町山智浩『ハンガー: 飽くなき食への道』を語る

町山智浩『ハンガー: 飽くなき食への道』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年5月23日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でNetflixで配信中のタイ映画『ハンガー: 飽くなき食への道』を紹介していました。

(石山蓮華)では、今日取り上げていただく作品をお願いします。

(町山智浩)これ、タイ映画ですよ。『ハンガー: 飽くなき食への道』というタイ映画を紹介したいんですが。これね、もう1ヶ月以上、Netflixで配信されてるんですけど。タイ映画って、見たことありますか?

(石山蓮華)ないですね。旅行でバンコクに行ったことがあるんですけども。電線だけ見てたなー。

(でか美ちゃん)タイでも?(笑)。

(石山蓮華)そう(笑)。基本的に私は、うん。だからあんまりその映画のイメージ、正直強くないです。

(でか美ちゃん)私もです。

(町山智浩)僕もね、ほとんど見たことなくて。1本だけね、『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』っていう映画がありまして。これ、生まれて初めて見たタイ映画かな? まあ、タイに行くとお寺があって、仏像があるわけですけど。その仏像を盗んでる悪いやつを止めようとした少年が、悪い泥棒たちに殺されちゃうんですよ。それで、ウルトラマンが助けに行くんですよ。6兄弟が。6兄弟、全部来ますよ?

(でか美ちゃん)ええっ、すごい!

(町山智浩)すごい内容で。

(石山蓮華)それは円谷プロ公認ですか?

(町山智浩)円谷プロが公認しちゃったんですよ。

(でか美ちゃん)タイ映画、ぶっ飛んでいていいですね。

(石山蓮華)でも、あれか。異星人だから、国境は関係ないのか。

『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』

(町山智浩)その頃、円谷プロはお金がなくて。お金くれるっていうんで、権利を軽い気持ちで売っちゃったみたいなんですけどね。でもね、すごくいいのはね、仏像。その仏教の教えとウルトラマンが繋がってくるところはね、ちょっと目からうろこでしたよ。「ウルトラマン=弥勒菩薩説」とかね、みうらじゅんさんと僕は唱えているんですけども(笑)。それが立証されるというかね。でも、内容は血まみれでね。怪獣軍団を殺すのに、腕を切ったり、首をちぎったりして、血まみれの内容で……。

(でか美ちゃん)めちゃめちゃちゃんと戦うじゃん(笑)。

(町山智浩)まあ、すごい内容で。で、全然関係ないので話を戻すと……『ハンガー』っていうんですが、これは「飢え」っていう意味ですね。洋服を引っ掛けるやつじゃないですよ? で、これはね、タイのものすごい超人気の料理の鉄人みたいな超高級料理のレストランシェフと、下町で定食屋をやってる貧しい食堂の娘さんが対決するという映画です。めちゃめちゃ面白いです、これ。

(でか美ちゃん)料理で対決?

(町山智浩)料理で対決するんですよ。主人公の女性はオエイさんという、23、4歳ぐらいの女性で。下町でお父さんが経営していた定食屋さんでパットシーイウを焼いてるんですよ。

(でか美ちゃん)パットシーイウという、タイ料理?

(町山智浩)あのね、平たい麺で。醤油炒めです。それをね、中華鍋でチャッチャッチャッとやってパッと出すんですけども。火をくぐらせるんですね。ものすごい火力で。それで、すごく人気なんですけども。そこにある日、スカウトに来るんですね。で、超高級ケータリングのハンガーというお店があって。そこから「君のような腕のある人がこんな定食屋、安食堂で働いてるのは惜しい。ちょっとテストを受けてみろ」って言われるんですね。

で、行ってみると超高層ビルの上にある、そのハンガーというキッチンがありまして。そこでテストを受けるんですけど。そこのボスはポールさんというですね、なんていうんですかね? もうタイ1。もう世界に並ぶシェフなんですよ。で、この人はね、ノパチャイ・チャイヤナームという俳優さんが演じてるんですが。写真を見るとわかるんですけども。役所広司さんをものすごくバタ臭くした感じ。

(でか美ちゃん)たしかに。凛々しい!

