町山智浩 アレサ・フランクリンの偉大さを語る

町山智浩 アレサ・フランクリンの偉大さを語る たまむすび

(町山智浩)で、いろいろと複雑で。さらに19歳で結婚をするんですけど、テッド・ホワイトというその時にマネージャーになった男と結婚をして家を出て、彼女は父親から離れるんですね。ただ、この結婚をしたテッド・ホワイトという男はそれまではいわゆる女衒(ピンプ)をやっていた人なんですよ。つまり、黒人の女の人たちを抱えて売春をさせて暮らしていた男なんですよ。

(赤江珠緒)うわぁ……。

(町山智浩)それと同じような形でアレサさんを働かせて、金をかすめ取ってそれで女遊びをしていた男なんですね。でね、そのことを歌った歌があって、『Chain of Fools』っていう曲をかけてもらえますか?

Aretha Franklin『Chain of Fools』

(町山智浩)はい。この歌はですね、大ヒットした歌なんですけど。『Chain of Fools』っていうのは「愚か者の鎖」っていう意味なんですね。で、それはその「愚か者」っていうのは誰か?っていうと、「ある自分が愛していた男がいたんだけども、その男にはたくさんの女がいるんだ。みんなその男に騙されている愚か者なんだ。そのつながりの中に私もいたんだということに気がついてしまったわ!」っていう歌詞なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)これは実際にアレサさんの体験をもとにした歌なんですね。

(赤江珠緒)そうですね。まさにご自身のことですね。

(町山智浩)はい。ただ、この歌詞は「それがわかっているのに彼と離れられないのよ」っていう歌なんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)だからまったく本当の事実をそのまま歌っているだけなんですけども。アレサさんはね、歌詞を自分で書いていない場合もあるんですけども、ただプロデューサーとかの力で彼女自身のことに歌いかえたりとかして。ほとんどがかなり実体験をそのまま歌っているものが多いんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ! でも、この時にその旦那さんもマネージャーだったんですよね?

(町山智浩)旦那さん、マネージャーなんですよ。それなのに、歌の内容は自分のことを歌っているんですよ。

(赤江珠緒)それはちょっとなんか「これ、俺?」とか思わないんですか?

(町山智浩)どうなると思いますか?

(赤江珠緒)「ちょっと、これ俺のことじゃない?」みたいな……。

(町山智浩)「俺のことだろ、コノヤロー!」ってぶん殴るんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)だからアレサさん、いつも顔はボコボコだったんですよ。あざだらけで。で、彼女の歌で『Do Right Woman, Do Right Man』。日本語タイトルは『恋の教え』っていう歌を聞いてください。はい。

Aretha Franklin『Do Right Woman, Do Right Man』

(町山智浩)はい。この歌はなんかすごく悲しいラブソングに聞こえると思うんですね。ところが、この歌詞はかなり強烈な歌詞なんですよ。これね、2番からこういう歌詞になります。「女だって人間なのよ。それを理解してほしいの。女は男のおもちゃじゃないわ。男と同じで女も切れば血が出る生き物なの」っていう歌詞なんですよ。

(赤江珠緒)うーん。

(町山智浩)もうすごい、その当時としては非常に珍しい歌なんですよ。その頃のこういうポップスだったり日本語の歌謡曲だったりすると、女性の立場から「私は恋の奴隷なの」とか「あなたについていくわ」とか、そんな歌ばっかりだった時代ですよ。

(山里亮太)その中で。

(赤江珠緒)かなり一石を投じる歌ですね。

(町山智浩)そうなんです。これはものすごく画期的な歌詞の歌だったんですよ。たとえば3番の歌詞はこんな感じで。「『この世、社会は男のものなんだ』って言われるけど、あなたは私に対してそれを証明しなくていいわよ」っていう。つまり、「家で威張らないでよ」っていうことですよね。で、「私と一緒にいる時は、人として私に敬意を払ってね」っていう歌詞なんですよ。

(山里亮太)すごい。めちゃくちゃメッセージを込めている。

(町山智浩)めちゃくちゃメッセージを込めているんですけど、その当時ってまだ雇用機会均等法もない時代なんですよ。女性の仕事はまだ、それこそタイプライターを打つだけとか、前に『ドリーム』という映画でNASAでやっていましたけど、計算機扱いをされていたり。まあ、すごい男女差別がある中で、こういう歌を彼女は歌ったんですよ。

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(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)でも実際には殴られたりしているんですけども。というね、これはだからすでに黒人差別の中で出てきたものが黒人差別との戦いのソウル・ミュージックだったんですけど、アレサさんの歌にはそこを超えていくものがあったんですよ。で、彼女の最大のヒット曲が『Respect』という1967年の歌で、これは全米ナンバーワンヒットになっているんですけども。ちょっとこれ、聞いていただけますか?

