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片桐仁とエレキコミック 小林賢太郎の大学時代を語る

片桐仁とエレキコミック 小林賢太郎の大学時代を語るエレ片のコント太郎
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片桐仁さん、やついいちろうさん、今立進さんが2020年12月5日放送のTBSラジオ『エレ片のコント太郎』でパフォーマー引退を発表した小林賢太郎さんについてトーク。大学時代の小林賢太郎さんについて話していました。

(やついいちろう)出会いはなんだっけ?

(片桐仁)大学の同級生。

(今立進)版画科?

(片桐仁)版画。35人の。

(今立進)両方版画科なんだ。へー。

(片桐仁)「うるせえやつがいるな」って思ったらそれが賢太郎で。

(今立進)えっ、うるさいの?

(片桐仁)すごいよ。

(やついいちろう)片桐がうるさいんじゃないの?

(片桐仁)俺もうるさいけど……あの時、賢太郎はお祭り野郎だったから。

(やついいちろう)なんでうるさいやつなの?

お祭り野郎・小林賢太郎

(片桐仁)もうウケてる感じのやつね。最初のね、版画の授業が……僕ら、多摩美の版画科の一期生だったのよ。それでカリキュラムもできてないから、最初の授業がひたすら桜の木の木版の版を2時間、平らにするっていう授業だったの。で、それをさらにアロンアルファを付けて……まあ小口木版っていう風に木目がない、もう見えないぐらい削っていくんだけど。それが2時間ですげえつまんなくて。もうすごい嫌になっちゃったんだけども。

(今立進)単純作業?

(片桐仁)そうそうそう。その時に盛り上がったのが賢太郎で。俺が4番で、賢太郎が8番で。

(やついいちろう)それで何で盛り上がっていたの?

(片桐仁)何で盛り上がったんだっけな? テレビの話とかじゃない? それこそ屈託のない。

(今立進)人気者ではあったんだ。

(やついいちろう)それで「これはライバルになるな?」って。やっぱり片桐さんもお祭り野郎だからね。

(片桐仁)俺はお祭り野郎じゃなかったのよ。人前に出たい気持ちはあったけど、どうしていいかわからなかったから。だからすごいモノマネとかも上手かったし。いろんな部活の新歓コンパに顔を出して。それでなんか芸をやったりとかね。

(今立進)すごいね!

(片桐仁)すごいよ。だからもう「プロになる」っていう、早い段階でそういう人だったから。

(今立進)でもそこでよく仲良くなったね。

(片桐仁)まあ、35人しかいないからね。

(今立進)じゃあ、みんなだいたい仲いいんだ?

(片桐仁)そうそう。小学校とか中学校の1クラス分ぐらいしかないから。35人って。そこで……。

(やついいちろう)なかった落研をもう1回作ったわけでしょう?

(片桐仁)そうそう。それも、なんか賢太郎が動いて。部活を総括してる人に「部室が欲しいんですけど」みたいな話をしたら、「落研が潰れちゃっているんだけども、落研の道具とかがあるから。だから落研の復活だったら部室がもらえますよ」みたいな話になって。それで最初、版画のやつ何人かと「落研」っていうテイを取ったんだけど。とはいえ、何もしなかったんだけどね。

(今立進)そこに入ってないの? まだ。

(片桐仁)そこには入ってるけど、別にコンビとは組んでなくて。だから学園祭で賢太郎、落語とかやっていたよ。

(今立進)ああ、まあ上手そうだけどね。

(片桐仁)「こんなの、できるんだな」って思って。

(やついいちろう)片桐さんも入っているの?

(片桐仁)俺も入っているんだけど……。

(今立進)なにしてたの? オナニー?

(片桐仁)オナニー。

(今立進)なんだよ、それ?

(やついいちろう)それはすごい勇気だよ。人前ででしょう?

(片桐仁)俺はみんなで建物を建てるのを手伝ったりとか……。

(やついいちろう)それって、「落語を見ながら」っていうこと?

(今立進)フフフ、めちゃくちゃ面白いコンビじゃない? 相方が落語している前で、シコシコしてるんでしょう?

(片桐仁)できるわけないだろ!

(やついいちろう)どこでいったの?

(片桐仁)サゲでね(笑)。って、違いますよ! だから、自分がお笑いコンビになることも、その覚悟もないまま「楽しそうだから」って学園祭の時に建物を建てたりするのを手伝ったりね。看板を書いたりとか。学園祭の間、そういう寄席みたいなのを作ったけど。なんか賢太郎がずっと1人でやっていたね。

(今立進)やっぱりそういうのも好きだった……情熱もあったんだろうね。

(片桐仁)そうそう。「片桐もなんかやれよ」って言われたけど、できないから。「俺、できないよ」ってたぶん言っていたと思うんだよね。

(やついいちろう)全然組まないじゃんね。

(片桐仁)そう。それが大学3年ぐらいで。賢太郎はいろんな人と試してたの。

(今立進)なるほどね。じゃあもう順番的にはもう最後尾ぐらいの?