(石山蓮華)なんか彫りが深くて、目鼻立ちがはっきりした男性ですね。

(町山智浩)で、カリスマなんですよ。で、彼の料理を食べるためだったら、大金持ちたちがいくらでもお金を出すんだけど、それでもなかなか食べれないというね。

(でか美ちゃん)大人気。超一流だ。

(町山智浩)超一流なんですよ。だから彼の料理を食べることで、その人はステータスが確立するというね。彼の料理を食べることで、特別な存在になるというすごい神のようなシェフなんですね。ポールさんは。で、そのテストを受けるんですが、テストはね、チャーハンなんですよ。課題がチャーハン。で、料理学校出て、海外で学んだみたいなシェフと対決するんですけど。オエイさんはね。

で、そのオエイさんが作ったっていうのはもう、ただグチャグチャッとした感じでお皿に盛ってあるだけで。それに対抗するもう1人のテスト生が作ったのは、丸くきれいに盛ってあるんですよ。でもそれを見たポールさんはね、見ただけでその料理学校のエリートをね、「帰れ」って言うんですよ。

(石山蓮華)うわっ! ちょっと『美味しんぼ』っぽい!

(町山智浩)『美味しんぼ』っぽいね(笑)。まあ、『鉄鍋のジャン!』とかね、そういう感じなんですけども。鉄鍋を使うからね。でも、チャーハンは見ればわかるらしいんですよ。だから、お米がパラパラしていればいいんですね。あと、卵がフワッと空気が入っていないとダメで。炒めてる状態で彼女はもう、空気をですね、入れてますから。卵の中に。もうくるくる回して。で、実際に火の中に米をくぐらせて、パラパラにしてるんですよ。だから、見ただけでわかっちゃうんすね。「こっちの勝ち」っていうのは。

(でか美ちゃん)食べずともわかるっていう。

(町山智浩)食べずともわかるっていうね。で、「お前は焼く腕がすごいから、焼き係としてちょっとやってみろ」って言われてやるんですけれども。このね、キッチンがあって。ハンガーというお店は、テーブルとかはないんですよ。食堂がないんですよ。レストランがないんですね。で、ほとんどの仕事が、大金持ちの豪邸に行って食事を作る仕事だからなんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、出張みたいな感じ?

(町山智浩)そうなんです。ケータリングっていうか、出張ですね。で、その場で作るんですけれども。ここでね、まず呼ばれるのはね、将軍なんですよ。タイって、軍がものすごい権力を持ってるんですよ。王様がいて、軍があって、あと財閥があって、という。非常にもう権力が、なんていうか独裁に近い形なんですね。

(でか美ちゃん)たしかに。2月にタイに行ったけれども、やっぱり格差社会だなとは思いました。それがやっぱり作品にも出ているんだ。

(町山智浩)はい。なんかタイはね、もうとにかく財閥がものすごく大金持ちで。庶民が貧しくて。格差がすごいんですよね。なんか、東アジアで最大って言いますね。

(石山蓮華)格差がですか?

(町山智浩)格差が。というのはね、普通の人の年収がね、だいたい120万円ぐらいって言われてるんですね。ところが、一流企業の部長になると2000万円以上なんですね。年収が。

(でか美ちゃん)部長クラスでですもんね?

(町山智浩)日本よりも高いんですよ。

(石山蓮華)すごい格差。

(町山智浩)で、バンコクが現在、人口が1000万を超えてるんですよ。

タイの格差社会

(でか美ちゃん)めっちゃ賑わってました。私、バンコクに行ったんですけども。すごい賑わっていたし。夜中、ナイトマーケットとかに遊びに行くと、物乞いをしている方とかがいる一方で、『Japan Expo』というイベントに呼んでいただいてライブをしに行ってたんで。ご飯とかね、連れていっていただくこともあったんですけど。ちゃんとしたところに連れていっていただいたりとかして。こういうところでご飯を食べる観光客とか、現地の人もいる一方で、ナイトマーケットでは物乞いの方も見かけるっていうのは結構、胸がグッとなって……「タイはこういう国だよね」っていうのでは済ませられないなって思っちゃいましたね。行った時に。

(町山智浩)ねえ。高級ブランドの店とかね、今すごく増えていてね。

(でか美ちゃん)デパートもバン!ってあって。

(町山智浩)で、高級ホテルがすごいんですけど。そういうもう超高級の世界。それこそ日本よりも遥かに金持ちの世界と、日本よりもずっと貧乏な人たちが一緒に住んでるんですよね。バンコクに。で、呼ばれて行く豪邸はタイの将軍の家で。それぐらい格差があるから、タイってデモが多いですよね?

