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古舘伊知郎 新日本プロレス慰安旅行とアントニオ猪木の乱闘の妙技を語る

古舘伊知郎 新日本プロレス慰安旅行とアントニオ猪木の乱闘の妙技を語る 安住紳一郎の日曜天国
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古舘伊知郎さんが2020年8月9日放送のTBSラジオ『日曜天国』にゲスト出演。安住紳一郎さんと新日本プロレスの伊豆大島慰安旅行に同行した際の思い出や、九州・久留米のホテルで発生した大乱闘でアントニオ猪木が見せた妙技について話していました。

(安住紳一郎)さて、古館伊知郎さん炎の3番勝負に話が戻りますが。おしまい3つ目はまたプロレスの話に戻ります。水割りとアントニオ猪木さん。

(古舘伊知郎)いいですね。この水割りとアントニオ猪木っていうのが。歌とか映画のタイトルみたいで。なんか、つまんないネットフリックスはダメな映画のタイトルみたいですよね。『水割りとアントニオ猪木』って。で、これはですね、僕が昭和52年。1977年にテレビ朝日のアナウンサーとして入れてもらいまして。あっという間に数ヶ月のアナウンス研修が過ぎたあたりで夏場の暑い盛りにですね、伊豆七島の大島に新日本プロレスの慰安旅行ということで、テレビ朝日の当時、運動部と呼んでおりました。

スポーツ局じゃなくて。その運動部のスタッフ共々、私が一番下っ端のペーペーのアナウンサーとして同行するわけです。で、その時にえらい先輩のスポーツ実況の、僕が教わってるアナウンサーの方からキャリーバックを2つ、ゴルフ場で託されまして。30キロ、30キロを両肩に背負うんですよ。

(安住紳一郎)うわっ!

(古舘伊知郎)これ、やっぱり22歳じゃなきゃできない芸当ですね。炎暑……まあ今ほど温暖化は進んでないから暑くはなかったけども、炎暑。35度になんなんとする大島のゴルフ場でワンラウンドハーフ。30キロ、30キロ。トータルなんと60キロを背負って。1回も打たせてもらえないでお供するんですよ。キャディーとして。

(安住紳一郎)本当にゴルフバック担ぎ?

(古舘伊知郎)はい。今でこそ、アナウンサーの民主化が叫ばれて、随分と革命が起きて良くなリマしたけども。あの当時、特にスポーツ実況アナっていうのは徒弟制度で。職人なんで「お前ね、芸は盗んだ、バカ野郎!」って。全部、指示が「バカ野郎」がつくんですよ。「お前、ちゃんとやってるか? バカ野郎!」って。全部「バカ野郎」なんですよ。「はい、バカ野郎」って。かならず言われるんですよ。

もうそのぐらいの時代だったんで。ワンラウンドハーフ、汗だくになってキャディーさんやらせてもらって。夜は水割りを作る係。テレ朝もそれから新日のレスラーもみんながね、それこそ今は考えられない。大宴会をやって。あとマージャン大会なんですよ。それでもう各所でマージャンを大広間でやってるわけ。で、僕は一番下っ端だったので、ずっとウイスキーを作っていて。

で、坂口征二さんの横に付いたりして。坂口さん、体が大きいから。濃いめの水割りを作ったりして。なんで濃いめの水割りを作って奉仕したりしてるか?っていうと、濃いから酔っ払ってくれるから、「もう1杯、もう1杯」って言われないで済むだろうと。というのは、もう夜8時が近づいてきていて。夜8時から、僕の実況のデビュー戦だったんですよ。昭和52年ね。で、ちょっとその時だけ先輩に耳打ちして。「すいません。部屋に行って僕の実況デビューなので。そこだけ聞いていいですか? 中継を……」って。

中継録画で、生じゃないんですね。それで「いいよ」って言われて。水割りを皆さんに濃い目に作って、おかわりがないように、大丈夫な状態を整えてから。本当にしゃべる仲居さんですよ、私。で、そのままトントンと2階に上がって、雑魚寝て寝てるところのテレ朝のスタッフ、自分の部屋に入っていって、ちいさなテレビに100円を入れて見たんですよ。