(片桐仁)そうそうそう。「なんで俺と組まないんだろうな?」って思っていて(笑)。

(今立進)ああ、「声、かかんないな?」って(笑)。

(片桐仁)「こんなに毎日、一緒にいるのに」って(笑)。

(やついいちろう)えっ、ラストなの?

(片桐仁)ラスト、ラスト。

(今立進)「うーん、片桐……片桐かー?」って(笑)。

(片桐仁)関西弁のやつとかともやっていたし。それでやって……。

(今立進)「ああ、そうか。片桐か。まあ、しょうがない……」って?

(片桐仁)うん。まあでも……「俺、ちゃんとやるよ。言われた通りにやるよ?」っつってね。

(やついいちろう)最初から?

(片桐仁)そうそうそう。それで、いろんなコンビのネタをコピーして。それで「これこれ、こうでこうだ」「なるほどな」って。俺はでも、三村さんの言い方ばっかり真似してたけどね。「○○だよ!」っていうね。

(今立進)バカルディ。当時の。

(片桐仁)だから、「やる」っつってもまあ大学生の真似事っていう人と、プロ志望だった人だから。見てるところは全然違うよね。

(やついいちろう)でも、普通にその感じで言うとね、また次に行くじゃん? でも、行かなかったわけでしょう?

(片桐仁)そうだね。まあ、卒業も迫ってきてたし。で、うちの版画学科ってみんな就職しない時期だったのよ。まだ時代的に。「なんとかなるだろう。フリーターで」みたいな。

(今立進)ああ、大学は出るけど?

(片桐仁)そう。卒業もすげえ簡単にできるし。だから、学費が高いだけでね。それで「いいよ。お笑い、やるよ」って。

(今立進)それもすごいね(笑)。もしお笑いじゃなかったら、片桐さんは何になろうとしてたの?

(片桐仁)俺がやりたかったのは美術。映画とかの特殊メークとか。でも、ああいうのを仲間みんなでバイトに行ったら、俺だけ帰らされたことがあって。なんか恐竜のね、パビリオンみたいなのを作るバイトがあって。それで俺もついていったんだよ。

(やついいちろう)なんかダントツで下手みたいなこと、言ってたもんね。

(片桐仁)でも俺、立体は上手かったから。でも俺は「その時、人がいっぱい来すぎていたから。たまたま俺は一番後ろにいたからかな?」とは思ってるんだけど。なんか知らないけど、俺は……。

(今立進)呼ばれなかったの? 「いや、片桐くんは大丈夫」みたいな?

(片桐仁)「次は全員じゃなくていいよ」って言われて。で、「君と君と君と……」って。その中に俺が入っていなかったのね。

(やついいちろう)あら? 一番夢を持っていたのにな。

(片桐仁)そう。そっちにツテができていたら、たぶんそっちに行ってたと思うわ。今、思えばね。ただ、その後にバブルが弾けて……。

(やついいちろう)でもよく「すげえバイトをして、何十万も貯金があるから大丈夫だ」って俺に言ってたよ?

(片桐仁)そう。だから警備員のバイトを……それ、大学を出た後でしょう?

警備員のバイトで数十万の貯金を作る

(やついいちろう)「俺はこんなにいっぱい貯金があるから全然まだやっていけるんだ」なんて言っていたよ?

(片桐仁)そう。1年目、すごい極貧生活したら、100万ぐらい貯まったのかな?

(今立進)すごいね! 学生というか、卒業してそれだけ貯められるなんて。

(やついいちろう)俺らなんて金が1円もない時代だから。「100万も持っているの!」ってね。

(片桐仁)80万ぐらいだったかな? 持っていたから。たぶん「俺、80万持っているよ」って言っていたと思う。

(やついいちろう)言っていた。すっげーマウントを取ってくるの。

(片桐仁)23、4で。警備員のバイトしていたから。1年経ったら80万、貯まっていたから。

(やついいちろう)「だからこれ、やりながらでもできるから」って言ってたよ。

(片桐仁)その時はさ、警備員の部屋でずっとゲームしながらね。『ファイナルファンタジー5』をずっとしながら、3日間家にも帰らず。昼、ずっと警備室で隠れてゲームをしたんだけど。その時はもう、だからプロにもウケてなかったし、覚悟もないし。みんな、すごいじゃない? みんなすごい面白いから。「俺はもうこのまま警備員で死ぬんだな」って思ってたからね(笑)。

(やついいちろう)でも、賢太郎も同じ警備員をやっていたわけだから。

(片桐仁)賢太郎は「見えた!」って言って早い段階で辞めていたからね。俺よりも1年以上前に辞めていたから。

(今立進)それで、でも警備員……その時はもうラーメンズ?

