高橋芳朗さんがTBSラジオ『アトロク』に出演。日本とアメリカの音楽チャートの違いをオリコンチャートとビルボードチャートを用いながら紹介。さらに2018年アメリカの音楽チャートの流れについて振り返っていました。
(宇多丸)さあ、ということで最初のパートはこちら!
(宇内梨沙)今月のチャートアクション!
(高橋芳朗)はい。まずこのパートではこの1ヶ月、10月のチャートアクションを振り返りつつ、この1ヶ月で話題になった欧米の音楽業界のトピックスを解説していきます。その前にまず、日本とアメリカのチャートの違いみたいなものを……。
(宇多丸)「チャート」って言った時にもうだいぶ……昔は当然、レコードの売上とか。ビルボードチャートとか基準になるチャートみたいなもの、すごく権威がしっかりありましたけども。いま、どういうことになっているのか?
(高橋芳朗)日本のオリコンチャートとアメリカのビルボードマガジンのチャートの違いをものすごくざっくりと言うならば、日本のオリコンチャートは「どれだけ売れたか」を計上するチャートですね。で、アメリカのビルボードチャートは「どれだけ聞かれたか」を計上するチャートです。
(宇多丸)その2つの違い。「売れたか」と「聞かれたか」。
(高橋芳朗)だからそれがどういう風にチャート上で違いとしてあらわれるか?っていうと、オリコンチャートは非常に流動的になります。
(宇多丸)発売初週とかは当然上がったりしますしね。
(高橋芳朗)基本的に毎週、1位が入れ替わっていると思います。
(宇多丸)なんだけど、ビルボードチャートはラジオのオンエア回数であるとか、いまだとストリーミングの再生回数とかをカウントするからやっぱり、よく聞かれている曲というのはしばらくの間……。
(高橋芳朗)そう。だからアメリカのチャートは1回ヒットした曲は結構長くチャートの上位に留まる。そういう傾向にあります。
(宇内梨沙)という意味では、本当にいろんな人に人気がある曲がトップに来やすいんですかね? ビルボードの方がオリコンよりも。
(高橋芳朗)そうですね。
(宇多丸)オリコンだったら初週にね、たとえばあるアーティストのファンがいろんな特典とかがついていてドカンと買ってドンッ!ってなることは全然あるわけで。でも、それ以外の人は聞いてないとかはザラにあることですもんね。
(高橋芳朗)ただ、オリコンチャートも12月からはストリーミングもカウントしていくことになるんで。それがどういう影響が出るのかな?っていうのは楽しみなところですけどね。
(宇多丸)当然でも、これからはみんなサブスクとかそういうので聞くのが当たり前になるでしょうからね。では、そんな感じのチャートの時代で。
(高橋芳朗)で、ビルボードチャートは毎週現地時間の金曜日に新しいチャートが発表になって。まあ明日なんですけども。その明日の最新ランキングがもう発表になっています。
(宇多丸)ああ、フライング発表?
(高橋芳朗)で、シングルチャートの1位が来年2月に東京ドーム公演が決定していますマルーン5 feat. カーディ・Bの『Girls Like You』という曲です。
(高橋芳朗)アルバムチャートの1位はレディ・ガガとブラッドリー・クーパー主演の『アリー/スター誕生』。これ、日本公開は12月21日。これのサウンドトラックが3週連続で1位になっています。
(宇多丸)うんうん。
2018年の全米チャートのおさらい
(高橋芳朗)で、初回なんで今年の全米チャートの傾向を簡単にまとめたいんですけど、今年は1月から数えて今週までいまのところ45週あるんですね。で、全米チャート、45週の中でナンバーワンソングは10曲しかないです。
(宇多丸)ということは居座っている曲が多かった。
(高橋芳朗)それこそ日本だと45曲あるかもしれないですけどね。で、最長1位の記録はカナダのラッパー、ドレイクの『God’s Plan』という曲で11週連続1位。
(宇多丸)「God’s Plan♪」。
(高橋芳朗)で、ドレイクは他に『Nice For What』と『In My Feelings』っていう曲も1位になっていて、それを全部足すとドレイクの曲だけで45週のうちの29週で1位。
(宇多丸)へー! ドレイク、本当に人気ですねー!
(高橋芳朗)で、さらに言うと45週のうち34週の1位がヒップホップです。
(宇多丸)まあね、さっき最初に流したビルボードの最新チャート5位までのフラッシュだったんですけど、やっぱりビート感からなにから、ヒップホップでしたね。
(高橋芳朗)で、ヒップホップ以外で1位を取ったのはエド・シーランの『Perfect』、カミラ・カベロの『Havana』、そして今週1位のマルーン5の『Girls Life You』の3曲だけ。
(宇多丸)っつっても、マルーン5だってfeat. カーディ・Bだしね。
(高橋芳朗)その通り。マルーン5はカーディ・Bというラッパーをフィーチャーしているし、カミラ・カベロの『Havana』はヤング・サグというラッパーをフィーチャーしていて。エド・シーランの『Perfect』はR&Bシンガーのビヨンセをフィーチャーしているから、実質的に本当にいまの全米チャートはヒップホップ・R&Bが完全に制圧していることになります。
(宇多丸)一色。
(宇内梨沙)へー!