古舘伊知郎、プロレス実況デビュー戦

そしたらね、テーマ曲が流れて。背中に快感の渦が巻いていましたから。「実況 古館伊知郎」って出てきたんですよ。ちっちゃくテロップが。僕、生まれて初めてテレビの画面に自分の名前が、本名が焼き付けられた瞬間。この初心を忘れちゃいけないなと思って。渦巻きました。快感が。「俺、世の中に認められようとしてるの?」みたいな。そこで僕の中継録画で録音した実況が長州力対エルゴリアスの一戦。越谷市体育館の中継が流れたんですよ。その時、やっぱり実況デビューで焦って、先輩のプレッシャーとかもかかっているから。

「館内はあまりにも暑くなりまして、汗がしたたらたらたら、たらたらたらたら落ちています」って。まあ、後で考えればオノマトペみたいなよかったと思いましたけども。完全に噛みまくっているんですよ。で、そこの実況中継が噛んだところから使いやがって。本当に。で、その自分のパート、10分ぐらいを見て。それから戻ってまたせっせと水割りを作って。僕の中ではゴルフ、死にそうに暑い。そして自分の実況テロップで快感が走る。そして水割りっていう、なんかセットされた……。

(安住紳一郎)セットなんですね。

(古舘伊知郎)あ、オチがなくてすいません。

(安住紳一郎)いやいや、いい話ですから。いいんですよ。

(古舘伊知郎)俺、なんか時間が気になっちゃって。もう時間だと思うから。あんまり長くしゃべっちゃいけないでしょう?

(安住紳一郎)そんなことはないですよ(笑)。でも、最初に自分の名前が字幕スーパーになった時は私もやっぱり覚えてますね。

(古舘伊知郎)ああ、覚えてる?

(安住紳一郎)あれが一番なんか嬉しいというか。人前に出て。それでまあ、ひとつの職業の一番最初のスタートラインに立てたのかな?っていう喜びはありましたね。

(古舘伊知郎)やっぱりだから時折、そこに俺らは……まあ、どんなジャンルの仕事もそうだろうけど。俺らはそこに戻らなきゃダメだね。それで戻った時に素直になれるもん。「あんなに喜んでいたくせに今は俺、なにを生意気な気持ちになってるんだ?」と思うこと、あるもんね。大事だよ。

(安住紳一郎)たしかに。大事ですね。

(古舘伊知郎)人って記憶する以上に忘れる能力を持っていて。忘れるから、まともに生きていけるじゃない? 絶対記憶を持ってる人を昔、何十年も前に取材したことがあるけど。そのつらさたるや……だって47年前のあるイベントで乱数がランダムに並んでるやつの157ケタを丸暗記しちゃって。そこから抜けられない人が47年ぶりに同じイベントでまた同じ数字を羅列するんだよ? ここまで覚えちゃう人って、あらゆることが忘れられないから、脳がパンパンになっちゃってものすごい地獄のような人生。

で、時折庭先に出て、燃やすの。いろんな資料や本を。覚えたことを消すために。でも、脳内に入っちゃったものは消せないっていう。そういう人を取材したり、勉強したりしたことがあって。だから人間って忘れるんですよ。でも忘れるのは大いに結構なんだけど、そこの初心だけは忘れちゃいけないんだよね。たぶんね。

(安住紳一郎)取捨選択というか。やっぱり一番大事なところだけ残して……っていうか。

(古舘伊知郎)で、こんな真面目な話もしているのに、斜め前の対角線上の、ラジオなのにネクタイをしている風変わりな安住アナウンサーを斜めに見ながら。時折、中澤さんの顔を見たくて。で、またすぐに業務に戻るみたいな。この自分の不埒さもいかがなものかと……。

(安住紳一郎)フフフ(笑)。あと、アントニオ猪木さんとのお付き合いも長いですけども。福岡かなんかのホテルで大変な喧嘩騒ぎがありませんでした?

