町山智浩 映画『WAVES/ウェイブス』を語る

町山智浩 映画『WAVES/ウェイブス』を語る たまむすび

(町山智浩)それも本当にあった話なんですね。これもトレイ・エドワード・シュルツという監督のお父さん、実の父親がアル中で。それで家を捨てて出て行っちゃったんで、お母さんは再婚したんですけど。それですごく後になってその自分のお父さんがいるらしい。「ここにいる」って聞いて会いに行ったという体験が元になっているんですよ。で、行ったらアルコール中毒で体がボロボロで。もう病院にいたらしいですけども。

だからね、こういうことってすごく映画であって。ポール・トーマス・アンダーソンという監督がいて。『ファントム・スレッド』とか『ブギーナイツ』とかを撮っている人ですけど。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』という映画とか。その人が撮った『マグノリア』っていう映画の中でトム・クルーズがすごい嫌な男で。「ナンパ塾」っていうのを経営している嫌な男の役で出てくるんですよ。で、そのトム・クルーズがですよ、女の子のこまし方とかをお金を取って教えてるようなやつなんですよ。トム・クルーズが。「女なんて捨てろ!」とか。「遊んで捨てろ」とか言ってるんですよ。トム・クルーズが。

なんてひどいやつなんだと思っていると、そこに取材に来た記者がですね、「あなたのお父さんを知っています」って言うんですね。で、そのお父さんに実は子供の頃に捨てられて、トム・クルーズはそういう人になっちゃったってことがわかるんですよ。で、そのトム・クルーズがお父さんに会いに行くと、お父さんはガンの末期で死にかけていて。そこで再会するっていう話が『マグノリア』っていう映画なんですけど。これはポール・トーマス・アンダーソン監督に本当にあったことなんですよ。

(赤江珠緒)はー! やっぱりその人間のドラマみたいなところには、さっき町山さんが仰ったように動機っていうか、なんか理由がやっぱりあるんですかね。

町山智浩『映画には「動機」がある』を語る
町山智浩さんが2020年6月9日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で自身の著書『映画には「動機」がある』を紹介していました。 (赤江珠緒)もしもし、町山さん。おひさしぶりです! (町山智浩)ああ、本当におかえりなさい。どうも。 (赤江珠緒...

(町山智浩)あるんですよ。で、みんな知らないで見ていて。「ああ、いい話だな」とかそんな風に思っていますけど、本当の話だからっていうことがすごくあって。「それ、本当だから!」っていうね。だからね、この映画もそれがわかるのとわからないのだと……たぶんね、映画の宣伝はそれを強く出さないし。見た人のほとんどもたぶんそれを知らないで見て。それで感動したりもするんだけれども、知って見るとね、ものすごく胸に迫るんですよ。僕自身がそうだったから。

(赤江珠緒)ああ、町山さんも?

(町山智浩)僕はだから30年以上会ってなかった父親の、その今の奥さんから連絡があって。「あなたのお父さん、死にかけてますよ。肝臓ガンですよ」って。それで30年ぶりに会ったんですよ。だからね、まあそういうことってあるんですよね。そう。だからね、この『WAVES/ウェイブス』っていう映画は……人生には本当に波があって。上がったり下がったりするわけですけど。波に飲まれる場合もあるし。

その波に上手く乗れる場合もあるし。その『WAVES/ウェイブス』っていうタイトルがすごく実際にフロリダの美しい波も映っていて。いろんな意味があって。しかもその音楽が素晴らしくて。さっきからずっとかかっている音楽がですね、フランク・オーシャンというねえ黒人の若い歌手の歌なんですけども。この人の歌ってね、すごくアフリカ系の人には珍しくですね、「弱さ」を歌う歌なんです。すごくね、「つらい」とかね、そういった弱さをはっきりと口に出して歌う歌なんですね。

「弱さ」を歌うフランク・オーシャン

(町山智浩)これってすごく大事なのは、そのアフリカ系の人たちの音楽ってそういうことをなかなか言わない音楽だったんですよ。ずっと。要するにブルースっていうのは「俺はモテモテだぜ!」っていう歌詞が多かったし。ジェームス・ブラウンとかも「I’m a Sex Machine」とか歌ったりね(笑)。で、ラップとかもそうじゃないですか。「俺はギャングでモテモテで……」とか、そういう歌ばっかり歌っているんですよ。「強くて……」みたいな。でもこのフランク・オーシャンっていう人の歌はね、「僕は本当につらいんだ」ってことを言っちゃう歌なんですよ。それがすごく大事なのは、その主人公のお父さんは黒人だけれども頑張って、大金持ちになったわけですよね。だから「勝った」わけですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩):だから「お前も勝て!」って息子に言うんですよ。それが一番、結構嫌なことなんですよね。「俺はできたのに、お前は何なんだ?」って言うんですよ。

(赤江珠緒)うわー、そうか……。

(町山智浩)そう。これね、ジョージ・ルーカス監督のお父さんがそういう人だったんですね。『スター・ウォーズ』の。1人で事務用品店で大成功したお父さんで。ジョージ・ルーカスに対して「俺はこれだけやったんだから、お前もやれ。あとを継げ!」ってやったんですよ。「ワシのあとを継げ! これが運命だ!」って息子にプレッシャーかけて。だからあのダース・ベイダーが生まれたんですよね。そこからね。

(赤江珠緒)そうか。自分の成功体験をね、継がせたいという思いはあるんでしょうけど。そうね。言われる方はね。

(町山智浩)強さの押しつけっていうのはあんまりやると折れちゃうんですよ。うん。というね、まあ実際にその「折れた」って言ってるその監督自身の体験を元にしていて。それで彼自身がその映画監督になったのは別の監督がいて。テレンス・マリックっていう監督の弟子になって、映画監督になったんですけども。テレンス・マリックっていう人のお父さんもそういう人だったんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ! ああ、そうですか。

(町山智浩)『ツリー・オブ・ライフ』っていう映画の中でブラッド・ピットがそのお父さんの役を演じてるんですけど。子供たちが「ねえ、パパ」って言うと「パパと呼ぶんじゃねえ!」って言ってブラッド・ピットが息子を叱りつけるんですけども(笑)。「そんな甘ったれた口の聞き方するんじゃねえ!」って。ブラッド・ピットが(笑)。嫌な親父でね。というね、だからみんなつながっているんですよ。

(赤江珠緒)なんか不思議ですね。そういう折れた部分を知ってるから描ける映画があるのかな?

(町山智浩)まあ、そういうところでね、非常にもいろんな人を救う映画になってますのでぜひ、ご覧いただきたいのが『WAVES/ウェイブス』です。これは公開は7月10日にやっと日本公開されますので。ぜひご覧になってください。

映画『WAVES/ウェイブス』予告編

(赤江珠緒)はい。7月10日ね、TOHOシネマズ日比谷ほか、全国ロードショーということでございます。ポスターもね、今ね、手元にありますけど。本当に色合いがきれいですね。

(町山智浩)本当の芸術品のような映画なんですよ。それで非常に心に迫る、素晴らしい映画です。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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