町山智浩 映画『透明人間』を語る

町山智浩 映画『透明人間』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年6月16日放送のTBSラジオ『たまむすび』TBSラジオ『たまむすび』で映画『透明人間』を紹介していました。

(町山智浩)それで今日もそういう話なんですね。紹介するのは。これはアメリカで大ヒットした映画で。タイトルが非常にストレートなんですが。『透明人間』っていうタイトルなんですね。これはね、主人公はエリザベス・モスという女優さんが演じていて。この人は今、すごくアメリカで注目されていて。『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』の主役をやって女優さんですけどもね。はい。

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(町山智浩)で、まずこの『透明人間』という映画は豪華な豪華なすごい豪華な豪邸でこの人が暮らしてるんですよ。まず最初に。で、彼氏もいて。結構ハンサムな彼氏と一緒に寝てるんですけど、その彼女がスッと夜中、彼氏が寝てるところで起きて。それでその家を出ていくんすよ。で、「なんで逃げ出したんだろう?」っていうのは最初は分からないんですけれども、だんだん話が展開していくと、この彼氏はものすごくお金持ちの……なんか科学技術で大金持ちになってるんですけども。特許とか。ものすごく彼女をコントロールして、自分のいいなりにさせる男だったんですね。

(赤江珠緒)ああ、束縛が激しい?

(町山智浩)ものすごい束縛が激しくて。もう誰とも会わせないとか。そういう……まあ、なんていうかとにかくコントロールをして。それで自分の子供を産ませようとして。それで「結婚してくれ」って言うんですけども。「このままこの人といたらもう絶対私、ダメになっちゃう」と思って出ていくんですね。まあ、早い話がDV夫なんですよ。で、脱出するんですけども……脱出したと思ったら、翌日に「彼、自殺したよ」って言われるんですよ。「君が出ていったから、自殺をしたんだ」ってその弁護士をやっている弟に言われるんですよ。

で、「ああ、死んじゃったのか。でも、それぐらい私に執着していたのね」と思うわけですけども……でも、その後もね、彼女はその彼氏が死んだような気がしないんですよ。なんかね、そこらへんにいるような感じがするんですよ。で、自分を見張ってるような気がするんですよ。たとえばお湯を沸かそうとして。料理を作ろうとしてガスコンロに火をつけてちょっと目を離すと、火がいつの間にか火力が上がっていて、なんか火事になりそうになっちゃうんですよ。「私、こんなに火を強くした覚えはないわ。誰がやったのかしら?」って思うんですね。でも、誰もいないんですよ。

(赤江珠緒)うん。怖いな……。

(町山智浩)あと夜に寝ていると、気が付かないうちに掛け布団がなくなっているんですよ。

(赤江珠緒)えっ? それは蹴ったんじゃなくて?

(町山智浩)そう。「蹴ったのかな?」って思うものですけど。「おかしいな?」と思うんですね。すると、今度は親しい人から「あなたとは絶交する」って言われるんですよ。それで「えっ、どうして?」っていうと「あんた、私にすごいひどいメールを送ってきたじゃないの! 『あなたなんか大嫌いで死ねばいいと思っている』なんてすごいメールだったから、もうあんたとは絶交よ!」って言われるんですね。

「そんなメールを送った覚えはない」と思って家に帰って自分のパソコンを開くとメールが送られてるんですよね。自分のパソコンから。で、「これはおかしい。誰かがやってるんだ。たぶん彼氏がやってるの!」って言うんですけど、「そんな、バカな。君の彼氏は死んだじゃないか。お葬式もやったじゃないか」って言われるんですよ。「おかしいのは君の方で、君はどうかしてるんだよ。君は精神がおかしくなってんだよ」っていう風に言われるんですよ。主人公は。

それで「私はおかしくない!」と思うんですね。で、その彼氏の携帯にかけてみるんですよ。死んだはずなんですけども。で、彼氏の携帯にかけると、「ブーッ、ブーッ」って天井裏から音が聞こえるんですよ。

(赤江珠緒)天井裏から!? 怖い!

