町山智浩 映画『戦争と女の顔』を語る

町山智浩 映画『ビーンポール』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年9月1日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『戦争は女の顔をしていない』を元にした映画『ビーンポール』(邦題:『戦争と女の顔』)を紹介していました。ラジオオンエアー時にはまだ邦題が決まっていなかったため、原題の『ビーンポール』でお話をされています。

(町山智浩)映画ね、アメリカのカリフォルニアは映画館が全然開いてないんですよ。

(山里亮太)だって今ね、大変ですもんね。

(町山智浩)大変なんです。そう。コロナの死者が18万人を超えてしまって。それで、予測が出たんですけど。その12月までにこのままだと30万人を超えるかもしれないっていう予測が出て。

(赤江珠緒)アメリカ、本当に亡くなる方が多いですね。

(町山智浩)国として対策を何もしてないんですよね。地方自治体任せで。だからめちゃくちゃになっちゃってるんですけど。それでね、大手企業はね……うちのカミさんが働いたようなところはね、来年7月まで在宅勤務の延長を決定したんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? もう7月まで?

(町山智浩)そう。大変なことですよ、これは。だから繁華街とかはもう復活できないですよね。来年7月までね。だって通勤する人がいないんだもん。

(赤江珠緒)そうか……。

(町山智浩)大学もないしね。大学も全部在宅だしね。だから大学街ってあるじゃないですか。大学街は滅んじゃいますよ。

(赤江珠緒)相当な人が行きますからね。

(町山智浩)学生がご飯を食べたりするから成り立っているところがね。

(山里亮太)学生もかわいそうなんですよね。

(赤江珠緒)そうだよね。全然大学に入れないとかね。

(山里亮太)せっかく受験が終わって入学できると思ったらずっと在宅で……っていう。

(赤江珠緒)日本もね、大学だけは開いてないんですよ。

(町山智浩)そう。あれはね、教授とかに転っちゃう可能性があるからですね。教授、お年の人が多いから危険なんでね。

(赤江珠緒)じゃあ、教授が家からやって、生徒はもう、大学に入らせてあげてほしいよね。

(山里亮太)たしかに。対策はできるよね。

(町山智浩)ああ、そういう手もありますよね(笑)。ただ、その大学で勤務している人たちの感染とかもあるんでね。で、映画館なんかももううちのところは開かないんですけども。僕、『TENET テネット』っていうクリストファー・ノーランの新作の映画が見たいんですけども。うちの周り、カリフォルニアは映画館が一切開いてないんで。車で4時間走って、隣のネバダ州まで見に行こうと思ってますけどね(笑)。

(赤江珠緒)ああ、州をまたがないと。

(町山智浩)州をまたがないとダメなんですよ。そう。アメリカだと4時間ぐらい走るのは普通ですけど。日本だと東京から4時間走ると名古屋あたりまで行っちゃいますよね(笑)。

(山里亮太)映画を見に?

(町山智浩)そう。行くしかない状態なんですが。それで新作がないので、ちょっと古い映画になるんですけど。日本ではまだ公開されてない映画。未公開の、公開予定もまだないのかな? すいません。そういう映画しか残ってないので。今、手元に。今日、紹介する映画はロシア映画で『ビーンポール』という映画です。そういえば、赤江さんが言っていた『森は生きている』って日本映画でした? ロシア映画でした?

(赤江珠緒)ええとね、ロシア映画。

(町山智浩)そうですよね。はい。ソ連の名作アニメーションですよ。『森は生きている』っていうのは。1957年かなんかに作られた。日本でも東映動画がリメイクしてますけどね。で、あれは傑作ですけども。それは置いておいて。今回、紹介するのはロシア映画で、これは第二次世界大戦が終わったばかりの、まだソ連だった頃のレニングラードが舞台の話なんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、これは原作が結構日本でも本が売れてるですけれども。『戦争は女の顔をしていない』っていう本があるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、最近なんかね、本屋さんで見ましたよ。

