松尾潔 2018年グラミー賞現地レポート メロウ編

松尾潔 2018年グラミー賞授賞式 現地レポート 松尾潔のメロウな夜

松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中で2018年の第60回グラミー賞を現地ニューヨークで実際に見た際の模様をレポート。ブルーノ・マーズなどの大活躍の影に隠れたアーティストたちについて話していました。

(松尾潔)さて、いまちょっと黒田卓也さんという日本が誇るネオ・ソウル以降のジャズトランペッターって言ったらいいんでしょうか? その名前をあげました。日本でも彼の名前は大変に有名になってまいりましたね。JUJUですとかMISIA、そういったアーティストとのコラボレーションでもおなじみのトランペッターですが。実は今回、グラミー賞。いま名前をあげましたMISIAと私、一緒に見ておりました。まあMISIAだけじゃないんです。ここ数年、グラミー賞によく足を運ぶようになりました。一時、そうですね。10何年前にグラミー賞関連の仕事をやって、10年ぐらいですかね? ちょうどだから僕がプロデュースに没頭している間、離れていたんですが。ご縁が復活してこの3年ぐらいはね、LA、LA、そして今回のニューヨークと、足を運んでいるわけですが。

今回はじめてレコーディングでニューヨークに滞在していたMISIAと合流をしましてね。彼女と一緒に見ました。MISIAさんといえば、NHK FMでは火曜日夜11時の顔でございます。『星空のラジオ』、僕も一度関わったことがありますが。その月曜日と火曜日の合同企画というわけじゃないんですけどね、本当にMISIAと隣の席に座って。「松尾さん、あの人ってどういう人でしたっけ?」とか、逆に「MISIA、彼女なんかどう? 好きなの?」とか、そういうことを聞きながらね。周りのお客さんにとっては多少、うるさかったかもしれませんけども(笑)。2時間半ぐらいですかね? あのショーというのはね。かなりディープに楽しんでまいりました。

で、ご存知の方も多いと思いますが、今年はもうブルーノ・マーズ・ショーですね。ブルーノ・マーズの圧勝。なんとノミネートされた6部門を全部受賞してしまうという。こういう圧勝という状態を「Sweep」っていう風に言うんですけども。まさに今年はブルーノ・マーズのSweepぶり、圧巻でございました。その煽りを食ってしまったのがケンドリック・ラマーであり、ジェイ・Zであり、エド・シーランであると言われていますが。エド・シーランなんていうのはね、世界的に去年、いちばんヒットしたと言われている『Shape of You』。日本なんかでは「2017年はエド・シーランの年だった」なんて言う人もいるんですが、主要部門には見事にノミネートされませんで。彼はもちろん、数年前に主要賞を受賞しているんですが。本当にブルーノ・マーズの煽りを食ったというのに相応しい感じ。

そして主要部門でブルーノとノミネートが重なったケンドリック・ラマーやジェイ・Zは、本当に……特にジェイ・Zはノミネート8部門でひとつも取れずという。まさに去年の奥さんのビヨンセが味わった辛酸を今年は旦那さんが味わうという。なんかその申し訳のように、グラミーは「今年のミュージック・アイコンはジェイ・Zに」と。いちばん今年偉かった人みたいな、ガラスの置物を贈っていましたけどね。あれは、まあバランスを取っているのかな? ニューヨークのヒップホップのキングと言われているジェイ・Zが、15年ぶりに開催されたニューヨークでのグラミーでひとつも賞をもらえないっていう、このあたりにグラミーのシビアさを見る気もしたんですが。

まあ、こういったケンドリックとかジェイ・Zとか以外にも、ブルーノ・マーズとノミネーションが重なったがために、ノミネーションはされたものの全く下馬評でもずっと0%だったような人たちっているわけですよ。で、うーん……かつて、70年代にあれはポール・サイモンでしたっけ? 主要部門の賞を取った時に、「今年作品を出さなかったスティービー・ワンダーに感謝します」って皮肉を言った人がいますけども。もしかしたら、ブルーノ・マーズやエド・シーランっていま、そういうアーティストとしてゾーンに入っているのかな?っていう気がしますね。もっと言うと、アデルですよね。このいま名前を上げた3人が新作を出した時、自分の勝負作を出す人ってちょっと不幸かなっていうぐらい、いまもう神がかり的なクリエイティブなゾーンに入っているブルーノ・マーズ。その光の影で、でも優れた作品を出した、今年ノミネートされたアーティストをいくつかご紹介したいと思います。