(高橋芳朗)そんなわけで今週の全米チャートもシングルもアルバムも圧倒的にヒップホップが優勢で、両方とも……7作品がヒップホップ、あるいはR&Bとなっています。
(宇多丸)ふんふん。なるほど。まさにいまのアメリカのチャートっていう感じですね。
(高橋芳朗)そんな中、先月10月のチャートを賑わせた注目リリースを紹介しますね。まず、1枚目は今週のアルバムチャートでも5位につけているニューオリンズのラッパー、リル・ウェイン。彼のニューアルバム『Tha Carter V』。これは9月28日に出たんですけども。発売週はアルバムチャート初登場1位。シングルチャートでもトップテン圏内にいきなり4曲ランクインするという、そういう結果になっています。で、リル・ウェインをちょっと簡単に説明すると、この10年でもっとも影響力のあるラッパーの1人と言ってもいいと思うんですけども。
(宇多丸)はい。
Lil Wayne『Tha Carter V』
(高橋芳朗)で、今回で5作目になる『Tha Carter V』って、『Tha Carter』っていうアルバムシリーズは彼のキャリアの代表的なシリーズになるんですけども。
(宇多丸)ナンバリングシリーズ。
(高橋芳朗)でも本来これは2014年にリリースされるはずだったんですよ。
(宇多丸)ああ、随分前だね。
(高橋芳朗)でも契約関係のゴタゴタでモメてここまで延びてしまったんですけども。リル・ウェインって本当にアーティストとして脂が乗り切っていた時。もう絶好調の時にアルバムを出せないで悶々としていたんですよ。
(宇多丸)だってこの人、ほとんどフリースタイルで歌詞を書くような人で、ボンボンボンボン、もうとてつもないスピードで本来は作品を発表する人じゃない。だからそのフラストレーションたるや……。
(高橋芳朗)まあね。客演とかはやっていたんですけど、肝心のアルバムは全然出せなくて。僕もそれはすごいモヤモヤしたというか。文化的損失だよって。リル・ウェインに早くアルバムを出させろよっていう感じでいたんですけども……でも、結果的にいまこのタイミングで出たことによって、リル・ウェインが現在のヒップホップシーンに与えた影響がものすごく強調されたようなところがあるなって思います。
(宇多丸)なるほど。ある意味、ものすごいリル・ウェイン的な感じが流行りきったところで真打ち登場! みたいな感じになったっていうことだ。
(高橋芳朗)説明すると、まずさっき話した、いま天下を取っているドレイクはリル・ウェインが興した「ヤングマネー」っていうレーベルの契約アーティスト。リル・ウェインは要はドレイクの兄貴分みたいなことなんですね。あと、ピューリッツァー賞を取ったケンドリック・ラマー。この番組でも特集をやりましたけど、彼がまだ「K-Dot」っていう名前の下積み時代、2009年に出した作品はリル・ウェインにインスパイアされた作品なんですよ。で、その時点でいち早くリル・ウェインはケンドリック……当時のK-Dotにお墨付きを与えているんです。
(宇多丸)へー!
(高橋芳朗)で、今回の『Tha Carter V』ではケンドリック・ラマーはゲストで参加しています。
(宇多丸)ああ、なるほど。
(高橋芳朗)あと、ここ最近ロックに影響を受けた若いラッパーが台頭してきているんですけども。
(宇多丸)エモい感じの。
(高橋芳朗)そうそう。で、リル・ウェインは結構早い段階からロックスター的なイメージを打ち出していたんですよ。
(宇多丸)たしかに。それこそタトゥーもそうだし。破滅的な言動だったりとか。
(高橋芳朗)そうそう。フェイス・タトゥーなんて完全にリル・ウェインが走りですからね。
(宇多丸)顔にもうガンガンタトゥーして。いまの若いラッパーはそうなんですよ。
(高橋芳朗)2010年の段階でロックアルバムを作っていますからね。ちょっと精神性みたいなところは違うけど「ロック」っていうキーワードでは……。
(宇多丸)そんなに深いことを歌うタイプではないからね。
(高橋芳朗)あとはこの番組でもおなじみ、渡辺志保さんが指摘していて「なるほど」って思ったんですけど、いま主流の聞き取りづらい、モゴモゴしたようなマンブルラップと呼ばれるスタイル。リル・ウェインはそれの原型と言えるところもあるのかなと。
(宇多丸)なるほどね。
(高橋芳朗)僕も「なるほどな」って思いました。あとはいま、宇多丸さんも言っていたけど、いまの「トラップ」って言われるスタイルの若いラッパーのなんていうかビザールなイメージを作ったのもリル・ウェインじゃないかな?っていう感じがすごいしています。
(宇多丸)なるほど。とかね、編み込んだドレッドのあの感じとかも、昔はそういうのをしていた人はいたけど。で、前はこれ、ダンサーの髪型だったよな、みたいなのが。でも、リル・ウェイン以降はこういう髪型の人が増えたなとか。なんかいろいろとね。
(宇内梨沙)いま、おいくつぐらいなですか?