(片桐仁)もちろんラーメンズで。『オンバト』とかに出るようになって割とすぐに警備員は辞めて。でも、お金はもらえないからさ。あの頃は。

(今立進)まあね、そんなね。

(片桐仁)単独ライブをやってもお金にならなかったけど。なんか「もう辞める」って辞めて。

(今立進)じゃあ、まだそこでもちょっと不安というか。仁は。

(片桐仁)だからもうずっと自信がないまま来ちゃったね。大学の教授にも言われたもん。「お前は『自信がない、自信がない』って感じだったな。あの時はな」って言われて。だから、そう思われてたんだなと思ったけどね。

(今立進)そうですね。造型だけは自信があったんだけどね。

(やついいちろう)でも、帰されちゃったからね。

(片桐仁)そうなのよ。ニイルセンとかいたし。

(今立進)だから、行けばよかったんだよ。

(片桐仁)そうなんだよね。だから三顧の礼じゃないけども、やる気さえ見せれば……だからそれが引っ込み思案はダメだよね。これを聞いている若いスターには言いたい。下手でもやる気は見せた方がいい。

(やついいちろう)でも批評癖はあったんだよね?

(片桐仁)プライドが高いからさ。だから帰れた時にプライドを傷付けられたら、たぶん行けないんだよね。

(今立進)ああ、そうか。当時はね。

(やついいちろう)なんか言ってた気がするのもんな。「やっぱり心に残るものは俺の方がうまい」とかって。

(片桐仁)ああ、絵が下手だったから。「これは心に残る作品になると思う」って。

(やついいちろう)「賢太郎よりも俺の方が心に残るものを作っている。あいつの方が早いし、うまいし、きれいだけど。でも、俺の方が心に残る」って(笑)。

(今立進)なんだよ、そのフォローみたいなのを(笑)。

(片桐仁)それは言っていた。

(やついいちろう)そう言っていて。それで俺は「ああ、そうなんだ!」って。

(今立進)まだ純粋だったね(笑)。

(片桐仁)あのアパートの屋上で俺、絵を書いていたもんね。

(今立進)ピュアなやついの時だ。

(片桐仁)うん。やつい、見に来ていたもん。

(やついいちろう)よく俺、賢太郎の家に行っていたから。

(片桐仁)すぐ近くに住んでいたからね。同じ八王子の上野町に。

(今立進)そんな近いところにいたんだね。

(片桐仁)そう。4年の時だけね。近くに住んで。

(やついいちろう)よく遊びに行っていたんだよね。賢太郎、絵を書いていたよ。

(今立進)どうだったの? やっぱり心には残らなかった?

(片桐仁)残ったよね。あの人のでっかい顔のね。

(やついいちろう)誰の話? どっち?

(片桐仁)俺の絵。

(やついいちろう)いや、片桐の話、してないじゃん。引退した人の話、したいから。何を……まだやっていく人の話なんかしないから。

(片桐仁)フハハハハハハハハッ! そんな言い方、なくないか?

(今立進)興味ねえし(笑)。

(やついいちろう)君、まだやるんでしょう?(笑)。

(片桐仁)やるよ!

(やついいちろう)君、まだやるんだったら、価値ないし!(笑)。

(片桐仁)そうだね(笑)。でも「価値ないし」はやめてくんない?

まだやる人には価値はない

(やついいちろう)さっきからさ、ずっと待っていてもずっと自分の話をしているからさ。

(片桐仁)いやいや、「比べて」っていう話ね。

(やついいちろう)いいのよ。続ける人の話は。辞める人の話をしてよ!

(今立進)でも、当時の絵はあんまり見たことないかな。賢太郎のは。

(やついいちろう)俺はよく見ていた。卒業制作の頃、よく行っていたから。

(片桐仁)リトグラフね。あと、個展もやっていたもんね。池袋で。

(今立進)ああ、1回行ったな。

(やついいちろう)俺、見に行ったよ。その時、よくいたので。いつも、つらそうだったけどね。

(今立進)大変だよね。締切に……。

(やついいちろう)「ああ、やだやだ」って言いながら書いていたよ。

(片桐仁)でも賢太郎、書くのが早いからね。

(やついいちろう)似顔絵とか、すげえうまいもんね。

(片桐仁)うまい。

(今立進)そうね。絵がそもそもうまいもんね。

(やついいちろう)でも、片桐さんはそう言っていたよ?

(片桐仁)俺はね、うまくはないんだけども、残るんだよね。

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