まずはダニエル・シーザーですね。ダニエル・シーザーはこの番組でも時々ご紹介している人ですが今年、2部門でノミネートされていたんですよね。しかも、主要部門ではないから、ブルーノ・マーズもいまR&B路線で大成功していますけど。まあ、ピュアなR&Bアーティストではないので、もしかしたら部門賞でR&Bとかアーバンっていうところだとブルーノ以外の人でもチャンスがあるかな?って思ったんですけど。たとえば、R&Bパフォーマンスというところでブルーノが『That’s What I Like』でこちらも受賞しましたけど、その影でダニエル・シーザーやケラーニやレディシやSZAといった人たちが涙を流しました。

はい。ここではそういった人たちに光を当てたいと思います。ダニエル・シーザー、今日はフィーチャリングでH.E.R.の『Best Part』という曲をご紹介したいと思います。去年リリースされたアルバムの方に収録されておりました。この番組では『Get You』っていう曲をかけましたけども、『Best Part』をご紹介するのははじめてかなと思いますね。聞いてください。そしてもう1曲、ケラーニ。ケラーニはこの番組の昨年のメロウ・トップ20にも入っておりましたけども。

松尾潔 2017年 ベスト・メロウソング トップ20
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うん。今年グラミーはね、本当にお気の毒としか言いようがない。ブルーノ・マーズと重なっちゃったから仕方がないんですけどもね。でも、大活躍の1年でした。『Distraction』。この曲をご紹介したいと思います。それではダニエル・シーザー feat. H.E.R.『Best Part』。ケラーニ『Distraction』。2曲続けてどうぞ。

Daniel Caesar『Best Part feat. H.E.R.』

Kehlani『Distraction』

はい。今年ブルーノ・マーズ大活躍でございまして。本当にブルーノ・マーズイヤーみたいな感じになりました。で、もちろん賞というか、授賞式全体のムードとしては、ご存知のように「#metoo」ですとか「Time’s Up」、そういったムーブメントを反映したり。ダイバーシティ(多様性)をわかりやすく打ち出した。そしてブロードウェイと音楽の深いかかわりを見せる、非常にニューヨークらしい演出も施された、本当にここ数年の中では上質なショーだったと思うんですが。

まあ、光ばかりではない。ブルーノ・マーズの影に隠れてしまったアーティストにここではスポットライトを当てております。ダニエル・シーザーの『Best Part』。そしてケラーニの『Distraction』。いずれもベストR&Bパフォーマンスでブルーノに持って行かれちゃった人です。で、僕はね、ここでちょっと注目をしたいのは、レディシですね。もうレディシっていうのは『メロ夜』御用達ディーバの最たる存在かもしれませんが、一応新譜が出るたびにこの番組でご紹介しておりますが。今回、彼女はベストR&Bパフォーマンスに『High』という曲で。そしてベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンス。こちらに『All The Way』という、僕がこの番組でもプッシュしていた曲。なんとひとつのアルバムで2つの部門に別曲がノミネートされるという快挙を成し遂げましたが、いずれも受賞には至らず。

では、そのベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンスで受賞したのは誰か? と言いますと、まあこの人も大活躍でしたからね。チャイルディッシュ・ガンビーノの『Redbone』でした。

まあ、グラミーと『メロ夜』のメロウ・トップ20っていうのをあまり関連付けたことは僕はないんですが。それでも結構、今年のグラミーに関して言うとメロ夜の年間トップ20で顔を出した人たちがニッコリという感じですね。チャイルディッシュ・ガンビーノはショーでパフォーマンスもやりましたしね。来年公開の『ライオンキング』の実写版、チャイルディッシュ・ガンビーノが主役ですよ。ビヨンセを相手にね。もう、ますますの飛躍が期待されます。チャイルディッシュ・ガンビーノ、本当にこの2年間でエミー賞とゴールデングローブ賞とグラミーを受賞しました。「こんな多才な人……才能がなければただの嫌なやつだよね!」って司会のジェームズ・コーデンが言って、みんなの笑いを取っていましたけどね。本当に。