(町山智浩)はい。漫画になっていますね。漫画化されていて。

(赤江珠緒)はい。漫画が平積みされてました。

『戦争は女の顔をしていない』

(町山智浩)これね、インタビュー集なんですね。これはベラルーシの女性ジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチという女性がですね、第二次大戦で戦争に参加した女性たちに40年以上たってから、どんな体験だったのかを1人1人、歩いて回って聞いて集めたインタビュー集なんですよ。で、この仕事でアレクシエーヴィッチさんはノーベル文学賞を取りましたね。2015年に。で、これはすごいことなんですが、その女性がたくさん兵士として戦争に行ったんですよ。ソ連では第二次大戦の時に。

(赤江珠緒)そうなんですね。

(町山智浩)それはね、「独ソ戦」というのがありまして。第二次大戦の中にね。これ、1941年から45年まで5年間続いたんですけど。これはドイツ軍が400万人もソ連の中に入ってきちゃったんですよ。で、その400万人が入って、結局ドイツ軍もその後にどんどん増強したりしてですね。両軍共に1000万人以上が両軍で死んでるという、すごい歴史に残るという悲惨な戦闘なんですよ。

で、独ソ戦も最近、日本で本が出てベストセラーになったりしてるんですけども。これ、どうしてそんなひどい戦争になったかって言うと、そのドイツが攻め込んだ理由っていうのは、ドイツがソ連の領土を奪って、完全にドイツにしようとしたんですね。

(赤江珠緒)うんうん。侵攻してきた。

(町山智浩)侵攻してきたんですけど、普通は占領して統治をするじゃないですか。でも、統治が目的じゃなくて乗っ取るつもりだったから、そこに住んでいた人を皆殺しにしようとしたんですよ。で、アインザッツグルッペンという虐殺部隊を送り込んで、子供から老人からもう全部殺そうとしたんですね。

(赤江珠緒)それはひどい……。

(町山智浩)すごいことをしたんですけど。だからソ連側でも女性たちもね、「これは故郷を守らなきゃならないんだ」ということで戦闘に志願して参加したですよ。で、ただ、その志願をした人たちっていうのは、結婚をしてると守らなきゃならないもの、家庭があるから。だからほとんど全員、結婚前の人たちだったんですね。だからね、だいたいね、この本を読むとわかるんですけども。16、7なんですよ。少女なんですよ。

(赤江珠緒)本当に女の子たち。うん。

(町山智浩)写真を見てもね。で、その人たちはね、戦争で何があったかをね、誰も話さなかったんですよ。それで、40年以上たってからやっと聞き出していったんですね。それでも、「話したくない」って人がほとんどなんですけど。なぜかといえば、まあ人を殺しているからですよね。

(赤江珠緒)ああ、そうか……。

(町山智浩)やっぱり人を1人殺しちゃうと、敵とはいえね。そうすると、その後にはもう同じ人間としては生きられないんですよね。で、普通に少女としては生きられなくなっちゃうんですよ。だからもう、忘れたいからみんなしゃべらなかったのを全部聞いていったんですけど。で、その本はですね、戦場のことしか書いてないんですけど。この『ビーンポール』という映画はその本を元にしてるんですが、その本に書いてあることは映画の中には出てこないですよ。なんと。

(赤江珠緒)ああ、じゃあ戦時中の話じゃないんですか?

(町山智浩)戦時中の話は一切出てこないです。戦闘シーンもなにもないんです。それが終わった後、彼女たちはどうやって戦後、生きようとしたのか?っていうことを描いているのが『ビーンポール』っていう映画なんですよ。で、中に出てくる、戦争中にあったこと。その会話の中で出てくるものは全部、本から引っ張ってるんですけど、これは戦後しか描いてないという不思議な……原作を元にしながら原作とだぶってるところはほとんどないという非常に不思議な映画なんですか。

(赤江珠緒)はい。

女性兵士たちの戦後を描く

(町山智浩)で、この『ビーンポール』というタイトルはですね、主人公の女性の名前で。女性兵士だった人なんですけども。すごく背が高いんですよ。身長182センチぐらいあるんですよ。でね、ほとんどしゃべらないんです。山ちゃんの相方さんみたいな人です。