(石山蓮華)ああ、そうなんだ。

(町山智浩)テロもありましたね。要するに、貧乏な人たちがとことん踏みにじられてるから、怒ってデモを起こしたりするんですけれども。で、それを踏みにじってきたのは軍ですよ。タイは何年も前に、立ち上がった学生たちを軍がもう大虐殺とかしてるんですよ。

(石山蓮華)私、なんか……あ、すいません。途中で話しちゃって。私、『マイスモールランド』を見て、先週の日曜日に初めて入管法のデモに参加したんですね。

(町山智浩)ああ! そうなんですか?

(石山蓮華)すごいデモ自体はのどかというか、穏当なデモだったんですけど。そういう目にあってしまうって思うと、怖いな……。

(でか美ちゃん)あと私、タイに行った時には黄色だったかな? なんか特定の色の服を身につけると、デモに参加してる人だと思われて。その相反する人たちにちょっと狙われてしまうかもしれないので、色に注意しましょうとかも言われましたね。

(町山智浩)何年か前に、ものすごく激突しましたよね。その民主化を求めるグループと、軍側の非常に右翼的な勢力が激突するってことはありましたけれども。で、そういう民衆の血を吸っている軍とか、財界人とか政治家が集まるパーティーに呼ばれるんですよ。このハンガーが。

(でか美ちゃん)元々は、その貧しい側だった主人公がってことですよね?

(町山智浩)そうなんですよ。で、「なんでこんな……私たちは食うのがギリギリなのに、こんなところで豪邸に住んで、豪華な服を着て」って。それで、日本の和牛を食べるんですけれども。霜降りのね。そんなごちそうを食べてる人がいるってことを知って、もうショックを受けちゃうんですよ。まあ、元が大衆食堂の女の子だったから。そこでポールが提供する料理がですね、テーマが「血と肉」という料理を出すんですよ。

(石山蓮華)示唆的!

(町山智浩)血の滴るようなステーキに、赤ワインで作った血のようなソースをつけたものを出すと、その客の軍人とか政治家とか財界の金持ちのやつらが一口食べた途端に、あまりにも美味しいんで。ガツガツと、なんていうか人肉を食べるかのようにそのステーキを食べるんですよ。

(でか美ちゃん)この映像、予告編で見た! すごい、結構刺激的でしたよ? もうみんなが、上品そうにしてた人たちがクチャクチャクチャクチャッ!って食べだすシーンが。

(石山蓮華)テーブルマナーを忘れて、獣に戻るみたいな?

(町山智浩)そうそうそうそう。このポールさんの作る料理はあまりにも美味いんで。その上品な人たちも、彼の料理を食べると飢えた気持ちになっちゃうというんで。やっぱりポール、実はこの人は昔、ものすごく貧しくて。ほとんど食べられない状態だったんですよ。それで彼は「金持ちを飢えさせる」ということで、金持ちに復讐しているシェフなんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、うまいものを作ることで?

(町山智浩)どんな権力者や独裁者、軍人もポールの料理の前には屈服するんですよ。

(でか美ちゃん)ポールの料理にはたどり着けない人もいるわけですもんね。

(町山智浩)もうほとんど無理なんですけどね。超大金持ちのトップしか食べれないんですけど。で、それを見たこのオエイさんは「このポールっていう人はすごい。私もこの人みたいな特別な存在になりたい!」って思って、もう血と汗を流しながら料理修行をするんですね。で、この映画を見てます僕がすごいなと思ったのは、このタイ映画の、業界用語でプロダクションバリューって言うんですけども。このプロダクションバリューって、日本語に直すと難しいんですが。要するに映画にお金がかかってる感じがすごくするんですよ。難しいんですけど。実際にお金がかかってるか、かかっていないかじゃなくて、画面自体が重厚で、重みがあって、深い画になってるんですよ。安っぽくないんですよ。全く。