僕はこの人のことをね、「日本の星野源さんとかに近い存在だ」っていう風に言いましたけど。たまにこういう越境する才能っていう人は出てくるから。まあ、福山雅治さんとかもそうかもしれませんけどね。まあ、スターっているんだなと思いました。で、そのベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンス、チャイルディッシュ・ガンビーノの受賞によりノミネーションだけで終わってしまったのが、この番組でおなじみの人ばかりなんですよ。ザ・ベイラー・プロジェクト。元ジャネイのジーン・ベイラーが夫とやっているザ・ベイラー・プロジェクト。『Laugh and Move On』という曲。そしてアンソニー・ハミルトン feat. ザ・ハミルトーンズで『What I’m Feelin’』。そして先ほど話しましたレディシ『All The Way』。そしてマリ・ミュージックの『Still』。

こんな曲を抑え込んで受賞したチャイルディッシュ・ガンビーノはもっとすごいっていうことになるんですけどね。こういった人たちの存在も忘れちゃいけませんね。僕は正直、アンソニー・ハミルトンが今回ノミネートされていることっていうのはほぼ意識をしていなかったんですよ。それがね、グラミー賞の会場になりましたマジソン・スクエア・ガーデンで、この番組でもご紹介した、いまバックに流れている『I Love When』っていう素晴らしい曲をモノにしたナオ・ヨシオカちゃん。

ナオ・ヨシオカちゃんは今年、アメリカのエージェントと契約が決まりまして、4月からはアメリカに移住して本格的に軸足をあちらに移した活動を展開するらしいんですが。アメリカで作品を出しているから彼女はグラミーの会員になっていて。それで見に来ていたんですよ。それでばったり、僕は会ったんです。本当に、大きな大きな会場でばったり会って。

で、日本でもそんなに親しく話すほどじゃない、挨拶程度だったんですけども、やっぱりそういうところで会うとね、盛り上がるもので。結構話し込んでいたら、「あ、アンソニー!」って彼女が言って。「えっ?」って言って、目の前をアンソニー・ハミルトンが通っていって。まあいかにもグラミーらしい光景ですけども。「ああ、アンソニー・ハミルトンも来るんだ」って言ったら、「いやだ、松尾さん。ノミネートされてますよ」っていう話ですよ(笑)。それで、「あら、失礼!」って思ったんですけども。まあ、受賞には至りませんでしたけども、改めて今回、そのノミネート曲『What I’m Feelin’』を聞き直してみたら、やっぱりいいですね。

アルバムタイトル曲でもありますしね。ここで懺悔の意味の込めて聞いてみたいと思います。アンソニー・ハミルトンが家族たちと歌っているという、そんなあたたかい1曲です。フィーチャリング ザ・ハミルトーンズで『What I’m Feelin’』。そしてマリ・ミュージックで『Still』。2曲続けてどうぞ。

Anthony Hamilton『What I’m Feelin’ ft. The HamilTones』

Mali Music『Still』

はい。もうこういう切り口のグラミー賞解説番組というのは日本中にこの番組しかないということは多分に自覚しておりますが、こうやって聞いておりますとアメリカにもないかもしれないという気がしてまいりました(笑)。アンソニー・ハミルトン フィーチャリング ザ・ハミルトーンズで『What I’m Feelin’』。そしてマリ・ミュージックで『Still』。いずれもトラディショナルR&Bパフォーマンスにノミネーションを受けたアーティストでございました。

今回、プレゼンターでね、いかにもニューヨークという華やかな人たちがたくさん登場したんですが。なにしろ、この15年で特にグラミーっていうのはLAのものというイメージが強くなっているんですが。久々のニューヨーク開催ということで、ニューヨークの音楽シーンの最長老の1人。グルと言ってもいいかもしれません。トニー・ベネットがプレゼンターで登場したんですね。で、トニー・ベネットがラップ部門の発表をするというなかなか粋な計らいがあったんですが。もちろん、近年のトニーのもっとも有名なコラボレーターであるレディ・ガガも出ていましたね。そのトニー・ベネットが登場する時、ナレーションで「プレゼンターは2人の”レジェンド”」と言われてトニーと一緒に出てきたのがジョン・レジェンドでした。

これはもう、本当にベタではあるんですが、これ以上ないという見事な使い方ですね。つまり、「伝説」という意味で、伝説的な存在であるトニー・ベネットと、本当に「レジェンド」というアーティストネームのジョン・レジェンドが並んで出てくる。で、ジョン・レジェンド自体があの若さの、特に男性R&Bシンガーの中では突出した受賞回数です。彼は本当にグラミーに好かれて、もう10回取っているんですね。で、2人合わせて30回近く受賞したというレジェンドコンビが『New York, New York』を歌ったりするという。