(古舘伊知郎)あれは久留米かな? 昔、ありましたね。これも、すごかったですね。たまたまあれはみんなで飲んでる時に、スタン・ハンセンを接待してたんですね。僕らがね。それでブレーキを失った重戦車。ものすごいパワーですよ。棍棒のような太い腕でウエスタンラリアット決めていくんですけど。どれだけ日本のレスラーがむち打ち症になったか。そのスタン・ハンセンの接待をしてる時、奥の方に若干、お地元のお怖い方がいらっしゃって。お怖い方が登場で。「うちの上が、腕相撲をやりたいって言ってるんですよ。スタン・ハンセンと」って俺に声をかけてきて。

、俺もちょっと怖くなって。「はい、ちょっと交渉してみます」ってことを言っちゃって。で、帆船に「ちょっと軽く遊びで……」みたいな雰囲気になっちゃった。そしたら偉い方、トップの方が来て。「まあまあ、シャレでやらせてもらうわ」って。で、腕を組んで。俺、気がついたら「レディ、ゴー!」みたいなことを言っていて。これも情けないですよね? そしたら……スタン・ハンセン、負けてあげようとして、グーッとわざと下がって。

そしたら、その方がうれしそうにもう1回、ダメ押しをしようとしてコツンってやったんですよ。そしたらちょっとスタン・ハンセンがピキッと来て。思いっきり返してバーン!って切り返したら、ガラスのテーブルが粉々に割れて。大変なことになって。で、「とにかくこの場から立ち去ろう!」ってなって、お店の方にもちゃんとご迷惑をかけないにして。「新日の……」って。で、サッと消えたですよ。そしたらホテルのロビーにものすごい人数でお見えになったんですよね。

ホテルのロビーに怖い方々が押しかける

(古舘伊知郎)で、僕は猪木さんの部屋に……猪木さんはその場、そのお店にはいなかったんですから。だけど、「責任者、トップの猪木を出せ!」って。で、俺と猪木さんが1階のロビーでエレベーターが「チーン」って開いた瞬間。その「チーン」を覚えてますよ。もう開いた瞬間、レスラーが中に飛び込んできたりして大喧嘩。怖い方とレスラーの大喧嘩になっちゃって。

(安住紳一郎)ええーっ!

(古舘伊知郎)そしたら1人が「オラ、猪木! コラーッ!」って。すごい人がブワーッて猪木さんのところに突っ込んできた瞬間、横に俺がいますから。猪木さんも見栄っ張りなところがあるから、やっぱり強いところ見せなきゃいけないっていうプロ魂があるじゃないですか。殴っちゃったらいけない。刑事事件になりますよね? いきなり首根っこをつかんでスリーパーで気絶させるんですよ。

(中澤有美子)ええっ?

(古舘伊知郎)スリーパホールド、裸絞め。で、これはラジオだからわからないと思いますけども、左から右にシューッと喉を滑らせるようにやることによって急所に入ってストンと寝るんですよ。これをやりました。「古舘さん、こういう時に殴っちゃいけないんですよね」って。かっこよかったですよね。だってロビーでドロップキックとかが見えるんだもん。日刊スポーツとかスポ日とか九スポが舞っているんだもん。こうやって束ねてあるんですよ。ビジネスホテルで。ああいうのが飛んでいるの。「九スポが飛んでいます!」なんて。

(安住紳一郎)さすがにそこで実況はしなかったんですか?

(古舘伊知郎)しなかったです。怖かった。しゃべれなかったですね。また振りますね。本当に!

(安住紳一郎)ちょっとね、もう今じゃありえないですけども。当時、血気盛んで。また九州なんで。

(古舘伊知郎)もう40年前なので、時効かなと。今だったらネット社会で一瀉千里でね。いろんなことが全て明るみに出るんですけども。あの時代は情報がね、そうは走らなかったという。今は昔でございます。

<書き起こしおわり>

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