町山智浩『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『血と砂』を語る

町山智浩『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『血と砂』を語る たまむすび

(町山智浩)もう1本、『血と砂』という映画で同じ年に作られているんですが。これは第二次大戦が終わってから20年目だったので、1965年は戦争の映画がたくさん作られた年だったんですね。で、それは舞台が中国戦線なんですよ。

血と砂 [DVD]
Posted at 2018.8.14
岡本喜八, 伊藤桂一, 佐治乾
東宝

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、これは三船敏郎さんは曹長っていう軍曹のちょっと上の役なんですけども。まあ、若い兵隊とかの面倒を見る役なんですね。で、どうしてか?っていうと、この『血と砂』という映画には原作本があって。これは実話なんですよ。『悲しき戦記』という伊藤桂一さんという人が戦争で実際にいろんな体験をした人たちから聞き書きで集めた話をショートショートみたいにして集めた本があったんですね。

悲しき戦記 (光人社NF文庫)
Posted at 2018.8.14
伊藤 桂一
光人社

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)これはすごくて。あとがきはびっしりその事実関係を証言した人たちの名前がズラーッと並んでいるという不思議な本なんですが。その中に収められている実話が元になっているのが『血と砂』なんですけども。これ、主人公の三船さん演じる曹長は若い兵隊をいじめる上官をぶん殴ったために出世できなくなったという役なんですよ。

(山里亮太)おっ、まさに本人そのまま。

(町山智浩)本人なんですけど、これは実話なんで実際の小杉曹長もそういう人だったんですよ。

(赤江珠緒)そういう心ある人もいたんですね。

(町山智浩)いたんですね。実際に。で、彼は中国で八路軍という中国共産党軍と戦闘している最中なんですけど、そこに13人の少年が送られてくるんですよ。非戦闘員の。で、彼らはもともと軍楽隊の演奏家、バンドだったんですね。どんな軍隊にも軍楽隊はありますからね。で、学徒動員で連れてこられて。ただ、もうそんな状況じゃないんで戦闘に回されちゃっているんですよ。

(赤江珠緒)うん。うん。

(町山智浩)全く武器を使えないのに。で、彼らは本当はずっとマーチとかジャズをやっていたんで、本当はジャズをやりたいんですけどもね。まあ、それも敵性音楽ってことで禁止されていて。で、その中国共産党軍の砦を襲え、攻略しろという風に命令されるんですけど。で、彼らは武器なんかいじったこともない、それこそこの間まで学生だった子たちなんで、みんな死んじゃうだろうと。で、三船さんが「このまま行ったらただの無駄死にだから、無駄に死なないように徹底的に兵隊として鍛えてやる!」って戦闘訓練をしていくという話が『血と砂』なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だから彼自身の特攻隊を送り出した気持ちがそこに込められているんですよね。で、監督は岡本喜八監督で、岡本喜八さんと三船さんは、黒澤さんは大先生だったんで、天皇だったんですけど。その岡本さんと三船さんは非常にその友達だったんですよ。で、彼はこの映画は自分自身が東宝から出て、独立プロを立てる時に参加していて。岡本さんの映画を三船さんは製作もしているんですよ。三船プロになってからも岡本さんとやるんですけど。だからね、岡本喜八監督と三船さんの共同製作の映画ってすごく三船さんの思想がはっきりと出ている映画が多いんですよ。

(赤江珠緒)へー!

岡本喜八&三船敏郎コンビの作品

(町山智浩)当人が作っているから。それで、その13人の少年兵を連れて敵の要塞の攻略戦をやるんですけど。そこに、1人の女性が戦場の最前線なのに現れるんですよ。それが、いわゆる従軍慰安婦の女性なんですね。で、「お春さん」って言われている人で、この人も実在の人物で朝鮮人の女の子なんですけども。で、なんでこんな戦場の最前線まで来たのか?っていうと、三船さん演じる小杉曹長に惚れているからだっていうんですけども。ただ、それはどうもね、男女の惚れ方とはちょっと違う惚れ方なんですよ。みんな、従軍慰安婦に対して非常に傲慢に振る舞っているような中で、三船さんだけは違うんですね。紳士的に、女性として扱うんですよ。人を。

(赤江珠緒)うん、うん。

(町山智浩)だから、「もう惚れちゃったんだ。あの人のためなら死んでもいい!」ってついてくるんですよ。でも、ここには13人の少年兵と三船さんと従軍慰安婦のお春さんだけなんですね。その時、三船さんはこう言うんですよ。「彼ら13人の子供たちは女の人なんかお母さん以外、触れたことがないんだ。ここでそのまま死んでいくんだよ。これじゃあ、なんのために死ぬのかも彼らはわからないだろう? だからこのお春さんを好きになってもらおうじゃないか。そのままなら一度も知らないまま死ぬはずだった女の人のぬくもりを教えてあげてくれ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そこは本当にいいシーンなんですよ。その少年兵たちがみんなでお春さんを好きになって。「お春さん」っていう歌を歌って踊るところがあるんですけど。彼らはもともとみんなジャズメンだから。ファンキーなジャズでそのシーンは楽しいミュージカルなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、岡本喜八監督っていうのはもともとジャズがものすごい好きで。『ジャズ大名』っていう映画も撮っていますけども。戦争とか非常に悲惨な状況でもジャズミュージカル的な要素を彼は入れてくるんですよ。だからこの『血と砂』っていうのは陰惨な話のように聞こえるんですけど、ものすごい楽しい映画なんですよ。ジャズミュージカルですから。ジャズミュージカルコメディーです。岡本喜八監督のすごいところは『沖縄決戦』のような大虐殺映画の中でも、あの人はギャグを入れてくるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)そこが岡本監督の、「どんなひどいところでも人は笑うんだ」っていう彼の……どんなひどいところでも笑いとぬくもりはあるんだ。優しさはあるんだっていう。それが岡本監督のテーマなんですね。

(赤江珠緒)ある意味、信念ですね。

(町山智浩)信念ですよ。

(山里亮太)あの『沖縄決戦』も面白キャラのお姉さんみたいなのが出てきて、立ち振る舞っていましたもんね。

(町山智浩)そう。陸軍病院のものすごい血みどろのシーンでギャグを入れてくるんですよ。岡本喜八監督って。あれがね、すごいなと思いますね。それが、三船さんのそのはっきりとした反戦の気持ちと一緒に、もう本当に絶妙の映画になっている悲しくて楽しくて愛おしい映画が『血と砂』ですね。

(山里亮太)実話なんですもんね。

(町山智浩)そう。実話なんですよ。

(山里亮太)それがすごい!

(赤江珠緒)ねえ。また三船さんはもともとかっこいいなと思っていましたけど、このお話を聞いてまた内面もものすごくかっこいいですね!

(山里亮太)これだけ有名な人なのに、それだけ知らない話があるんだっていう。

(町山智浩)はい。だから本が分厚くなっちゃうんですけど(笑)。

(山里亮太)これはでも、すごいことですよ。

(町山智浩)でね、この本『三船敏郎全映画』。リスナーの方々にプレゼントします! 洋泉社の映画秘宝の本です!

三船敏郎全映画 (映画秘宝COLLECTION)
Posted at 2018.8.14
石熊勝己, 映画秘宝編集部
洋泉社

(プレゼント情報省略)

(町山智浩)もちろん『日本のいちばん長い日』は必見ですので、見ていない人はかならず8月15日に見てください!

(赤江珠緒)今日は町山さんおすすめの三船敏郎さんの映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『血と砂』を紹介していただきました。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

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