(でか美ちゃん)ちゃんと作られてるんだな。

(町山智浩)ちゃんと作られてるんです。美術もすごいし。その豪邸とかね。要するに、ちゃちい豪邸じゃないんですよ。本当にすごくデザインしてるんですね。あと、陰影がすごく深いんです。影の部分が真っ黒に潰れてるんですけど。要するにこれって、人間の光と影を表現してる物語なんで。

全体に明るくしちゃうと……日本のテレビって、そうですよね? 全体に光が当たってて、特に女優さんとかきれいに顔が、光が当たるように反対側からレフっていうのを当てたりするんですよね。フィルインとも言いますけど。それを全然してなくて、すごく深みのある、陰影の強い映像になっていて。これね、日本映画が圧倒的に負けてる部分なんですよ。韓国映画とかはこの映像が撮れるんですよ。

(でか美ちゃん)それはやっぱり、資金的な面でなんですか?

(町山智浩)資金的な面もあるし、もうひとつは撮影監督が権力を持っていて。照明の人をコントロールする力を持ってるっていう、その業界内の話になりますけど。日本の映画ってね、フラットに照明を当てちゃう癖があるんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、そこに注目して見たことなかったな。

(町山智浩)よく見ると、わかりますよ。映像の深み。特に顔の反対側から柔らかい光を当てるんですよね。日本ってね。でも、これはそういうことをしていない。あとはね、俳優の演技がとにかくすごくて。このポールさんがすごいんですよ。

(でか美ちゃん)だって写真1枚で、なんか鬼軍曹感、伝わってくるもん!

(石山蓮華)お皿を1枚、持った写真が手元にあるんですが。コック服を着ているのに、血しぶきみたいなのがコック服についてるんですよ。返り血を浴びたみたいなのが。

(町山智浩)これ、すごいよね? ただの料理ドラマじゃない世界になってますよね。この俳優さんはね、ノパチャイ・チャイヤナームっていう人なんですけれども。この人は向こうではもう本当にベテランのね、名優らしいんですけども。監督でもある人ですね。で、このシェフが要するに自分が神のような力を持って、料理で人々をコントロールできると思ってるんですけども。そこから先がすごい展開になっていくんですよ。

(石山蓮華)おお、ここから!

(町山智浩)あのね、今、日本で公開中の『TAR/ター』っていう映画があるんですよ。これ、やはり神のような、天才的なクラシック音楽の指揮者の女性が主人公なんですね。ケイト・ブランシェット。で、もう何もかも手に入れている、頂点に立っている女性なんですけれども。なんていうか、おごり高ぶっていって、つまずいていく話なんですね。で、このポールさんも実はもうおごりたかぶって、大変なことになっていくんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、じゃあかぶる部分があるというか。

(町山智浩)テーマが非常によく似てると思います。で、またこのオエイさんとの戦いになっていくんですが。

(石山蓮華)下克上?

(町山智浩)下克上ですね。

(でか美ちゃん)でもちょっとスポ根感ありますよね。今週も。

(町山智浩)ねえ。どっちが勝つか?っていうね。超高級料理と、街の屋台の焼きうどんと、どっちが勝つか?っていう。

(石山蓮華)やっぱりなんか先週とも、こねくとしますね?

(町山智浩)ちょっと近いところがありますね。ということで『ハンガー』、これものすごく面白いんで。ぜひご覧ください。またNetflixを紹介しちゃったな。Netflix、なんかくれないかな?(笑)。

(でか美ちゃん)面白い作品、多いですからね。

(町山智浩)ねえ。ちゃんと脚本家に給料を払わないんで、問題なってますけどね。それでこれ、監督がシティシリ・モンコルシリという。もう名前がいいですよ!

(でか美ちゃん)フハハハハハハハハッ!

(石山蓮華)町山さんが大好きな「しり」が入っているからね!(笑)。

(町山智浩)はい。「しり」が2つ、入っています(笑)。ということで、『ハンガー』でした(笑)。

『ハンガー: 飽くなき食への道』予告

<書き起こしおわり>

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