松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、Debargeの『I Like It』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
今回は、デバージ(DeBarge)が1982年に発表した名曲『I Like It』について探ってみます。デバージといいますのは、エル・デバージ(El DeBarge)、エルドラ・デバージ(Eldra DeBarge)という大変に才能のある男性アーティストを中心としたファミリーグループ。兄弟グループです。兄弟の中には女性メンバーもいまして。そこがジャクソン5(The Jackson 5)といちばん違うところだといわれておりました。
いま、ジャクソン5の名前を唐突にあがったような印象をもしかしたらお持ちになったかもしれませんけども。これには理由がございまして。デバージがデビューしたのはモータウンレコードなんですね。で、ジャクソンファミリーのジャクソン5がモータウンを離れた後に、かわって力を注いだもう一つのファミリーというのがこのデバージファミリーなんですね。でね、この2つの家族は、別にいがみ合ったり反目したりするわけでもなく。それどころか、一時は親戚関係にあったんです。と、いいますのは、ジャクソンズの末の妹、ジャネット(Janet)と、デバージのところの下の方の弟ですね。ジェームズ・デバージ(James DeBarge)。この2人が一時、夫婦でした。
これはけど、本当に若い恋愛でありまして、長続きはしなかったんですけども。そういう縁の深い2家族なんですが。デバージの方こそ、80年代の音楽性を引っ張ったという見立ては、実はR&Bやヒップホップのシーンでは珍しいことではないんですね。デバージはヒップホップのアーティストたちに繰り返し繰り返しサンプリングされたり引用されたりしていると。で、グループとしての活動が停滞してきた90年代、そして21世紀に入ってこそ、ステージに上がってきたような。そんな印象さえあります。
そういう意味では、この82年。モータウンを出て行ったマイケル・ジャクソンが『スリラー(Thriller)』をね、出した年に古巣のモータウンではもうひとつの家族がこんな曲を出していたというこの『I Like It』。一つの、モータウン健在の証として、いまでも価値は揺るぎないという風に思います。82年にリリースされましたデバージのアルバム『All This Love』に収録されていた、この『I Like It』をお聞きいただきたいと思います。アルバムの方はR&Bチャート最高位3位。そして、シングルの方もR&Bチャート最高位2位という文句なしの成績です。聞いてください。デバージ『I Like It』。
DeBarge『I Like It』
いまなら間に合うスタンダード。今週はその第10回目。1982年にリリースされましたデバージの『I Like It』をご紹介しています。実はこの曲にはリクエストをいただいておりまして。この番組の常連リスナーでございますね。おなじみの方です。この方は、『リクエスト「I Like It」、アーティストはデバージ(いまスタ、次回候補曲?)』という、宣戦布告のような形でかかれてますが。本当に悔しいですけど、いや、うれしいですけど。その通りとなりました(笑)。いまなら間に合うスタンダード、前から取り上げようと思って。もう、満を持してこの夏、取り上げようかな?と思ったら、もうすっかり手の内、読まれてましたね。そういうのをいただいておりました(笑)。
はい。『I Like It』を取り上げております。この曲はね、先ほどもちょっとお話しましたけども、ヒップホップのアーティストにね、大変愛されていまして。もちろん、歌ものですから、ストレートなカヴァーもたくさん存在しまして。今日実は、ストレートなカヴァーとしては、さっきもちょっとBGMで聞いていただきましたけども、ジョマンダ(Jomanda)のヴァージョン。ジョマンダっていうのは3人組の女性ヴォーカル・グループなんですけども。まあ、彼女たちのヴァージョンが90年代ですかね?スマッシュヒットしたことがございましたけれども。
それ以上に、やっぱりヒップホップシーンでね、まあLL・クール・J(LL Cool J)の『Make It Hot』。
そしてウォーレンG(Warren G)の『I Want it All』。
こういった曲でもう大胆にサンプリングされてますね。これはね、『I Like It』だけじゃないんですね。デバージの『Stay With Me』っていう曲ですとか、『A Dream』っていう曲ですとか、いろんな曲が。