Aretha Franklin『Respect』

(町山智浩)はい、これが『Respect』という歌で、これは敬意を払うその「敬意」ですね。「尊敬」とかね。で、この歌はオーティス・レディングっていう別の黒人のソウル・シンガー・ソングライターの曲だったんですけども。これ、歌詞がまったく違うんですよ。これね、元の歌詞はオーティス・レディングさんが疲れて家に帰ってきた時に奥さんが自分に対してあまり……「今日も1日、ご苦労さま」とか言ってくれなかったので、イライラしている旦那の歌として歌われているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、「もっといたわってくれよ」みたいな歌だった?

(町山智浩)そうそうそう。「稼いで帰ってきたんだから、その金は全部あげるから、家に帰ってきた時にはほんのちょっとでいいから、俺をリスペクトしてくれよ」っていう旦那の愚痴みたいな歌なんですよ。もともとは。ところが、これをアレサ・フランクリンさんがカバーした時には歌詞の男女をひっくり返しちゃったんですよ。で、妻が夫にリスペクトを求める歌にしちゃったんですね。これがやっぱりすごく画期的だったのは、その当時、1967年ってほとんどが専業主婦の時代ですからね。

(赤江珠緒)はいはい。

(町山智浩)で、女性が家庭で働いていたり、家事をしたり。まあ主婦だったり母親だったりする労働に関してまったくリスペクトがない時代なんですよ。「あんた、この私が働いていることに対してまったくリスペクトしてないじゃないの!」っていう歌になっているんですよ。だからものすごく画期的だったんですよ、これは。だから、アメリカではこの歌は米国議会図書館に所蔵っされているんですよ。

(赤江珠緒)そうですか!

(町山智浩)歴史的、人権的に非常に重要な歌であるということで。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)だからこのアレサさんは他の人の歌であっても、自分の解釈で違うテーマにして、さらにその大きいテーマに変えちゃう人だったんですよ。

(赤江珠緒)最初の旦那の「いたわってくれよ」っていうのとは全然規模が違う話になっていますね(笑)。

(町山智浩)全然違うんです。スケールが違ってくるんですよ。でね、次に『(You Make Me Feel Like) A Natural Woman』っていう歌があって。これは彼女にとっての……はい、どうぞ。

『(You Make Me Feel Like) A Natural Woman』

(町山智浩)この歌はキャロル・キングさんという人が作った歌で。もともとは男の人に対して歌っているラブソングなんですね。これは「あなたと出会うまで人生はとてもつらかったけども、いまあなたといると私はナチュラル・ウーマン(ありのままの飾らない、そのままの自分)でいられるわ」っていう歌だったんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、アレサ・フランクリンさんはひどい旦那といる状況でこれを歌った時、彼女にとってのその「あなた」っていうのは「神」だということで歌ったんですね。「神様と出会ったから、私は他の人の目だとか、いろいろと気にしなくて。他の人や社会の価値観に合わせなくても自分のありのままでいられるわ」っていう歌として歌ったんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)ところが、これは現在はもうそういう形ではなくて、ありとあらゆるいろんな価値観やルールや押しつけ……たとえば「女らしくしろ」とかね。「女はそういうことをするな!」とか。「痩せろ」とか「太れ」とか。そういったものに縛られている人たちを救う歌としていま、ずっと歌い継がれているんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)それはもう男女を超えるものでもあって。この間、公開された南米の映画で『ナチュラルウーマン』っていう映画があって。それではトランスジェンダーの……まあ、男性として生まれたんですけども、自分は女性であるということで生きている人がこの歌を聞くシーンがあるんですね。だからそれはもう男女を超えたものであって、「『社会のいろんなルールとかに縛られて生きなくていいんだ。そのままでいいんだ』っていうことを教えてくれたのはあなた」っていう歌なんですけど。この場合の「あなた」っていうのは世界全体にとってはアレサ・フランクリンさんなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)彼女がこの歌を歌ったおかげで、みんなそこで「ああ、そのままでいいんだ」っていう風に気づかされたから。

(赤江珠緒)いやー、徹底的に人の尊厳について、生涯をかけて歌っていた方だったんですね。

(町山智浩)自己肯定を歌った人だったんですよ。だから、偉大だったんですね。はい。長くなりました!

(赤江珠緒)すいません、町山さん。お時間になってしまいました。ものすごく勉強になりました。ありがとうございます。アレサ・フランクリンさんについてお話いただきました。

<書き起こしおわり>

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