そういう粋な演出が施されていたんですが。マリ・ミュージック。ジョン・レジェンドに声がよく似ていますよね。以前にもこの番組でお話ししたこともあるかと思うんですが、オルタナティブなジョン・レジェンドと言ってもいい音楽性のマリ・ミュージックなんですが、まあ受賞さえ逃しましたが、きちんとそういう人に光を当てる。これだけの部門賞があるから成立することでもあり。まあ毎年増減はあるんですが、だいたい100近い部門があるんですよ。グラミーには。

で、たとえば僕、ライター時代に……いまは音楽プロデューサーとしてもう本当に日本語と向き合っているのでグラミーとは無縁とも言えるんですが。洋楽ライター時代に「もしかしたらグラミーにもがんばったら手が届くんじゃないか?」って思っている時があって。それはなぜか?っていうと、グラミーにはNotes部門っていうのがあるんですよ。こんな話、他の番組ではやらないと思うんで言いますけども、じゃあ今年、そのグラミーを受賞したライナーノーツは何か?っていうと、オーティス・レディングの『Live At The Whisky A Go Go』っていう、昔名盤がありましたけども。あれに当時、音盤化されなかったっていう、それこそ50年ぐらい前の音源ですが。その音源が出てきて、去年ですか? ボックスセットで出たということで、一部の好事家を狂喜乱舞させたんですが。

それに添えられたライナーノーツが今年のグラミーのBest Notesというのを受賞しましたね。本当に20年前の僕はそういうところで「グラミー、ほしいな!」って思っていたんですよね。まあ、英文のライナーを書くこと自体がなかったっていうオチがついているんですが(笑)。けどね、そこは公正なグラミーですから、たとえば日本企画のボックスセットで、それが英訳されてアメリカで受ければ君にもノミネーションを受ける可能性は十分にあるよって当時、よく言われていたんでね。一生懸命、作ったりしていましたけども。まだね、日本人でそこに届いた人はいませんけども、これからそういう人が出てきてもおかしくはないな、なんて希望を感じたりもいたしましたよ。

さて、続いてはその光が当たりにくい部門。ゴスペル賞で2部門を受賞した、女王の1人ですね。シーシー・ワイナンズの歌をお楽しみいただきたいと思います。シーシー・ワイナンズ、ゴスペルにさほど詳しくない方でもホイットニー・ヒューストンの親友だったと言えば、ちょっと興味がわくんじゃないでしょうか? 『Waiting To Exhale(ため息つかせて)』というホイットニーが主演して、サントラもベイビーフェイスが仕切って大変人気を博した90年代のアルバムがございますが。その中で『Count On Me』という曲をホイットニー・ヒューストンと一緒にデュエットしていたあの女性が自分の本籍地でありますゴスペル部門で今年、ベスト・ゴスペル・パフォーマンスおよびソング部門で、『Never Have To Be Alone』という曲で受賞。

そしてベスト・ゴスペル・アルバムでもその曲を収めました『Let Them Fall in Love』でダブル受賞をしております。もう文句なしの大活躍でございました。聞いてください。シーシー・ワイナンズで『Never Have To Be Alone』。

CeCe Winans『Never Have To Be Alone』

今日は前半は新曲をご紹介。そして先ごろ、アメリカはニューヨークで開催されました第60回グラミー賞現地レポートをお届けいたしました。最後にお聞きいただきましたのはゴスペル部門を2部門、受賞いたしましたシーシー・ワイナンズで『Never Have To Be Alone』でした。

(中略)

さて、楽しい時間ほど早くすぎてしまうもの。今週もそろそろお別れの時が迫ってきました。ということで、今週のザ・ナイトキャップ(寝酒ソング)。今夜はちょうど10年前のグラミー賞。第50回という大きな節目のグラミー賞で最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、そして最優秀新人賞と主要4部門のうち3部門を受賞したエイミー・ワインハウス。早いですね。もう10年前の出来事なんですね。エイミー・ワインハウスの『Love Is A Losing Game』を聞きながらのお別れです。これからおやすみになるあなた。どうか、メロウな夢を見てくださいね。まだまだお仕事が続くという方。この番組が応援しているのは、あなたです。次回は来週、2月12日(月)。夜11時にお会いしましょう。お相手は僕、松尾潔でした。それでは、おやすみなさい。

Amy Winehouse『Love Is A Losing Game』

<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/47227

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