特にニューヨークのアーティストに人気がありましたね。パフ・ダディ、P・ディディ率いるバッドボーイレコード周辺でも大変人気がありましたしね。なぜこんなに愛されるか?っていうと、まあ90年代に活躍していたアーティストたちの少年時代。80年代前半あたりにデバージが人気を誇ったからっていうのがまず、あるかもしれませんね。
その頃にティーン・エイジャーだった人がだいたい20代になってレコードデビューを飾って。その時に、まあ人っていうのは青春時代に見たり聞いたりしたものをずっと追い求めているっていう説がありますけども。特にヒップホップの場合、サンプリングっていう手法でたやすくそれを再現することができるので。まあ90年代にデバージの再評価が高まったというのは、そういう背景があるんじゃないかな?って思いますけども。
あとは、デバージがまあ、基本的にはブラックミュージック、R&Bっていう体裁を取りながらも、そこにちょっとラテン的な要素ですとか、わかりやすく清涼感っていうのがエル・デバージの声にもありましたし。ですから、ともすればなんて言うのかな?ファンクの度合いがついつい高くなってしまう、そんな体質を持ったアーティストたちにとって、デバージが入ることでちょっと風通しがよくなるというか。清涼剤的な効果になるという。濃すぎる音楽性を中和させる役割としてのデバージネタっていうのがあるのかもしれません。
さて、実はこの『I Like It』、日本人でもこの曲が好きな人は大変多くて。JUJUも『I Like It』をカヴァーしてますね。
以前、JUJUがこの番組にゲストで遊びに来てくれた時に、その『I Like It』のカヴァーをご紹介しました。いまをときめく黒田卓也さん、その周辺の人脈でこの『I Like It』をやっていましたけれども。それよりも前にですね、と、強調しますけども(笑)。実は僕も『I Like It』のカヴァーをプロデュースしたことがございます。アーティストは韓国人シンガーのKですね。Kくんの『The Day』というシングルのカップリングで、割りと好きにやってよいというような枠ですね。そこで『I Like It』をカヴァーしたことがございました。
僕の提案だったんですけども、Kくん、本当ノリノリで歌ってくれました。2007年になって、アルバム『The TIMELESS Collection VOL.1』。こちらの方に収録されました。
今日はそちらをお聞きいただきたいと思います。Kで、『I Like It』。
K『I Like It』
Omarion『You Like It』
いまなら間に合うスタンダード、第10回目。デバージの1982年に発表した名曲『I Like It』についてご紹介しております。Kくん、『I Like It』。これはね、彼のいまの代表曲のひとつになっております『Only Human』という曲を僕がプロデュースした、その直後に出しました『The Day』という曲のカップリングに収められておりました。まあ、『Only Human』というのは大層ご好評を博しまして。僕も彼のスタッフから信頼を得て。割りと潤沢に予算を使っても良いという状況が出来上がりましたので(笑)。この『I Like It』では、たいへん贅沢に、ホーン・セクションをすべて生で録るということをやりました。いまでもたいへん気に入っているヴァージョンです。Kくんの歌いっぷりも素晴らしい。『I Like It』。
そして、オマリオン(Omarion)の、こちらはストレートなカヴァーではございません。アンサーソングですね。『You Like It』、ご紹介しました。昨年リリースされましたオマリオンのアルバム『Sex Playlist』の中に収録されていたんですけどもね。まあ、『Sex Playlist』っていうのはその中から『Post to Be』という曲が、オマリオンにとっては久々のヒットとなりました。クリス・ブラウン(Chris Brown)とジェネイ・アイコ(Jhene Aiko)をフィーチャーしたからという理由もあるでしょうけどもね。オマリオンの健在ぶりを示すアルバム。その中でも、これ、僕の中では異質な光を放っていましたね。『あ、オマリオンもやっぱ好きなんだな、これ』なんて思っちゃいましたね。『You Like It』でした。
<書き起こしおわり>
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