(高橋芳朗)36歳です。
(宇多丸)ああ、もういい歳なんだね。もう「リル」じゃないよ。「リル」問題ってあるけどね。
(高橋芳朗)だからなかなかアルバムを出せなかったのは痛手なんですけど、ここに来て存在感を強烈にアピールできたから、これによって巻き返しが期待できるんじゃないかな?って思います。
(宇多丸)なるほど。『Tha Carter V』ね。
(高橋芳朗)そして、チャートを賑わした注目作品、もうひとつご紹介したいのは、ロンドン出身のR&Bシンガー、エラ・メイ。これ、10月12日にセルフタイトルのデビュー・アルバムをリリースして。これが初登場で5位に食い込んでいます。
Ella Mai『Ella Mai』
(宇多丸)ふーん。イギリスの人なんだね。
(高橋芳朗)そうなんです。ただ、エラ・メイをフックアップしたのは西海岸のヒップホッププロデューサーのDJマスタードという人で。今年の2月に実質的なデビューシングル『Boo’d Up』という曲を出したらこれが大ヒット。シングルチャートで最高5位につけるヒットになりました。で、いまって歌うラッパーがトレンドというか。ラップと歌の境界線が曖昧になっていく中で……。
(宇多丸)そうですね。その分、R&Bシンガーが分が悪いっていう。
(高橋芳朗)そうです。まさに。正統派のオーソドックスなR&Bシンガーが非常に受難の時代みたいな感じになっているんだけど、そんな中にあってエラ・メイが躍進しているっていうのが非常に注目されているということです。で、エラ・メイ自身、アルバム発売時に自分のTwitterに「R&B was never dead.」と投稿しているから。彼女自身、R&B復権の担い手としての自覚がたぶんあるんだと思います。
r&b was never dead. thanks for coming to my ted talk.
— Ella Mai (@ellamai) 2018年10月15日
(宇多丸)意識がね。しかし、「R&B was never dead.」って言わなきゃいけない時代が来るとはな……っていう感じですね。
(高橋芳朗)もうひとつ、エラ・メイは音楽性もすごく面白いと注目されていて。90年代のメロディアスなR&Bのフィーリングをいまに蘇らせているんですよ。
(宇多丸)どのあたりですか?
(高橋芳朗)モニカとかね。
(宇多丸)ああ、なるほどね!
(高橋芳朗)もちろんサウンド的にはトラップを通過している音楽なんだけども、非常に90年代フレイバーあふれるR&Bを聞かせてくれるんですけど。で、ずっとね、90’sリバイバルが来る、来ると言われていたけど、なかなか本格化しないんですけども。
(宇多丸)そうですね。
(高橋芳朗)このエラ・メイのヒットによっていよいよ本格的に90’s再評価が来るかもなという、そういう機運も高まっている。そういう感じです。じゃあ、聞いてもらいましょうかね。エラ・メイで『Boo’d Up』です。
Ella Mai『Boo’d Up』
(宇多丸)はい。ということでエラ・メイで『Boo’d Up』を聞いていただいております。これはすごい90’s R&Bですよ。まずもう音一発。「コン、コンッ……♪」ってあのカウベル音とか。あとはシンセの音選びとかコード進行とか、全てが。あと、この歌い方。ちょっと最近ない感じの歌じゃない? 超90’s。普通に歌。
(高橋芳朗)この曲に限らず、アルバム全体がこういう90’sフレイバーあふれる感じなので。
(宇多丸)なんだけど、さっきからずーっと聞いていると展開がミニマムなところがいまっぽいですよね。これ以上は展開しないみたいな感じが。いや、素敵ですね。
(高橋芳朗)こういう曲がポツポツ出始めているので、また機会があったら紹介できたらなと思います。
(宇多丸)宇内さんとか、きれいな歌だからこれは聞きやすくない? いわゆる素敵っていう感じで。
(宇内梨沙)そうですね。うん。かっこいい。
(高橋芳朗)『Boo’d Up』って「ラブラブ」とか「恋人ができる」とかそういう意味なんで。そういうスイートなラブソングなんで。
(宇内梨沙)へー!
(宇多丸)当然、こういうのもね、需要はあるはずですよね。
(高橋芳朗)そうですよ。うんうん。チャート上ではなかなか本当にね、苦戦していますよ。R&Bはね。
(宇多丸)そうですか。まあでも、その中でもエラ・メイは注目ということですね。ありがとうございます。
<書き起こしおわり>