町山智浩と宇多丸『THE GUILTY ギルティ』を語る

町山智浩と宇多丸『THE GUILTY ギルティ』を語る アフター6ジャンクション

(町山智浩)あと、逆パターンだと『コンプライアンス 服従の心理』っていう映画がありますね。

(宇多丸)ああ、これはミルグラム実験の?

(町山智浩)みたいなものですけども。実際にアメリカであった事件で、マクドナルドとかいろんなファストフードチェーンに電話をしてきて。「私は警察なんだけども、いまそこで働いているバイトの女の子は店の金を盗んでいる。だから身体検査しろ」って言って電話で支持して、その女の子をもうほとんどレイプさせるっていう事件があったんですよ。連続して。「脱がせ!」とか「下着の中に隠しているぞ!」とか「あそこの中に隠している!」とか言うんですよ。そうすると、電話でそれをやれと言われた店長は全部従って、その女性を陵辱していったっていう事件なんですよ。

(宇多丸)警察という権威をバックにするとまさにそのミルグラム実験の……でも、いちばんおぞましい形での実現っていうか。本当の話なんですか、それ?

(町山智浩)これは本当の話で、ものすごく多発したんですよ。アメリカで。だから「ミルグラム実験は正しい、正しくない」っていう論争はあるんですよ。ただ、実際のこの事件があったから、正しいんですよ。

(宇多丸)「こんなめちゃくちゃなひどいことを、目の前の人が苦しむようなことをやるわけがない」って思うけど、やっぱり権威が……。

ミルグラム実験

(町山智浩)「警察だから。それをやりなさい。警察が許すから」って言うと、やっちゃうんですよ。

(宇垣美里)ええー……。

(宇多丸)で、「自分は命令に従っただけなんで」みたいな。

(町山智浩)だから言われているのは、ナチがユダヤ人の虐殺みたいなひどいことをしたんだけど、やった人たちはみんな普通の人たちだったんで。

(宇多丸)アイヒマンね。

(町山智浩)じゃあ、なんで普通の人がそんな大虐殺ができるのか?っていうことを実験したのがミルグラム実験っていうやつなんですね。で、「それはヤラセだった」っていう説がいま、あるんですけど。でもこの『コンプライアンス』で描かれたファストフードの店の事件を見ると、実験に成功をしているんですよ。実際に。

(宇多丸)最悪の形で。

(町山智浩)最悪の形で。で、この映画はそのファストフード店の中だけで進むんですよ。電話の向こう側は出てこない。

(宇多丸)ああ、なるほどね。逆に。

(町山智浩)逆に出てこない。だからね、結構本当に僕ね、この手のものってやっぱり低予算で作るためのテクニックみたいなところがあるじゃないですか。だから多発されるんだけども、元祖は書簡体小説っていうのが昔、あって。手紙のやり取りだけで小説を進行させるっていうやり方があって。あれはだから一種の叙述トリックっていうのを使えるんですよ。つまり、両方とも信用のおけない語り手になるんですよ。

つまり、自分の都合のいいことしか手紙に書かないから、嘘を言っているかもしれない。で、そのやり取りだけでやっているから、実際にそれがどういうところで書かれているかとか、嘘を言っているかもしれないから、それを読む方は第三者として推理しながら読まなくちゃならなくて。ミスリードをわざとされているかもしれないっていう。それがたぶんもとにあるんですね。書簡体小説のトリックっていうのが。それを電話に置き換えていった形なんでしょうけども。

(宇多丸)うんうん。

(町山智浩)それで実はこれはラップになるんだよね。

(宇多丸)ラップになる? 音声表現だけで。

(町山智浩)音声表現だから、それでひとつの物語をラップでできる。実際にこのテクニック、電話の会話であったり、その書簡もので。で、もうすでにある。エミネムの『Stan』。

(宇多丸)ああ、『Stan』。そうかそうか!