(町山智浩)という話が『透明人間』なんですね。そう。死んだはずの彼氏が透明になってストーキングをかけてくる。ストーカーになっているっていう話なんですよ。

(山里亮太)ちょっと嫌な方の『ゴースト』みたいな。

(赤江珠緒)ああ、そうね。完全に嫌な方の『ゴースト』だね。

(町山智浩)そうなんですけど。これ、『透明人間』っていうタイトルだから今、ここまでの展開を話しても全然ネタバレになっていないと思うんですけど。タイトルがわかりやすいから。ただ、どうして透明になるか?っていうのは、これも途中で……というか、彼氏のやってる職業ではっきり分かるんですけども。彼氏をやってるのは「光学技術」なんですよ。「光学迷彩」ないしは「クローキング」っていう言葉をご存知ですか?

(山里亮太)いや、知らないです。

光学迷彩・クローキング

(町山智浩)これは今ね、すごく開発に向かってる技術で。たとえばカメレオンとか、あとタコとか、カレイとかって周りの風景に自分の体を色や模様とかを変えて、擬態して見えなくなっちゃうじゃないですか。全然見えないでしょう? あれと同じ技術をなんとか人間に使えないのか?っていう研究がされているんです。で、タコとかって自分の目で見えないところの風景とか、土の触感とかね。地面とか。そういったものを体の皮膚の部分が見て、それを真似してるんですよ。だから体全体にちっちゃい目があるような感じで。それが周りを見て、それと同じ色とか模様とかにするんですね。

それを服で作ろうっていう研究なんですよ。だからそれを着ると、体中にたくさんそのカメラと、そっくりのものを映写するシステム、ちいさいものがいっぱい付いてるっていうのを想像してください。それを着ると周りから全く見えなくなるんですね。風景に溶け込んで。昔の忍者みたいですけどね。

(赤江珠緒)もう究極に溶け込めると。

(町山智浩)そうなんです。これ、技術はかなりね、研究が進んでいると言われてるんですね。本当かどうかは分からないですけども。それは、もし本当だとしたら発表されないからなんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)軍事技術だから。

(赤江珠緒)怖いなー!

(町山智浩)そう。もし本当に開発が進んでたとしたら、これはもう重要な軍事機密だから、表には出てこないんですね。ただ、発表されているものの中では、ひとつは光をねじ曲げて。前から来る光を後ろ側に回す。ないしは後から来る光を前に回すことで透明になるっていうのは最近、発表されたんですね。その技術は。

(赤江珠緒)光をなんか屈折させて?

(町山智浩)屈折させて。だからそれはシートみたいなもので。その下に隠れると、向こうから目で見ようとするとその人の体を通り抜けていっちゃうんで。見えなくなっちゃう。というのは実際にあるらしいんですよ。それはインターネットとかでも実際にテストしてるところが見れるんですけど。ただ、これは実用価値があまりないって言われてるんです。というのは、光が通り受けていっちゃうわけですよね。それを着てる人が自分も見えないけど、自分から周りも見えないんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)光が避けていっちゃうから。だから「他人からは見えないぞ! でも、俺も周りが見えないぞ!」っていうね。

(赤江珠緒)それはたしかにどうしようもないね(笑)。

(町山智浩)役に立たないって言ってるんですけど。ただ、クローキング技術のさっき言ったちっちゃいカメラみたいなものを全身につけて周りの風景に似せるっていうのは本当に進んでいるらしいんですね。で、その技術を持っているのがこの『透明人間』の彼氏なんですよ。

(赤江珠緒)なるほどー!

