町山智浩 映画『ア・プライベート・ウォー』を語る

町山智浩 映画『ア・プライベート・ウォー』を語る たまむすび

(町山智浩)ちょっとお姫様みたいなところがあるんですよ。別れた男たちはみんな、彼女が好きなんですよ。ただね、やっぱりものすごい後遺症になっちゃうんですよ。PTSDになっちゃうんです。それで。で、どんどんどんどん酒に溺れてめちゃくちゃになっていくんですね。で、大金持ちの彼氏ができるんですけど。コングロマリットかなんかを経営している人が彼氏になって、ヨット遊びとかして優雅に暮らすんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、「もう戦場とか行かなくていいんだ。金はいくらでもあるんだよ、俺たち」ってやっているんですけど……でもね、「このアルコール中毒は戦場に行かないと私、治らない!」ってなってくるですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)「なんで世界中のどこかで誰かが殺されているのに、ここで私だけ幸せに暮らせるの?」と。それを考えると酒を飲まずにはいられないんですよ、この人は。

(赤江珠緒)はー、そういうことか!

メリー・コルビンが戦場に行く理由

(町山智浩)そう。それで、シリア政府が反政府勢力地域だといってものすごい砲撃、爆撃をしているホムスという街に入っていくんですね。ホムスっていう街はもともと65万人が住む大工業都市で、紀元前からずーっとローマ帝国とかアラブとかオスマン帝国のさまざまな商業の中心で、歴史的・芸術的な遺産があって。日本の観光客も昔はいっぱい行っていたところなんですよ。でも、そこが完全に廃墟の瓦礫と化しているんですよ。シリア政府軍のものすごい空爆で。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、そこに誰かが取り残されていると。で、これは監督が『ラッカは静かに虐殺されている』という映画でシリアの中でのISIS(イスラム国)に支配された地域のドキュメンタリーを撮ったマシュー・ハイネマンっていう監督なんで。監督自身も現場に行っている人なんですよ。

ラッカは静かに虐殺されている
Posted at 2018.10.30
マシュー・ハイネマン

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、とにかくそのホムスという街で取り残されている人たちがいる。彼らの声を拾うんだっていうことで。それで「どうやって入れるんだ?」っていう話になってくるんですね。すると、「ここに排水口がある。その排水口の中をずーっと通れば入れるぞ!」っていうことで入っていくんですけども、入っていくとなった時にその編集者が言うんですけども。「彼らは最初から、『ジャーナリストが入ったら殺す』と言っているんだぞ? お前が入って、そこで衛星電話とか使ったら、場所を探知されて攻撃されるに決まってるだろ!」って。「それでも、行くわ!」って突っ込んでいくんですよ。という話なんですよ。

(山里亮太)すごいね……。

(赤江珠緒)実話でそういう生き方をする人がいるんだな。

(町山智浩)いるんですよ。それで彼女が言うのは、要するに「『何千万人が死んだ』とか、『何百人が死んだ』とか聞いても、それを聞いただけだと数字でしかないでしょう? その1人1人に顔と声を与えるのが私の仕事なのよ。彼らの顔と声を拾ってくるのよ」と言っているんですよ。だからそれは『ア・プライベート・ウォー』っていうタイトルなんですけど、「プライベート・ウォー」っていうのは「個人的な戦争」っていう意味ですけども。「戦争」っていうとすごく大きなものに聞こえるけども、でも当事者にとってはやっぱり個人的なものなんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)「お父さんが殺された」とか「子供が手を吹き飛ばされた」とか、ものすごく個人的なことなんですよ。「それを1人の個人として拾ってくる必要があるんだ。だから、行かなきゃならないんだ」っていう。

(赤江珠緒)そうか。いやー、誰もができることではないけども。

(町山智浩)「他の人たちに『個人的な体験』として知らせるために、私は行くんだ」と言って行くという話なんですよね。

(赤江珠緒)ねえ。戦場ジャーナリストってそういう人たちなんですかね。結局、見てみぬふりができない人たちっていうね。

(町山智浩)そう。だから見てみぬふりをして、そんなものはないふりをして、お酒を飲んでいてもいいんだけども、逆にそんなことがあると思うとベロベロに飲まずにはいられない。だから酒を絶つために行くっていうことですね。

(赤江珠緒)そうか。

(町山智浩)で、この『ア・プライベート・ウォー』はまだ日本公開の予定は立っていないですね。

(赤江珠緒)はい。日本公開は未定ですけども。そうか。いま、戦場ジャーナリストっていうのが日本でも話題にはなっていますが。

(山里亮太)ねえ。解放されて戻ってこられて。

(赤江珠緒)でもこういう見てみぬふりができない人は、世界にいてほしいね。

(町山智浩)はい。たぶんアカデミー主演女優賞ノミネートはあると思いますが。『ア・プライベート・ウォー』でした。

(赤江珠緒)はい。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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