町山智浩 今井正監督『小林多喜二』を語る

町山智浩 今井正監督『小林多喜二』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で1974年に製作された今井正監督の映画『小林多喜二』を紹介していました。

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(町山智浩)今日はですね、プレゼントがあります。『小林多喜二』という映画のDVDが出ますので、それを3名様にプレゼントします。この映画はずっと幻の映画だったんですよ。見れなかったんです。1974年に製作された小林多喜二という小説家の……『蟹工船』で有名な人ですね。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)この人は1933年に30才にして政治犯ということで、政治犯を取り締まる当時、戦前にあった特高警察という警察に捕まりまして、拷問の末に獄中で亡くなった作家です。この人は小説を書いただけなのに、その小説が思想的に労働者の決起を描いているということで殴り殺されたんですよ。

(赤江珠緒)そうなんですよね。獄死なさったんですよね。

(町山智浩)はい。その当時は治安維持法という形で国家、日本という国に対して政治的に反体制の活動をしたり、そういう思想を持っているだけで逮捕されるという時代だったので。で、拷問されて殺された人。その人の伝記映画なんですよ、この『小林多喜二』という映画は。ただこれ、1974年に完全なインディペンデントで作られた映画だったので。大手の映画会社を使っていないので、上映会とかで細々と上映されてきた作品なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)だから、DVDもなかなか出せなくて。で、2008年に『蟹工船』がベストセラーになったことがあったんですね。

(赤江珠緒)ありましたね。普通にブームみたいになったことがありましたね。

(町山智浩)その時もDVDを出せなかったんですけど、今回本当にがんばって出しましたんで。で、僕が解説を書いています。

(赤江珠緒)あ、町山さんの解説も。

(町山智浩)ぜひちょっと見ていただきたいんですけども。これね、監督が今井正さんという監督で、この人が撮った映画でいまぜひ見ていただきたい映画が『武士道残酷物語』という映画なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)これはね、萬屋錦之介さんが演じる……何代にも渡って、江戸時代からずっと。たとえば江戸時代は主君によっていじめられて切腹に追い込まれて。その後、第二次大戦だと上官とかにいじめられてひどい目にあう兵隊の話。で、現在はサラリーマンとか役人として上司とかにいじめられる平社員の苦悩をずっと描いているんですよ。

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Posted at 2018.7.3
南條範夫
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(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、もう代々代々何百年にも渡って日本人が権力者や上司や目上の人間から徹底的にいじめられてきたんだということをずーっと描いているのが『武士道残酷物語』という映画で。これは体制が変わっても実は……社会とか政治とかは変わっていっているけど、本質的にはずっと同じことなんだということを描いているんです。つまり、「偉い人に対して言いなりになってしまって戦うことができなくて。で、切腹だの過労死に追い込まれていくんだ。全部同じなんだ! 政治とかの問題じゃないんだよ!」っていうことを描いているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。そんなに時代が違っても結局。そうか。「武士道」ってそういうことか。

(町山智浩)「そんなものに従うなよ!」ということを描いた人が今井正という監督さんで。この人が小林多喜二さんの生涯をまとめているんですけど。この映画は実はすごくポップな作りで、ものすごく見やすい映画なんです。

(赤江珠緒)そうなんですか。小林多喜二さんってやっぱり拷問を受けてっていう印象も強いし。ねえ。だからポップっていうのは……。

(町山智浩)最初、強烈な拷問シーンから始まるんですけど。そこに語り手が入ってきて。ナレーターが画面の中に出てきて、「これから小林多喜二がどういう人だったのかを見てみましょう」っていう形で彼の人生を振り返っていくんですけども。その時に、たとえば彼が勤めていた銀行の現在の状況のところに行って、「ここが小林多喜二さんが勤めていた銀行ですが……」ってテレビのルポみたいな作りの映画になっています。

(赤江珠緒)へー! それが74年に製作された映画?

(町山智浩)そうなんですよ。だからすごくアバンギャルドな作りなんですけど。まあ、いまのバラエティーに近い形で作っていて。で、中で小林多喜二さんの小説が再現ドラマとして中に挿入されていくんですよ。

(赤江珠緒)ああ、それは面白い。興味深いですね。

(町山智浩)ものすごくわかりやすいんですよ。で、小林多喜二さんをこの映画の中で演じている人は山本圭さんという俳優さんで。この人はデビューの頃から……『若者たち』というテレビシリーズで売り出したんですけど。その頃から一貫して革命を夢見る青年をずっと演じてきた人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、彼の一世一代の主演映画がこの『小林多喜二』で。先入観なく見ていただいて普通にわかりやすく面白い映画です。はい。

(赤江珠緒)そうですか。ふーん!

小林多喜二が生きた時代

(町山智浩)ただね、いますごくあれなのは、小林多喜二さんが活躍した頃というのは労働運動がすごく盛んだった頃で。貧しい労働者の人たちがなんとか自分たちの地位を、自分たちの身を守るために戦っていったんで、まあ政府に弾圧されたんですね。で、その後に実は労働運動っていうのは政府の弾圧だけじゃなくて貧しさの中で耐えられなくなって、どんどんどんどん沈静化していって。それが戦時体制の軍国主義に飲み込まれていくんですよ。貧しい人たちは最初は政府に対して戦っていたのに。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)どうしてか?っていうと、政府が外国を侵略して、そこに移住することで日本国内の貧しい問題というものは解消できるよっていうことを売り出したからです。具体的には満州だったり、そういう外地に日本人が移住していくということになっていくんですけどね。

(赤江珠緒)ええ、ええ。

(町山智浩)だからそういう形で経済政策を出したわけですよ。なので、この政府についていこうということで、貧しい人たちの反体制の運動というのはなくなっていったんですよ。

(赤江珠緒)目をそらせたわけですね。

(町山智浩)っていうか、まあ政府が新しいエサを出したんですね。で、この『蟹工船』という話は蟹を獲って缶詰にする船がありまして。そこで労働者が過酷な労働を強いられていくという小説なんですけど。これが当たったのって2008年なんですね。リバイバルしたわけですよ。その時は日本の若者たちがいわゆるロスジェネみたいな形で、非常に貧困の中で苦しんでいたわけですね。で、彼らはその『蟹工船』の戦う労働者たちに非常に共感したわけですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)そこから考えると、わずか10年しかたっていないのに、もう全く日本の状況って変わりましたね。あれだけ怒っていた貧しい若者たちの怒りというものは本当に消えてしまって、非常に労働者を過酷に扱うような法律が強行採決されても誰も怒らないというような状況になってきていて。小林多喜二の時代と非常にダブるようなところがあるのでぜひ見ていただきたいなと思いますね。

(山里亮太)いま、まさに。

(赤江珠緒)そうですね。いままでなかなか見ることができなかったというものがDVDになりました。小林多喜二さんというお名前は存じ上げていても、具体的にどういう生き方をされたかとか、そこまではわからないという方も多いと思いますので。

<書き起こしおわり>

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