(山里亮太)そう。本当に今、条件を聞いて「ぴったりだ」と思ったんですよ。

(赤江珠緒)そうか。背が高くてしゃべらない。うん。

(町山智浩)しゃべらないんですよ。で、彼女の高射砲部隊での相棒だった女の子がマーシャという子で。その2人のコンビの話なんですね。で、マーシャの方はいっぱいしゃべるんですよ。だから本当に漫才みたいな2人なんですけども。で、この映画は最初、このビーンポールさんが突っ立ったまま、プルプルと震えているシーンから始まるんですよ。で、なんだろう?って思うんだけど、周りの人たちは別に「ああ、また始まった」っていう顔をしてるんですね。病院で看護婦として彼女は働いてるんですけど。実は戦場でものすごい爆撃か何かを食らって、脳挫傷をして。脳に後遺症が残っちゃったんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それで時々、体全体が硬直して動かなくなるということで。それで「帰れ」って言われて戦場から帰ってきて、病院で働いてるんですね。ただ、それ以外は非常に真面目に働いてて。それで男の子がいて。彼女はその2歳の男の子を育ててるんですよ。ところがですね、子育て中に硬直が始まっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ああ、自分でも予期しない時に止まっちゃんですか?

(町山智浩)そうなんです。で、その体の大きさで硬直するから、その男の子を死なせちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

(町山智浩)で、そこにね、マーシャさんが帰ってくるんですね。マーシャさんはそのままずっと進軍していって。ベルリンまで行って。ベルリンを占領して、それで彼女はやって帰ってきたんですね。そこから。で、帰ってきて、そのビーンポールさんに「私の息子はどうした?」って言うんですよ。「私があなたに預けた息子はどうしたの?」って言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「なんでいないの?」って言うんですよ。すると、言えないんですよ。そのビーンポールさんはね、しゃべんないですよ。とにかく困ったことがある時は。普段もほとんどしゃべらないんですけど。で、「どこに行っちゃったの?」「えっ、ああ、うん。ああ……」とか言っているんですよ。で、マーシャさんはさすがに察して。「死んだの?」って聞くと、そのビーンポールさんが「う、うう、うん」って言うんですよ。そうするとマーシャさん、そこでね、シャキッとしてね。おしゃれをし始めて。「わかった。夜遊び行こう!」って、夜遊びに行くんですよ。ビーンポールを連れて。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)そこで、ひっかけた男を捕まえて、エッチするんですよ。で、その男の連れにビーンポールさんも口説かれるんですけど、ビーンポールさんはその男をボコボコにして。しかも、そのマーシャさんとエッチしている男もボコボコにしちゃうんですけど。なぜか、腕っ節だけはいいんですよ。そのへんもなんか似てるんですけど(笑)。

(山里亮太)ああ、うちの相方に(笑)。

(町山智浩)相方さんにね。で、なんでこんなことになってるか?っていうことがだんだんわかってくるんですよ。で、このマーシャさんは子供がほしいんですよ。それで、どうしてそんな行きずりの男との間に子供をほしがってるかというと、戦場から帰った女性兵士たちは結婚ができなかったらしいんですよ。

(赤江珠緒)えっ、なんでですか?

(町山智浩)すごい差別があって。というのは、その『戦争は女の顔をしていない』という本の中にも出てくるんですけど。その当時、戦争に行った少女たちは4年間も戦場に男たちと一緒にいたから、「兵隊たちの現地妻になっている」という噂があったんですよ。で、祖国のために命をかけて戦って帰ってきたら、差別されて結婚もできないような状況だったんですよ。

(赤江珠緒)めちゃくちゃですね……。

(町山智浩)ひどいんです。ただ、実際にその本にも出てくるんですけど、戦場に行くと男たちばっかりだから。危険だから、誰か1人をつかまえるしかなかったんですね。1人、男をつかまえておけば守ってもらえるから。

(赤江珠緒)ああ、そういうことか。

(町山智浩)そう。で、守ってもらうんですが……さっき言ったみたいに、その独ソ戦っていうのはものすごい死亡者数の戦闘ですから、その守ってくれる男が死んでいくんですよ。すると、今度は次を見つけなきゃ行けないんです。で、また死ぬんですよ。という風にやっていくうちに、戦争をして進軍しながら妊娠していくんですよ。

(赤江珠緒)ああ……!