Eminem『Stan』

(町山智浩)エミネムの『Stan』っていうのはすごい曲で。ファンからの手紙のやり取りなんですよ。そのエミネムにすごい熱狂的なファンが手紙を書いてきて。「こんなことがあったんだ、こんなことがあったんだ。尊敬しているんですよ、エミネムさん!」みたいな。で、それに対してエミネムが「どうでもいいや」みたいな感じで返事を書いて……って、そのやり取りがずっと行くんだけども、途中から怖いことになっていくんですよ。そのファンが、まあエミネムが好きすぎて大変なことをし始めるんだけど、手紙だからすでに起こったことしか書いていないから、読んだ段階ではもう終わっているんですよ。

(宇多丸)うんうんうん。

(町山智浩)怖い話なんだけど。それはミュージックビデオでは相手側が映っちゃうんだ。

(宇多丸)ああ、そうか。ネタバレしちゃっているか。そうか。

(町山智浩)あれは、その前に歌詞だけ聞いているとものすごい怖いですよ。

(宇多丸)あれはだからすごい曲だからシングルカットするのはしょうがないけど。ビデオをそういう作りにすんなよ、台無しじゃねえか!っていう話で。

(町山智浩)そう。あれは読んでいてただの手紙で。「しょうがねえファンの話だな」って思って聞いていて。そしたら「おいおいおいおい……でも、これが書かれて送られてきた段階ではもう全て終わっているんだ。もうどうしようもないんだ!」って。

(宇垣美里)なんか『人間椅子』みたいな感じですか?

(宇多丸)『人間椅子』も書簡ではありますね。あれもお手紙で。で、「いま送ったあの小説ですが……」っていう。

(町山智浩)そう。だからホラーラップっていう新しい……?

(宇多丸)まあ、ホラーコアそのものはその前からありますけども。

(町山智浩)でも、物語としてのホラーになっているじゃないですか。

(宇多丸)やっぱりそこはエミネム、すごいですから。

(町山智浩)ねえ。最初は普通に語りが進んでいると思うと、実はこの人は背景にはこんなことがあって、こんな状況だったんだって気づいてびっくりするっていうのってエミネムの前からあったの?

(宇多丸)いや、ホラー的な表現そのものはありましたけど、やっぱりその最後にドンと落とすみたいなストーリーテリングの巧みさはエミネム級じゃないと。

(町山智浩)あれは叙述トリックっていうやつですよね。だからね、この手の表現っていうのは結構ラップで使えるなと思ってね。

(宇多丸)うんうん。最後にストンと落とすみたいなのは、スリック・リックとか上手い人はいますけども。叙述トリックはなかなかないのかもしれないですね。

(町山智浩)ないよね。「ああーっ!」みたいなね。まあ『Stan』はすごいですよ。

(宇多丸)エミネムはもともとオルターエゴを使いこなすラッパーだから、やっぱりそういう複数のキャラクターを使い分けてお話を語るのが上手いっていうのはありますね。

(町山智浩)文体でわかるんですね。人が違うっていうことがね。

(宇多丸)というのもあるかもしれないですけども。

(町山智浩)だからこれはね、いろんな展開がある世界ですよね。

(宇多丸)いま、でもお話をうかがっているだけでもたしかになんか音声とか言葉表現だけで何か向こう側に想像をさせるので。まだ可能性ありますよ、これね。

オリバー・ストーン『トーク・レディオ』

(町山智浩)『トーク・レディオ』もそうですよ。オリバー・ストーンの。あれはだからラジオのDJが主人公で実際にあった事件ですけど。アメリカってトーク・レディオっていってリスナーと電話で直接生でやり取りするんですよ。で、やっていくと大抵、まあアメリカは政治的な問題があるから、とんでもない人が相手側に出てくるんですよ。それで論争になったりするわけ。で、いったん論争になっちゃうと、そこで切るか切らないか、DJの側がその論争を受けるとなると大変な事態になって。まあ、最後に殺されちゃうんですよ。

(宇多丸)『トーク・レディオ』ね、怖い話でしたね。

(町山智浩)あれもでも、基本的にはDJブースだけですね。ほとんどね。で、電話の向こうにいる差別主義者だけども。それがどんな背景を持っていてどれぐらい本気かっていうのがわからないんですよ。

(宇多丸)町山さん、アカデミー賞予想の話を聞こうと思ったんですけど、もう時間がないんで(笑)。

(町山智浩)アハハハハハハッ!

(宇多丸)来週月曜日、発表後にお話をうかがう予定になっておりますので。

(町山智浩)僕、月曜日にWOWOWでアカデミー賞の授賞式の中継があるんですよ。それにずっと出ていますんで。朝5時ぐらいから起きてずっとやっているんですけども。

(宇多丸)すいませんね。クタクタな中(笑)。

(町山智浩)それが終わったらこっちに来ます。今年のアカデミー賞は全く予想がつかないんですよ。もう前代未聞の事態になっているんで、その結果報告をします。

(宇多丸)はい。楽しみにしております。ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

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