(町山智浩)という話です。ただ、これは秘密だから誰も信じてくれないんですよ。

(赤江珠緒)うわーっ! それは嫌ですね。誰も信じてくれないんだ。

(町山智浩)誰も信じてくれない。「お前が頭がおかしいんだ」って言われるんですよ。怖いんですけど。これもね、すごく昔からある話なんですよ、実は。これね、1930年代に作られた映画で『ガス燈』っていう映画があるんですね。これは44年にリメイクさてて、これが大ヒットしたんですけど。これは夫婦で暮らしていて、その旦那さんがどうも何かおかしなことをしているらしい。その旦那を奥さんが怪しむんですね。

ところがその旦那の方は「君がおかしいんだよ」って。「あなた、どこか出てたりして夜中に何かにしているんじゃないの?」「それは君の妄想だから。君がおかしいんだよ」って言うんですね。で、「私はおかしくないわ」って言うと「だって君の持ってるものって、君のものじゃないものが引き出しに入ってるけど。誰かのものを知らない間、無意識のうちに盗んだりしてるよ」とか言われるんですよ。

すると、たしかにそれがあるんですよ。で、「私はそんな記憶ないわ」って。それに、夜中に部屋に入ると、そのガス燈というのが……その頃は電気じゃなくてガスのランプだったんですね。それがついたり消えたりするんですよ。それを旦那に言うと「そんなことはないよ。それは君の妄想だから。君は今、精神状態がどんどんおかしくなってるんだよ」という風に言われて。その奥さんの方も「ああ、たぶん私の方がおかしいんだわ。私、病気になっちゃった」って思い込んでいくっていう話なんですね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、実はそれは旦那が……まあ、これを言っちゃうとあれなんですけども。殺人犯なんですよ。で、それをごまかすためにその奥さんを言いくるめて、奥さんの方が精神状態がおかしいんだと思い込ませてしまうっていう話はこの『ガス燈』という話なんですよ。でね、これは英語では『Gaslight』っていうタイトルでそれが「Gaslighting(ガスライティング)」っていう動詞になって、現在普通に使われている言葉なんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

ガスライティング

(町山智浩)これね、たとえば旦那の方が「あなた、浮気しているんじゃないの?」って言われたりするじゃないですか。すると、その奥さんに「そんなことない。君の妄想だよ。君がおかしいんだよ」って言って、奥さんの方をおかしいことにしちゃうことをガスライティングって言うんですよ。

(山里亮太)へー! そういう言葉があるんだ。

(町山智浩)はい。だからこれね、いろんなところで行われていて。一番よくやるのが、そのDVの夫が奥さんを殴ったりしてる時に「君が悪いから殴らなきゃなんないんだよ」って言う人がいるんですよ。すると奥さんの方もそういう風に思っちゃって。「私が悪いから、この人は私を殴りたくないのに殴ってるんだわ」って思いこませてしまうっていうね。それがガスライティングっていう言葉なんですけど。これがね、大抵のDV家庭で行われてるわけですよ。

(赤江珠緒)そうか……。

(町山智浩)で、この語源になったのはその『ガス燈』っていう映画なんですけど。この『透明人間』も基本的にはその流れなんですよね。つまり、女の人がなにか「これはおかしい!」って言った時にかならず「君がおかしいんだ」「あなたがおかしいんでしょう?」って決め付けられるじゃないですか。セクハラとかでも。でも、その逆ってあんまりないですよね? 男の人がなにかを言って「あんたの方がおかしいんだよ」っていうのは、男と女の関係の場合にはあんまりないですよ。女の人の方がおかしいって決め付けられるようなことなんですよね。だからずっとよくあることで。この『透明人間』はもし主人公が男だったらこういう風には言われないんですよ。女の人だから警察も信じてくれない。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)だからそういう差別みたいなものの怖さとかね、そういったものがちゃんと……『透明人間』ってバカバカしい話だけども、実際にあったら怖いよっていう話なんですね。女の人はなかなか信じてもらえないっていうね。

(赤江珠緒)精神的なそこの怖さね、言っても言っても信じてもらえない。誰にも信じてもらえずに、お前の方がおかしいってなってくるのは怖いですね。

(町山智浩)本当、セクハラとかだとかだとよくあるじゃないですか。痴漢とかも。「あんたの方がおかしいよ」ってね。そういう怖さの映画が『透明人間』で。やっぱり怖い映画っていうのは何か現実の怖さと結びついているんだなという話です。

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(赤江珠緒)なるほど!

(町山智浩)で、この『透明人間』の公開は7月10日です。

(赤江珠緒)ということで今日は『透明人間』を町山さんに紹介してもらいました。ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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