごい長いセリフがあるんですが、素晴らしいです。それも。今回はふんどしにならないですね。

(山里亮太)『哭声/コクソン』の時みたいに(笑)。

(町山智浩)本当に素晴らしいですよ。國村隼さんの演技は。これもね、「嘘じゃね?」って思う人もいるかもしれないですけども、本当なんですよ。この社長はすごく悪くない人だったんですよ。押し付けられちゃっただけで。でね、なぜそのユージン・スミスの写真が世界中の人の心を動かしたかっていうと、胎児性の……つまり、生まれた頃からずっと体が動かない患者さんの智子さんっていう人がいて。で、その智子さんをお母さんがお風呂に入れてあげたんですね。良子さんという人が。上村さん親子なんですけども。その写真をユージン・スミスが撮ったのが、世界的にものすごい衝撃を与えたんですよ。で、それは我が娘を抱きかかえているそのお母さんの表情とか全てがですね、「ピエタ」という十字架から降ろされて、死んだキリストをひざに抱いた聖母マリアの姿に似てたからなんです。

(町山智浩)これはすごく大きな……つまり、その公害という罪をね、背負った犠牲者、聖者として世界中の人に見えたんですよ。まあ、それが非常に大きくて、世界中を動かしたんですけどもね。

(赤江珠緒)この写真は水俣の本当に象徴的な写真で。ご覧になった方も多いと思いますけどね。なるほど。

(町山智浩)で、この事件がね、世界的に衝撃を与えたんだけども、あんまり世界の化学工場とかは反省をしてなくて。まさにこの水俣事件が起こってる最中に、アメリカではデュポンという化学会社がテフロン加工の過程で出る有機フッ素化合物の排水を垂れ流していて。大量の被害者を出してたんで。これなんか、まだ裁判の決着がついてないですよ。

(赤江珠緒)まだ?

(町山智浩)まだやっています。だからね、悪いやつはね、まあどうしようもないなと思いますが。で、この水俣という言葉が病気と結び付けられて迷惑してる人もいるということではあるんですけども。やっぱりこれは知らなきゃならないので、ぜひ見ていただきたいなと思いますね。『MINAMATA-ミナマタ-』です。

(赤江珠緒)9月23日から全国公開となります。これもね、そうね。日本でのことでね、知らなきゃいけないですね。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)はい。どもでした。

『MINAMATA-ミナマタ-』予告

<書き起こしおわり>

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