(町山智浩)大変な状況だったみたいですね。で、このマーシャさんはそれで男の子をそのビーンポールさんに預けて、男の子を逃したんですけど。でも、逃せない場合も多かったみたいですね。

(山里亮太)えっ?

(町山智浩)まあ、すごいことになっていたみたいですね。という、すさまじい話なんですが。これ、監督がね、その戦争が終わった後の話にしたっていうのはわかるですよ。それをそのまま描くわけにいかないですよね。

(赤江珠緒)うんうん。あまりにも……ですよね。本当に。

(町山智浩)あまりにもひどいすぎるので。だから、「起こった後」ということにしてるんですね。あと、その戦争から帰ってきてからの方がキツいんですよね。彼女たちは少女だったわけですけど。行った時には。それで、帰ってきた時には大人になってるんですよね。ただ、他の人たちからは疎まれて。「あの人は女兵士だった」って言われて、居場所がなくて。それでもう、男たちは英雄として褒められたり、勲章をもらったりしてるんですけど、彼女たちは逆に自分たちが兵士だったことは誰にも言わないで隠して生きていくんですよ。

(赤江珠緒)理不尽すぎるな……。

(町山智浩)これ、理不尽すぎるんですよ。だからこれ、本の方はタイトルが『戦争は女の顔をしていない』っていうタイトルになっていて。女性たちはほとんど語らなかったですよ。そのことを。でね、それでは闇に葬られてしまうので。みんな、亡くなりそうだったんですよ。結構なお年だったので。で、このスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチさんは全部、亡くなる前に聞いていこうっていうことで、聞いて回っていったみたいなんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)それでこのアレクシエーヴィッチさんという人はすごい人でね。彼女がこの本を書く前にアフガン戦争があって。ソ連がアフガニスタンに侵攻していったわけですけど、そこでまた酷いことがいっぱいあって。で、この人はそれを全部聞いて回ってるんですよ。ソ連兵たちに。

(山里亮太)大丈夫なんですか?

(町山智浩)だからね、ソ連がなくなっているんですけど、ロシア政府にすごく睨まれて。やっぱり国の体制が変わっても、結局その「戦争」っていうものを悪く描くってことは、どんな国にとっても困るんですよね。ソ連がなくなって、ロシアになっても同じなんですよ。で、非常に彼女は国からは「反体制ジャーナリスト」として睨まれていたんですけども。それで今はもっと大変なことになっちゃって。彼女はベラルーシの人なんですよ。

それでベラルーシって今、ヨーロッパ最後の独裁者って言われてるルカシェンコ大統領というのがいまして。20年以上、政権を持ち続けて。それで今、民衆が本当に怒って。この間、選挙をぐちゃぐちゃにしちゃったんでね。本当の結果じゃない、嘘の結果を発表してね。それで今、反政府の人たちがデモとかをやってるですが、そっち側にやっぱりこのアレクシエーヴィッチさんは付いちゃってるんで。それでこの間、警察に呼び出されてましたけどね。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)それで黙秘して、一応今は釈放されてるらしいんですけど、非常に危険な状態にあるそうです。

(赤江珠緒)なんかあっちもこっちもそういう方が……。

(町山智浩)そうなんですよ。で、アレクシエーヴィッチさんは要するにこのルカシェンコ大統領と戦っていて。ルカシェンコ大統領のバックには、そのプーチンのロシア政府がついてるんですよね。独立国なのにね。で、非常に戦い続けてる人なんで今、ちょっ注目したいところなんですけど。応援したいところなんですが。アレクシエーヴィッチさんを。

<書き起こしおわり>

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